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第11章 北の森

34 負傷兵

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「あゆみ大丈夫か?」

 怒鳴られてすぐ口を抑えてテントの外まで駆けだして、外でゲーゲーやってた私にヴィクさんが寄ってきて背中をさすってくれた。でもまだ喋る余裕もない。

「嬢ちゃん、あんま無理するな。俺だってあんなもん見ると胃が焼けるぞ」

 ベンさんが慰めるように言ってくれるけど。
 情けない。戦闘なんて私じゃ何の役にもたてないのは分かってた。足手まといにしかならないのも。だけど、だからこそテリースさんのようにせめて裏方で治療魔法なら役に立てるって思って勉強したのに。
 全然だめだった。吐き気は収まってきたんだけど、今度はあのテントの中が怖くて、怖くて顔が上げられない。近くで匂いがしてくるだけでもまた胃がせりあがってくる。どうしよう。これじゃ本当の役立たずだ。

「ね、姉ちゃん……」

 と。さっきっからテントの端のほうの人が呟いてた声が、声として聞き取れてしまった。結構若い声。多分私と変わらないくらい。見上げて、ヴィクさんがそちらに顔を向けてるのに気づいた。その表情が凄く苦しそう。そ、だよね、ヴィクさんの弟さん、バッカスとの戦闘で死んじゃってたんだった。

「ねえ、ちゃん、いてえ……ねえちゃん」

 漏れてくる声を聞いたヴィクさんの手が一層強くギュッと握り込まれるのが目にとまって、涙が滲んで来た。見るの怖い。あれを見るのは嫌だ。だけど、その見るのが嫌なあれは、だけど誰かの弟で、ヴィクさんが苦しそうで、辛くて。

「おいあゆみ、何するんだ?」

 地面に座り込んで吐いてた私は、ヴィクさんの心配そうな声を他所にそのままズルズルとテントの端まで這いずってった。
 テントの向こう側にいるその若い男性を中で見る勇気はもう私にはない。でも……

「ヴィクさん、ちょっとだけ助けて。この人、どんな状況か見て来てもらえる?」
「見るって何を?」
「負傷してる場所。その部分だけ見えるようにこのテントの端をちょっとだけ持ち上げてもらえないかな」

 私の言わんとしてることが分かったのか、ヴィクさんが直ぐにテントに頭を突っ込んで、それで戻ってきた。

「風魔法による負傷だろうな、右足が膝下から切れてる。左足は足首がかろうじて繋がってるな。右足はもう見当たらない」

 一瞬胃がムカッとしたけど、遠くの森を見て頭を振って何とか気持ちを落ち着けた。

「じゃあ、まずは右足だけ見えるようにカーテン上げてみて」

 私がお願いするとヴィクさんがテントの内側からそっと垂れ幕をあげてくれる。丁度その傷の辺りが見えるだけで手が止まった。

「こんなもんか?」
「うん。やってみる」

 傷口は綺麗にスッパリキレちゃってて、お肉の輪切りみたいででも血が沢山流れてる。これ、私がなっちゃったのと同じような状態だ。その痛みが一瞬脳裏によみがえって胃がキュゥゥっと痛くなった。酷い。こんな状況で放っておくなんて。でも、人手が足りなくて、今死にそうな人から治療してるって言ってたし、確かに出血もそれほどひどくないから痛みを考えなければまだ時間があるのかな。
 頭の中が悲鳴と痛みの記憶と変に冷静な分析とごちゃまぜで熱が出そう。それでもとにかく私はすぐに痛覚隔離を開始した。多分。っというのは、シアンさんに教わってもこれだけは先にいつの間にかやっちゃってたせいか手加減がよく分からない。黒猫君の為の匂いの感覚を止めるのは調節できるけど、痛みを止める方はどうやらまたもノーコンらしい。それでも何とかうまくかかってくれたみたいで、さっきまでの呻きが徐々に小さくなってきた。
 次に外傷治療を始めてみる。ただ、欠損した部分を治すような治療は習ってないからこれでどうなるのかは私にもよく分からない。魔法を流し始めると、切れた部分の肉が膨れ上がって徐々に骨を包んで皮膚がその上に伸びてくる。

「おお、すげえな」

 後ろからベンさんの驚きの声が聞こえたけど今ちょっと振り返る余裕がない。
 あ、これこのままだと丸くなってくっつくのか。そう思ってるうちにみるみる足のない状態で膝下が半円形の突起のようになって傷口が塞がった。とりあえずこれでいいのかな。ばい菌とか入らないんだろうか? あ、でも私の時はなんかテリースさんがお薬飲ませてくれてたからきっとここでもそうなるのかな。

「あゆみ、こっちの足もやれるのか?」

 中からヴィクさんの声が聞こえてきた。ヴィクさんもこれでこっちの足の治療はお終いでいいって思ってるみたい。

「えっと、真っすぐにこっちに寄せることできるかな?」

 左足はテントの端から結構離れてるみたいで、このままだと手が届かない。そんな事をしてたら突然別の声が響いた。

「おいそこ! 何勝手にやってるんだ!?」

 あんまり怖い大声で怒鳴られて、びくっとなった私は後ろにひっくり返りそうになり、ベンさんが慌てて支えてくれる。でも斜めになったおかげでテントの端から声の主が見えてしまった。さっきの白髪のおじさんだ。キッと私を睨むとそのおじさん、すぐにテントの入り口を周って私の所に駆けてきた。

「お前、今何やってた」

 初めてこっちを見たオジサンは、結構綺麗な顔立ちのおじさんだった。スッと鼻筋の通った美形のおじさん。それが青筋立ててイライラとすっごい形相でこちらを見下してる。
 うわ、なんか知らないけどこれ、怒られる!

「ご、ごめんなさい、み、皆さんとってもお忙しそうなので、ちょっとだけお手伝い出来ないかと、ここから手を伸ばしてちょっとだけ痛覚隔離と外傷治療を……」
「治癒魔法が使えるのか?」

 ビクビクしつつ、私が何とか返事を返してる途中で怖いオジサンがビシッと言い返してきた。その勢いがまた怖くて声が止まっちゃう。

「は、はい、外傷治療と内傷治療もほんの少しだけ……」
「何級だ?」
「へ?」
「魔術階級だ、何級を持ってる?」

 うわ、これは答えられない。っていうか答えちゃダメな奴だ。だって『特級(仮)』とか誰が理解してくれるんだろう? 黒猫君も人に言っちゃ駄目だって言ってたし。
 私が答えられないでモゴモゴ言ってると、なんか勝手に予想してくれたらしく、怖いオジサンの口から「まあいい、続く限り使いつぶすか」とかすっごく嫌な言葉がもれてきた。

「さっき中で吐いてた馬鹿はお前だな。傷を見るのが怖いならこっちに軽症の奴を持ってこさせるからどんどん手伝え」

 最後にそれだけ言い切ってサッサと戻って行ってしまった。

「怖えおっちゃんだな」

 後ろで私を支えてくれてたベンさんがぼそりとそう呟くのを聞いて吹き出しそうになってしまう。

「それ、ベンさんの顔もかなり怖かったから言えないんじゃないですかね」

 ベンさん、私を守るつもりでいてくれたのか、さっきこっちを見下ろしてた怖いオジサンをやっぱりすっごく怖い顔で睨み返してくれてた。実はすっごく頼もしくて、だからへなへなながらも返事が出来てたんだよね。

「ま、このまま続けていいらしいぞ。やるのか?」

 さっきの怖い顔がどっかへ行っちゃったいつものぶっきらぼうなベンさんが私を起こし上げてくれた。

「はい、出来る事だけでも、してみます」

 傷を見るのは怖いけど、戦闘も出来ない……っていうかしちゃいけない私にここで出来るのは多分これだけだ。

「ヴィクさん、お願いします」

 ヴィクさんに声を掛けて私は再度テントの端に向かいなおした。
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