134 / 406
第8章 ナンシー
12 ビーノの交渉
しおりを挟む
「おい、お前名前は何ていうんだ」
お茶を持ってきた少年は黒猫君に手渡された肉を頬張りながら声を出そうとして喉を詰まらせ、慌ててお茶を飲んでから答えた。
「ビーノだ」
「じゃあビーノ。お前、誰の世話でこの辺に住んでる?」
「……両親の……」
「嘘はいい。スリやるくらいなんだからまとめてる奴が居るだろ。仲間はどこに居る?」
途端、ビーノと名乗った少年が青くなる。
「別に俺は捕まえるとか突き出すとか言ってるんじゃねぇ。俺達はこの街に来たばかりだから気を付けておきたいだけだ」
それを聞いたビーノ君は私と黒猫君の顔を見比べてちょっと戸惑いながら黒猫君に返事を返す。
「姉ちゃんはボケッとして見えるのに兄ちゃんはやたら慣れてるな。ここらの仲間は一括で西1区のダンナの世話になってる」
「こいつを見て手を出したんだったら残念だったな。そのダンナってのはどうだ? お前らはやってけてるか?」
黒猫君の簡素な質問にビーノ君は顔も上げず肉を噛み切りながら答える。
「まあ何とかな。殴る蹴るはするけど俺達に刃物は使わねえし、結構小さい奴らも使ってくれてる。最低限食えてるし寝る所もある」
「そうか……」
さっきっから。黒猫君とビーノ君の会話は私にはまるっきり現実味が無くて口を挟むこともできない。それはまるでテレビのニュースで見ていた世界で私の周りには無い世界の話だった。
いや、無かった……だね。
それでもそれに黒猫君は当たり前の様に相槌を打って話を続けた。
「ビーノ、俺達はここでこれから暫くこの街で商売の下調べなんかをやんなきゃなんねぇんだ。お前をその間雇いたいんだがそのダンナに話しつけられるか?」
「は? 俺を雇うって……あんた馬鹿じゃねえのか? ま、まさか俺の体目当てとかじゃねぇだろうな!?」
「バカ言え、俺にそんな趣味はねぇ!」
「そ、そうだよな。ねえちゃん大事そうに抱えてるくらいだもんな」
そう言われて私のほうが赤面してしまう。
実は只今私は黒猫君の膝の上。とにかく心配性な黒猫君は屋台の周りの椅子に座る間も自分の膝から私を降ろしてくれない。それどころか食べてる間も黒猫君の片腕がしっかり私のお腹の周りに回されててすごく落ち着かない。とは言えそれは間違いなく私の事を気遣ってくれているみたいで。さっきも私の分だけ魔物の混じっていない串を渡してくれてるし、色々優しくしてくれてるのも確かだ。
まあ、今回は黒猫君の言う事を聞く約束で連れ出してもらってるし、黒猫君は私の安全の為にしてくれてるんだから私も文句は言えない。文句は言えないけどね……
「こいつはあゆみ、俺はネロだ。こいつは足に問題があるから知らない街で余り無理させられねえんだよ。俺はまあそこそこ何でも自分で出来るがあんまヤバイところも間違って入りたくない。だからお前みたいにここの裏も表も良く知ってるやつが居ると助かる」
串焼き肉を食べ終えて手に付いてたソースを舐めとっていたビーノ君は今の黒猫君の言葉に少し顔を緩め、でもすぐにそれを無理やり引き締めて黒猫君を睨んだ。
「1日大銅貨10枚」
「高いぞ。銅貨5枚が良いところだ」
どうやら給料の交渉に入ったらしい。あれ、ちょっと待った!
「え! それは酷いよ黒猫君、それ私の足の保障金と同じだよ?」
そう、昨日キールさんに教えてもらったんだが私の保障金、一日銅貨5枚出てたらしい。とはいえランド・スチュワードを始めるまでの短い期間分だけだけど。
私の上げた声にビーノ君と黒猫君が2人してこちらを振り向いて一瞬ジッと見た後、綺麗に無視して交渉を続けた。
「それじゃあ俺の一時間の稼ぎにもならねえ。大銅貨8枚」
「それは人様の金をくすねて作った金だろ。しかもどうせダンナに上前跳ねられて大して手元には残ってないだろ。銅貨11枚」
「それにしたって一日の稼ぎにもなりゃしない。大銅貨7枚」
「だったら殴られない分割り引け銅貨17枚」
「ケチるなよ、さっき姉ちゃんの財布重かったぞ。大銅貨6枚」
「あいつの持ってるのはあいつの足の保障金だ。たまたま支払いが遅れただけだ。銅貨23枚」
「……兄ちゃん、本当に支払い大丈夫なんだろうな?大銅貨5枚」
一瞬疑わしそうな顔になったビーノ君が黒猫君を見上げると黒猫君がニヤリと笑って答える。
「心配するな、俺の給料は別にある。銅貨30枚」
途端、ビーノ君がギロリと黒猫君を睨んだ。
「おい、兄ちゃん、俺を試してるのか? それ大銅貨5枚と同じじゃねぇか」
「気付いたか。上等だ。おまけに俺達と一緒の時は飯もこっちで払ってやる」
黒猫君がにこりと笑って2人が機嫌よく握手してる。
パット君の時も思ったけど。なんでこの子、こんな若いのにこんなによく頭が回るの!
私だって暗算は出来るから一瞬考えれば分かるんだけどこの2人、まるで息をするみたいに掛け合ってた。
「じゃあ早速だが今日はまずまともな店と市場の価格が見たい。お前が知ってるまともな酒屋を何軒か紹介しろ」
「いいぜ、付いてきな」
黒猫君の言葉にハンッと軽く鼻を鳴らしてビーノ君が歩き出す。
こうして私たちはビーノ君の先導で街を歩き始めた。
お茶を持ってきた少年は黒猫君に手渡された肉を頬張りながら声を出そうとして喉を詰まらせ、慌ててお茶を飲んでから答えた。
「ビーノだ」
「じゃあビーノ。お前、誰の世話でこの辺に住んでる?」
「……両親の……」
「嘘はいい。スリやるくらいなんだからまとめてる奴が居るだろ。仲間はどこに居る?」
途端、ビーノと名乗った少年が青くなる。
「別に俺は捕まえるとか突き出すとか言ってるんじゃねぇ。俺達はこの街に来たばかりだから気を付けておきたいだけだ」
それを聞いたビーノ君は私と黒猫君の顔を見比べてちょっと戸惑いながら黒猫君に返事を返す。
「姉ちゃんはボケッとして見えるのに兄ちゃんはやたら慣れてるな。ここらの仲間は一括で西1区のダンナの世話になってる」
「こいつを見て手を出したんだったら残念だったな。そのダンナってのはどうだ? お前らはやってけてるか?」
黒猫君の簡素な質問にビーノ君は顔も上げず肉を噛み切りながら答える。
「まあ何とかな。殴る蹴るはするけど俺達に刃物は使わねえし、結構小さい奴らも使ってくれてる。最低限食えてるし寝る所もある」
「そうか……」
さっきっから。黒猫君とビーノ君の会話は私にはまるっきり現実味が無くて口を挟むこともできない。それはまるでテレビのニュースで見ていた世界で私の周りには無い世界の話だった。
いや、無かった……だね。
それでもそれに黒猫君は当たり前の様に相槌を打って話を続けた。
「ビーノ、俺達はここでこれから暫くこの街で商売の下調べなんかをやんなきゃなんねぇんだ。お前をその間雇いたいんだがそのダンナに話しつけられるか?」
「は? 俺を雇うって……あんた馬鹿じゃねえのか? ま、まさか俺の体目当てとかじゃねぇだろうな!?」
「バカ言え、俺にそんな趣味はねぇ!」
「そ、そうだよな。ねえちゃん大事そうに抱えてるくらいだもんな」
そう言われて私のほうが赤面してしまう。
実は只今私は黒猫君の膝の上。とにかく心配性な黒猫君は屋台の周りの椅子に座る間も自分の膝から私を降ろしてくれない。それどころか食べてる間も黒猫君の片腕がしっかり私のお腹の周りに回されててすごく落ち着かない。とは言えそれは間違いなく私の事を気遣ってくれているみたいで。さっきも私の分だけ魔物の混じっていない串を渡してくれてるし、色々優しくしてくれてるのも確かだ。
まあ、今回は黒猫君の言う事を聞く約束で連れ出してもらってるし、黒猫君は私の安全の為にしてくれてるんだから私も文句は言えない。文句は言えないけどね……
「こいつはあゆみ、俺はネロだ。こいつは足に問題があるから知らない街で余り無理させられねえんだよ。俺はまあそこそこ何でも自分で出来るがあんまヤバイところも間違って入りたくない。だからお前みたいにここの裏も表も良く知ってるやつが居ると助かる」
串焼き肉を食べ終えて手に付いてたソースを舐めとっていたビーノ君は今の黒猫君の言葉に少し顔を緩め、でもすぐにそれを無理やり引き締めて黒猫君を睨んだ。
「1日大銅貨10枚」
「高いぞ。銅貨5枚が良いところだ」
どうやら給料の交渉に入ったらしい。あれ、ちょっと待った!
「え! それは酷いよ黒猫君、それ私の足の保障金と同じだよ?」
そう、昨日キールさんに教えてもらったんだが私の保障金、一日銅貨5枚出てたらしい。とはいえランド・スチュワードを始めるまでの短い期間分だけだけど。
私の上げた声にビーノ君と黒猫君が2人してこちらを振り向いて一瞬ジッと見た後、綺麗に無視して交渉を続けた。
「それじゃあ俺の一時間の稼ぎにもならねえ。大銅貨8枚」
「それは人様の金をくすねて作った金だろ。しかもどうせダンナに上前跳ねられて大して手元には残ってないだろ。銅貨11枚」
「それにしたって一日の稼ぎにもなりゃしない。大銅貨7枚」
「だったら殴られない分割り引け銅貨17枚」
「ケチるなよ、さっき姉ちゃんの財布重かったぞ。大銅貨6枚」
「あいつの持ってるのはあいつの足の保障金だ。たまたま支払いが遅れただけだ。銅貨23枚」
「……兄ちゃん、本当に支払い大丈夫なんだろうな?大銅貨5枚」
一瞬疑わしそうな顔になったビーノ君が黒猫君を見上げると黒猫君がニヤリと笑って答える。
「心配するな、俺の給料は別にある。銅貨30枚」
途端、ビーノ君がギロリと黒猫君を睨んだ。
「おい、兄ちゃん、俺を試してるのか? それ大銅貨5枚と同じじゃねぇか」
「気付いたか。上等だ。おまけに俺達と一緒の時は飯もこっちで払ってやる」
黒猫君がにこりと笑って2人が機嫌よく握手してる。
パット君の時も思ったけど。なんでこの子、こんな若いのにこんなによく頭が回るの!
私だって暗算は出来るから一瞬考えれば分かるんだけどこの2人、まるで息をするみたいに掛け合ってた。
「じゃあ早速だが今日はまずまともな店と市場の価格が見たい。お前が知ってるまともな酒屋を何軒か紹介しろ」
「いいぜ、付いてきな」
黒猫君の言葉にハンッと軽く鼻を鳴らしてビーノ君が歩き出す。
こうして私たちはビーノ君の先導で街を歩き始めた。
0
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる