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第12章 北の砦

20 ドラゴンさんのお話1

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 私の魔力供給がちゃんと効いてくれたのか、どうにか黒猫君が少し元気になってくれた。やっと人心地ついた私たちは改めてドラゴンさんたちと話し合うことにした。
 って言っても、あの巨体のドラゴンさんたちはそこにいるだけでかなり圧がすごくて。
 私はさっきのやり取りでなんか慣れちゃったけど、黒猫君もバッカスも、もうドラゴンさんたちの近くに行くのはイヤみたい。
 だったらこのまま意識に直接話しかけてもらえば楽だって言ったら、ドラゴンさんと黒猫君、両方から止められた。

「あのなあゆみ、この会話だとお前が考えること全部伝わっちまうんだぞ」
「え、それのなにがいけないの?」
「いや、お前そこは色々──」
『ええ、彼とは違う意味であゆみの思考は色々疲れます。ぜひこの会話はここでおしまいにしましょう』

 そう言ってそれっきり、プツリと頭に響いてたドラゴンさんの声も感情も切れてしまった。直前、『煩い』って感情が流れてきた気がするのは気のせいだと思いたい。

 私を追うようにして駆け寄ってきてくれたヴィクさんには、アルディさんに状況を説明しに行ってもらった。戦闘準備はしても決して手を出すなって、ドラゴンさんたちに聞こえるのも気にしないで黒猫君が伝言してた。それを聞いてたドラゴンさんたちも特になにも言わなかった。
 そう言えば、ヴィクさんとディアナさんはナンシーからとんぼ返りでこちらに戻って来てくれたのだそうだ。ヴィクさんは無論報告とアルディさんに会いに、ディアナさんはルディンさんの寝床を作る約束があったそうで、部族の半数を連れて戻ってきたのだそう。
 先にルディンさんの所に寄って出がけのルディンさんたちに行きあったらしい。結果、ルディンさんの留守中も山の上で寝床を編むことになって、ルディンさんたちを見送ってからその手順なんかを話し合ってたんだそう。そこから砦に降りたつドラゴンが見えて、慌てて二人で山を駆け下りいつでも飛び出せるよう、森の端からこちらの様子を伺ってたんだって。
 森の端でこちらの様子を見てたバッカスとディアナさんも、黒猫君が無事なのを見て私たちの所まで来てくれた。
 そうして今、私たち四人とドラゴンさん五匹は川を挟んで向き合って、仲介のドンさん二匹を介して話し合いを始めるところ。
 折角だから、さっきのでちょっと自信がついた土魔法で即席の椅子を作って座ってる。

「まずは謝罪を」
「最初からあなた達を試すように威圧を仕掛けてしまってごめんなさい」

 私たちの準備が整ったのを見て、目前のドワーフさん──結局ドンさんで合ってたんだけど──二匹が交互にそう言うと、川の向こう側に並んで座ってるドラゴンさんたちの真ん中のドラゴンさんが心持ち頭を下げた。

「この砦から逃げてきたドンらの話だけでは詳しい状況が分からず」
「あの子も全く連絡をよこさなくて」
「いい加減痺れを切らし来てしまいましたが」
「まさか、ここにあなたたちのような特殊な存在がいるとは思ってもみなかったのです……」
「お陰で思いがけず色々知ることが出来ましたが」

「……それは俺とあゆみのことか?」

 ドンさんが交互に話すのには慣れたけど、ドンさんがドラゴンさんの代わりに喋るのはやっぱり変な感じ。それに黒猫君がいつもの偉そうな態度で問い返すと、目前のドンさんがドラゴンさん同様全身で頷きながらまた話しだす。

「ええ。あゆみ、あなたの存在は特に。対峙したのは八百年ぶりかしら。それに『黒猫君』あなたも──」
「あんたに『黒猫君』呼ばわりされるのはゴメンだ」
「──ああ、そうですねネロ」
「あゆみがずっと叫んでいたのでつい」

 不機嫌に遮った黒猫君に、ドンさんがドラゴンさんのからかうような言葉を伝えてくれる。
 え、私そんな叫んでたっけ? 叫んでたかな? 叫んでたかも?
 確かにさっきはパニクってて黒猫君のことばっかり考えてたけど、今更指摘されるとすっごく恥ずかしい。

「あ、あの、皆さんのことはなんと呼べばいいんでしょうか?」

 私は砦に行く前にヴィクさんが置いてってくれた手拭いを濡らして顔を拭きながら、誤魔化すように問いかけた。

「私たちの名は言えません」

 返ってきたすげないお返事に黒猫君が眉をしかめる。でも直ぐに同じドラゴンさんが説明してくれた。

「別に隠してるわけじゃなく」
「発音させるとドンが死んでしまうでしょうし」
「私が意識で飛ばしたらあなた方も脳障害を起こしてしまうでしょう」
「「はぁ?」」

 続いた説明の意味が分からない。思わず出た声が黒猫君と重なっちゃった。

「そうですねぇ、あなた方は『あの子』のことをなんて呼んでいるのですか?」
「……ルディンさん?」

 一瞬「あの子」が誰か分からなかったけど、ドラゴンさんが「あの子」って言える相手って多分、ルディンさんかなっと思って返事してみた。
 と、すぐに黒猫君が「あっ!」って言って説明してくれた。どうやら黒猫君、ルディンさんが自分の名前を言うところに居合わせて、それがあんまり酷い叫び声だったから勝手に『ルディン』って短く切っちゃったらしい。
 黒猫君の説明に真ん中のドラゴンさんが向こう側で小さく頷いて、目の前のドンさんが思わぬ答えをくれた。

「私はその『ルディン』の母です」
「ルディンさんの……お母さん?」

 言われてみればそんな大きさかな、なんて私が思ったすぐ横で黒猫君が口を開いて。

「ルディンのバ──」
「それ以上言ったら踏み潰します」

 一瞬で黒猫君が凝固した。

「──お、ふくろ、さん」
「……それでいいでしょう」

 震えながら言い直した黒猫君の返事からドラゴンさんのお返事まで数秒間。黒猫君めがけて真っ直ぐ、強烈な威圧が流れてるのが目に見えそうだった。

 黒猫君、今すっごく失礼なこと言おうとしてたんだね。

 よっぽど怖かったのか、黒猫君の尻尾が真っ直ぐ立ってる。それを無理やりカクカクって動かして、なんとか緊張を解した黒猫君が、わざとらしく咳払いして真剣な声音で改めてルディンさんのお母さんに話しかけた。

「じゃ、じゃあ、『ルディンのおふくろさん』。今あゆみみたいなのが八百年ぶりって言ったよな? それは初代王のことか?」

 尋ねられたルディンのお母さんは、数秒無言のままでこちらをジッと見てて。あれ、まだ黒猫君に怒ってるのかな、なんて私が思い始めたその時。ドンさんが一変した冷たい声で話し始めた。

「今はまだ理解できぬ小さき者たち。この世には沢山の理不尽と、そして絶対の摂理があるのです。貴方たちもいつかそれを理解する日が来るでしょう。知るべきして知るその時まで、私から貴方に言えることはないのです──」

 珍しく一気にそこまで言い切ったドンさんのすぐ横で、もう一匹のドンさんが続けて口を開く。

「──と、エルフの女王なら答えたでしょうね」

 そう付け足したルディンさんのお母さんは、思案するように少し間を置いてから迷いを追い払うように首を振って。そしてまたもう一匹のドンさんが話し出す。

「これは分かっていて欲しいのだけど」
「私にもエルフの女王同様、答えられる問いと答えられない問いがあります」
「ですが、先ほどあなたたちを試すような真似をしたお詫びに」
「今だけ正しく問われた問いにだけ」
「出来うる限り答えてみましょう」

 ドンさんが、まるで大切な言葉を区切るように交互にそう言った。
 ルディンさんのお母さん、なんか今すごく言い訳っぽい言い回ししてた気がする。それってもしかして理由があるのかな。
 ぼんやりそんなこと思ってた私のすぐ隣から黒猫君の声が響く。

「分かった。じゃあまず、答えられるならさっきの問いに答えてくれ」

 迷いなくそう言った黒猫君の目がキラリと輝く。
 知ってる。こういう時の黒猫君は喋ってる言葉の何十倍も裏で考えてるんだって。
 そんな頼りになる黒猫君にドラゴンさんとのお話し合いは任せて、私は今のうちに自分が出来ることを始めることにした。
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