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第12章 北の砦
閑話: 黒猫のぼやき11(前編)
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今日は最悪な一日だった。
あゆみを獣人国に一人で行かせないで済んだのはいい。だが代わりに一番嫌な奴に借りができちまった。
気を取り直してドワーフを見にいけば、そこで待ってたのは言葉も通じない生き物で、無駄に時間ばっか食っちまった。
なんのことはない、蓋を開けてみればドワーフは俺たちの予想を越えた正に幻獣で、十匹一緒でないと思考さえできないと言う。
この世界に飛ばされて会話に苦労することなくここまでやってこれたのも、全てこの言語チートのお陰なのはわかってた。だが今更だけど、これは一体どういう仕組みなんだ?
『勇気ある』ドンのあれは、言語が違うってレベルじゃなかった。普通、全く知らない言語を喋る連中だって、思考自体はそれなりに共通する部分があるからこそ、手振り身振りのジェスチャーだけでもなんとか意思疎通が出来る。だけど、『勇気ある』ドンのあれは、思考が単純すぎて全く会話になりようがなかった。あとから聞けば、あれはアイツらの脳内会議レベルだったらしい。
にも関わらず、俺とあゆみにはそれが理解できちまった。て事はだ。俺たちは多分、思考レベルで翻訳された言葉を聞いてるって事だ。ほぼ最強なチートだよな、これ。
それにしても……
なんなんだ?
このドワーフたち見てるとやけにムズムズして仕方ない。
動きが気になるつーか、なんか胸がざわつくっつーか。
あゆみが心配して俺を覗き込んできた。
いや俺だって俺が心配だ。なんなんだこれ……
ドンに連れられて新しくかけたばかりの橋まで来て初めて、俺たちは水スライムのとんでもない異常発生に気がつくことが出来た。
やっと砦の問題に一段落ついたと思ってたが、これマジでまた詰んでないか?
倍々で増え続けるスライムとか、こんなもんどうしろってんだよ?
魔素が繁殖のトリガーなんじゃ、下手に魔力流す訳にもいかねえし。大体、魔素だけで繁殖促進とか、魔素のエネルギー値高すぎだろ。
だがドワーフのドンが俺たちにもたらした爆弾発言はそんなもんじゃなかった。
ルディンがこいつらの神様で、その他のドラゴンたちが現状にキレてこっちに向かってるって……言い終わるか終わらないか。なんの対策も思いつかないうちにそれは実現しちまった。
呆けた俺たちの頭上を、突然の轟音と共に過ぎる大きな黒い陰に、俺たちはその場で茫然と頭上を見上げた。
正直この時点で俺とバッカスは匙を投げた。こんな化け物、俺たちだけで戦闘とか防衛とか出来るわけねぇ。これじゃ象の前の蟻、ゴ◯ラの前の自衛官だ。俺もバッカスも、この時点でもうなんとか逃げきることしか頭になかった。
バッカスの動きは早かった。ドラゴンたちの視線が上空から俺とあゆみを捉える直前、あいつはさっと飛び退いて巻き上がる風を受けながら一気に砦の見張り台まで飛び上がって身を潜めた。
橋の向こう側の平野に風を巻き上げながら、ゆっくりと降り立つ五つの巨体は、小高い山のように太陽を遮ってここまで影を落とす。巻き上がる風と飛び散る土埃、石つぶてその他諸々から浮き上がりそうになる自分の体とあゆみの体を守るので精一杯だった。視界の端でドンが真っ先に土に潜るのが見えた。
げっ、あいつらモグラか??
あ、まさかさっきからのあのムズムズは俺の猫の本能だったんか!?
ドラゴンたちが俺たちに鎌首を下ろしてくる。あゆみと二人じゃバッカスみたいにこいつらの目を盗んで砦の中に飛び込むのは無理だ。叫びながら砦へと走る俺たちの行手を、真っ黒な翼が高い壁のように一瞬でそそり立って遮った。
逃げ道を探そうと踵を返したが、時既に遅し。口を開ければ俺たちを即一飲みにできる超近距離で漆黒のドラゴンが俺たちを睨んでた。
視線が合った瞬間、全身に激しい震えが走り、思わずあゆみの腕を握り潰しそうになる。その場でぶっ倒れるのは理性でギリギリ我慢した。それほどの威圧と本能を揺さぶる恐怖。
逃げようにももう物理的に不可能だった。
「また世界は理不尽な選択を始めたのですね」
意識が飛びそうになる寸前、目の前のドラゴンはその黄金の瞳を俺から外し、ゆっくりと鎌首を引いてそう言った。はずだ。
多分、これはチートが意識レベルで翻訳してくれる影響なんだろう、喋ってるのがこのドラゴンなのが俺にはしっかり分かった。なのに、その声は足下から響いてくる。一瞬視線をずらせば、さっき地面に潜ったはずのドンたちがまた足下に顔を出していた。こいつらやっぱモグラなのか。その動きがマジ俺の神経に触って、今にも飛び掛かりたくなる。
その変な衝動のおかげで、一瞬恐怖で固まってた体にゆとりができた。
俺は震えを押さえつけて、無理やり大きく息を吸って神経を再起動する。あゆみが俺の腕にいる限り、ここで投げ出すことは絶対にできない。
俺が正に筋肉に力を込めて後ろに跳びのこうと意識したその瞬間。それを牽制するように、目前のドラゴンがまた話しかけてきた。
「逃げなくてもいいでしょう」
「私たちは貴方がたを傷つけるつもりはないのですから」
目前に迫っていた先頭のドラゴンが話してるにもかかわらず、その言葉は2匹のドンの口から代わる代わる発せられる。こいつら、もしかしてドラゴンの思念も一緒に受けられるってことか?
傷つけるつもりがないなんて言ってるが、目前のドラゴンも後ろのドラゴンも、口で言う割に隙がない。
このままじゃヤバイ。
俺の本能がイヤってほど叫びまくってる。
理屈じゃない。このままで話すとかマジで無理だ。
とにかくあゆみを逃すことが第一。次が俺。そう、もう自分のことを完全に捨てるわけにもいかねえんだ。
砦の監視塔からバッカスがこちらの様子を伺ってるのは知ってるが、一瞬でも視線を送ったらコイツらの隙を突くのは無理だ。
俺はタイミングを見計らい、ドンたちに気を取られた振りでゆっくりとその場で屈みそして──
「今だ!」
全力で頭上にあゆみを投げ上げた。横は見ない。バッカスのことは百%信じてる。
そのまま真っ直ぐ前に駆け出してしっかり五匹のドラゴンの意識をひきつけたら、先頭のドラゴンの鼻先で爪先で円を描くように地面を蹴って土埃を巻き上げ、踵を返して翼に向かってジャンプ。壁のようなそれを蹴り上げて上空へ飛び上がり──
ドスっと音がした。それが俺自身の身体が地面に叩きつけられた音だって理解するのに五秒。
意識の片隅で、どこか遠くからあゆみの叫び声がくぐもって響いてくる。
俺はそれを聞いて、安心して意識を手放した……りなんかゼッテーしねえんだよ!
俺は馬鹿だから一度はやっちまうけど二度はねぇ。
もう二度とそんなことしてたまるか!
なにが安心なもんか、あゆみは俺が死んだらゼッテー泣くんだ。そんで俺はもう二度とあいつを泣かす訳にはいかねえんだ!
唇を力いっぱい噛んで痛みで無理やり意識をひっぱり戻す。
ブツブツと穴の空いた唇から口いっぱいに広がる自分の血の味で、途切れそうになる思考を無理やり現状に集中させた。
一体今なにがどうなった?
身体がまるっきり動かねえ。だけど思ってたほど身体は痛まない。じゃあなんで動けねぇんだ?
と。
『ああ、困りましたね。都合よく気絶してくれたと思ったのですが。本当に丈夫なこと』
突然女の声が頭の中に響いてきた。
だが不思議なことに、その「言葉」には音がなく、代わりにピュアな当人の意思だけが直接入り込んだ気がした。
(これもチートのせいか?)
『いいえ、これは私たち成竜の思考会話法です。間違うことなく意志が伝えられる反面、これを始めてしまうとお互い隠し事が出来ないのが難点ですね』
言葉通り、俺が疑問をはっきりと意識した途端、苦笑を伴う穏やかな女性の思考が直接流れ込んできた。
この時点で、俺はわざと意識を薄めてはっきりと意識する内容を厳選することにした。これは実は俺にはあまり難しくない。以前海外の客と日本人と交互に会話を取り持つ場合、俺は意識してこれに近いことをしてたからだ。二つ以上の言語を同時にやり取りするには、思考を完全に言語野から追い出して漠然とさせとかないと片方に引っ張られて話しづらいからだ。
こいつの意思を信じるなら、今のところコイツには本当に俺たちに危害を加えるつもりはないらしい。それでも今は慎重になってなり過ぎることはねえだろ。
先ずは言語野の外で漠然と次に考えるべきことを選ぶ。
そしてそれを慎重に意識に上げた。
(俺は一体なんでうごけねぇんだ?)
と、驚愕を含んだコイツの意識が返ってきた。
『あなたが飛び上がったところにこの者が首を伸ばしたので、その顎で頭を打ったのでしょう。あなたの身体は随分丈夫なようですが、あれだけの勢いで岩のようなドラゴンの顎に強くぶつかっては脳震盪くらい起こして当然です。それにしても……一体どうやってこの短い時間であなたはそこまで完全に思考会話法を使いこなせてるんですか!』
そう言いつつも、どうやらドラゴンも無論同じようなコントロールが出来るのだろう。響いてくる感情分がスッとトーンダウンした。
『素晴らしい。あなたの思考にはノイズがほぼありません。これは大変興味深い……いえ、それは後にしましょう。申し訳ないけど、暫くそのまま動けなくさせてもらいます』
そう言ったドラゴンの意識には微かな躊躇と絶対の決定が含まれてて、俺はやっぱり身体が動かせねえ。
こんなやり取りが、だけどほんの数秒の出来事だった。
そしてそこから俺は身動き一つ出来ないまま、目前で繰り広げられるあゆみとこのドラゴンのやり取りをただ見てるしかできなかった。
あゆみを獣人国に一人で行かせないで済んだのはいい。だが代わりに一番嫌な奴に借りができちまった。
気を取り直してドワーフを見にいけば、そこで待ってたのは言葉も通じない生き物で、無駄に時間ばっか食っちまった。
なんのことはない、蓋を開けてみればドワーフは俺たちの予想を越えた正に幻獣で、十匹一緒でないと思考さえできないと言う。
この世界に飛ばされて会話に苦労することなくここまでやってこれたのも、全てこの言語チートのお陰なのはわかってた。だが今更だけど、これは一体どういう仕組みなんだ?
『勇気ある』ドンのあれは、言語が違うってレベルじゃなかった。普通、全く知らない言語を喋る連中だって、思考自体はそれなりに共通する部分があるからこそ、手振り身振りのジェスチャーだけでもなんとか意思疎通が出来る。だけど、『勇気ある』ドンのあれは、思考が単純すぎて全く会話になりようがなかった。あとから聞けば、あれはアイツらの脳内会議レベルだったらしい。
にも関わらず、俺とあゆみにはそれが理解できちまった。て事はだ。俺たちは多分、思考レベルで翻訳された言葉を聞いてるって事だ。ほぼ最強なチートだよな、これ。
それにしても……
なんなんだ?
このドワーフたち見てるとやけにムズムズして仕方ない。
動きが気になるつーか、なんか胸がざわつくっつーか。
あゆみが心配して俺を覗き込んできた。
いや俺だって俺が心配だ。なんなんだこれ……
ドンに連れられて新しくかけたばかりの橋まで来て初めて、俺たちは水スライムのとんでもない異常発生に気がつくことが出来た。
やっと砦の問題に一段落ついたと思ってたが、これマジでまた詰んでないか?
倍々で増え続けるスライムとか、こんなもんどうしろってんだよ?
魔素が繁殖のトリガーなんじゃ、下手に魔力流す訳にもいかねえし。大体、魔素だけで繁殖促進とか、魔素のエネルギー値高すぎだろ。
だがドワーフのドンが俺たちにもたらした爆弾発言はそんなもんじゃなかった。
ルディンがこいつらの神様で、その他のドラゴンたちが現状にキレてこっちに向かってるって……言い終わるか終わらないか。なんの対策も思いつかないうちにそれは実現しちまった。
呆けた俺たちの頭上を、突然の轟音と共に過ぎる大きな黒い陰に、俺たちはその場で茫然と頭上を見上げた。
正直この時点で俺とバッカスは匙を投げた。こんな化け物、俺たちだけで戦闘とか防衛とか出来るわけねぇ。これじゃ象の前の蟻、ゴ◯ラの前の自衛官だ。俺もバッカスも、この時点でもうなんとか逃げきることしか頭になかった。
バッカスの動きは早かった。ドラゴンたちの視線が上空から俺とあゆみを捉える直前、あいつはさっと飛び退いて巻き上がる風を受けながら一気に砦の見張り台まで飛び上がって身を潜めた。
橋の向こう側の平野に風を巻き上げながら、ゆっくりと降り立つ五つの巨体は、小高い山のように太陽を遮ってここまで影を落とす。巻き上がる風と飛び散る土埃、石つぶてその他諸々から浮き上がりそうになる自分の体とあゆみの体を守るので精一杯だった。視界の端でドンが真っ先に土に潜るのが見えた。
げっ、あいつらモグラか??
あ、まさかさっきからのあのムズムズは俺の猫の本能だったんか!?
ドラゴンたちが俺たちに鎌首を下ろしてくる。あゆみと二人じゃバッカスみたいにこいつらの目を盗んで砦の中に飛び込むのは無理だ。叫びながら砦へと走る俺たちの行手を、真っ黒な翼が高い壁のように一瞬でそそり立って遮った。
逃げ道を探そうと踵を返したが、時既に遅し。口を開ければ俺たちを即一飲みにできる超近距離で漆黒のドラゴンが俺たちを睨んでた。
視線が合った瞬間、全身に激しい震えが走り、思わずあゆみの腕を握り潰しそうになる。その場でぶっ倒れるのは理性でギリギリ我慢した。それほどの威圧と本能を揺さぶる恐怖。
逃げようにももう物理的に不可能だった。
「また世界は理不尽な選択を始めたのですね」
意識が飛びそうになる寸前、目の前のドラゴンはその黄金の瞳を俺から外し、ゆっくりと鎌首を引いてそう言った。はずだ。
多分、これはチートが意識レベルで翻訳してくれる影響なんだろう、喋ってるのがこのドラゴンなのが俺にはしっかり分かった。なのに、その声は足下から響いてくる。一瞬視線をずらせば、さっき地面に潜ったはずのドンたちがまた足下に顔を出していた。こいつらやっぱモグラなのか。その動きがマジ俺の神経に触って、今にも飛び掛かりたくなる。
その変な衝動のおかげで、一瞬恐怖で固まってた体にゆとりができた。
俺は震えを押さえつけて、無理やり大きく息を吸って神経を再起動する。あゆみが俺の腕にいる限り、ここで投げ出すことは絶対にできない。
俺が正に筋肉に力を込めて後ろに跳びのこうと意識したその瞬間。それを牽制するように、目前のドラゴンがまた話しかけてきた。
「逃げなくてもいいでしょう」
「私たちは貴方がたを傷つけるつもりはないのですから」
目前に迫っていた先頭のドラゴンが話してるにもかかわらず、その言葉は2匹のドンの口から代わる代わる発せられる。こいつら、もしかしてドラゴンの思念も一緒に受けられるってことか?
傷つけるつもりがないなんて言ってるが、目前のドラゴンも後ろのドラゴンも、口で言う割に隙がない。
このままじゃヤバイ。
俺の本能がイヤってほど叫びまくってる。
理屈じゃない。このままで話すとかマジで無理だ。
とにかくあゆみを逃すことが第一。次が俺。そう、もう自分のことを完全に捨てるわけにもいかねえんだ。
砦の監視塔からバッカスがこちらの様子を伺ってるのは知ってるが、一瞬でも視線を送ったらコイツらの隙を突くのは無理だ。
俺はタイミングを見計らい、ドンたちに気を取られた振りでゆっくりとその場で屈みそして──
「今だ!」
全力で頭上にあゆみを投げ上げた。横は見ない。バッカスのことは百%信じてる。
そのまま真っ直ぐ前に駆け出してしっかり五匹のドラゴンの意識をひきつけたら、先頭のドラゴンの鼻先で爪先で円を描くように地面を蹴って土埃を巻き上げ、踵を返して翼に向かってジャンプ。壁のようなそれを蹴り上げて上空へ飛び上がり──
ドスっと音がした。それが俺自身の身体が地面に叩きつけられた音だって理解するのに五秒。
意識の片隅で、どこか遠くからあゆみの叫び声がくぐもって響いてくる。
俺はそれを聞いて、安心して意識を手放した……りなんかゼッテーしねえんだよ!
俺は馬鹿だから一度はやっちまうけど二度はねぇ。
もう二度とそんなことしてたまるか!
なにが安心なもんか、あゆみは俺が死んだらゼッテー泣くんだ。そんで俺はもう二度とあいつを泣かす訳にはいかねえんだ!
唇を力いっぱい噛んで痛みで無理やり意識をひっぱり戻す。
ブツブツと穴の空いた唇から口いっぱいに広がる自分の血の味で、途切れそうになる思考を無理やり現状に集中させた。
一体今なにがどうなった?
身体がまるっきり動かねえ。だけど思ってたほど身体は痛まない。じゃあなんで動けねぇんだ?
と。
『ああ、困りましたね。都合よく気絶してくれたと思ったのですが。本当に丈夫なこと』
突然女の声が頭の中に響いてきた。
だが不思議なことに、その「言葉」には音がなく、代わりにピュアな当人の意思だけが直接入り込んだ気がした。
(これもチートのせいか?)
『いいえ、これは私たち成竜の思考会話法です。間違うことなく意志が伝えられる反面、これを始めてしまうとお互い隠し事が出来ないのが難点ですね』
言葉通り、俺が疑問をはっきりと意識した途端、苦笑を伴う穏やかな女性の思考が直接流れ込んできた。
この時点で、俺はわざと意識を薄めてはっきりと意識する内容を厳選することにした。これは実は俺にはあまり難しくない。以前海外の客と日本人と交互に会話を取り持つ場合、俺は意識してこれに近いことをしてたからだ。二つ以上の言語を同時にやり取りするには、思考を完全に言語野から追い出して漠然とさせとかないと片方に引っ張られて話しづらいからだ。
こいつの意思を信じるなら、今のところコイツには本当に俺たちに危害を加えるつもりはないらしい。それでも今は慎重になってなり過ぎることはねえだろ。
先ずは言語野の外で漠然と次に考えるべきことを選ぶ。
そしてそれを慎重に意識に上げた。
(俺は一体なんでうごけねぇんだ?)
と、驚愕を含んだコイツの意識が返ってきた。
『あなたが飛び上がったところにこの者が首を伸ばしたので、その顎で頭を打ったのでしょう。あなたの身体は随分丈夫なようですが、あれだけの勢いで岩のようなドラゴンの顎に強くぶつかっては脳震盪くらい起こして当然です。それにしても……一体どうやってこの短い時間であなたはそこまで完全に思考会話法を使いこなせてるんですか!』
そう言いつつも、どうやらドラゴンも無論同じようなコントロールが出来るのだろう。響いてくる感情分がスッとトーンダウンした。
『素晴らしい。あなたの思考にはノイズがほぼありません。これは大変興味深い……いえ、それは後にしましょう。申し訳ないけど、暫くそのまま動けなくさせてもらいます』
そう言ったドラゴンの意識には微かな躊躇と絶対の決定が含まれてて、俺はやっぱり身体が動かせねえ。
こんなやり取りが、だけどほんの数秒の出来事だった。
そしてそこから俺は身動き一つ出来ないまま、目前で繰り広げられるあゆみとこのドラゴンのやり取りをただ見てるしかできなかった。
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