43 / 406
第4章 執務
1 窓の外
しおりを挟む
「あゆみさん、すみません、あゆみさん、起きてください……」
どこか遠くで誰かが呼んでいる。私はまだ微睡の中で、意識が半分こちらに帰ってきてない。
「あゆみさん、起きてください、申し訳ありませんが部屋に入りますよ?」
「あぁ……待て。俺が起こして連れてくから待ってろ」
ん? 黒猫君……とテリースさん?
黒猫君の肉球の手で何回か顔を踏まれる。
んー、もうちょっと。
「起きろあゆみ、なんか変だぞ。ほら!」
何かが私の布団を剥いだ。その何かは勿論黒猫君なのだが。
目は覚めて来たけど悔しいから起きたくない。そんな私の背中を黒猫君の柔らかい手がぷにぷにと何度も押す。起こそうとしてるんだろうけどそれ逆効果だよ、気持ちよくて微睡みが戻ってくる。
「いい加減にしろ、お前起きてるだろ。まだ狸寝入りするか?」
焦れてりゃいい。朝一番に布団を剥がれた恨みは大きいぞ。これだけ暗けりゃ、まだ日も出てないだろうに。
「ひゃぁ!」
とんでもない! 寝たふりしてたら思いっきり瞼ごと目玉を舐め上げられた。
「猫だと思って馬鹿にすんなよ」
「んもう! 昨日疲れたからもう少しだけ!」
「馬鹿言ってないでとっとと起きろ! なんか変だ、下がうるさい。今起きないと後悔するぞ」
黒猫君の思いがけなく真剣な声にこの前の夜襲を思い出し、背中を冷や汗が伝って一気に目が覚めた。
「なに、何が変なの?」
「日が昇ってないのに外が明るい」
「え?」
言われてみれば、揺らめくような光が鎧戸の隙間から差し込んでいた。飛び上がって杖を掴んで窓際に移動する。鎧戸を開けると──
「何これ……?」
「げ、まさか!」
黒猫君が背中の毛を逆立てて威嚇した。そんな威嚇してどうにかなるものではなさそうだけどさ。
何があったって、治療院の庭が人と荷車でいっぱいだったのだ。
私の部屋が面しているのは裏庭のはず。なのに庭全体がいくつもの松明の明かりで煌々と照らしだされてた。
「マズい、ここまで早くから集まって来るとは思ってなかった」
「え? 何のこと?」
「お前もう忘れたのか。昨日キールが約束しただろう。今日一日は時価で物品を買い取るって」
「え? うわ、まさかこれ全部買い取り希望者?!」
「多分な……ここで見ててもしょうがない、とっとと着替えろ」
言われて初めて自分が下着姿で窓辺に立っているのに気がまわった。慌てて鎧戸を閉め直して新しい服を掴んで着替える。っと、ちょっと待って、なんで服がまた2枚あるんだ?
「黒猫君、おととい私が着てた服、どこいったか知ってる?」
「え? お前そこの椅子に掛けて乾かしてたろう?」
「うん、そうなんだけど、いつの間にか綺麗になってここに一緒に畳んである気がする」
「へ? じゃ、誰かが入ってきて片付けたってのか?」
「うん、多分」
そこではたと気づく。
「ねえ、黒猫君、この治療院の中っていつも凄く綺麗に掃除されてるよね」
「そう言えばそうだな」
「これ、一体誰がやってるんだろう?」
「……さあ? それより急げ」
確かに今そんなこと話してる場合じゃないね。
私は一旦その考えは放り出して、着替えを手早く済ませて杖を使って部屋をあとにした。
部屋の扉を開けるとテリースさんが扉のすぐ目の前で待っていた。
「ネロ君、あゆみさん、どうしましょうか。沢山の方が治療院の前に列を作ってらっしゃるんです」
「キールはどうした?」
「まだ兵舎からいらしていません。先ほどパット君という子がネロ君に合格もらって今日から働きに来たと言って来られたので兵舎への連絡をお願いしました」
「ああ、それは助かる。それでパット以外の昨日の採用者は来てるか?」
テリースさんがちょっと困った顔で返事をする。
「採用されたと言っている方はまだお一人しか来ていません。何人採用されたんですか?」
「全部で5人だ。その内3人は今日から来るって言っていたんだが」
イライラと尻尾を振る黒猫君を私が取りなす。
「まだ朝日も昇ってないもんね。流石に早すぎたんじゃない?」
「ああ、どうも俺の読みが甘かった。テリース、入り口に近い診療室を数部屋貸してくれ」
「それは構いません。前庭に面した部屋はどれも使ってませんから、どうぞお好きになさってください」
「あと、ピートルが起きて来たら昼食は昨日と同じものを作るように言っておいてくれ。あ、ここには紙はあるのか?」
黒猫君の質問にテリースさんがちょっと顔を曇らせる。
「……治療用の物しかありません。普段の書付用でしたら、申し訳ありませんが木片を使ってください」
治療用って、私の足みたいなやつかな。
テリースさんが私達の部屋の目の前の扉を開けると、そこはいわゆる物置になってた。いくつもの棚が立ち並び、いくつもの木箱が積み上げられる中、そのうちの一段に薄く削りだされたB4足らずの木片がいくつも積み重ねられてる。そのほとんどはすでに一度使われた物らしく、炭が染みついて薄黒くなっていた。
「これ、何使って書くんだ?」
「こちらの木炭でお願いします。普通は古くなったパンを使って消すんですが……ここではパンは余りませんので使ったものは水洗いして、干して乾かしてからまた使います」
うわぁ、凄く面倒くさい。
「仕方ない、あゆみと俺じゃこれは運べないから、申し訳ないが持てるだけ持って下の診療室に来てくれ。俺たちは先に下に向かう」
私たちがまだ階段を下りてる途中でテリースさんが追い付いてきた。そのまま先に診療室に行って部屋を準備してくれるようにお願いする。
「ネロ君、あゆみさん、大変申し訳ありませんが、私そろそろ農村に向かわなければなりません」
「ぐぁ! そうだった。お前昨日売っちまったんだった。これあゆみと二人だけでなんとかするのかよ」
「本当にすみません」
テリースさんが本当にすまなそうに謝ってるけど、これ全然テリースさんのせいじゃないよね?
「そんなの仕方ありませんよ、お仕事頑張ってきてください」
唸ってる黒猫君を横目にそう言ってテリースさんを送り出す。そんな私の横でイライラしながら黒猫君が「なに暢気なことを」とブツブツ文句言ってた。
どこか遠くで誰かが呼んでいる。私はまだ微睡の中で、意識が半分こちらに帰ってきてない。
「あゆみさん、起きてください、申し訳ありませんが部屋に入りますよ?」
「あぁ……待て。俺が起こして連れてくから待ってろ」
ん? 黒猫君……とテリースさん?
黒猫君の肉球の手で何回か顔を踏まれる。
んー、もうちょっと。
「起きろあゆみ、なんか変だぞ。ほら!」
何かが私の布団を剥いだ。その何かは勿論黒猫君なのだが。
目は覚めて来たけど悔しいから起きたくない。そんな私の背中を黒猫君の柔らかい手がぷにぷにと何度も押す。起こそうとしてるんだろうけどそれ逆効果だよ、気持ちよくて微睡みが戻ってくる。
「いい加減にしろ、お前起きてるだろ。まだ狸寝入りするか?」
焦れてりゃいい。朝一番に布団を剥がれた恨みは大きいぞ。これだけ暗けりゃ、まだ日も出てないだろうに。
「ひゃぁ!」
とんでもない! 寝たふりしてたら思いっきり瞼ごと目玉を舐め上げられた。
「猫だと思って馬鹿にすんなよ」
「んもう! 昨日疲れたからもう少しだけ!」
「馬鹿言ってないでとっとと起きろ! なんか変だ、下がうるさい。今起きないと後悔するぞ」
黒猫君の思いがけなく真剣な声にこの前の夜襲を思い出し、背中を冷や汗が伝って一気に目が覚めた。
「なに、何が変なの?」
「日が昇ってないのに外が明るい」
「え?」
言われてみれば、揺らめくような光が鎧戸の隙間から差し込んでいた。飛び上がって杖を掴んで窓際に移動する。鎧戸を開けると──
「何これ……?」
「げ、まさか!」
黒猫君が背中の毛を逆立てて威嚇した。そんな威嚇してどうにかなるものではなさそうだけどさ。
何があったって、治療院の庭が人と荷車でいっぱいだったのだ。
私の部屋が面しているのは裏庭のはず。なのに庭全体がいくつもの松明の明かりで煌々と照らしだされてた。
「マズい、ここまで早くから集まって来るとは思ってなかった」
「え? 何のこと?」
「お前もう忘れたのか。昨日キールが約束しただろう。今日一日は時価で物品を買い取るって」
「え? うわ、まさかこれ全部買い取り希望者?!」
「多分な……ここで見ててもしょうがない、とっとと着替えろ」
言われて初めて自分が下着姿で窓辺に立っているのに気がまわった。慌てて鎧戸を閉め直して新しい服を掴んで着替える。っと、ちょっと待って、なんで服がまた2枚あるんだ?
「黒猫君、おととい私が着てた服、どこいったか知ってる?」
「え? お前そこの椅子に掛けて乾かしてたろう?」
「うん、そうなんだけど、いつの間にか綺麗になってここに一緒に畳んである気がする」
「へ? じゃ、誰かが入ってきて片付けたってのか?」
「うん、多分」
そこではたと気づく。
「ねえ、黒猫君、この治療院の中っていつも凄く綺麗に掃除されてるよね」
「そう言えばそうだな」
「これ、一体誰がやってるんだろう?」
「……さあ? それより急げ」
確かに今そんなこと話してる場合じゃないね。
私は一旦その考えは放り出して、着替えを手早く済ませて杖を使って部屋をあとにした。
部屋の扉を開けるとテリースさんが扉のすぐ目の前で待っていた。
「ネロ君、あゆみさん、どうしましょうか。沢山の方が治療院の前に列を作ってらっしゃるんです」
「キールはどうした?」
「まだ兵舎からいらしていません。先ほどパット君という子がネロ君に合格もらって今日から働きに来たと言って来られたので兵舎への連絡をお願いしました」
「ああ、それは助かる。それでパット以外の昨日の採用者は来てるか?」
テリースさんがちょっと困った顔で返事をする。
「採用されたと言っている方はまだお一人しか来ていません。何人採用されたんですか?」
「全部で5人だ。その内3人は今日から来るって言っていたんだが」
イライラと尻尾を振る黒猫君を私が取りなす。
「まだ朝日も昇ってないもんね。流石に早すぎたんじゃない?」
「ああ、どうも俺の読みが甘かった。テリース、入り口に近い診療室を数部屋貸してくれ」
「それは構いません。前庭に面した部屋はどれも使ってませんから、どうぞお好きになさってください」
「あと、ピートルが起きて来たら昼食は昨日と同じものを作るように言っておいてくれ。あ、ここには紙はあるのか?」
黒猫君の質問にテリースさんがちょっと顔を曇らせる。
「……治療用の物しかありません。普段の書付用でしたら、申し訳ありませんが木片を使ってください」
治療用って、私の足みたいなやつかな。
テリースさんが私達の部屋の目の前の扉を開けると、そこはいわゆる物置になってた。いくつもの棚が立ち並び、いくつもの木箱が積み上げられる中、そのうちの一段に薄く削りだされたB4足らずの木片がいくつも積み重ねられてる。そのほとんどはすでに一度使われた物らしく、炭が染みついて薄黒くなっていた。
「これ、何使って書くんだ?」
「こちらの木炭でお願いします。普通は古くなったパンを使って消すんですが……ここではパンは余りませんので使ったものは水洗いして、干して乾かしてからまた使います」
うわぁ、凄く面倒くさい。
「仕方ない、あゆみと俺じゃこれは運べないから、申し訳ないが持てるだけ持って下の診療室に来てくれ。俺たちは先に下に向かう」
私たちがまだ階段を下りてる途中でテリースさんが追い付いてきた。そのまま先に診療室に行って部屋を準備してくれるようにお願いする。
「ネロ君、あゆみさん、大変申し訳ありませんが、私そろそろ農村に向かわなければなりません」
「ぐぁ! そうだった。お前昨日売っちまったんだった。これあゆみと二人だけでなんとかするのかよ」
「本当にすみません」
テリースさんが本当にすまなそうに謝ってるけど、これ全然テリースさんのせいじゃないよね?
「そんなの仕方ありませんよ、お仕事頑張ってきてください」
唸ってる黒猫君を横目にそう言ってテリースさんを送り出す。そんな私の横でイライラしながら黒猫君が「なに暢気なことを」とブツブツ文句言ってた。
0
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした
桜井吏南
ファンタジー
え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?
私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。
お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。
仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。
そして明かされたお父さんの秘密。
え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?
だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。
私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。
心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。
そして私の秘められし力とは?
始まりの章は、現代ファンタジー
聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー
完結まで毎日更新中。
表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる