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第11章 北の森
閑話: 黒猫のぼやき9 〜前編〜
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俺のすぐ横でカクンと寝落ちたあゆみを見てため息が出た。
こいつ、今までよっぽど辛かったんだろうな。
そう思いつつあゆみの前髪を猫の手で梳いてやる。
今日は……本当に色々ラッキーだった。
オークが襲ってきたあの時。俺とバッカスはすぐに突然現れたオークの気配に気がついた。だが、気がついた時にはすでに遅く、俺たちが振り返ったほんの一瞬後には矢が飛んできてた。
バッカスがそのほとんどをはたき落としてもその間を縫って飛んできた一本が真っ直ぐあゆみに向かってた。
俺は咄嗟にそれをはたき落とすことよりあゆみを庇うことを選んだ。もし外したら、なんて考えるのも嫌だった。
直後、背中からガツンと来た衝撃とともに激痛が体を駆け抜け、一瞬心臓が止まった気がした。
それでも何とかそれを耐えきった俺は、その場で踏ん張りながら最後に残ったひと息で逃げろと告げたのに、目の前のあゆみが動かない。
真っ青な顔のあゆみが俺を見上げながら悲痛な声で嫌だと言ったとき、実は俺の内側に酷くドス黒い自己満足が生まれちまっていた。
ああ、あゆみには俺が必要なんだ。こいつはこんな時でも俺を求めてくれるんだ。
そんな一瞬の考えが、次の瞬間の俺を突き動かした。あゆみを遠ざける代わりにあゆみを自分の手で救うことだけが頭を占め、突発的に手に水魔法を出しながら固有魔法を発動しちまった。
正直やっちまってからマズったとは思った。バッカスもアントニーもいるのに考えなしだった。だけどそれ以上に今回はあゆみを救える、そのことが一番俺の頭を占めていた。
力尽きてあゆみの膝に倒れこみ、猫に戻るその直前、俺は俺以上にマズいことしてるあゆみに呆気に取られてた。
シアンに魔力の調節を教わったって言ってたの、あれゼッテー嘘だよな?
崩れ落ち、消えゆく視界の片隅で、あゆみが突然放出した光魔法が隣の山までの丘をそのまんま綺麗に消失させちまったのが見えちまった。やった本人が一番驚いてたみたいだけど、こっちだって気を失う寸前にとんでもないもの見せられて、お陰でなんかスゲーうなされるような気絶を食らった。
次に目が覚めた時、俺はすでにあゆみの肩から下げられてる服の中だった。
こいつ、最初の頃とは比べ物にならないくらい逞しくなったよな。
俺がいなくても一人で俺を運んであそこを離れる決心を付けられたらしいし、俺を運ぶために俺のズボンを使ったのはよく機転が利いてる。良し悪しはともかく、これはこいつがここでの生活の中で自分で身につけたサバイバル能力そのものだ。
あゆみは歩いてる間中俺に話しかけてくれていた。
どうやら俺に刺さった矢はあゆみが引き抜いて治療してくれていたらしく、刺さっていた部分に微かな違和感はあるものの痛みはすでになくなっていた。
それでもあゆみは心配そうに袋の上から何度も俺の身体をさすってくれる。たとえ痛みがなくてもどうにも動くだけの体力のない俺は、ただただあゆみに撫でられながらゆりかごの中の赤子のようにあゆみの声を聴いていた。あゆみには本当に申し訳ないが、それは俺にとって信じられないほど安心できる、不思議と泣きたくなるような幸せな時間だった。
ベンとかいう熊の獣人に行き会ったのもやっぱりラッキーだったんだろう。あゆみは本当に人あたりがいいよな。二人の掛け合いを聞いてる限り、この熊の獣人も決して根っからの悪人ではないようだが、それ以上に相手があゆみだからどんどん申し訳なさそうになっていくのが面白い。
それにしてもあゆみの奴。こいつ結構色々考えてたんだな。こうやって話を聞いてるとこいつが相手の立場に寄り添い素直に感謝しながら、それでいてしたたかに煮干しをせしめてるのもよく分かる。俺もこれから気を付けよう。
獣人の村はまだ様子を見てないからどんなか分からないが、下手にこれ以上さまようよりはここにいられれば当面あゆみは無事でいられそうだ。その間に俺が元に戻れれば文句ないんだけどな。
ここについてベンがいなくなった途端、あゆみがボロボロ泣き始めた。嗚咽が部屋に響いて、俺を撫でる手が震えてて。それでもそのうち泣き止んだと思ったら、今度はこんなに頑張ったくせにいらない後悔まで始めやがった。
そんな後悔する必要全くないぞ。お前は本当によくやったんだ。
そう言ってやりたくて、無理やり目を開き、声を絞りだしたのに。
「ニァ……ン」
出てきたのは……猫の声だった。
ゾッとした。
俺、やっぱりまだ猫だったらしい。
というか、ちょっとおかしなことには気が付いてた。猫の体の俺は間違いなくズボンの中にいたのに、あゆみとベンが話してる様子とかなんか目に見えてたし。
なんだか全てにおいて実感が薄いというか、あゆみに身体撫でられてる時以外、身体の感覚もやけに薄かった。
今更気づいたその事実は色々不安は不安なんだが、今俺以上に不安そうなあゆみにそれは見せたくなかった。だから俺はあゆみの顔を見ないようにして、そのままなるべく目を閉じていた。
それからもあゆみは俺の事でいっぱいいっぱいだったみたいだ。身体を綺麗にしてくれたり、食べ物を口に入れようとしてくれたり。
お前、そんなことよりまずは自分が休めよ。
そう言ってやりたいのに、その言葉が出せないのは本当にやるせなかった。
夕食を終えたあゆみにベッドに移されて、起き上がれないで伸びてる俺の手を握って魔力を流し始めてくれた時はマジで身体が千切れるかと思うほどつらかった。以前人間の形に戻りたくて無理言って流してもらった時以上に身体が千切れるような痛みが駆け巡る。
何となく理由は分かってる。シアンが言ってた正しい繋がりって奴だろう。我慢しても身体が痛みで震えちまって、それに気づいたあゆみが俯き、突っ伏して俺に隠れるようにして泣きだしちまった。
あゆみ、頼むから泣かないでくれ。俺の為にお前が泣くのは俺自身が苦しい以上に辛い。
猫の身体を引きずって何とかあゆみの傍まで近づいて顔をあげて頬にすり寄る。驚いて顔をあげたあゆみの鼻の頭をペロリと舐めれば、目の前であゆみが顔をクシャリと歪ませ泣き笑いしながら俺を見た。
ああ、こいつ本当に強くなったよな。
最初にこの世界に来た時同様、出来ないことに直面して涙したあゆみは、それでも諦めないだけではなく、声をかけてやることも出来ない俺に何とか微笑もうとしてくれる。そしてあゆみが一生懸命頭をひねって考え出したのは、俺の身体に魔力をふんだんに振りまくって方法だった。
ベッドの上であゆみに抱きしめられ、全身に温かい命の元が振りかけられる。すると驚くほど一気に活力が湧き出し全身に力がみなぎってくる。
あゆみの身体から俺の身体にドクドクと温かい優しさが沁み込んでくる。それは一種至福としか言いようがない時間だった。
後から考えればあれは以前あゆみが魔力を垂れ流してた時と同じだったんだろう。まるっきり抵抗なく自然とあゆみの魔力が俺の身体にしみ込んで広がり、それにつれてそれまで薄ぼんやりとしていた身体の感覚がはっきりしてきて正に生き返る心地だった。
「黒猫君?」
「……ヨッ」
やっと一息付けたところであゆみが俺を心配そうにのぞき込んだ。まだ身体こそ猫のままだったがすっかり体力を取り戻してた俺は、だけどなんだか照れくさくてついぶっきらぼうに軽い挨拶を返しちまった。なのに、途端あゆみがボロボロ涙を流して顔をクチャクチャにしながら飛びつくように俺を抱きしめてきた。
「く、黒猫君! よ、よかったぁ~!」
骨が折れるかと思うほどのその強い抱擁が、こいつがどれだけ俺を欲してくれてたのかをしっかりと伝えてきて、こっちのほうがよっぽど泣きだしそうだった。
あゆみはまだそのまま俺に魔力を流し続けるつもりだったみたいだが、正直明日周りの様子を見てからにしないとマズい気がする。あゆみはマジかなりかけ流してた。その影響がどんな形で周りにいっちまったのか、見たいような見たくないような……今考えるのはよそう。
それにしても。
もしかけ流しが最悪出来ない場合、俺どうすりゃいいんだ?
あゆみとの魔力の「正しい」やり取りなんて、この身体でどうしろって言うんだよ。
……やっぱ明日になってから考えるしかねえよな。
俺は横で寝てるあゆみの顔に頬を寄せる。
ああ。温かい。
本当に良かった。こいつが無事でよかった。
俺はもう一度だけ確かめるようにあゆみの額にキスを落とし、そのままパタリとあゆみの温かい腕の中で脱力して、あとは押し寄せてくる疲労に抗わずそのまま深い眠りへと落ちていった。
こいつ、今までよっぽど辛かったんだろうな。
そう思いつつあゆみの前髪を猫の手で梳いてやる。
今日は……本当に色々ラッキーだった。
オークが襲ってきたあの時。俺とバッカスはすぐに突然現れたオークの気配に気がついた。だが、気がついた時にはすでに遅く、俺たちが振り返ったほんの一瞬後には矢が飛んできてた。
バッカスがそのほとんどをはたき落としてもその間を縫って飛んできた一本が真っ直ぐあゆみに向かってた。
俺は咄嗟にそれをはたき落とすことよりあゆみを庇うことを選んだ。もし外したら、なんて考えるのも嫌だった。
直後、背中からガツンと来た衝撃とともに激痛が体を駆け抜け、一瞬心臓が止まった気がした。
それでも何とかそれを耐えきった俺は、その場で踏ん張りながら最後に残ったひと息で逃げろと告げたのに、目の前のあゆみが動かない。
真っ青な顔のあゆみが俺を見上げながら悲痛な声で嫌だと言ったとき、実は俺の内側に酷くドス黒い自己満足が生まれちまっていた。
ああ、あゆみには俺が必要なんだ。こいつはこんな時でも俺を求めてくれるんだ。
そんな一瞬の考えが、次の瞬間の俺を突き動かした。あゆみを遠ざける代わりにあゆみを自分の手で救うことだけが頭を占め、突発的に手に水魔法を出しながら固有魔法を発動しちまった。
正直やっちまってからマズったとは思った。バッカスもアントニーもいるのに考えなしだった。だけどそれ以上に今回はあゆみを救える、そのことが一番俺の頭を占めていた。
力尽きてあゆみの膝に倒れこみ、猫に戻るその直前、俺は俺以上にマズいことしてるあゆみに呆気に取られてた。
シアンに魔力の調節を教わったって言ってたの、あれゼッテー嘘だよな?
崩れ落ち、消えゆく視界の片隅で、あゆみが突然放出した光魔法が隣の山までの丘をそのまんま綺麗に消失させちまったのが見えちまった。やった本人が一番驚いてたみたいだけど、こっちだって気を失う寸前にとんでもないもの見せられて、お陰でなんかスゲーうなされるような気絶を食らった。
次に目が覚めた時、俺はすでにあゆみの肩から下げられてる服の中だった。
こいつ、最初の頃とは比べ物にならないくらい逞しくなったよな。
俺がいなくても一人で俺を運んであそこを離れる決心を付けられたらしいし、俺を運ぶために俺のズボンを使ったのはよく機転が利いてる。良し悪しはともかく、これはこいつがここでの生活の中で自分で身につけたサバイバル能力そのものだ。
あゆみは歩いてる間中俺に話しかけてくれていた。
どうやら俺に刺さった矢はあゆみが引き抜いて治療してくれていたらしく、刺さっていた部分に微かな違和感はあるものの痛みはすでになくなっていた。
それでもあゆみは心配そうに袋の上から何度も俺の身体をさすってくれる。たとえ痛みがなくてもどうにも動くだけの体力のない俺は、ただただあゆみに撫でられながらゆりかごの中の赤子のようにあゆみの声を聴いていた。あゆみには本当に申し訳ないが、それは俺にとって信じられないほど安心できる、不思議と泣きたくなるような幸せな時間だった。
ベンとかいう熊の獣人に行き会ったのもやっぱりラッキーだったんだろう。あゆみは本当に人あたりがいいよな。二人の掛け合いを聞いてる限り、この熊の獣人も決して根っからの悪人ではないようだが、それ以上に相手があゆみだからどんどん申し訳なさそうになっていくのが面白い。
それにしてもあゆみの奴。こいつ結構色々考えてたんだな。こうやって話を聞いてるとこいつが相手の立場に寄り添い素直に感謝しながら、それでいてしたたかに煮干しをせしめてるのもよく分かる。俺もこれから気を付けよう。
獣人の村はまだ様子を見てないからどんなか分からないが、下手にこれ以上さまようよりはここにいられれば当面あゆみは無事でいられそうだ。その間に俺が元に戻れれば文句ないんだけどな。
ここについてベンがいなくなった途端、あゆみがボロボロ泣き始めた。嗚咽が部屋に響いて、俺を撫でる手が震えてて。それでもそのうち泣き止んだと思ったら、今度はこんなに頑張ったくせにいらない後悔まで始めやがった。
そんな後悔する必要全くないぞ。お前は本当によくやったんだ。
そう言ってやりたくて、無理やり目を開き、声を絞りだしたのに。
「ニァ……ン」
出てきたのは……猫の声だった。
ゾッとした。
俺、やっぱりまだ猫だったらしい。
というか、ちょっとおかしなことには気が付いてた。猫の体の俺は間違いなくズボンの中にいたのに、あゆみとベンが話してる様子とかなんか目に見えてたし。
なんだか全てにおいて実感が薄いというか、あゆみに身体撫でられてる時以外、身体の感覚もやけに薄かった。
今更気づいたその事実は色々不安は不安なんだが、今俺以上に不安そうなあゆみにそれは見せたくなかった。だから俺はあゆみの顔を見ないようにして、そのままなるべく目を閉じていた。
それからもあゆみは俺の事でいっぱいいっぱいだったみたいだ。身体を綺麗にしてくれたり、食べ物を口に入れようとしてくれたり。
お前、そんなことよりまずは自分が休めよ。
そう言ってやりたいのに、その言葉が出せないのは本当にやるせなかった。
夕食を終えたあゆみにベッドに移されて、起き上がれないで伸びてる俺の手を握って魔力を流し始めてくれた時はマジで身体が千切れるかと思うほどつらかった。以前人間の形に戻りたくて無理言って流してもらった時以上に身体が千切れるような痛みが駆け巡る。
何となく理由は分かってる。シアンが言ってた正しい繋がりって奴だろう。我慢しても身体が痛みで震えちまって、それに気づいたあゆみが俯き、突っ伏して俺に隠れるようにして泣きだしちまった。
あゆみ、頼むから泣かないでくれ。俺の為にお前が泣くのは俺自身が苦しい以上に辛い。
猫の身体を引きずって何とかあゆみの傍まで近づいて顔をあげて頬にすり寄る。驚いて顔をあげたあゆみの鼻の頭をペロリと舐めれば、目の前であゆみが顔をクシャリと歪ませ泣き笑いしながら俺を見た。
ああ、こいつ本当に強くなったよな。
最初にこの世界に来た時同様、出来ないことに直面して涙したあゆみは、それでも諦めないだけではなく、声をかけてやることも出来ない俺に何とか微笑もうとしてくれる。そしてあゆみが一生懸命頭をひねって考え出したのは、俺の身体に魔力をふんだんに振りまくって方法だった。
ベッドの上であゆみに抱きしめられ、全身に温かい命の元が振りかけられる。すると驚くほど一気に活力が湧き出し全身に力がみなぎってくる。
あゆみの身体から俺の身体にドクドクと温かい優しさが沁み込んでくる。それは一種至福としか言いようがない時間だった。
後から考えればあれは以前あゆみが魔力を垂れ流してた時と同じだったんだろう。まるっきり抵抗なく自然とあゆみの魔力が俺の身体にしみ込んで広がり、それにつれてそれまで薄ぼんやりとしていた身体の感覚がはっきりしてきて正に生き返る心地だった。
「黒猫君?」
「……ヨッ」
やっと一息付けたところであゆみが俺を心配そうにのぞき込んだ。まだ身体こそ猫のままだったがすっかり体力を取り戻してた俺は、だけどなんだか照れくさくてついぶっきらぼうに軽い挨拶を返しちまった。なのに、途端あゆみがボロボロ涙を流して顔をクチャクチャにしながら飛びつくように俺を抱きしめてきた。
「く、黒猫君! よ、よかったぁ~!」
骨が折れるかと思うほどのその強い抱擁が、こいつがどれだけ俺を欲してくれてたのかをしっかりと伝えてきて、こっちのほうがよっぽど泣きだしそうだった。
あゆみはまだそのまま俺に魔力を流し続けるつもりだったみたいだが、正直明日周りの様子を見てからにしないとマズい気がする。あゆみはマジかなりかけ流してた。その影響がどんな形で周りにいっちまったのか、見たいような見たくないような……今考えるのはよそう。
それにしても。
もしかけ流しが最悪出来ない場合、俺どうすりゃいいんだ?
あゆみとの魔力の「正しい」やり取りなんて、この身体でどうしろって言うんだよ。
……やっぱ明日になってから考えるしかねえよな。
俺は横で寝てるあゆみの顔に頬を寄せる。
ああ。温かい。
本当に良かった。こいつが無事でよかった。
俺はもう一度だけ確かめるようにあゆみの額にキスを落とし、そのままパタリとあゆみの温かい腕の中で脱力して、あとは押し寄せてくる疲労に抗わずそのまま深い眠りへと落ちていった。
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