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第12章 北の砦
9 ジェームズ
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注:残酷な描写が入ります。
──────
「ネロ君、そろそろジェームズの尋問を始めたいのですが?」
あゆみを一人部屋に残して階下に降りると、待ってましたと言うようにアルディが声をかけてきた。
「ああ、分かってる」
返事を返すと無言でうなずいたアルディとディーンが俺を連れだって炊事場の奥の通路に入っていく。
兵舎の一階の奥は牢屋になってた。まあ窓もねえからそうだろうとは思ってたが、やっぱりか。牢ってのは一番下に作るもんだしな。
それにしてもこんな小さな砦にしては結構な数が並んでやがる。中から漂う匂いからも、そこが実際に使いこまれ、かなり血を吸ってるのは確実だ。一体なんに使ってたのかはあんま考えたくねえ。
通路の一番奥の一室に入ると、少し青い顔したジェームズが縄でしっかり手足を拘束されて椅子に括り付けられてた。
上の部屋と違い、ここの部屋だけ壁が土で塗られてる。なぜかなんて決まってる。悲鳴が響かねえようにだよな。重そうな木の扉がしっかりと隙間なく閉まってしまえば、少なくとも二階には声が漏れそうにない。
「ではこれよりディーン中佐とネロ少佐、それに近衛隊長の僕がキーロン王の名代としてジェームズ大佐の尋問を始めます。ここにいるネロ少佐には秘書官としてこの尋問の証人にもなっていただきます。宜しいですね?」
部屋には俺たちのほかにもう一人若い兵士が連れ込まれた。大方アルディは尋問の手伝いをさせるつもりだろうが、どうも慣れてないようでオドオドと俺たちの様子を見守ってる。
「ではまず、ジェームズ大佐、もともと兵卒あがりで『少尉』の肩書を商人から買って手に入れた貴方が、どのような経緯で突然大佐の地位につかれたのかからお聞きできますか?」
「そ、それはもちろん俺の腕がキーロン王のお目にとまり、に、任命を受けて……」
アルディの奴、いつの間に情報集めてやがったんだ?
アルディの質問は多分全て事実なんだろう。その証拠に質問の仕方がプライドをひどく傷つけたのか、ジェームズがムッとしていけしゃあしゃあと馬鹿らしい返事を返す。それを聞いたアルディが嬉しそうに眼を輝かせ、腰の剣をスラリと引き抜いた。
やっべー、こいつ最初っからそのつもりか!
ギョッとした俺は慌ててジェームズとアルディの間に立ちふさがった。
邪魔だというようにこっちを睨むアルディを尻目に、クルリとまわってジェームズに向き直り、無言でその鼻っ面に一発入れた。
「グガッッ!」
綺麗に決まった顔パンの痛みに、小さく呻いたジェームズが涙目で俺を見上げてくる。
悪く思うなよ。これでもかなり手加減はしてる。鼻の骨は折っても顔面骨折はしてねえハズだ。アルディにまかせてたらこんなもんじゃ済まねえ。間違いなく刻まれちまう。
そんなことも分からないのか、綺麗に右に折れた鼻から鼻血を垂らしながらジェームズが俺を憎しみを込めて見上げてくる。その様子と今日のイライラが祟って、ついその鼻先を軽く掴んでグキリと反対に向けた。
「グギャァッ」
「ネロ君、少しは僕にも……」
「黙ってろアルディ」
これでも親切に折れた鼻を継いでやったのに、今度はジェームズが怯えた目で俺を見上げてくる。
まあ、上出来だな。顔面の一発は手早く戦意を挫くには一番いい。血は派手に出るし、痛みの割に喋るのには支障がなくて治りも早い。
威張れたもんじゃねえが、こういうのは俺だって慣れたもんだ。睨まれるのも怖がられるのもなんともねえし。ただ、今度は怯え過ぎちまったのかそれでも喋りださないこのバカに、最後の忠告をしてやることにする。
「あのな、あんた全然分かってないみたいだから言っとくが、こいつ、このアルディはこう見えてバリバリのサディストだ。サドって分かるか? 分かんねえか。他人の悲鳴を楽しむタイプってことだ」
「ネロ君、なんてことを。心外ですね、僕は別に楽しんでやってる訳では──」
「よく言うぜ」
横から口を挟んだアルディを遮って先を続けてやる。
「俺があんたを殴ってるうちに素直に話したほうがいいぞ。こいつ、部下の俺でさえ訓練の名のもとに遠慮なく斬り刻みやがるからな」
そう言って、この前矢の刺さった傷跡を見せつける。まあ、猫になるときに拡がっちまったから剣で抉った傷に見えねえこともねえよな。
それを目にしたジェームズの顔色はもう青いを通り越して真っ白になり、歯の音を鳴らしつつもしっかりと供述を始めた……。
「って訳で、ジェームズの尋問に付き合ってきた」
夕食の残り物の入った皿を持って部屋に戻ると、夕飯を終えたあゆみが暇そうに机でなんかやってやがった。
俺が部屋に入った途端、サササっと後ろに隠したところ見ると、またなんかヤバイものかもしれねえ……
一瞬追求しようかと迷ったが、思いとどまる。もう疲れ切ってたのと、今はそれより先に話さなきゃなんねえことがありすぎた。
見なかったことにして皿をおき、あゆみをベッドに移動しながら俺もその横にのぼって向き合って胡座をかく。
「結局あいつ、本当にキーロンの名前で届いた任命を信じてここまで来たらしい」
顔パンの辺りは省いてジェームズが自主的にペラペラ喋ったことにしよう。
あゆみには悪いが、幾ら情報の共有ったって尋問の詳細なんて知らなくていいだろう。
ついでに途中、あいつの態度にイラついた俺がもう二発ほど腹に入れちまった、なんてのはゼッテー言う必要ねえ。
綺麗さっぱり拷問抜きであのあとジェームズから聞き出した事実だけを説明してく。
「任命式は省かれたが任命書は正式な文官が持ってきたんだと。そのまま遠征用の一部隊があいつの下に付けられたらしい。で、その任命書を後生大事にしてくれてたおかげであいつの部屋で現物見つけた」
そう言って借りてきた実物をあゆみの目の前で広げてやる。前に俺たちがキールから渡された奴に似てはいるんだが。
「これ、ここになんかマーク入るんじゃなかったっけ?」
あゆみも気づいたらしい。
「ああ、印は入ってねえはここに日付はねえわ。こんなもん、誰が見たって怪しい」
あゆみがうんうん頷いてる。
「ジェームズも流石に変だと思って王城に問い合わせようとしたんだとさ。ところが次の朝、目覚めたあいつの胸に『素直に従わないなら替えの人形はいくらでもいるよ』って書かれた紙片が貼りつけられてたんだと」
今度はその紙片もあゆみに見せてやる。そこには以前にも見覚えのある、丸っこい女みたいな字が並んでた。
「え、これって……」
「ああ、『闇の王』ってやつだろな。紙片と一緒に置かれてた金があいつの借金とピッタリ同じ額で、それを支払った時点で逃げられないと諦めたらしい」
金のことは結構素直に吐いた。どうやらそれがジェームズにとっては免罪符のつもりらしい。
俺の説明にあゆみが目を見開いて問い返す。
「借金もあったんだ、ジェームズさん」
「ああ、『少尉』って称号を無理して金で買ったんだとよ」
「それって、黒猫君の『少佐』とどっちが上なの?」
「『少佐』のが上だな」
「……売れるんだ」
「ああ、そうらしい」
あゆみが驚いた顔でこっち見るが、俺だってこんな称号、売れるんだったら売っちまいたいくらいだ。
「で、あいつの下に付けられた兵士どもがなぜかすげえ有能で、あいつが何もしなくても出兵の準備は勝手にやるわ、農民たちを連れてく手だても全部そいつらが整えてくれたんだとよ」
「それ、ジェームズさん何もしてないんじゃない?」
「そうともいうな。ナンシーまで真っすぐ軍行中ジェームズは馬の上。テントで寝て食うもん食って文句ない旅路だったらしい。そんでナンシーでは上げ膳据え膳でもてなされて、旧ナンシー公の兵が集めてくれた農民ひき連れてここまで大名行列よろしく旅行気分で来たんだとさ」
この辺で俺の腹が煮えくり返ってた。ケインたちの話じゃその頃農民の奴らはすでに食うや食わずで昼夜歩かされてたはずだ。
「到着してすぐ、ここにあった街の連中と農民を使ってこの辺を開墾させて、この砦を作らせたらしい」
よく2千人からの農民が言うことを聞いたな、と驚く俺に「俺の指示に従えない愚民は俺の優秀な部下が始末しましたから簡単でしたよ」と言ったあいつの腹につい一発入れちまったのは仕方ねえ。
「砦は出来ても不慣れな鉱山での採掘作業は難航したらしい。いくら農民を酷使してもちっとも石炭が取れてこねえ。苛立ってるところにナンシーからの最初の便が届いて、それに入ってたあの雷魔石の杖を使って『有能な部下たち』が指示通り南に巣くってた狼人族を蹂躙したんだとさ」
俺の目の前で「所詮、獣ですからね。子供を檻に入れて脅せば飼いならすのも簡単でした」とか言ったあいつの肩掴みあげて外しちまったのはカウント外な。ちゃんとすぐはめてやったし。
心の中で自分に言い訳してるとあゆみが辛そうにため息を吐いた。
「死んじまった子供たちやマークたちも合流してしばらくは安定して石炭も取れてたらしい。ところが、ナンシー経由の物資がピタリと止まっちまた。まあ多分俺たちのせいだろうけどな。マークたちは食料をどっかに秘匿してたらしいがジェームズたちの手元の食料はあっという間に尽きちまった」
俺の話を聞きながら、あゆみが「ご飯は食べないの?」って聞いてくるが、どうにもまだ食う気になれねー。
「でその辺で食料調達させてみたらディアナたちが逃げちまった。疑心暗鬼んなったジェームズが砦から誰も出さないよう徹底したんだと。ところがマークが突然、食料のあてがあるっつって自分の部下を数人連れて出ちまった。それから数日でなぜか大量の肉を持ってマークたちが戻ってきたらしい」
「それってオーク?」
「ああ。肉は臭くて食えたもんじゃなかったらしいが、それを農民と兵士にやって残った食糧を独り占めしたんだと。ところが、それからオークの肉を食った兵士や農民がバタバタ倒れだして、兵士はマークが牢屋で隔離して面倒見たらしいが農民はあっという間に働けるやつがいなくなっちまった。だからここしばらくは採掘より食い物集めのほうが重要になってた状態だったんだとさ」
「それ、さっきここの兵士さんに聞いたんだけど……」
そう言ってあゆみが兵士の間でも病気になった奴がほとんど昨夜死んじまったと教えてくれた。
「やっぱマークが傀儡化に関わってたってことだよな」
そうだろうとは思ってたが、一体オークの肉食って大丈夫だった奴と死んじまった奴の違いは何だったんだ?
そんなこと考えてた俺に、あゆみが辛そうに尋ねてくる。
「それで、あの子たちがなんで死んじゃったのか、分かったの?」
あー。聞かれなきゃ言いたくねえって思ってたけどやっぱ気になるよな。
あゆみの問いかけに胃の辺りがキリリと痛む。正直あゆみの目を見て話すのが辛くて、俺は先を続ける前にあゆみを引っ張って自分の膝に抱えこんだ。
あゆみもなんとなく分かってるのか、大人しく俺の膝に乗ってる。
「最初は鉱山で酷使してたらしいんだけどな。狼人族とあいつらだけ動けても見張れる兵士が減っちまって狼人族を使った最低限以外は採掘はやめてたらしい。元々兵士どもも流石にあいつらを酷使するのは嫌だったみたいだ」
「そっか……」
ああ。兵士どもは結構まともだった。そう、まともだったんだよな。
「で、そこにジェームズが目を付け、どうせ余ってるなら自分の世話をさせるって言って引き取ったらしい。自分の隣の部屋にあの子供たちを閉じ込めて……色々『世話』させてたんだと」
あ。あゆみが黙っちまった。
『世話』の内容についてはあゆみに言うつもりはねえ。幾ら殴っても死なねえから安心して当たり散らしてたらしく、腹のあたりの骨が何度も折られた状態だった、と死体を検分したカーティスが説明するのを聞いてたジェームズが「獣臭くてつい」と漏らしやがった。
俺もこの辺りで胸糞悪すぎてアルディが剣を抜くのを止めそこなった。次の瞬間、アルディがジェームズの腿に剣を突き刺したのを俺は黙って見てた。
ジェームズにとっての不幸はカーティスがそこで部屋に入ったことだった。その後、アルディが刻んではカーティスが治療して尋問は余計血なまぐさくなっちまった。
「たまに怪我をする子供が出ると、マークが兵士同様面倒見てくれたんだと」
「えっとその時点であの子たちはもう生きてなかったんだよね?」
「ああ。多分マークもジェームズと一緒に出兵された兵士たちもほとんどが既に傀儡だったってことだろうな」
意味、分かっちまうよな。
だがジェームズはもっと胸クソだった。
あいつは子供が死にそうになるとマークに「肉」にしろと言い渡したらしい。
バッカスたちでさえ人間を食おうなんて考えねぇのに、あいつは『人間』じゃないって理由でニコイチにされたガキどもを本気で食う気だった。
壊すつもりで当たり散らしたのも多分このせいだろう。あいつの口調からマークが治療して返してくるたびに、また虐待を繰り返してたのは明らかで、それ以上聞くのも嫌んなって腹に思いっきり二発目を入れちまった。
それでジェームズが気絶して、今日の尋問はやっと終わりになってくれた。
「……じゃあ……昨日、あの子たちが、死んじゃったの、も、あの子たちにとっては、良かったのかな」
あゆみが泣いちまった。
最初っからこうなるのは分かってた。だから飯食う気になれなかったんだよ。
それからしばらくの間、俺は何度もしゃくり上げるあゆみをただ抱きしめていた。
──────
「ネロ君、そろそろジェームズの尋問を始めたいのですが?」
あゆみを一人部屋に残して階下に降りると、待ってましたと言うようにアルディが声をかけてきた。
「ああ、分かってる」
返事を返すと無言でうなずいたアルディとディーンが俺を連れだって炊事場の奥の通路に入っていく。
兵舎の一階の奥は牢屋になってた。まあ窓もねえからそうだろうとは思ってたが、やっぱりか。牢ってのは一番下に作るもんだしな。
それにしてもこんな小さな砦にしては結構な数が並んでやがる。中から漂う匂いからも、そこが実際に使いこまれ、かなり血を吸ってるのは確実だ。一体なんに使ってたのかはあんま考えたくねえ。
通路の一番奥の一室に入ると、少し青い顔したジェームズが縄でしっかり手足を拘束されて椅子に括り付けられてた。
上の部屋と違い、ここの部屋だけ壁が土で塗られてる。なぜかなんて決まってる。悲鳴が響かねえようにだよな。重そうな木の扉がしっかりと隙間なく閉まってしまえば、少なくとも二階には声が漏れそうにない。
「ではこれよりディーン中佐とネロ少佐、それに近衛隊長の僕がキーロン王の名代としてジェームズ大佐の尋問を始めます。ここにいるネロ少佐には秘書官としてこの尋問の証人にもなっていただきます。宜しいですね?」
部屋には俺たちのほかにもう一人若い兵士が連れ込まれた。大方アルディは尋問の手伝いをさせるつもりだろうが、どうも慣れてないようでオドオドと俺たちの様子を見守ってる。
「ではまず、ジェームズ大佐、もともと兵卒あがりで『少尉』の肩書を商人から買って手に入れた貴方が、どのような経緯で突然大佐の地位につかれたのかからお聞きできますか?」
「そ、それはもちろん俺の腕がキーロン王のお目にとまり、に、任命を受けて……」
アルディの奴、いつの間に情報集めてやがったんだ?
アルディの質問は多分全て事実なんだろう。その証拠に質問の仕方がプライドをひどく傷つけたのか、ジェームズがムッとしていけしゃあしゃあと馬鹿らしい返事を返す。それを聞いたアルディが嬉しそうに眼を輝かせ、腰の剣をスラリと引き抜いた。
やっべー、こいつ最初っからそのつもりか!
ギョッとした俺は慌ててジェームズとアルディの間に立ちふさがった。
邪魔だというようにこっちを睨むアルディを尻目に、クルリとまわってジェームズに向き直り、無言でその鼻っ面に一発入れた。
「グガッッ!」
綺麗に決まった顔パンの痛みに、小さく呻いたジェームズが涙目で俺を見上げてくる。
悪く思うなよ。これでもかなり手加減はしてる。鼻の骨は折っても顔面骨折はしてねえハズだ。アルディにまかせてたらこんなもんじゃ済まねえ。間違いなく刻まれちまう。
そんなことも分からないのか、綺麗に右に折れた鼻から鼻血を垂らしながらジェームズが俺を憎しみを込めて見上げてくる。その様子と今日のイライラが祟って、ついその鼻先を軽く掴んでグキリと反対に向けた。
「グギャァッ」
「ネロ君、少しは僕にも……」
「黙ってろアルディ」
これでも親切に折れた鼻を継いでやったのに、今度はジェームズが怯えた目で俺を見上げてくる。
まあ、上出来だな。顔面の一発は手早く戦意を挫くには一番いい。血は派手に出るし、痛みの割に喋るのには支障がなくて治りも早い。
威張れたもんじゃねえが、こういうのは俺だって慣れたもんだ。睨まれるのも怖がられるのもなんともねえし。ただ、今度は怯え過ぎちまったのかそれでも喋りださないこのバカに、最後の忠告をしてやることにする。
「あのな、あんた全然分かってないみたいだから言っとくが、こいつ、このアルディはこう見えてバリバリのサディストだ。サドって分かるか? 分かんねえか。他人の悲鳴を楽しむタイプってことだ」
「ネロ君、なんてことを。心外ですね、僕は別に楽しんでやってる訳では──」
「よく言うぜ」
横から口を挟んだアルディを遮って先を続けてやる。
「俺があんたを殴ってるうちに素直に話したほうがいいぞ。こいつ、部下の俺でさえ訓練の名のもとに遠慮なく斬り刻みやがるからな」
そう言って、この前矢の刺さった傷跡を見せつける。まあ、猫になるときに拡がっちまったから剣で抉った傷に見えねえこともねえよな。
それを目にしたジェームズの顔色はもう青いを通り越して真っ白になり、歯の音を鳴らしつつもしっかりと供述を始めた……。
「って訳で、ジェームズの尋問に付き合ってきた」
夕食の残り物の入った皿を持って部屋に戻ると、夕飯を終えたあゆみが暇そうに机でなんかやってやがった。
俺が部屋に入った途端、サササっと後ろに隠したところ見ると、またなんかヤバイものかもしれねえ……
一瞬追求しようかと迷ったが、思いとどまる。もう疲れ切ってたのと、今はそれより先に話さなきゃなんねえことがありすぎた。
見なかったことにして皿をおき、あゆみをベッドに移動しながら俺もその横にのぼって向き合って胡座をかく。
「結局あいつ、本当にキーロンの名前で届いた任命を信じてここまで来たらしい」
顔パンの辺りは省いてジェームズが自主的にペラペラ喋ったことにしよう。
あゆみには悪いが、幾ら情報の共有ったって尋問の詳細なんて知らなくていいだろう。
ついでに途中、あいつの態度にイラついた俺がもう二発ほど腹に入れちまった、なんてのはゼッテー言う必要ねえ。
綺麗さっぱり拷問抜きであのあとジェームズから聞き出した事実だけを説明してく。
「任命式は省かれたが任命書は正式な文官が持ってきたんだと。そのまま遠征用の一部隊があいつの下に付けられたらしい。で、その任命書を後生大事にしてくれてたおかげであいつの部屋で現物見つけた」
そう言って借りてきた実物をあゆみの目の前で広げてやる。前に俺たちがキールから渡された奴に似てはいるんだが。
「これ、ここになんかマーク入るんじゃなかったっけ?」
あゆみも気づいたらしい。
「ああ、印は入ってねえはここに日付はねえわ。こんなもん、誰が見たって怪しい」
あゆみがうんうん頷いてる。
「ジェームズも流石に変だと思って王城に問い合わせようとしたんだとさ。ところが次の朝、目覚めたあいつの胸に『素直に従わないなら替えの人形はいくらでもいるよ』って書かれた紙片が貼りつけられてたんだと」
今度はその紙片もあゆみに見せてやる。そこには以前にも見覚えのある、丸っこい女みたいな字が並んでた。
「え、これって……」
「ああ、『闇の王』ってやつだろな。紙片と一緒に置かれてた金があいつの借金とピッタリ同じ額で、それを支払った時点で逃げられないと諦めたらしい」
金のことは結構素直に吐いた。どうやらそれがジェームズにとっては免罪符のつもりらしい。
俺の説明にあゆみが目を見開いて問い返す。
「借金もあったんだ、ジェームズさん」
「ああ、『少尉』って称号を無理して金で買ったんだとよ」
「それって、黒猫君の『少佐』とどっちが上なの?」
「『少佐』のが上だな」
「……売れるんだ」
「ああ、そうらしい」
あゆみが驚いた顔でこっち見るが、俺だってこんな称号、売れるんだったら売っちまいたいくらいだ。
「で、あいつの下に付けられた兵士どもがなぜかすげえ有能で、あいつが何もしなくても出兵の準備は勝手にやるわ、農民たちを連れてく手だても全部そいつらが整えてくれたんだとよ」
「それ、ジェームズさん何もしてないんじゃない?」
「そうともいうな。ナンシーまで真っすぐ軍行中ジェームズは馬の上。テントで寝て食うもん食って文句ない旅路だったらしい。そんでナンシーでは上げ膳据え膳でもてなされて、旧ナンシー公の兵が集めてくれた農民ひき連れてここまで大名行列よろしく旅行気分で来たんだとさ」
この辺で俺の腹が煮えくり返ってた。ケインたちの話じゃその頃農民の奴らはすでに食うや食わずで昼夜歩かされてたはずだ。
「到着してすぐ、ここにあった街の連中と農民を使ってこの辺を開墾させて、この砦を作らせたらしい」
よく2千人からの農民が言うことを聞いたな、と驚く俺に「俺の指示に従えない愚民は俺の優秀な部下が始末しましたから簡単でしたよ」と言ったあいつの腹につい一発入れちまったのは仕方ねえ。
「砦は出来ても不慣れな鉱山での採掘作業は難航したらしい。いくら農民を酷使してもちっとも石炭が取れてこねえ。苛立ってるところにナンシーからの最初の便が届いて、それに入ってたあの雷魔石の杖を使って『有能な部下たち』が指示通り南に巣くってた狼人族を蹂躙したんだとさ」
俺の目の前で「所詮、獣ですからね。子供を檻に入れて脅せば飼いならすのも簡単でした」とか言ったあいつの肩掴みあげて外しちまったのはカウント外な。ちゃんとすぐはめてやったし。
心の中で自分に言い訳してるとあゆみが辛そうにため息を吐いた。
「死んじまった子供たちやマークたちも合流してしばらくは安定して石炭も取れてたらしい。ところが、ナンシー経由の物資がピタリと止まっちまた。まあ多分俺たちのせいだろうけどな。マークたちは食料をどっかに秘匿してたらしいがジェームズたちの手元の食料はあっという間に尽きちまった」
俺の話を聞きながら、あゆみが「ご飯は食べないの?」って聞いてくるが、どうにもまだ食う気になれねー。
「でその辺で食料調達させてみたらディアナたちが逃げちまった。疑心暗鬼んなったジェームズが砦から誰も出さないよう徹底したんだと。ところがマークが突然、食料のあてがあるっつって自分の部下を数人連れて出ちまった。それから数日でなぜか大量の肉を持ってマークたちが戻ってきたらしい」
「それってオーク?」
「ああ。肉は臭くて食えたもんじゃなかったらしいが、それを農民と兵士にやって残った食糧を独り占めしたんだと。ところが、それからオークの肉を食った兵士や農民がバタバタ倒れだして、兵士はマークが牢屋で隔離して面倒見たらしいが農民はあっという間に働けるやつがいなくなっちまった。だからここしばらくは採掘より食い物集めのほうが重要になってた状態だったんだとさ」
「それ、さっきここの兵士さんに聞いたんだけど……」
そう言ってあゆみが兵士の間でも病気になった奴がほとんど昨夜死んじまったと教えてくれた。
「やっぱマークが傀儡化に関わってたってことだよな」
そうだろうとは思ってたが、一体オークの肉食って大丈夫だった奴と死んじまった奴の違いは何だったんだ?
そんなこと考えてた俺に、あゆみが辛そうに尋ねてくる。
「それで、あの子たちがなんで死んじゃったのか、分かったの?」
あー。聞かれなきゃ言いたくねえって思ってたけどやっぱ気になるよな。
あゆみの問いかけに胃の辺りがキリリと痛む。正直あゆみの目を見て話すのが辛くて、俺は先を続ける前にあゆみを引っ張って自分の膝に抱えこんだ。
あゆみもなんとなく分かってるのか、大人しく俺の膝に乗ってる。
「最初は鉱山で酷使してたらしいんだけどな。狼人族とあいつらだけ動けても見張れる兵士が減っちまって狼人族を使った最低限以外は採掘はやめてたらしい。元々兵士どもも流石にあいつらを酷使するのは嫌だったみたいだ」
「そっか……」
ああ。兵士どもは結構まともだった。そう、まともだったんだよな。
「で、そこにジェームズが目を付け、どうせ余ってるなら自分の世話をさせるって言って引き取ったらしい。自分の隣の部屋にあの子供たちを閉じ込めて……色々『世話』させてたんだと」
あ。あゆみが黙っちまった。
『世話』の内容についてはあゆみに言うつもりはねえ。幾ら殴っても死なねえから安心して当たり散らしてたらしく、腹のあたりの骨が何度も折られた状態だった、と死体を検分したカーティスが説明するのを聞いてたジェームズが「獣臭くてつい」と漏らしやがった。
俺もこの辺りで胸糞悪すぎてアルディが剣を抜くのを止めそこなった。次の瞬間、アルディがジェームズの腿に剣を突き刺したのを俺は黙って見てた。
ジェームズにとっての不幸はカーティスがそこで部屋に入ったことだった。その後、アルディが刻んではカーティスが治療して尋問は余計血なまぐさくなっちまった。
「たまに怪我をする子供が出ると、マークが兵士同様面倒見てくれたんだと」
「えっとその時点であの子たちはもう生きてなかったんだよね?」
「ああ。多分マークもジェームズと一緒に出兵された兵士たちもほとんどが既に傀儡だったってことだろうな」
意味、分かっちまうよな。
だがジェームズはもっと胸クソだった。
あいつは子供が死にそうになるとマークに「肉」にしろと言い渡したらしい。
バッカスたちでさえ人間を食おうなんて考えねぇのに、あいつは『人間』じゃないって理由でニコイチにされたガキどもを本気で食う気だった。
壊すつもりで当たり散らしたのも多分このせいだろう。あいつの口調からマークが治療して返してくるたびに、また虐待を繰り返してたのは明らかで、それ以上聞くのも嫌んなって腹に思いっきり二発目を入れちまった。
それでジェームズが気絶して、今日の尋問はやっと終わりになってくれた。
「……じゃあ……昨日、あの子たちが、死んじゃったの、も、あの子たちにとっては、良かったのかな」
あゆみが泣いちまった。
最初っからこうなるのは分かってた。だから飯食う気になれなかったんだよ。
それからしばらくの間、俺は何度もしゃくり上げるあゆみをただ抱きしめていた。
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絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
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「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
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テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
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貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
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