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第11章 北の森

閑話: 黒猫のぼやき9 〜後編〜

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 目が覚めたら目の前にあゆみの頭があった。
 あゆみの頭より自分の頭のほうが視点が上だ。
 
 ああよかった、人間に戻れたらしい……

 嬉しくてあゆみの頭の天辺にキスをする。
 猫じゃできねえから。

 あゆみの身体を見下ろす。
 最高の眺めだ……

 つい悪戯心が湧いてきて、あゆみにイチャついちまう。
 ここしばらく二人っきりになれなかったしな……
 そのうちちょっと本気になってきて、あ、マズい、これ以上はってところで……

「黒猫君……」

 あゆみの声がした。あゆみの腕が俺を包み込む。俺を抱きしめ身体を押し付ける。

 ……待て。
 なんであゆみが俺を抱きしめられるんだ?
 確か俺、あゆみを後ろから抱きしめてなかったっけか?
 それにあゆみの腕が……デカイ。

 スゥっと意識が覚醒した。
 目を開く。
 と眼の前はあゆみのデカイ胸。
 そしてしがみつくように俺、ピッタリくっついてて──

「く、黒猫君、おは、よう」

 俺が石像のようにギギギっと音のしそうな調子で上を見上げると、赤くなったあゆみのちょっと困り顔が俺を見下ろしてた。

「そんなに、好きだったんだね……」
「うわああっっ」

 うわああっっ。
 たまらず飛びのいた俺はその場で突っ伏して頭を抱えこんだ。猫の手で。

「黒猫君、そ、そんなに落ち込まないで、ねえ、黒猫君」

 畜生。ありえねえ。この歳で。
 しかも猫なのに。
 あゆみの胸にしがみついてとか。
 マジあり得ねえ。
 嘘だって言ってくれ……。

「黒猫君、平気だよ、ホントに。私も今起きたところだしあっという間だったし」

 あ、駄目だもう死んだ。
 あゆみの言葉がグッサリ刺さって今もう一度死んだ。
 俺が返事も返せずに独り唸ってると、丸くなって頭抱えてた俺の身体をあゆみの手がすくい上げ後ろから抱きしめる。

「黒猫君……私は別にいいよ」

 つい逃げ出そうとする俺を容赦なく抱え込んだあゆみが、俺の猫の小さな頭のすぐ後ろで優しい声でそう告げた。

「お、お前少しは嫌がれよ。俺今猫なんだぞ」

 俺が困って肩越しに振り返って見上げると、あゆみはほんの少しだけ頬を染めて俺の猫の耳に呟く。

「私は嫌じゃないよ。黒猫君に抱きしめられるの」

 そう言って。俺の猫の額にキスをする。

 ……畜生。本当にいい女だよ、あゆみは。

 でも俺にだって人並みのプライドはある。たとえ猫でも。
 俺は覚悟を決めてあゆみの腕の中で猫の身体をよじり、あゆみを真正面から見据えた。

「あゆみ、本当にごめん。お前はそう言ってくれるけどやっぱり情けねえし、……恥ずかしい。頼むから今のはなかったことにしてくれ。抱きつきたいのは事実だけど、猫のままじゃ駄目だ」

 俺が恥ずかしいのを我慢してそう頼んだのに、あゆみが少し頬を膨らませて俺を見る。

「なんでそんな事言うの? 今だって黒猫君が黒猫君である事には変わりないよ。そんなに猫なのが気になるの?」
「お前、気にならないのかよ」
「……あんまり」
「マジかよ……」

 そう言われてつい、本音の愚痴がこぼれ出ちまう。

「でもじゃあなんでまだ『黒猫』呼ばわりなんだよ」

 悔しいが、やっぱり猫の身体で猫呼ばわりされるのはかなりへこむ。だからこんな文句がでちまったんだが、そんな俺をキョトンと見つめてたあゆみがふっと首を傾げ、しばらく考えてから「あ! じゃあ、隆二君」と当たり前のように俺の名を呼んでくれた。戸惑う俺にあゆみが続ける。

「猫の姿でも人間の姿でも、私にとって君は隆二君だし黒猫君だよ。抱きしめるのも抱きしめられるのも、私は隆二君がいい」

 今朝三度めの死亡。
 こんなふうに俺の名前呼んでくれてたのに、俺マジ何もしてやれねえ。

 ……それでも。
 力いっぱい猫の手を伸ばしてみる。
 あゆみの首に、まわりきらなくてもしがみつく。
 あゆみも猫の俺の身体を大切そうに腕に抱いて、俺の頭に自分の頭をすり寄せる。

 ああ、いいのか。これでも。
 こいつならこれでもいいんだな。

 たとえ俺が猫だろうと人間だろうと関係ない。
 こいつは俺が守る。
 他の誰にも譲れねえ。
 これは俺の嫁だ。

「あゆみ、ありがとうな」
「うん」

 そう呟いた俺にあゆみが素直にうなずいてくれた。
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