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第2章 基盤

8 謝罪

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「あゆみ、これをそのナイフを使って小さくちぎってくれ」

 厨房の端から黒猫君がそう言って持ってきたのは使い古されてほつれていた布巾。その端っこを言われた通り十センチ角くらいに切り取る。

「残りはテリースが汲んでくれた水を垂らして絞っとけ」

 布巾はそこそこ大きく、カップで水を汲んで濡らしてから絞ると床に少し水が溜まる。
 しまった、これは私には危ないから次からちゃんと流し場でやらなきゃ。

「おい、この空の壺とこっちの火ばさみも持ってこっち来てくれ」

 今切り出した布巾の切れ端を咥えながら、黒猫君が私に指示を出す。私は黒猫君に言われた通り壺と暖炉の横に置かれていた火ばさみを脇に抱えて暖炉の前に向かった。
 暖炉の火はすでに落ちかけてて火力が落ちてきてる。黒猫君がそこに枝を一本足すと、そこだけ新たな火が上がる。気温はそれ程寒くないけど、服が濡れていたので暖炉の火が温かくて気持ちいい。

「あゆみ、次は一度に終わらせたいから先に手順を説明するぞ」

 そう言って黒猫君がテーブルの上に飛び乗った。

「まず、この布の切れ端を四つ折りにして火ばさみで挟んで持って、まんべんなく火で炙ってやる。全体に火が回ったところでコッチの壺に入れて蓋をする。すぐにこの濡れタオルで壺と蓋の間を目ばりして塞ぐ。分かったか?」
「えっと、こうして持って、焼いたらこっちの壺に入れて目ばりね?」
「そうだ」

 先に手順を確認し、机の上の壺と暖炉の火が私でも届く事を確認して言われた作業をやってみる。こういう作業は片足立ちで一気にやることになるので結構辛い。ここしばらくで片足で立つのも安定したけどまだ長時間は怖い。
 それでも布が小さいのであっという間に火が回って、焦って壺に入れて目ばりをする。

「これなんに使うの?」
「これは俺も布でやったことないから自信ないんだけどな。多分明日ちょっと楽ができる」
「あ、それで思い出したけど今日仕事してて思ったんだけどね。出来たら椅子をこの火の前と井戸の横に置いておきたいなって。そうすれば私でも毎回床に倒れ込まないで色々出来てありがたいんだけど」
「分かりました。お手伝いしましょう。あとこちらの臼と樽の横にも置いておきましょうね」

 突然後ろから声がして、振り返ればテリースさんが厨房の入り口の所からこちらを見てた。

「テリースさん?」
「今日のことをもう一度お二人にちゃんと謝っておきたいと思いまして」

 そう言って厨房に入ってきたテリースさんは、厨房の端に置かれていた椅子を動かしながら話し始めた。

「今日はまるで騙すような形になってしまって本当に申し訳ありませんでした」
「そ、それは……」
「本当だな。ここは思っていた以上に酷いぞ。正にタダより高いものはなかったな」
「黒猫君!」

 黒猫君のあまりに明け透けな答えに焦ってテリースさんの顔色を見てしまう。

「ええ。ネロ君の言う通りです。申し訳ないのですが、私自身も困り果てておりましたので」
「テリース、言いづらかったのは分かるがもう二度とやめろよ。俺達だってあんたの事は信用したいんだ。それなりに協力はしたいと思うがお互いを信頼出来ないようじゃとても無理だ」
「仰る通りです。これからは隠さずお話するとお約束します」
「まあ、あんたは俺達に逃げる道を残してくれるつもりだったんだろうがな」
「え? どういう事?」
「ああ、テリースにしてみればここでやって行くより王都に行くなり他を探すなり、俺達が他の道を選ぶ方がいいと思うかもしれないと考えたんじゃないか? だから下手に詳しく説明して俺達がここに縛られないようにとでも思ったんだろ」

 黒猫君の言葉をテリースさんは否定しなかった。

「……実際国の保護下にいれば飢えることはありません」
「だが長期的にみて何されるか分かったもんじゃない。他の手段もな」

 ああ、さっき話してた娼館のことか。

「そんなことを考えるより、俺はここで何ができるのかきっちり腹を割って話したほうが建設的だと思うぞ」
「ええ、私もそのつもりできました。ちょっと待ってください。まずは椅子を動かしてからお茶を入れましょう」

 そう言いながら椅子を私が言ってたところに邪魔にならないように考えて配置してくれる。それからカップやお茶の葉を準備してポットにお水を汲んでそれを両手で包み込んだ。

「……それ、もしかして魔法でお湯を温めてるのか?」
「はい。私くらいの魔術師では一瞬で沸騰させたりは無理ですから」

 テリースさんがちょっと恥ずかしそうに言うけど。
 ず、ずるい。
 お湯を沸かすの、凄く大変だったんだよ!

「分かったかあゆみ。魔法が使えることの大切さが」
「切実にわかったよ……」

 テリースさんがちょっと困った顔になる。

「残念ながらこればっかりは生まれ持った資質ですからね。明日の仕事が終わったら一度テストしてみましょうね」
「はい、よろしくお願いします!」

 そこでお湯が湧いたらしくテリースさんがお茶を入れてくれた。すっごく味が薄いけど暖かいだけで滅茶苦茶おいしく感じる。

「それでテリース、ここの現状をなるべく詳しく説明してくれ」
「はい」

 黒猫君に促されたテリースさんの説明によると。
 ここは元々教会主導のボランティアで開かれた治療院なのだそうだ。
 地域の低所得者に無料または低価格で治療を提供する。災害時には被災者の生活の支援などもしていてこの地域の互助会のような役割をしてきたらしい。
 ところが狼人族が巣食うようになって人が減り、まず互助会としての支援が減った。
 次に王都の中央政府から連絡が来なくなった。
 この時点で事態を危ぶんだ教会のおもだった皆様が様子を見に行ってくると王都に向かったっきり帰って来なくなった。お陰で現在、教会もガラガラなのだそうだ。
 次にこの街への物資の供給が途絶えた。今まではこの地域の特産物とバランスした状態で取引されていた穀物などの流通が途絶えてしまった。
 この治療院も今までの蓄積があったからなんとか食いつないでこれたけど、それもとうとう使い切ってしまった。元々テリースさんが砦や兵舎に行って働くことで得られる給金を使って必要な医療品を買っていたのだそうだけど、今では物価が上がってしまって毎日の食料を手に入れるのもおぼつかないらしい。

「給金の支払いは本来月ごとなんですが、私だけ隊長に無理を言って週末に支払ってもらっています」
「あ、待ってくれ、ここの一週間はどうなっている?」
「えっと、月の日から火、水、木、金、土の日までは働く日です。最後の神の日だけは教会に行くために半日は休みになります」
「週の数え方は同じか」
「本当だね。でも日曜もお休みじゃないんだ。いつ休むの?」
「え? 夜休みますよ?」

 私は頭を抱え込んでしまった。週休二日とは言わないけど日曜ぐらい休みたい。

「こいつは放っておいていい。それで今日は何の日だ?」
「今日が金の日です。明日の夜には給料が入ります」
「それはどれくらいになるんだ?」
「……えっと、ではお金のお話をしておきましょう」

 テリースさんはちょっと情けない顔で私たちを見回した。
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