上 下
372 / 406
第13章 ヨークとナンシーと

2 ナンシーの待ち人たち1

しおりを挟む
 夕暮れに染まる丘陵には、黄金色の穂を垂れる麦畑と、幾つもの綺麗に刈り取られた麦畑が交互に広がっていた。
 所々に転がってる大きなロールは刈り取った後の麦を巻き取ったもので、冬に向けて牧草と一緒に家畜にあたえるらしい。

 黒猫君が私の気を散らそうと指差して教えてくれたけど、そんなの目を止める間もなくあっという間に過ぎ去ってくからほとんど見えなかった。

 刈り取られた畑のほうが増えてきて、遠目にナンシーの城門が見えた頃、私の叫び声はすっかり枯れきって絞り出されるのは空気だけになってた。

 下りの船でも本来四日かかる道のりを、バッカスは一日半で走りきっちゃった。狼人族のスピードは多分車並みだよね……

 バッカスはその勢いのまま城門を抜け、馬場を抜けて兵舎裏でやっと止まった。
 駆け抜ける時、城門の兵士さんが驚いた顔でこっち見てたけど、止める人は誰もいなかった。
 もうみんなバッカスとは顔見知りみたい。

「こ、こちらへどうぞ」

 今朝、王城に直接行くのは問題があるって言ってた黒猫君は正しかったみたい。

 私たちが降りてバッカスが人化をはじめるころには、兵舎裏はわらわらと集まってきた兵士さんたちであふれ返り、私たちはそろって引き留められた。
 慌てて数人がお城に走って行くのを横目に、私たちはカールさん他数人の見覚えのある兵士さんたちに囲まれて、以前使っていた部屋へと案内された。
 黒猫君はまだ軍に籍があるし、この部屋はそのまま私たち専用に残されてるらしい。
 そこで慌ただしくドレスと制服に着替えをさせられた私たちは、人型に戻って水を浴びたバッカスごと、迎えにきた黒塗りの馬車に放り込まれた。
 兵舎の片隅に立つ王立研究機関の建物を横目に見つつ、結局声をかける時間さえもらえなかった。


 驚いたことに、放り込まれた馬車の中にはシアンさんと、なんとテリースさんが一緒に乗っていた。

「おかえりなさいませ、あゆみさん、ネロさん」
「シアンお前──」
「ネロさん、残念ながら今私にあゆみさんの魔力について質問してる時間はなさそうよ」

 黒猫君が早速詰め寄ろうとした途端、シアンさんが笑顔で遮った。
 出鼻を挫かれた黒猫君が呆気にとられ、顔をひきつらせてシアンさんを見返してる。
 すぐに叫び出しそうになった黒猫君を、今度はテリースさんが控えめに静止して話しだした。

「ネロさん、残念ながら今は大叔母様の言う通りです。今朝ヨークからの先ぶれが到着したんですよ、明日中には教皇代理として福音推進省長官がナンシーに到着するとのことです」
「え!」
「クソ、なんで突然勝手に来ちまうんだよ」
「あら、丁度いいタイミングではなくて?」

 すかさず文句を吐いた黒猫君に、嬉しそうに手を合わせたシアンさんが重ねるように答えた。

「どこがだよ! こっちは今やっと帰り着いたとこだぞ」
「だからこそです。例え出迎えがちゃんとできなくても充分な言い訳になりますでしょう?」

 そう言ってシアンさんが茶目っ気たっぷりの笑顔で黒猫君を見返す。

「ネロさんとあゆみさんが少しくらい身なりを整えられなくても、無作法でも、きっと誰も咎めたりできませんもの」

 そっか。
 今まではキールさんと一緒に行動してたからなんとかなってきてたけど、確かに他の街で知らない人たちに会うんじゃもっとしっかりと礼儀作法やり直すことになってたかも。
 この前一通りの礼儀作法や話し方は習ったけど、あれだってキールさんが途中で抑えてくれたから最低限で終わっちゃってたし、それでさえ黒猫君は文句言ってたし。

「こちらからヨークに出向くとなったらそうはいかなかったでしょうね」

 シアンさんのその言葉に、黒猫君が低く呻いて渋々頷いた。
 そのまま不機嫌そうに黙り込んじゃった黒猫くんは放っておいて、シアンさんの隣に座ってるテリースさんに尋ねてみる。

「シアンさんはともかく、テリースさんはなんでここにいるんですか?」

 と、テリースさんがその綺麗な眉尻を下げて私と黒猫君を見比べた。

「私は送られてきた農民の皆さんを治療するためにキーロン陛下に呼ばれたんですよ」
「あ、そうですよね、それはすみませんでした」
「いいえ、あゆみさんが謝ることはなにもありません。それどころか、あれだけの人数をこの短期間で救出してくださって本当にありがとうございました」

 テリースさんはそう言ってくれるけど、テリースさんだって今はウィスキーの街の管理もしてるはず。

「でもテリースさん、ウィスキーの街の治療院は大丈夫なんですか?」
「ああ、あちらは前回人手をナンシーから雇いましたし、最悪急患が出たら狼人族の誰かが私を迎えに来てくれます。カントリーハウスのやりくりはもうほとんどパットがビーノと二人で回してますから大丈夫ですよ」
「パット君とビーノ君、そんなに頑張ってるんですか!」

 ビーノ君は最初は荷物運びをするつもりで残ったんだと思ってたけど違うらしい。確かに最後に会ったときにはパット君と意気投合してたのは覚えてる。

「ええ、パットとはまた違って貧民街での交渉などは彼のほうが上手くやっています。パットは商談のほうが合ってますから二人でバランスが取れていていい組み合わせになっています」
「そうなんですね」 

 どうやらいつの間にかパット君とビーノ君はお互いに支えあえる仲になってるみたい。なんか嬉しくて、勝手に笑顔がこぼれだす。でもそこで思い出して聞き直した。

「それでここに運ばれた皆さんの治療のほうはいかがですか」

 そう、今はこっちのほうが知りたい。

「大丈夫、あゆみさんたちのお屋敷にお世話になってるエルフも総出で治療してるから、徐々に回復してそれぞれの村に帰りだしているわよ」

 身を乗り出し気味に尋ねた私にシアンさんが笑顔で答えてくれた。

「あんたらがタダで手伝ってくれるとか、あとが怖そうだぞ」

 と、それまでブスッと外を見てた黒猫君が皮肉を込めてシアンさんに失礼なことを言った。心配してシアンさんを見やれば、だけどシアンさんは黒猫君にも同様の笑顔を向ける。

「心配いらないわ。今回はもうキーロン殿下に埋め合わせして頂いてますから。あとで様子を見にくるといいわ」

 機嫌よくそう答えたシアンさんを困り顔で見やったテリースさんが、シアンさんの言葉を補足するように付け足した。

「大叔母様の要請でキーロン陛下が兵を出して神殿周りの茨を取り除いたんですよ」

 そう言ったテリースさんの眉が徐々に下がってく。

「シアン大叔母様は現在そこを片付けて治療院に改修されまして。あの場所で農民の皆さんを治療する代わりに、今後あの神殿の管理権を正式にキーロン陛下から奪い取った──いえ、受諾されました」

 どうやら私たちがいない間に、またもキールさんとシアンさんたちの間で色々あったみたい。
 私は農民の皆さんが早く元気になってくれるのが一番うれしいけれど、黒猫君とテリースさんの反応は微妙そう。

 苦虫を噛み潰したような顔の二人とは対称的に、シアンさんは一人ニコニコと笑顔で私たちを見てた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...