上 下
357 / 406
第12章 北の砦

16 ドンさんのお話

しおりを挟む
「すまんねぇ、人に会うのが久しぶりで失敗、失敗」

 煙を吐きながら朗らかにそう言って、さっきのドワーフさんが笑ってる。
 あの後、普通に話し始めたドワーフさんのおかげで話し合いは格段にスムーズに進んだ。
 あの苦労は一体なんだったんだって黒猫君が嘆いてたけど、まさかあれが普通じゃないなんて分からなかったんだししょうがない。

「じゃあ、さっきのも別に俺たちを馬鹿にしてた訳じゃなかったんだな」

 黒猫君の嫌味の交じる口調を別段気にした様子もなく、ドワーフさんが気安く答えてくれる。

「イヤぁ、まさか『勇敢なドン』の言葉が通じるとは思わなくてのぉ、つい『ドン』から離れすぎちまった。煙草で一箇所に集めて貰わにゃぁマズいところだったのぉ」
「出会い頭の煙草にはそんな効果もあったんですね!」

 あ、ジョシュさんがなんかしきりに関心してる。ジョシュさん、幻獣図鑑とか読んでるくらいだから生き物の観察とか好きなのかな。

「で、この皆さんが全部、『ドン』さんなんですよね」

 やっと状況に追いついてきたタンさんが、目の前に円を描いて座ってるドワーフさんたち十人を見回してそう確認してるけど、本当にこれには驚きだ。

「ああ」
「その通り」
「ワシも」
「ワシだし」
「ワシだし」
「ワシも」
「ワシも」
「ワシだって」
「ドンだなぁ」
「ドンだよぉ」

 私たちと話してた最初のドンさんから右周りに、残りの九匹のドンさんたちも順番に返事してくれる。

「『ドン』は『ドン』たちから離れすぎると頭が動かなくなってしまうからなぁ」

 ドンさんによれば、ドワーフは十匹でやっと一人前なのだそうだ。この『一人前』って言うのが比喩でもなんでもなく事実らしく。
 つまり、さっきまで会話に苦労してたドワーフさんと、その他の一緒に座ってるドワーフさんたちは、十人…じゃなかった十匹一緒で一人の『ドン』さんと言うドワーフさんなんだそうで……

「それで一人でも離れちまうとさっきみたいにまともに話せなくなると」

 黒猫君がまだ不機嫌気味に尋ねると、プカーっと煙草を吐いた最初のドンさんがまた返事してくれる。

「そぅいうことだぁな」
「離れちまうとな、こう頭がぼーっとしてだなぁ」
「なんとなくしか考えられん」

 どういう原理なのかは謎だけど、どうもドワーフさんたちは十匹一緒にいないと思考が成立しないらしい。一人でも欠けちゃうとまともな会話もできなくなっちゃうみたい。
 ところがさっき私たちが現れたとき、九匹は近づくのを躊躇ったのに『勇敢な』一匹だけが前に出ちゃったのだそうだ。

「一旦ばらけたらあんな中途半端な会話しか出来ねえなんて、それかなり不便じゃねえの?」

 黒猫君が尋ねると、ドンさんが不思議そうに尋ね返す。

「誰かに話しかけもしないのに、なんで会話するんだ?」
「お前さんは自分自身に向かって、そんなきっちり話しかけてるんかぁ?」

 目の前に座ってるニ匹のドワーフさんが代わる代わる答えてくれる。
 これ、ちょっと混乱しそうなんだけど……

「あー、あんたらにとってはそーいう感覚なのか……」
「え、黒猫君、今の分かるの?」
「要は、俺らだけ理解できたあの喋り方はこいつらの脳内会議みたいなもんってことだろ?」

 黒猫君の解釈が正しかったのか、ドンさんたちがウンウン頷いてる。体全体で。

「大体、普通は話せるもんじゃないしのお」
「だから普段ならすぐ残りのドンのところに戻るのにのぉ」
「なぜかあんたらがワシ、『勇気あるドン』の言ってること分かってるみたいで面白くてのぅ」
「つい興味本意でそのまま話してみとったんだぁ」

 そっか、あれは心の中で考えまとめてるような状態だったのかな?
 それが一部とはいえ、会話になって聞こえちゃってたって、私たちのほうがおかしいのかも……

 因みに今こうして私たちと話をしてる間も、ドワーフさんたちはさっき煙草を詰めてもらったパイプを順番に手渡して、代わる代わる嬉しそうに吸ってる。森の中、輪になって座ってる毛玉の集団が、次々煙の輪をプカプカ浮かべてくのはなんとも不思議な光景だ。なんか即席のちっちゃな工場みたい。
 ドンさんによると、ここにいる600匹、つまり60人のドワーフさんたちは全員、元々ここに住んでたドワーフさんたちらしい。つまり、おじさんが気にかけてたドワーフさんたちってことだよね。

「そんで、あんたらは兵士……って訳じゃないよな?」

 みんなに煙草が行き渡って、それぞれ少し落ち着いたところで黒猫君が本題を切り出した。

「そんな物騒な奴はドワーフにはおらんよ」
「じゃあ、あんたが抱えてるそのハンマーも……」
「これか?」
「これは商売道具だなぁ」

 また二人のドンさんが代わるがわる答えてくれた。それを聞いた黒猫君が目に見えて疲れた顔になって、ため息つきつつ言葉を続ける。

「じゃあなんでこんな大人数で森に隠れてるんだ?」

 黒猫君の問いかけに、ドンさんは相変わらず素直に返事を返す。

「さっきも言っただろう、あの鉱山はもうダメなんだよ」
「だから俺たちも言っただろう、もうあそこを掘る気はないから安心しろって」
「それだけじゃぁ」
「手遅れなんだなぁ」

 黒猫君の返事を聞いてもなお、ドンさんの返事はなにか素っ気ない。

「もっと俺たちにもわかるように説明してくれ」

 黒猫君が僅かに苛立ちを込めて尋ねると、ドンさんは「仕方ないのぉ」と深く煙草を吸い込んで、大きな煙の雲を一つ吐き出してから、ポツポツと話し始めた。

「ワシらドワーフはずっとここの人間と上手に一緒に住んでたんだけどなぁ」
「あれは寒い冬二回分くらい前だったなぁ」
「知らん人間がちょくちょく顔を見せ始めてなぁ」
「そんな前から中央の奴ら来てたのか?」

 黒猫君が眉を上げて口を挟んだ。多分それってさっきタンさんが言ってた先行隊の人たちのことかな?
 黒猫君も同じことを考えたのかタンさんを見るけど、タンさんは首を振ってる。

「僕はそこまで前のことは知りません。ただ、到着時に会った大工連中はそれほど長くここにいたようではなかったんですが」
「仕方ねえ、それはまた後でここの街に元々住んでた連中に聞くしかねえか。ドン先を続けてくれ」

 黒猫君がちょっと首を傾げつつ、ドンさんに先を促した。

「この前の冬の雪が溶けた頃、『知らん人間』がいっぱいに増えてな。ドンたちの話も聞かんで鉱山を掘り下げ始めよった」
「……それは石炭、って分かんねえか、黒くて燃える石の為か?」
「ああ。ここは確かに黒い石もあるんだがな、すごく深いんだぁよ。しかも地下の水溜まりに近いから、掘っちゃいかんのだけどねぇ。あの『知らん人間』たち、ワシらが掘らないと言っても自分たちで掘り返し始めおった」

 プカーっと煙を吐くたびに、気のせいかドンさんがどんどん沈んでく。

「とは言え、ほんとに掘りにくい場所だからなぁ」
「そんな掘れる者もいないだろうし、そのうちいなくなると思ってなぁ」
「ちょっと北に行って待ってたんだけどぉな」
「ドンが三人替わっても、まだ帰らん」

 ん?
 今なんか変なこと言った気がするんだけど、私が聞き返すより先に話が進んでく。

「あんな適当に掘っておったら、プルプルどもが集まるのになぁ」
「その上、いつの間にかオークは沢山おるわ、沢山死ぬわ、川に落ちるわ」
「だからプルプルめ、ワーしおったぁ」

 あー、途中まではすごく分かりやすかったのに、プルプルとワーはそのままだった。
 黒猫君も意味が分からなかったらしく改めて聞き返す。

「その『プルプル』ってのはなんなんだ一体?」
「プルプルはプルプル、ほら、いるじゃろ、プルプル」
「プルプルじゃ分かんねえよ!」

 とうとう黒猫君がプチ切れて思わず叫んだ。でもすぐに私を抱えてたのを思い出したらしく、ぐっと声のトーンを戻してもう一度尋ねる。

「ちゃんと俺たちにも理解できる言葉で説明してくれ」

 普段から我慢が苦手な黒猫君、今日はそれでもかなり我慢してるの知ってる。

「察しが悪いな黒い猫さんよ、じゃあちょっとついて来い」

 なのにドワーフさん、黒猫君にサラッと文句言って立ち上がった。途端、残りの九匹も一緒に立ち上がる。
 うわ、黒猫君の尻尾が地面バシバシ打ってる!
 今にもキレそう……。
 思わず黒猫君の袖を引っ張ると、チラッと私の顔を見た黒猫君、直ぐにグッと口をへの字にして私から視線をそらした。
 偉いよ黒猫君。
 後ろも振り返らずヒョッコヒョッコと一列になって歩く十匹のドワーフさんたちを先頭に、私たちは結局また今来た道をとぼとぼと戻り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛を亡くした男は今度こそその手を離さない

竜鳴躍
BL
愛した人がいた。自分の寿命を分け与えても、彼を庇って右目と右腕を失うことになっても。見返りはなくても。親友という立ち位置を失うことを恐れ、一線を越えることができなかった。そのうちに彼は若くして儚くなり、ただ虚しく過ごしているとき。彼の妹の子として、彼は生まれ変わった。今度こそ、彼を離さない。 <関連作> https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/745514318 https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/186571339 R18にはなりませんでした…! 短編に直しました。

推しのダンジョン配信者を死なせたくないので炎の仮面冒険者始めました~日本初の100層踏破者は毎回コメント欄がツッコミの嵐

煌國粋陽
ファンタジー
「配信者の安全を守るのは視聴者の務めだよなぁ」 ある出来事により社畜から冒険者へ転向した主人公の存在が日本中を騒がせる事になるダンジョン配信物語。 ダンジョン内にイレギュラー発生した黒竜から美少女配信冒険者パーティーを救った事で主人公の存在が明るみに。 毎回配信コメント欄がツッコミの嵐になる仮面冒険者は自分のクランを創る事に。

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?

さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。 僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。 そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに…… パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。 全身ケガだらけでもう助からないだろう…… 諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!? 頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。 気づけば全魔法がレベル100!? そろそろ反撃開始してもいいですか? 内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

「私が愛するのは王妃のみだ、君を愛することはない」私だって会ったばかりの人を愛したりしませんけど。

下菊みこと
恋愛
このヒロイン、実は…結構逞しい性格を持ち合わせている。 レティシアは貧乏な男爵家の長女。実家の男爵家に少しでも貢献するために、国王陛下の側妃となる。しかし国王陛下は王妃殿下を溺愛しており、レティシアに失礼な態度をとってきた!レティシアはそれに対して、一言言い返す。それに対する国王陛下の反応は? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...