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第13章 ヨークとナンシーと
2 ナンシーの待ち人たち1
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夕暮れに染まる丘陵には、黄金色の穂を垂れる麦畑と、幾つもの綺麗に刈り取られた麦畑が交互に広がっていた。
所々に転がってる大きなロールは刈り取った後の麦を巻き取ったもので、冬に向けて牧草と一緒に家畜にあたえるらしい。
黒猫君が私の気を散らそうと指差して教えてくれたけど、そんなの目を止める間もなくあっという間に過ぎ去ってくからほとんど見えなかった。
刈り取られた畑のほうが増えてきて、遠目にナンシーの城門が見えた頃、私の叫び声はすっかり枯れきって絞り出されるのは空気だけになってた。
下りの船でも本来四日かかる道のりを、バッカスは一日半で走りきっちゃった。狼人族のスピードは多分車並みだよね……
バッカスはその勢いのまま城門を抜け、馬場を抜けて兵舎裏でやっと止まった。
駆け抜ける時、城門の兵士さんが驚いた顔でこっち見てたけど、止める人は誰もいなかった。
もうみんなバッカスとは顔見知りみたい。
「こ、こちらへどうぞ」
今朝、王城に直接行くのは問題があるって言ってた黒猫君は正しかったみたい。
私たちが降りてバッカスが人化をはじめるころには、兵舎裏はわらわらと集まってきた兵士さんたちであふれ返り、私たちはそろって引き留められた。
慌てて数人がお城に走って行くのを横目に、私たちはカールさん他数人の見覚えのある兵士さんたちに囲まれて、以前使っていた部屋へと案内された。
黒猫君はまだ軍に籍があるし、この部屋はそのまま私たち専用に残されてるらしい。
そこで慌ただしくドレスと制服に着替えをさせられた私たちは、人型に戻って水を浴びたバッカスごと、迎えにきた黒塗りの馬車に放り込まれた。
兵舎の片隅に立つ王立研究機関の建物を横目に見つつ、結局声をかける時間さえもらえなかった。
驚いたことに、放り込まれた馬車の中にはシアンさんと、なんとテリースさんが一緒に乗っていた。
「おかえりなさいませ、あゆみさん、ネロさん」
「シアンお前──」
「ネロさん、残念ながら今私にあゆみさんの魔力について質問してる時間はなさそうよ」
黒猫君が早速詰め寄ろうとした途端、シアンさんが笑顔で遮った。
出鼻を挫かれた黒猫君が呆気にとられ、顔をひきつらせてシアンさんを見返してる。
すぐに叫び出しそうになった黒猫君を、今度はテリースさんが控えめに静止して話しだした。
「ネロさん、残念ながら今は大叔母様の言う通りです。今朝ヨークからの先ぶれが到着したんですよ、明日中には教皇代理として福音推進省長官がナンシーに到着するとのことです」
「え!」
「クソ、なんで突然勝手に来ちまうんだよ」
「あら、丁度いいタイミングではなくて?」
すかさず文句を吐いた黒猫君に、嬉しそうに手を合わせたシアンさんが重ねるように答えた。
「どこがだよ! こっちは今やっと帰り着いたとこだぞ」
「だからこそです。例え出迎えがちゃんとできなくても充分な言い訳になりますでしょう?」
そう言ってシアンさんが茶目っ気たっぷりの笑顔で黒猫君を見返す。
「ネロさんとあゆみさんが少しくらい身なりを整えられなくても、無作法でも、きっと誰も咎めたりできませんもの」
そっか。
今まではキールさんと一緒に行動してたからなんとかなってきてたけど、確かに他の街で知らない人たちに会うんじゃもっとしっかりと礼儀作法やり直すことになってたかも。
この前一通りの礼儀作法や話し方は習ったけど、あれだってキールさんが途中で抑えてくれたから最低限で終わっちゃってたし、それでさえ黒猫君は文句言ってたし。
「こちらからヨークに出向くとなったらそうはいかなかったでしょうね」
シアンさんのその言葉に、黒猫君が低く呻いて渋々頷いた。
そのまま不機嫌そうに黙り込んじゃった黒猫くんは放っておいて、シアンさんの隣に座ってるテリースさんに尋ねてみる。
「シアンさんはともかく、テリースさんはなんでここにいるんですか?」
と、テリースさんがその綺麗な眉尻を下げて私と黒猫君を見比べた。
「私は送られてきた農民の皆さんを治療するためにキーロン陛下に呼ばれたんですよ」
「あ、そうですよね、それはすみませんでした」
「いいえ、あゆみさんが謝ることはなにもありません。それどころか、あれだけの人数をこの短期間で救出してくださって本当にありがとうございました」
テリースさんはそう言ってくれるけど、テリースさんだって今はウィスキーの街の管理もしてるはず。
「でもテリースさん、ウィスキーの街の治療院は大丈夫なんですか?」
「ああ、あちらは前回人手をナンシーから雇いましたし、最悪急患が出たら狼人族の誰かが私を迎えに来てくれます。カントリーハウスのやりくりはもうほとんどパットがビーノと二人で回してますから大丈夫ですよ」
「パット君とビーノ君、そんなに頑張ってるんですか!」
ビーノ君は最初は荷物運びをするつもりで残ったんだと思ってたけど違うらしい。確かに最後に会ったときにはパット君と意気投合してたのは覚えてる。
「ええ、パットとはまた違って貧民街での交渉などは彼のほうが上手くやっています。パットは商談のほうが合ってますから二人でバランスが取れていていい組み合わせになっています」
「そうなんですね」
どうやらいつの間にかパット君とビーノ君はお互いに支えあえる仲になってるみたい。なんか嬉しくて、勝手に笑顔がこぼれだす。でもそこで思い出して聞き直した。
「それでここに運ばれた皆さんの治療のほうはいかがですか」
そう、今はこっちのほうが知りたい。
「大丈夫、あゆみさんたちのお屋敷にお世話になってるエルフも総出で治療してるから、徐々に回復してそれぞれの村に帰りだしているわよ」
身を乗り出し気味に尋ねた私にシアンさんが笑顔で答えてくれた。
「あんたらがタダで手伝ってくれるとか、あとが怖そうだぞ」
と、それまでブスッと外を見てた黒猫君が皮肉を込めてシアンさんに失礼なことを言った。心配してシアンさんを見やれば、だけどシアンさんは黒猫君にも同様の笑顔を向ける。
「心配いらないわ。今回はもうキーロン殿下に埋め合わせして頂いてますから。あとで様子を見にくるといいわ」
機嫌よくそう答えたシアンさんを困り顔で見やったテリースさんが、シアンさんの言葉を補足するように付け足した。
「大叔母様の要請でキーロン陛下が兵を出して神殿周りの茨を取り除いたんですよ」
そう言ったテリースさんの眉が徐々に下がってく。
「シアン大叔母様は現在そこを片付けて治療院に改修されまして。あの場所で農民の皆さんを治療する代わりに、今後あの神殿の管理権を正式にキーロン陛下から奪い取った──いえ、受諾されました」
どうやら私たちがいない間に、またもキールさんとシアンさんたちの間で色々あったみたい。
私は農民の皆さんが早く元気になってくれるのが一番うれしいけれど、黒猫君とテリースさんの反応は微妙そう。
苦虫を噛み潰したような顔の二人とは対称的に、シアンさんは一人ニコニコと笑顔で私たちを見てた。
所々に転がってる大きなロールは刈り取った後の麦を巻き取ったもので、冬に向けて牧草と一緒に家畜にあたえるらしい。
黒猫君が私の気を散らそうと指差して教えてくれたけど、そんなの目を止める間もなくあっという間に過ぎ去ってくからほとんど見えなかった。
刈り取られた畑のほうが増えてきて、遠目にナンシーの城門が見えた頃、私の叫び声はすっかり枯れきって絞り出されるのは空気だけになってた。
下りの船でも本来四日かかる道のりを、バッカスは一日半で走りきっちゃった。狼人族のスピードは多分車並みだよね……
バッカスはその勢いのまま城門を抜け、馬場を抜けて兵舎裏でやっと止まった。
駆け抜ける時、城門の兵士さんが驚いた顔でこっち見てたけど、止める人は誰もいなかった。
もうみんなバッカスとは顔見知りみたい。
「こ、こちらへどうぞ」
今朝、王城に直接行くのは問題があるって言ってた黒猫君は正しかったみたい。
私たちが降りてバッカスが人化をはじめるころには、兵舎裏はわらわらと集まってきた兵士さんたちであふれ返り、私たちはそろって引き留められた。
慌てて数人がお城に走って行くのを横目に、私たちはカールさん他数人の見覚えのある兵士さんたちに囲まれて、以前使っていた部屋へと案内された。
黒猫君はまだ軍に籍があるし、この部屋はそのまま私たち専用に残されてるらしい。
そこで慌ただしくドレスと制服に着替えをさせられた私たちは、人型に戻って水を浴びたバッカスごと、迎えにきた黒塗りの馬車に放り込まれた。
兵舎の片隅に立つ王立研究機関の建物を横目に見つつ、結局声をかける時間さえもらえなかった。
驚いたことに、放り込まれた馬車の中にはシアンさんと、なんとテリースさんが一緒に乗っていた。
「おかえりなさいませ、あゆみさん、ネロさん」
「シアンお前──」
「ネロさん、残念ながら今私にあゆみさんの魔力について質問してる時間はなさそうよ」
黒猫君が早速詰め寄ろうとした途端、シアンさんが笑顔で遮った。
出鼻を挫かれた黒猫君が呆気にとられ、顔をひきつらせてシアンさんを見返してる。
すぐに叫び出しそうになった黒猫君を、今度はテリースさんが控えめに静止して話しだした。
「ネロさん、残念ながら今は大叔母様の言う通りです。今朝ヨークからの先ぶれが到着したんですよ、明日中には教皇代理として福音推進省長官がナンシーに到着するとのことです」
「え!」
「クソ、なんで突然勝手に来ちまうんだよ」
「あら、丁度いいタイミングではなくて?」
すかさず文句を吐いた黒猫君に、嬉しそうに手を合わせたシアンさんが重ねるように答えた。
「どこがだよ! こっちは今やっと帰り着いたとこだぞ」
「だからこそです。例え出迎えがちゃんとできなくても充分な言い訳になりますでしょう?」
そう言ってシアンさんが茶目っ気たっぷりの笑顔で黒猫君を見返す。
「ネロさんとあゆみさんが少しくらい身なりを整えられなくても、無作法でも、きっと誰も咎めたりできませんもの」
そっか。
今まではキールさんと一緒に行動してたからなんとかなってきてたけど、確かに他の街で知らない人たちに会うんじゃもっとしっかりと礼儀作法やり直すことになってたかも。
この前一通りの礼儀作法や話し方は習ったけど、あれだってキールさんが途中で抑えてくれたから最低限で終わっちゃってたし、それでさえ黒猫君は文句言ってたし。
「こちらからヨークに出向くとなったらそうはいかなかったでしょうね」
シアンさんのその言葉に、黒猫君が低く呻いて渋々頷いた。
そのまま不機嫌そうに黙り込んじゃった黒猫くんは放っておいて、シアンさんの隣に座ってるテリースさんに尋ねてみる。
「シアンさんはともかく、テリースさんはなんでここにいるんですか?」
と、テリースさんがその綺麗な眉尻を下げて私と黒猫君を見比べた。
「私は送られてきた農民の皆さんを治療するためにキーロン陛下に呼ばれたんですよ」
「あ、そうですよね、それはすみませんでした」
「いいえ、あゆみさんが謝ることはなにもありません。それどころか、あれだけの人数をこの短期間で救出してくださって本当にありがとうございました」
テリースさんはそう言ってくれるけど、テリースさんだって今はウィスキーの街の管理もしてるはず。
「でもテリースさん、ウィスキーの街の治療院は大丈夫なんですか?」
「ああ、あちらは前回人手をナンシーから雇いましたし、最悪急患が出たら狼人族の誰かが私を迎えに来てくれます。カントリーハウスのやりくりはもうほとんどパットがビーノと二人で回してますから大丈夫ですよ」
「パット君とビーノ君、そんなに頑張ってるんですか!」
ビーノ君は最初は荷物運びをするつもりで残ったんだと思ってたけど違うらしい。確かに最後に会ったときにはパット君と意気投合してたのは覚えてる。
「ええ、パットとはまた違って貧民街での交渉などは彼のほうが上手くやっています。パットは商談のほうが合ってますから二人でバランスが取れていていい組み合わせになっています」
「そうなんですね」
どうやらいつの間にかパット君とビーノ君はお互いに支えあえる仲になってるみたい。なんか嬉しくて、勝手に笑顔がこぼれだす。でもそこで思い出して聞き直した。
「それでここに運ばれた皆さんの治療のほうはいかがですか」
そう、今はこっちのほうが知りたい。
「大丈夫、あゆみさんたちのお屋敷にお世話になってるエルフも総出で治療してるから、徐々に回復してそれぞれの村に帰りだしているわよ」
身を乗り出し気味に尋ねた私にシアンさんが笑顔で答えてくれた。
「あんたらがタダで手伝ってくれるとか、あとが怖そうだぞ」
と、それまでブスッと外を見てた黒猫君が皮肉を込めてシアンさんに失礼なことを言った。心配してシアンさんを見やれば、だけどシアンさんは黒猫君にも同様の笑顔を向ける。
「心配いらないわ。今回はもうキーロン殿下に埋め合わせして頂いてますから。あとで様子を見にくるといいわ」
機嫌よくそう答えたシアンさんを困り顔で見やったテリースさんが、シアンさんの言葉を補足するように付け足した。
「大叔母様の要請でキーロン陛下が兵を出して神殿周りの茨を取り除いたんですよ」
そう言ったテリースさんの眉が徐々に下がってく。
「シアン大叔母様は現在そこを片付けて治療院に改修されまして。あの場所で農民の皆さんを治療する代わりに、今後あの神殿の管理権を正式にキーロン陛下から奪い取った──いえ、受諾されました」
どうやら私たちがいない間に、またもキールさんとシアンさんたちの間で色々あったみたい。
私は農民の皆さんが早く元気になってくれるのが一番うれしいけれど、黒猫君とテリースさんの反応は微妙そう。
苦虫を噛み潰したような顔の二人とは対称的に、シアンさんは一人ニコニコと笑顔で私たちを見てた。
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