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第1章 始まり
7 夜襲
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森の中は暗く視界が利かず、恐ろしかった。
テリースさんはその中を、まるで全て見えているかのように自信満々で駆け抜けていく。
時々さっきまで自分たちがいた辺りで真っ赤な光が走るのが、テリースさんの肩越しに見える。
遠くから剣戟らしき甲高い金属音が風に乗って響いて来てた。すぐに彼方此方で何か燃え始めたようで、その明かりに照らされて微かに周囲が見え始めた。視界が少し開けて走りやすくなったはずなのに、頭上に見えるテリースさんの顔に焦りの色が浮かぶ。
「くっ、いけない。これでは見つかってしまう」
そう言ってテリースさんは今までにも増して走る速度を上げた。
──── ヒュッ!
何かが顔のすぐ横を掠め飛んでいく。
──── ヒュッ トスッ!
すぐ横の大木の幹に矢が突き刺さるのが見えてぞっとした。
狙われてるんだ、私たち!
それを振り返ることもなくテリースさんは駆けつづける。
なのに、前方にやっと森の終わりが見えたところで急に止まってしまった。
どうしたのかと見上げれば、奥歯を噛みしめて痛みに耐えるテリースさんの顔が目に入った。
「テ、テリースさん!?」
私の呼びかけにも声を返せないみたい。そのまま無言でその場で崩れ落ちていく。勿論抱えられていた私も一緒に転がり落ちた。
「あ、あゆみさん、逃げて……」
すぐ横に倒れてるテリースさんが、かすれた声を絞り出して私に言う。
そんな無茶な。
よく見ると、テリースさんの太腿に一本の長い矢が突き刺さってる。
どうしよう、やっぱり狙われてたんだ。
テリースさんの太腿に突き刺さった矢を引き抜こうと手を伸ばしかけて、以前傷口から刺さったものを引き抜くと出血がひどくなると聞いたのを思い出し、慌てて思いとどまる。
でもこのままじゃ私も彼も逃げられない。
そう思いながらもオタオタするだけで、私は本当に何もできなかった。
響いてくる騒音に、とにかく逃げなきゃ、と気づいてやっと行動をおこす。
なんとか這いずって前に進み、自分のところまでテリースさんを引きずりよせる。
また少し這いずって進んで、テリースさんを引きずって。
そうやって汗だくになって頑張ったのに、たった5メートルくらい進んだ所で、すぐ近くから下草を踏みしめる音が聞こえてきた。
お、追いつかれた!
まだ見ぬ敵の正体が怖くて、視線を向けるのも躊躇われる。
でも、すぐにこれ以上逃げるのは無理だって理解した私は、最後の勇気を振り絞って声を上げた。
「そこで止まって! こっちに来ないで!」
「……なぜ?」
よく通る声が返事をした。
私の必死の叫びを、だけどその声の主はまるで意に介さずにこちらに歩み寄ってくる。
「仕留めたのは男だけか。ああ、こっちもすでに傷物だったみたいだな。それで逃げられなかったか」
まるで獲物を見分するような言葉をかけてきたその相手は、暗闇で見てもまだ真っ黒く見える鎧を付けた、狼だった。
狼が鎧、って変に聞こえると思うけど、狼は顔だけ。身体はまるで人間のような体型で普通に二本足で立ってる。手足には毛が生えて毛皮のようだけど、それでも一応人のように指もあれば足もある。
もう一つ大きく違うのは長くてふさふさの尻尾。
これっていわゆる獣人というやつでしょうか?
その彼が私達を見下ろして、冷たい声で言い放つ。
「食われるのと売られるの、どっちがいい?」
そんな二択いりません。
「どっちも嫌」
「仕方ない、女にはもう一つ選択肢をやろう。食われるのと売られるの、それか俺のペットになるの、どれがいい?」
三択になっても状況は全然改善しなかった。
「どれも嫌。いっそここで殺して」
「フミィー!!!」
私の言葉を否定するように、黒猫君が私の目の前で総毛を逆立てて狼男に立ち向かった。
「なんだ、この猫は」
狼男はチロリと黒猫君に目を向けて蹴散らすように足で払う。黒猫君はハラリと飛び上がってそれを躱し、そのまま狼男の鎧を駆け上って顔まで這いあがった。
「なっ!」
猫一匹と油断したのだろう、その隙を突いて顔に張り付いた黒猫君は、あのきらりと光る両手の爪で思いっきり狼男の両目を突き刺した。
「ぐぁぁぁぁ!」
悲鳴にならない悲鳴を上げて、狼男が転がりまわる。両目からは間違いなく血が流れだしてた。
うわ、黒猫君、凄い! 容赦ない一発だった。
狼男が苦しんでる間に少しでも距離を取ろうと、私はまたテリースさんを引きずって這いずり始める。
いくら遅くたって、這いずり続ければいつかは森を出られるはず。
この狼男が立ち直る前に、手が届かないところまで離れたい。
そんな私の願いもむなしく、1メートルも進まないうちに狼男の手が私の左足首を掴んだ。
「この人間どもが! 逃がすか」
「あゆみ、早くそれで首筋を貫け!」
どこからか声が聞こえた。
ふと気づけば、私は一本の刀を手にしてた。
多分この狼男が落としたものだろう。
必死でそれを振り上げ、振り下ろした。
「ぐふっ!」
ブスリと肉に突き刺さる感触が手に返ってくる。
慌ててそれを手離してしまった。
「何してんだ、刀を拾え、もう一発刺すんだ!」
「無理!」
「畜生、じゃあせめてそれを拾って這ってけ!」
私は無我夢中で刀を拾って、刃が自分に当たらないように支え、這いずってはテリースさんを引きずる作業を再開する。
視界の端に、さっき自分が突き刺した狼男の動かない体が見えた。あえてそちらは見ないようにした。
汗ダラダラになりながら作業を繰り返して、もう時間の感覚が分からなくなり始めた頃、やっと森が開けて草地に出た。
森の端、草がまだ生え出さないその地面の上で、ぐったりと倒れこんだ。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
自分の息切れの音だけが聞こえる。
戦闘はいつの間にか終わっていたようで剣戟の音もすでに聞こえない。時折、草原を走る風が草を波立てる音が聞こえた。
五分程してやっと息が整って周りを見回す。私のすぐ横にはテリースさんがうつぶせに倒れてる。額には凄い汗が浮かんでいた。
他に人影はない。
テリースさんの様子が見えたのは、森を抜けて空から月の明かりが射していたからだと気づいた。お陰で今度は逆に今抜けてきた森の中が真っ暗に見える。
あの戦いはどうなったんだろう?
誰か来てくれるのだろうか?
不安で胸が締め付けられる。
しばらくするとまた森の中から音が聞こえてきた。下草を踏みしめる音、枝が折れる音。
一つじゃない。
一人じゃない。
森の中を数人がこちらに向かってきてる。
ビクビクとしながら、でも目を背ける事も出来なくてそちらを見守った。
「ミァー!」
ヒョイっと最初に森から草むらに飛び出してきたのは黒猫君だった。
「黒猫君!」
「大丈夫か!?」
すぐにさっき洞窟で見た青い髪の大柄な鎧の男が黒猫くんの後ろから現れた。私と私の横に倒れているテリースさんを見て、すかさず跪いてテリースさんを起こしあげる。体中を触診しながら私に声を掛けた。
「君は大丈夫か? 怪我はないか?」
「はい、前の傷以外少し擦ったくらいで問題ありません」
「それは良かった。テリースもこの矢傷以外、外傷はないようだが合ってるか?」
「私もそれ以外みませんでした。あ、でも私がここまで引きずってきちゃったので身体の下が擦れちゃってるかも」
「そのくらい仕方なかろう。君に命を救われたんだ、文句はあるまい」
そう言って触診を終えた彼はテリースさんの額に手を当てて軽く目を瞑る。
「取り合えずこいつにも痛覚隔離だけは掛けておこう。治療は一度街に入ってからだ」
青髪の男性が、そう言ってテリースさんの腿の後ろに突き刺さった矢を付け根の所で切り落とす。
ああすればよかったのか。
そう思った瞬間、身体がふわりと持ち上がった。
「時間がない、行くぞ」
言葉とともに軽々と私を抱え上げた青髪の男性は、後続の数人の兵士と共にその場を後にした。
テリースさんはその中を、まるで全て見えているかのように自信満々で駆け抜けていく。
時々さっきまで自分たちがいた辺りで真っ赤な光が走るのが、テリースさんの肩越しに見える。
遠くから剣戟らしき甲高い金属音が風に乗って響いて来てた。すぐに彼方此方で何か燃え始めたようで、その明かりに照らされて微かに周囲が見え始めた。視界が少し開けて走りやすくなったはずなのに、頭上に見えるテリースさんの顔に焦りの色が浮かぶ。
「くっ、いけない。これでは見つかってしまう」
そう言ってテリースさんは今までにも増して走る速度を上げた。
──── ヒュッ!
何かが顔のすぐ横を掠め飛んでいく。
──── ヒュッ トスッ!
すぐ横の大木の幹に矢が突き刺さるのが見えてぞっとした。
狙われてるんだ、私たち!
それを振り返ることもなくテリースさんは駆けつづける。
なのに、前方にやっと森の終わりが見えたところで急に止まってしまった。
どうしたのかと見上げれば、奥歯を噛みしめて痛みに耐えるテリースさんの顔が目に入った。
「テ、テリースさん!?」
私の呼びかけにも声を返せないみたい。そのまま無言でその場で崩れ落ちていく。勿論抱えられていた私も一緒に転がり落ちた。
「あ、あゆみさん、逃げて……」
すぐ横に倒れてるテリースさんが、かすれた声を絞り出して私に言う。
そんな無茶な。
よく見ると、テリースさんの太腿に一本の長い矢が突き刺さってる。
どうしよう、やっぱり狙われてたんだ。
テリースさんの太腿に突き刺さった矢を引き抜こうと手を伸ばしかけて、以前傷口から刺さったものを引き抜くと出血がひどくなると聞いたのを思い出し、慌てて思いとどまる。
でもこのままじゃ私も彼も逃げられない。
そう思いながらもオタオタするだけで、私は本当に何もできなかった。
響いてくる騒音に、とにかく逃げなきゃ、と気づいてやっと行動をおこす。
なんとか這いずって前に進み、自分のところまでテリースさんを引きずりよせる。
また少し這いずって進んで、テリースさんを引きずって。
そうやって汗だくになって頑張ったのに、たった5メートルくらい進んだ所で、すぐ近くから下草を踏みしめる音が聞こえてきた。
お、追いつかれた!
まだ見ぬ敵の正体が怖くて、視線を向けるのも躊躇われる。
でも、すぐにこれ以上逃げるのは無理だって理解した私は、最後の勇気を振り絞って声を上げた。
「そこで止まって! こっちに来ないで!」
「……なぜ?」
よく通る声が返事をした。
私の必死の叫びを、だけどその声の主はまるで意に介さずにこちらに歩み寄ってくる。
「仕留めたのは男だけか。ああ、こっちもすでに傷物だったみたいだな。それで逃げられなかったか」
まるで獲物を見分するような言葉をかけてきたその相手は、暗闇で見てもまだ真っ黒く見える鎧を付けた、狼だった。
狼が鎧、って変に聞こえると思うけど、狼は顔だけ。身体はまるで人間のような体型で普通に二本足で立ってる。手足には毛が生えて毛皮のようだけど、それでも一応人のように指もあれば足もある。
もう一つ大きく違うのは長くてふさふさの尻尾。
これっていわゆる獣人というやつでしょうか?
その彼が私達を見下ろして、冷たい声で言い放つ。
「食われるのと売られるの、どっちがいい?」
そんな二択いりません。
「どっちも嫌」
「仕方ない、女にはもう一つ選択肢をやろう。食われるのと売られるの、それか俺のペットになるの、どれがいい?」
三択になっても状況は全然改善しなかった。
「どれも嫌。いっそここで殺して」
「フミィー!!!」
私の言葉を否定するように、黒猫君が私の目の前で総毛を逆立てて狼男に立ち向かった。
「なんだ、この猫は」
狼男はチロリと黒猫君に目を向けて蹴散らすように足で払う。黒猫君はハラリと飛び上がってそれを躱し、そのまま狼男の鎧を駆け上って顔まで這いあがった。
「なっ!」
猫一匹と油断したのだろう、その隙を突いて顔に張り付いた黒猫君は、あのきらりと光る両手の爪で思いっきり狼男の両目を突き刺した。
「ぐぁぁぁぁ!」
悲鳴にならない悲鳴を上げて、狼男が転がりまわる。両目からは間違いなく血が流れだしてた。
うわ、黒猫君、凄い! 容赦ない一発だった。
狼男が苦しんでる間に少しでも距離を取ろうと、私はまたテリースさんを引きずって這いずり始める。
いくら遅くたって、這いずり続ければいつかは森を出られるはず。
この狼男が立ち直る前に、手が届かないところまで離れたい。
そんな私の願いもむなしく、1メートルも進まないうちに狼男の手が私の左足首を掴んだ。
「この人間どもが! 逃がすか」
「あゆみ、早くそれで首筋を貫け!」
どこからか声が聞こえた。
ふと気づけば、私は一本の刀を手にしてた。
多分この狼男が落としたものだろう。
必死でそれを振り上げ、振り下ろした。
「ぐふっ!」
ブスリと肉に突き刺さる感触が手に返ってくる。
慌ててそれを手離してしまった。
「何してんだ、刀を拾え、もう一発刺すんだ!」
「無理!」
「畜生、じゃあせめてそれを拾って這ってけ!」
私は無我夢中で刀を拾って、刃が自分に当たらないように支え、這いずってはテリースさんを引きずる作業を再開する。
視界の端に、さっき自分が突き刺した狼男の動かない体が見えた。あえてそちらは見ないようにした。
汗ダラダラになりながら作業を繰り返して、もう時間の感覚が分からなくなり始めた頃、やっと森が開けて草地に出た。
森の端、草がまだ生え出さないその地面の上で、ぐったりと倒れこんだ。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
自分の息切れの音だけが聞こえる。
戦闘はいつの間にか終わっていたようで剣戟の音もすでに聞こえない。時折、草原を走る風が草を波立てる音が聞こえた。
五分程してやっと息が整って周りを見回す。私のすぐ横にはテリースさんがうつぶせに倒れてる。額には凄い汗が浮かんでいた。
他に人影はない。
テリースさんの様子が見えたのは、森を抜けて空から月の明かりが射していたからだと気づいた。お陰で今度は逆に今抜けてきた森の中が真っ暗に見える。
あの戦いはどうなったんだろう?
誰か来てくれるのだろうか?
不安で胸が締め付けられる。
しばらくするとまた森の中から音が聞こえてきた。下草を踏みしめる音、枝が折れる音。
一つじゃない。
一人じゃない。
森の中を数人がこちらに向かってきてる。
ビクビクとしながら、でも目を背ける事も出来なくてそちらを見守った。
「ミァー!」
ヒョイっと最初に森から草むらに飛び出してきたのは黒猫君だった。
「黒猫君!」
「大丈夫か!?」
すぐにさっき洞窟で見た青い髪の大柄な鎧の男が黒猫くんの後ろから現れた。私と私の横に倒れているテリースさんを見て、すかさず跪いてテリースさんを起こしあげる。体中を触診しながら私に声を掛けた。
「君は大丈夫か? 怪我はないか?」
「はい、前の傷以外少し擦ったくらいで問題ありません」
「それは良かった。テリースもこの矢傷以外、外傷はないようだが合ってるか?」
「私もそれ以外みませんでした。あ、でも私がここまで引きずってきちゃったので身体の下が擦れちゃってるかも」
「そのくらい仕方なかろう。君に命を救われたんだ、文句はあるまい」
そう言って触診を終えた彼はテリースさんの額に手を当てて軽く目を瞑る。
「取り合えずこいつにも痛覚隔離だけは掛けておこう。治療は一度街に入ってからだ」
青髪の男性が、そう言ってテリースさんの腿の後ろに突き刺さった矢を付け根の所で切り落とす。
ああすればよかったのか。
そう思った瞬間、身体がふわりと持ち上がった。
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