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第12章 北の砦

15 ドワーフ

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「え、キュウキュウって……バッカスにはドワーフさんが言ってること分からないの?」
「はぁ?」

 驚いて私が尋ねると、バッカスもやっぱり驚いた顔でこっち見てる。

「あゆみ、お前はコイツが言ってること分かるよな?」
「もちろん」

 黒猫君の問に即答する。
 小さい声だけど、ハッキリ聞き取れてるし。

「バッカス、お前マジでコイツが言ってる言葉分かんねえのか?」

 黒猫君の真剣な口調に、やっとバッカスも私たちがふざけてる訳じゃないって分かったのか、首をかしげながら問返す。

「分かるわけねぇだろ、こんな変な鳴き声。……お前こそ、マジでコイツが言ってること分かるのか?」

 バッカスがまだ信じられないって顔で私と黒猫君の顔を見比べてるけど。

「黒猫君これって……やっぱり言語チート?」
「ああ、多分な」

 私も黒猫君も、この世界では多分言語チートが効いてるのかもってずっと思ってはいたけど、ここまでハッキリ差が出たのは初めてだ。

「じゃあ、他の人にも分からないのかな?」

 自分だけ聞こえないのが気に入らないのか、気づけばバッカスがなんか悔しそうにこっち見てるけど。
 これ、バッカスに分からないんじゃなくて、私と黒猫君にだけ分かるのかもしれない……それどころか!

「え、まさか私たち、他の動物とも話せるとか!?」
「いやそれはねーだろ。今まで農村で牛とか羊が話しかけてきたことねーし」

 自分の思いつきにちょっと興奮して声をあげた私に、すぐに黒猫君の冷静なツッコミが入る。
 そ、そうだよね。そう言えば黒猫君の猫語も分からなかったし。

「じゃあ、話せる相手が決まってるとか?」
「…………」

 私の言葉にちょっと思いを巡らせてた黒猫君は、でもすぐに首を振ってきっぱりとした口調で言い切った。

「検証は後回しだ。折角言葉が通じるんだし、ラッキーと思って交渉を続けるぞ」
「そ、そうだよね」

 そうだった、おじさんとの約束優先しなくちゃ。先ずはドワーフさんたちと話し合わなきゃだった!

「バッカス、悪いがちょっと待ってろ、後で説明するから」

 そう言いおいて、黒猫君と私は再度ドワーフさんとの会話に戻った。戻ったんだけど。

「コウサン」

 言ってるそばから目の前の毛玉……じゃなかったドワーフさんが話し出す。

「コウサン? 降参か?」

 黒猫君の問いかけに、ドワーフさんがフルフルと全身を左右に振ってみせる。
 首じゃないけど、これって違うって意味かな?

「コウサンタメー」
「高山溜め?」
「コウさんため絵?」

 私と黒猫君がそれぞれ違う解釈で繰り返しても、ドワーフさんはまた左右に体を振ってみせる。これも違う?

「コウサンタメ」
「こうさんため…なんなんだ?」

 黒猫君も私も分からなくて首をひねる。するとドワーフさん何を思ったのか、突如手に持ってたハンマーをガツンと振り下ろした。

「おわっ!」

 一瞬でさっと身構えた黒猫君とバッカスを他所に、ドワーフさんが繰り返し目の前の地面をハンマーで叩きながら繰り返す。

「ココ、シタ、コウサン、ココ、シタ、コウサン」
「ここ、下……あ、鉱山かな?」
「ソウ、コウサン! ココ、コウサン」

 私の言葉に反応して、ドワーフさんが嬉しそうに繰り返し。
 これでやっとコウサンが鉱山なのは分かったんだけどね。そこから約十分後……

「コウサン、タメ」
「だからコウサンは鉱山なんだろ? 鉱山が駄目なのはもう分かったって。俺たちももう掘らないから」
「タメ、フルフル、ワー」
「鉱山、掘らない、安全、ね?」
「フルフル、フルフル、ワー、ワー」

 あ、まただ。
 鉱山が駄目だって繰り返すってことは、多分ここの鉱山を心配して集まって来たんだろうって黒猫君も私も予想して。だからもう掘らないって繰り返してるのに、なぜかドワーフさんは納得してくれない。

「そのフルフルってなんだ?」
「フルフル、フルフル、フルフルフルフル」

 黒猫君の問いかけに、ドワーフさんが「フルフル」って言いながらその毛玉の体をブワンっと膨らませてプルプルっと震えだす。
 しかも、このドワーフさんだけじゃなく、なぜかさっき一緒に座ってた他のドワーフさんたちも一緒にプルプル震えだし。
 それが後ろのドワーフさんたちにも波紋みたいに広がって、森中のドワーフさんたち全員が一緒になってプルプル震えだして。
 か、可愛い……けどちょっと怖い。

「説明んなってねえよそれ……」

 一方一生懸命交渉しようとしてる黒猫君が空を仰いじゃった。

「俺もう帰っていいか?」

 一人だけ言葉の通じてないバッカスが、飽きちゃったのか立ち上がりかけてる。
 と、今度はドワーフさん、私と黒猫君の周りをピョンピョン跳ねまわり始めた。

「トラカミコー!」
「トラカミコー?」

 私が繰り返すと、今度はまた体いっぱい膨らませてやっぱり跳ね回る。すぐに少し離れた場所のドワーフさんたちも、揃ってピョンピョン跳ねながら小さな円を描いて回りだした。
 だんだん見た目がオカルトじみてきた……

「トラカミコー!」
「わ、訳わかんねぇー!」

 黒猫君、我慢がもう限界なのかガシガシ頭掻きむしってる。
 最初は黒猫君、海外生活でこんなカタコト会話なんて慣れてるって自信ありげに言ってたのに、ずっと会話らしい会話が成立しないまま時間だけが過ぎていく。

 あ、あれ? ドワーフさん、疲れたのか座り込んじゃった。
 おお! 脚を前にほうり出して座ったドワーフさん、毛玉から足がはみ出した!
 ドワーフさんの足はなんか動物っぽい。バッカスの足とか手には肉球ってわかるような部分はないのに、このドワーフさんの足にはちょっと硬そうな肉球が見て取れる。あれ、待ってこのドワーフさん、脚の指が6本ある??

「あ、あの、僕たちも近くまで行ってもいいでしょうか?」

 後ろから聞こえた声に振り返るとジョシュさんとタンさんがこっち見てた。待ちきれなかったのか、ジョシュさんがソワソワしながら、さっきよりも少し近づいてきて尋ねてる。
 一瞬視線を交わした黒猫君とバッカスが、すぐにため息と共に二人を手招きした。
 まあこのドワーフさんたち、どう見ても危険はなさそうだもんね。

 それを見たジョシュさんはパッと顔を輝かせて、小走りにこっちに駆け寄って来る。タンさんも直ぐ後ろを追いかけてきて、二人一緒に私たちの横に並んでしゃがみ込んだ。
 黒猫君が二人に声をかけようと口を開いたその時、ゴソゴソとポケットを探ってたジョシュさんが、取り出した何かを目の前のドワーフさんに差しだして━━

「ピャー!!!」
「「「「ピャー!!!」」」

 突然、森中にドワーフさんたちの叫びがこだました。
 目前のドワーフさんを筆頭にドワーフさん全員が一斉に叫びだし、こっちに向かってどっと押し寄せてきたのだ!

「お、お、おい!!」

 驚いた黒猫君が私を抱えたままとびのいて、バッカスがサッと私たちの前に飛び出してくれたんだけど。
 目の前まで一気に寄ってきたドワーフさんたちは、気圧される私たちを横目にザッと軍隊みたいに列になって並んだ。ジョシュさんの目の前で。しかも全員お行儀よくおすわり状態でジョシュさんを見上げてるっぽい。目の位置が分からないから自信ないけど。

「おいジョシュ、お前一体何を……」
「お、驚かせてしまって、すみません! 以前配給受けた煙草が残ってたので持ってきたんです。僕、煙草吸わないんで」

 黒猫君の声に飛び上がったジョシュさんは、そう言って今引っ張り出した革袋を開いて中身を取り出して見せてくれた。ジョシュさんの大きな手のひらに載せられたのは、一山の乾燥した茶色い葉っぱの細切れ。
 それを目にしたドワーフさんたちが、揃って嬉しそうに体を震わせて見せる。直ぐにさっきまで私たちと話してたドワーフさんがジョシュさんの前に一歩歩み出て、その毛玉の中からスッと何か差し出した。
 多分あれ、木でできたパイプかな?
 え、でも今一体どこから出してきたんだろう?

 呆然と様子を見守る私たちの横で、ジョシュさんが嬉しそうにそれを受け取って、しっかり煙草の葉を詰めて返してあげた。直ぐに代わる代わる列の先頭のドワーフさんが順番にジョシュさんの元に来て、その度にジョシュさんが煙草の葉を詰めて返してあげてるけど。

 今パイプを受け取ったドワーフさん、また一瞬パイプを毛玉に引っ込めて、今度は丸い鎧の上辺りから突き出したかと思うとポウっと煙を燻らせた。
 待って、今どうやって火をつけたの?

「そこに口があるのか……」

 黒猫君の指摘でハッとする。吸ってるってことはそうだよね!
 呆然と見守ってる私たちに、ジョシュさんが喜びを隠しきれない声で説明してくれる。

「幻獣図鑑に出てたんですよ。ドワーフは煙草が大好物だから、もし出会う機会があったら先ずは煙草を勧めてみろって」
「ほ~、水色の人はよく知ってたなぁ」
「えええ?!」

 ま、待って、このドワーフさん、今普通に喋った!

「こっちの黒猫さんとは大違い」

 驚きすぎて声も出ない私たちを前に、ドワーフさん、毛玉の間からポックポックと煙の輪を吐き出しつつそう言って、機嫌良さそうに左右に体を揺らしてみせた。
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