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塔の魔女
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この世界の魔法には、一つの不文律がある。
『魔術で金は稼げても、魔力でパンは作れない』
これはものの例えであり、実際には小麦粉や砂糖、塩などを素材に使えばパンを錬成することは可能だ。
だが、どんな大魔法使いが挑んでも、魔力で作る食べ物は不味くて食べられない。
そしてまた、どんな大魔法使いだって、ご飯を食べなければ飢えて死ぬ。これもまた人間の摂理である。
そしてパンはタダでは手に入らない……。
「だから結局、魔術師だってお金がなければ食っていけないのよっ」
アズレイアが自分に言い聞かせるように呟いた途端、彼女のお腹の虫が、クゥゥゥと切なく鳴いた。
情けなさに脱力しつつも、アズレイアは今握り締めている筆を決して止めようとはしない。
この筆を止めてしまうと、今書いている魔法紋がそこで閉じられてしまう。
完成しないまま閉じられた魔法紋、それはすなわち失敗作である。
そんな無駄は、今のアズレイアには許されなかった。
「コレだって、私が今日のご飯を食べるためには仕方がないのよ」
またもアズレイアが己を鼓舞するように、わざわざ声にだして言う。
だが、それに答えてくれる者など、ここには誰もいない。
それどころか、彼女の座るこの円形の研究塔には、普段から彼女一人しかいなかった。
それでもアズレイアが独り言を続けているのには訳がある。
今、彼女が高価な極薄紙と特別なインクで描き続けているのは、繊細な作業と高等魔術を必要とする、非常に希少価値の高い『魔法紋』だ。
ある意味、彼女のような高位の魔術師でなければ絶対に描けない代物である。
にもかかわらず、その用途が非常に特殊かつマニアック過ぎて、他に請け負う魔術師はまずいない。
そう、それは魔法紋は魔法紋でも、俗にいう『淫紋』と呼ばれる、一定時間、強制的に被施術者の発情を促すものである。
その性質上、たとえどんなに魔術的価値が高くとも、その仕事は表では口にしづらく、研究者の実績になど絶対にならない代物だ。
アズレイアだって、事情がなければこんな研究に手を出すことはなかっただろう。
このアズレイア、今は追い詰められ『淫紋』を刻むための原紙など描いているが、これで実はそれなりに名の知れた、高位の魔術師だったりする。
事実、彼女の本業はお堅い王室付き魔道研究所の顧問研究員。
今彼女が作業しているこの場所も、まさに王城の片隅、彼女に割り振られた古く大きな研究塔なのである。
「ふぅ、あと一枚……」
今描き終えた『淫紋』紙を慎重に魔封じのされた納品箱に収めつつ、アズレイアは伸びをして、目を休めようと自分が引きこもっている研究塔の中を見回した。
背の高いこの円塔の中は、真ん中が三階まで吹き通しで、その壁を螺旋階段が這うように伝っている。
石積みの壁から床が張り出した二階と三階には、大量のガラクタが埃をかぶって積み上げられていた。
アズレイアが主に作業している一階には、生活に必要な最低限の設備が申し訳程度に備えられている。
アズレイアが勝手に持ち込んだ小さなベッドもその一つだ。
これだけ物を積み上げてもビクともしない、しっかりとした石壁の作りは、流石は王城の一部である。
今でこそ荷物に埋もれて見えないが、主だった支柱には精霊神の姿をモチーフにした美しい飾りが刻まれていた。
それもそのはず、ここは古くは高貴な魔女を幽閉したと言い伝えられる、歴史ある円塔だ。
それに因んで『魔女の塔』などと呼ぶ者も多い。
そんなこの塔も、昨今の研究室不足と、歴代の研究者たちが溜め込んだ必要不可欠かつ使いみちのない『研究資料』と言う名のガラクタのせいで、今では当たり前のように再利用され、アズレイアに割り当てられているのである。
まあ、『現代の魔女』たるアズレイアにここが割り当てられたのは、どこかに上部の皮肉が含まれていたのかもしれないが。
「休憩おしまい」
頭を切り替えて、またもアズレイアが淫紋の繊細な文様を描き始める。
それを邪魔するものも、手伝うものも、ここにはいないし、訪れない。
魔術師の例にもれず、研究以外の全てにおいてずぼらなアズレイアは、必要なものが簡潔に整っているこの塔の機能性が非常に気に入っていた。
五年前、研究者として独立した際ここをあてがわれ、以来、生活の基盤をすべてここに移してほぼ外を出歩かなくなっている。
あまりにも居心地がよすぎてすっかり引きこもり、もう淫紋の客以外で最後に顔をあわせたのが誰だったのか思い出せないほどだ。
いや、門番のカルロスだけは別か。
そう思いついて、新たな淫紋を描きつつ、あの冴えない門番の顔を思い浮かべる。
カルロスというのは、この塔にいたる王城からの通用門に立つ門番の一人だ。
本来その門から一歩も動いてはいけないのだが、暇をみてはアズレイア宛の荷物を届けてくれる。
塔の主たるアズレイアがここに引きこもって出てこなくなり、王城などから届く荷物が門の控室に貯まり続けるのに痺れを切らしたカルロスが、仕方なく荷物をここまで届けてくれているのだ。
寡黙でムッツリした中年なのに、中々に勤勉な門番だ。
そんなカルロスだって、その届けてくれている荷物が、実は淫紋や媚薬を作るための怪しい素材ばかりだと知ったら、流石に手伝いを断るかもしれない。
数日前、彼が束にして抱えてきた細長い棒キレが、実はレッサードラゴンの生殖器だったなんて知ったら、流石のカルロスも怒るだろう。
「おい、荷物が届いてるぞ」
噂をすればなんとやらだ。
今まさに思い出していたカルロスが、勝手知ったる様子でアズレイアの研究室のドアを開き、ニョキっと顔を出す。
今日もアズレイアを見るなり、眉をひそめて不機嫌そうな顔で睨んできた。
せめてその無精ひげを剃れば、少しはましな見た目になるだろうに。
そんなことを思いつつチラリと視線を下げれば、今日カルロスが手にしているのは、メスのセイレーンの陰核の干物だった……。
アズレイアは即座にそれを見なかったことにして、また手元の印紙に目を戻した。
「いま手が離せないの。悪いけどそっちに置いといて」
「昨日もそう言ってただろう。ドアの横の荷物がいいかげん積み上がって雪崩起こしそうだぞ」
「大丈夫、大丈夫。これでもどこに何があるのかはちゃんと把握してるから」
「……お前いつか荷物に埋もれて死ぬぞ」
カルロスの忠告を聞き流したアズレイアは、もう目前の淫紋描きに夢中になっている。
そんなアズレイアの背中をジッと見つめていたカルロスだが、太いため息を一つこぼし、山積みになった荷物の片隅に新たな一つを立てかけた。
顔さえ向けぬアズレイアに呆れつつ、カルロスがとぼとぼと部屋から出ていく足音が背後に聞こえる。
悪いが今、カルロスの相手などしていられない。
なんせ今回のお客様は、前皇帝の弟君、レイモンド侯爵様なのだから。
はっきりとは聞かされなかったが、多分間違いない。
ご本人様はいらっしゃらなかったが、身元のしっかりした身奇麗な家令が見たこともない前金と、これまた特殊な発注書を置いていった。
レイモンド侯爵様は気分屋で有名だ。一度引き受けてしまった以上、ちゃんと納期までに仕上げないと一体どんなとばっちりを食うことになるやら……。
無論、アズレイアがこんな仕事を陰で引き受けていることは極秘なのだが、最初に請け負ってしまった客からの口伝てで、一部の人間の間では噂が広まってしまっている。
最初の顧客、現第三王子の願い出を断れていれば、アズレイアだってこんな仕事に手を染めることはなかっただろう。
だが、溺愛夫婦で有名な王子に呼び出され、「恥ずかしがりな嫁に一刻も早く身体を開いてもらう為なんだ! この淫紋に国運がかかっている!」などと言われてしまえば、断ることなどできるわけもなく。
まあめでたく王子の熱い想いは奥方様に通じて、ご懐妊の噂が流れたのが去年の春。
結果、王子の裏事情を知れる立場の皆様、つまりは王族からの発注があとを絶たなくなってしまっての今日である。
アズレイアだって、自身の意志とは関係なく発情を促す淫紋や媚薬の製作に抵抗が全くない訳ではない。
断れるなら、断っていた。
だが、アズレイアにはアズレイアの、のっぴきならない理由があった。
「本業がここまで金食い虫じゃなければなぁ」
そう、アズレイアはとってもお金に困っていたのである。
独立してまだ数年の魔術師の懐が温かいはずもなく、本業の研究費も決して豊かではない。
しかもアズレイアはここでは珍しい、農家の出身の魔術師だ。後ろ盾になってくれる太い家族がいるわけでもない。
良い研究結果さえ出せれば、研究費も増えて少しは楽になるのだろう。
だが、今年の研究費はとうの昔に底をつき、自分の給料も既に全てつぎ込んだ。
今、淫紋で稼ぐ金が途絶えれば、アズレイアは研究どころかこの塔で飢え死ぬしかない。
引きこもりっきりのアズレイアには、誰にも発見されず、干物のように乾いた死体がここに転がる未来が容易に想像ついてしまう。
思わず壁に立てかけられたセイレーンの陰核の干物を思い出し、アズレイアが身を震わせた。
「ううう、自分が干物になるのはごめんよ……」
ここまで来ると、世間体なんて気にしていられない。
それに、どうせアズレイアが描く『淫紋』の効果は一日程度しか持たない。そして一度使うと一週間は催淫効果が出なくなる。
もし誰かがよからぬ目的で使ったとしても、相手がよっぽどバカな女でない限り、気づいた時点で二度目はない。
要はそれなりの信頼関係が先になければ使えない、ハズ。
そう信じて、アズレイアは今日も淫紋描きに勤しんでいるわけだが。
金のためとは言え、淫紋の研究もやってみれば奥が深い。
歴史的に提唱されてきた崔淫素材は思いの外豊富で、その素材の比率や品質でその効果に色々な差が出るようだ。
とはいえ、その出来を簡単に実証できないのが悩ましい。
「こんなもの、自分じゃ試したくもないし」
……いや軽い物は試した。
実証実験は大切だ。
そう言い聞かせ、自分に貼った。
結果、その後二日ほど色々使い物にならなくなった。
正直言ってもう二度とごめんだ。
しかも、今回のような特殊な淫紋の場合は完全にお手上げだ。
まず、正しい被験者が見つからない。
もし見つかったとして、実証実験をどのように行えばいいのか。
行為の長さか?
それとも感度か?
それらの効果をどのように段階づけて、その強弱をどのように評価すべきか……。
言い訳を繰り返す一方で、結局アズレイアは淫紋の研究にハマりつつあった。
「あら、そろそろ発情コオロギの足が切れる」
発情コオロギの足はインクのベースを作る大切な素材だ。
だが、開封するとすぐに劣化してしまう。
だから常に小分けの瓶を大量に注文して、すぐ使う一ダースほどを手元に置いているのだが。
テーブルに並べられた最後の小瓶を振るが、カラカラと心もとない音がする。
仕方なく、アズレイアは重い腰を上げて塔の入口へと向かった。
「あれ、どこに入れたかしら」
ガサゴソと荷物をあさっても新しい小瓶の詰まった木箱がなかなか見つからない。
やっと一番底のほうに隠れてるのに気づいたアズレイアは、かがみこんで手を伸ばし──
「おい、また荷物だぞ」
──アズレイアが下の荷物を引き出そうとした、まさにその時。
荷物を片手にカルロスが開いた扉がアズレイアのお尻にぶつかった。
「あ……!」
小柄なアズレイアの身体は、カルロスの開けた扉の勢いに吹き飛ばされ、そのまま頭から荷物の中に突っ込んでしまう。
運の悪いことに、積み上がった荷物は全てアズレイアの上に落ちてきた。
まさに自業自得である。
一個一個は大して重くもないものばかりだが、積み上げられていた量が半端ない。
その物量に上半身を押しつぶされて、小柄なアズレイアは身動きもできなくなった。
「おい、大丈夫か」
「ダメ! 触っちゃダメ!」
焦った声でカルロスが呼びかけるも、それをアズレイアが慌てて止める。
「この中には結構やばい荷物も混じってるのよ。慎重に一個一個確認して先に危険素材を取り除くまで私を動かさないで!」
そう、結構真剣にヤバイ。
単体で人を殺すようなものこそないが、混ぜ方でとんでもない作用を起こしかねない素材がいくつか混じっている。
その副作用を想像して、アズレイアは身を震わせた。
一週間、カエルになるなんてのはまあ序の口である。
毛玉リスの多毛症は一度かかったら一生治らないし、ヒマリヤ山ヒルは乾燥させてあっても直に触ってしまったら骨皮になるまで血を吸われる。
パットン火岩はホントにヤバイ。
あれは未処置で氷嚢から出たら数秒で燃え始める。その炎はこの研究棟くらい簡単に焼き尽くすだろう。
まずは、それらの箱を最優先で確保しなければ……。
よく考えれば、よくも今のアズレイアが無事なものである。
「どうするんだ?」
「私のデスクまで行ってそこにある荷物のリストを持ってきて。そこに丸のついてる番号の荷物を探すのよ。見つけたらすぐ箱が開かないように注意してテーブルに運んで」
これだけ山積みにしちゃってもアズレイアはちゃんと在庫管理をしている。
送られてくる荷物には、宛先と注文番号が付いていて、それとアズレイアの発注リストが合わせられるようになっているのだ。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、カルロスが散らばった荷物をよけながらテーブルへ向かう。
「おい、物が多すぎてこれじゃ見つからないぞ。……何だよ、仕事とか言ってお前、お絵描きの練習でもしてたのか?」
「ダメ、それ触っちゃ──」
「うわ、なんだこれは!」
「なに! なにを触ったの!?」
聞こえてきたカルロスの悲鳴に、思わず荷物の下から叫び声をあげた。
なのにそれっきり、カルロスの声が聞こえない。
「ねえ! ちょっと! どれに触ったのよ!」
アズレイアが大声で尋ねているのに、カルロスは無言のままだ。
静けさの中に自分の心臓の音が聞こえはじめる。
そして、アズレイアの心配が頂点に達するころ、ひたり、ひたりと重い足音がアズレイアの後ろに近づいてきた。
「な、カルロス……?」
ゆっくり近づいてくるその巨体の影に、アズレイアは思わず息を飲む。
頼むから……あれに触ったなんていわないでよね……
慌てるアズレイアをよそに、アズレイアのすぐ後ろまで来たカルロスは、アズレイアを助ける訳でもなく、そのままそこに立ち尽くす。
気のせいだろうか?
カルロスの息遣いが変に大きく聞こえてくる。
これ、やっぱりマズイかも。
そうアズレイアが思ったのと、カルロスがおもむろにアズレイアの太ももに跨るようにしてしゃがみ込んだのが同時だった。
「あの……ねえ、カルロス、気を確かに持って……?」
アズレイアの震え声の問いかけにも、カルロスからの返答はない。
ないが、代わりにカルロスのデカイ手が、アズレイアの太ももをスルスルと這いまわり始めた。
マズイ!
やっぱりテーブルに置きっぱなしだった、あの淫紋紙に触れたのね?!
「ちょ、待ってカルロス、頼むから正気を取り戻して!」
思わず叫んだが、それがどれだけ虚しい行為なのかは、アズレイア自身が誰よりも一番よく知っている。
なんせあの淫紋は、今研究中の最も強力な代物なのだ。
王城内の門番を任されるということは、こう見えて、カルロスは一応王国軍のどこかの隊には所属しているはずだ。
ならば意識誘導系の魔法を無効化する、強力な呪い避けの加護が大司教の手で定期的に付与されているだろう。
淫紋もこの対象だから、本来カルロスには効果が出ないはず、なのだが……。
今回の依頼、実は正にその加護を突き破る、強力な淫紋の焼きつけだったのだ。
侯爵様のターゲットは、きっと軍属の女性なのだろう。
こればっかりは実証実験なんて無理よねっと思っていたのだが、思わぬところで結果が出てしまった。
「流石私! 王城の大司教の加護にも勝ったわ!」
常人の思考からズレまくっているアズレイアが、勝ち誇ったように呟いた途端、それまで意味もなくアズレイアの太ももを撫で回していたカルロスの手が、一瞬ビクンと震えてピタリと止まった。
え、まさか呪い避けの加護が勝ち始めた?
そんな馬鹿な!
この様子からして、淫紋は確かにその身体に刻まれたハズだ。
一度刻まれた淫紋を押さえ込む加護なんて、アズレイアでさえ聞いたことがない。
「私の淫紋を押さえ込むなんて、一体どんな加護なのよ!」
自分の貞操の危機などすっかり忘れたアズレイアが、さも悔しそうに息巻いていると。
「お前……俺に……なにを……した……?」
アズレイアの後ろから、カルロスのかすれ声が響きだす。
「カ、カルロス! あなたまだ喋れるの!?」
驚いた。
淫紋を刻まれてなお、まともな会話が出来る者など聞いたこともない。
いや、待った。
一つだけ、なくはないが、いやまさか、それはいくらなんでも……。
「なんで、こんな勝手に、身体が火照ってくるんだ……? 熱くて、熱くて……。なぜだ、お前の身体に、勝手に吸い寄せられる……」
もしかしてカルロスったら、今の自分の身体の状態を理解してない?
そ、それじゃあ本当に、まさか……
「カルロス、まさかあなた、その歳で童貞なの!?」
そう。
淫紋に意識が耐えられる、たった一つの可能性。
それは未だ淫行の快楽を全く知らない、真っ白な処女乙女と童貞諸君……。
「カルロス、あなた……」
「お前、なぜそれを……陛下以外……誰にも言ってない……ダメだ……頭がボヤける」
ブツブツと呟いたカルロスは、またもアズレイアの太ももを撫で回すが、意識がはっきりしないからなのか、それとも知識が足りないのか、その手の動きが非常に拙い。
ま、さ、か、カルロスが童貞だったなんて。
門番を任されるぐらいだからカルロスは体格が非常にいい。
見た目は少しムサ苦しいが、顔の作りだってそう悪くない。
無精ひげさえととのえれば、多分結構見れるだろう、多分。
しかも街では人気の王国軍人。
これだけいい条件が揃っていて、なぜ……。
「ねえカルロス、あんたまさか実は女性とか? さもなければ不能?」
「失礼な! お、お前には、関係、ない、クソッ、熱い、身体中が燃えるように熱い…!」
文句を言いつつ、後ろでなにかゴソゴソしてる……かと思えば、カルロスが脱ぎ散らかした軍服が、バサリバサリとアズレイアの周りに落ちてきた。
ヤバイ。
たとえ童貞だとしても、時間さえかければ淫紋の効果は効いてくる。最終的には、誰もその欲求に抗いきれないのだ。
状況が悪化するのは時間の問題。
そんなことを考えてる間にも、カルロスが後ろから覆いかぶさってくる。
「アズレイア、お前、なんでそんな煽情的なんだよ……、いつもいつも俺にそんなエロい身体見せつけやがって」
そんなはずは、絶対にない。
悪いが、『アズレイア』と『煽情的』は多分一番程遠い単語だろう。
なにせ年がら年中、研究者に支給されるぶかぶかのローブしか着ていないのだから。
このローブ、研究以外に全く興味の向かない大多数の魔術師という人間の生態をよく理解して作られた逸品だ。
丈以外はばっさりワンサイズ。
誰が着てもそれなりにぶかぶかで、太ろうが痩せようが変更の必要がなく、しかも半永久自動洗浄機能付き。
この制作に携わった魔術師が爵位を得たことからも、どれだけこのローブが全魔術師たちの支持を受けているか分かるだろう。
アズレイアもその例にもれず、昼夜問わずほぼこれ一着しか着ていない。
だが、今のカルロスにそれを言っても始まらない。
彼にはこの、ジジイが着ようがナイスバディの宮女が着ようが全く差の出るはずもない寸胴スットンぶかぶかローブでさえも、中身がアズレイアであるだけで煽情的に映るらしい……。
アズレイアが夢中になって頭を巡らすその間にも、バカでかいカルロスの上半身が荷物に埋まって動けないアズレイアの下半身を抱きしめた。
そのままためらうこともなく、腰のくびれに顔をうずめ、ローブを引き上げて丸出しになった背中に頬ずりし始める。
剥き出しにされた背を薄い無精髭がかすり、ゾゾゾゾっと寒気がアズレイアの背筋を駆け上がった。
「い、やだ、カルロスのバカ」
抗おうとするも、押さえつけてくるカルロスの身体はいくらアズレイアが押しのけようとしてもビクともしない。
引っ掻こうと後ろに伸ばした手は、あえなくカルロスによって後ろ手に押さえつけられてしまった。
相手は腐っても王国軍人だ。
そうでなくても小柄なアズレイアなど、カルロスにすれば赤子の手をひねるのとそう変わらないのだろう。
その間にも、今まで這っていた無精髭の感触が、いつの間にか艶かしい舌と唇の熱へと変わっていた。
寒気だけだと信じたかった感覚が、もう誤魔化しようもない快感へと塗り替えられていく。
その甘やかさに思わずアズレイアの思考が止まり、腰が震えた。
「はぁう……」
思わず声が漏れた。
我慢しようとするも、カルロスの舌遣いは意外にも繊細で、腰骨をつたい、背骨を辿り、脇にキスを降らせてはまた執拗に腰骨をクスぐる。
「いぁ、それ、もう、やめて……」
押さえ込まれた手で、抗おうとするのに、なぜかカルロスがその手のひらに優しいキスを降らせ始めた。
淫紋が刻まれて今のカルロスは性欲に燃えてるハズなのに、カルロスのそれはまるで恋人にするかのように優しく甘い。
そんなカルロスの顔を、アズレイアが必死に手で押し返す。
だがカルロス相手に、そんな抵抗はムダだろう。
それどころか、こともあろうに、されている行為の甘やかさに、アズレイア自身、身体が勝手に反応を返し始めてしまった。
おかしい。
もう何年もそんなことしてなかったし、別にしたいとも思ってなかったのに。
まさか……
もしかして落ちてきた素材が私にもなにか影響を及ぼして──?
まとまらない思考でやっとそう思い至ったがすでに時遅し。
とうとう、カルロスの太い指がアズレイアの下着の中に潜入した。
「な! い、いやぁ、やだ、カルロス、それ──」
「アズレイア……好きだ……」
せめてもの矜持に、踵で思いっきり蹴り返そうとしたアズレイアの背に、カルロスの思わぬ言葉が落ちてきた。
一瞬、驚愕のあまり、動きも思考も停止する。
その間にもカルロスの甘いキスが腰を伝い、太い指が下着の中を探りだす。気を抜いていたアズレイアの唇から、あえなく艶めいた喘ぎ声がこぼれ出てしまった。
「へ、ぁアン……」
「好きだアズレイア、お前を愛したい……」
驚いたことに、カルロスがアズレイアに向かって愛の言葉を紡いでる。
淫紋は性欲は高めるが、惚れクスリと違って恋に落ちる効果などないはずだ。
いや待てよ、今回使った素材には確か一つ惚れクスリにも使われるものが……
そこまで一気に走った思考は、だけど次のステージへと指先を進めたカルロスの侵攻にあえなく霧散した。
下着の中をさまよっていたカルロスの指が、アズレイアの最も敏感な膨らみを探り出し、執拗に嬲りだしたのだ。
「ア、アアァ、待って、それムリ、キツイ、キツイの、アア!」
「知っている。これが辛いほどいいのだろう。尋問ではよくやっている」
よくやっているのか、カルロス!
童貞のクセに、なんてヤツ!
そんなことを思う間もなく、身動きもままならぬまま、一気にその強い快楽に追い詰められていく……。
カルロスの太い指に花芯を苛まれ、その指の繊細な動きと、カルロスに痴態を見られてる恥辱に、あっという間に快感が頂点へと登りつめていく……。
イク、イク、イっちゃう、私カルロスにイかされる……!
腰が震え、反動で身体が勝手に痙攣して。
果てきったアズレイアの背に、またもカルロスの柔らかい唇が押し当てられた。
そして。
信じられないことに、またもカルロスの指がアズレイアの達したばかりの花芯をゆるゆると撫でまわし始める。
「ま、待って、ムリ、今イッた、イったの! もうムリ」
「ああ、アズレイア。知ってる。よかったんだろう。大丈夫。何度でもイかせてやるよ、俺の愛しいアズレイア」
なにこいつ! 完全におかしい!
思わず自分から達したことをアズレイアが宣言しているにも関わらず、カルロスは一切耳を貸さない。
熱を含んだカルロスの甘く妖しい声が、背に触れる唇の感触とともに、徐々に肌に沁みこんでくる。
湿り気を帯びた熱い舌が滑るように背を這い回り、アズレイアの柔らかい皮膚の下から慣れぬ快楽を無理やり引きずりだし。
それでもなお自分の周りの荷物が怖くて動けないアズレイアの背が、我慢しきれず快感に震えた。
達したばかりの火照る身体が、新たに刻まれていく快感の波に、抗うことも出来ずにただ流されていく……。
やっぱり気のせいじゃない。
アズレイアの太ももの間には、間違いなくガチガチに起立した、カルロスの雄の象徴が押し付けられている。
なのに、熱に浮かされてアズレイアを愛でまわすカルロスは、未だにそれをアズレイアに擦り付けることさえしてこない。
勃起はしている。
不能ではないはずだ。
なのに無理矢理それをねじ込むことよりも、カルロスはアズレイアを何度もイかせることに夢中らしい。
そんなことを考えていられたのも、ほんの短い波間のこと。
すぐにまたアズレイアは花芯に与えられる絶妙な刺激に、脳裏まで真っ白に焼きつくされる。
これを繰り返すこと五回。
その間、アズレイアの制止の声など全く聞いてもらえない。
最近稀なる激しい運動のせいで、腹筋がピクピクと攣りかけている。
結果今のアズレイアには、まともな言葉を発するだけの体力さえ残っていなかった。
そこに降ってきたカルロスの言葉に、改めてアズレイアは絶望する。
「可愛いアズレイア。そろそろ中でもイかせてやるよ。俺の指太いから、こっちのがよっぽど気持ちよくしてやれる……」
はぁあ?
これ以上って一体なに?
って言うかまだ入れない気か!
イったばかりの思考でさえ、思わずツッコまずにはいられない。
いられないからと言って声が出せるわけでもない。
もう喘ぎでさえ出ないのだ。
「いくよ……ほらここ、アズレイアの敏感な肉芽の付け根。ここを俺の指でほぐし続けると……」
信じられない。
カルロスが容赦なく突っ込んだ指は、アズレイアの肉壁を左右に押し拡げ、そして彼の宣言通り的確に快感を生むその場所を一発で探りあて。
そして……。
「アガガガガ……!」
あまりに強い快感に、一瞬で思考が吹き飛んで、またも腹筋が痙攣を繰り返す。
「いいだろう、雷の精霊をほんの少し使うだけで快感に震えるほどいいらしい。女囚が病みつきになる」
待って、それきっと拷問よね!!??
快感に白く焼かれる思考の端で、そんなことを考えたかもしれない。
だけど中を連続で走る雷のような衝撃は、そんな思考を長く許すほど甘くない。
「アズレイア、もう快感で思考がまとまらないだろう。なら俺の指でイキながら聞けよ」
膣壁が何度も収縮を繰り返し、無意識にカルロスの指に喰いつくのがアズレイア自身にも分かる。
途端、カルロスが刺激を調整して、ぎりぎりアズレイアが思考出来る程度の余裕を与えてきた。
そのせいで、中で蠢くその太い指の感触さえも、甘やかに感じ始めて……。
「フゥ、ハ、アぅ、アン…」
自分の上げる声が、いつの間にかカルロスに媚びるような音色を帯びて、恥ずかしくて辛い。
「お前、まさかとは思ったが俺に淫紋刻んだだろう。原因はあのテーブルに置かれていた紙切れか?」
え、気づかれた……!
「だが悪いが俺はすでに淫紋の洗礼は経験済みだ。その時に国王陛下を守る近衛兵として、一生童貞を貫くと決めたんだ」
はぁあああ?!
淫紋の効果を抑えるためだけに童貞守るとか、一体どんな変態よ?
「カルロス、あんたアアアアァァ……!」
アズレイアが驚きに声を上げるよりも早く、カルロスの指が激しいピストンを繰り返し始め、アズレイアはまたもあられもない声を上げて絶頂に達していく……。
「だけどな。お前のこんな痴態見てたらなんかが吹っ切れちまった」
言ってることは聞こえているが、全ては快楽の頂点の向こう側。
聞こえているのかいないのか、思考がどんどん単純化され、どうやっても理解が追いつかない。
戸惑うアズレイアをよそに、今達したばっかりでぐったり横たわるアズレイアの腰を愛おしそうに撫でながら、カルロスがやるせなさそうに呟く。
「何が悲しくて、好きな女のこんな姿を指を咥えて見てなきゃならないんだ」
え、好きって……
カルロス、私を好きなの?
こんなずぼらで魔術以外に能のない私の一体何を見て、好きだなんて言えるんだろう……?
訝しい反面、どこか嬉しい。
いくら研究馬鹿のアズレイアでも、人に好かれて嬉しく思わないわけはない。
単純化された思考が、カルロスならありかな、なんて結論を引き当てる。
一度心が動いてしまえば単純なもので、途端腰を撫でる彼の手にアズレイアの子宮がキュンと反応してしまった。
でもそんな一瞬の甘い気分は、またも不穏に動き出すカルロスの指によって容赦なく中断される。
膣内の圧迫感がさっきまでより強い。
多分指が増えたのだろう。
そしてカルロスの甘やかな責め苦が容赦なく繰り返されていく。
ここまでするクセに、カルロス自身はまだ腰さえも揺らさない。
一体どれだけの自制心なのよ。
いっそ一回入れて理性を取り戻して欲しい。
これ以上私だけイかされ続けるのはあまりにもしんどい。
そう思っているアズレイアの背中に、カルロスの燃えるような劣情の込められた言葉が降ってくる。
「思いしれよ。俺はお前が好きだ。ずっと好きだったんだ。そして俺は好きな女を淫紋に囚われて犯したりなぞ絶対にしない」
あー。
そこまで言われて、アズレイアもやっと理解できた。
こいつ、純粋に理性だけで淫紋の効果を抑え込んだのか……。
信じられないほど類まれなる自制心……というか、これはもう、変態と呼んでいいのでは?
ああ、カルロスは変態だった。
私なんかが想像も出来ない、正真正銘、本物の変態だったんだ……
「覚えていろよ。これで終わりじゃないからな。この淫紋が切れたら今度こそお前の大好きなこの塔で、お前がイキ狂って泣いて許しを請うまで、何日でも何日でも抱きつぶしてやる」
カルロスの淫靡で不敵な宣言が、もう耐えきれなくなって途切れる寸前のアズレイアの意識に刻みこまれていく。
「お前に拒否権はない。引きこもりがいいんだよな? だったら俺が一生飼ってやる。もう二度とこの塔から出られると思うなよ」
あーあ。
淫紋なんて描いてたばっかりに、どうやら私も立派な『幽閉された魔女』になるらしい。
でもこれは、もしかすると極上の愛の言葉なのでは?
これで少なくとも引きこもってても許されるわけだし。
そう思えば、カルロスに愛されるのも悪くない。
「一生かけてお前を愛し続けてやる」
カルロスの複数の指が、断続的に甘美な衝撃を吐き出し、痙攣が重なって、息もできないほどの快感がアズレイアを飲み込んでいく……。
ならばいっそ、三食昼寝付きにしてもらおう──
鋭い快感と激しい疲労の波間に消え失せる意識の中で、そんな呑気なことを思うアズレイアだった。
(完)
『魔術で金は稼げても、魔力でパンは作れない』
これはものの例えであり、実際には小麦粉や砂糖、塩などを素材に使えばパンを錬成することは可能だ。
だが、どんな大魔法使いが挑んでも、魔力で作る食べ物は不味くて食べられない。
そしてまた、どんな大魔法使いだって、ご飯を食べなければ飢えて死ぬ。これもまた人間の摂理である。
そしてパンはタダでは手に入らない……。
「だから結局、魔術師だってお金がなければ食っていけないのよっ」
アズレイアが自分に言い聞かせるように呟いた途端、彼女のお腹の虫が、クゥゥゥと切なく鳴いた。
情けなさに脱力しつつも、アズレイアは今握り締めている筆を決して止めようとはしない。
この筆を止めてしまうと、今書いている魔法紋がそこで閉じられてしまう。
完成しないまま閉じられた魔法紋、それはすなわち失敗作である。
そんな無駄は、今のアズレイアには許されなかった。
「コレだって、私が今日のご飯を食べるためには仕方がないのよ」
またもアズレイアが己を鼓舞するように、わざわざ声にだして言う。
だが、それに答えてくれる者など、ここには誰もいない。
それどころか、彼女の座るこの円形の研究塔には、普段から彼女一人しかいなかった。
それでもアズレイアが独り言を続けているのには訳がある。
今、彼女が高価な極薄紙と特別なインクで描き続けているのは、繊細な作業と高等魔術を必要とする、非常に希少価値の高い『魔法紋』だ。
ある意味、彼女のような高位の魔術師でなければ絶対に描けない代物である。
にもかかわらず、その用途が非常に特殊かつマニアック過ぎて、他に請け負う魔術師はまずいない。
そう、それは魔法紋は魔法紋でも、俗にいう『淫紋』と呼ばれる、一定時間、強制的に被施術者の発情を促すものである。
その性質上、たとえどんなに魔術的価値が高くとも、その仕事は表では口にしづらく、研究者の実績になど絶対にならない代物だ。
アズレイアだって、事情がなければこんな研究に手を出すことはなかっただろう。
このアズレイア、今は追い詰められ『淫紋』を刻むための原紙など描いているが、これで実はそれなりに名の知れた、高位の魔術師だったりする。
事実、彼女の本業はお堅い王室付き魔道研究所の顧問研究員。
今彼女が作業しているこの場所も、まさに王城の片隅、彼女に割り振られた古く大きな研究塔なのである。
「ふぅ、あと一枚……」
今描き終えた『淫紋』紙を慎重に魔封じのされた納品箱に収めつつ、アズレイアは伸びをして、目を休めようと自分が引きこもっている研究塔の中を見回した。
背の高いこの円塔の中は、真ん中が三階まで吹き通しで、その壁を螺旋階段が這うように伝っている。
石積みの壁から床が張り出した二階と三階には、大量のガラクタが埃をかぶって積み上げられていた。
アズレイアが主に作業している一階には、生活に必要な最低限の設備が申し訳程度に備えられている。
アズレイアが勝手に持ち込んだ小さなベッドもその一つだ。
これだけ物を積み上げてもビクともしない、しっかりとした石壁の作りは、流石は王城の一部である。
今でこそ荷物に埋もれて見えないが、主だった支柱には精霊神の姿をモチーフにした美しい飾りが刻まれていた。
それもそのはず、ここは古くは高貴な魔女を幽閉したと言い伝えられる、歴史ある円塔だ。
それに因んで『魔女の塔』などと呼ぶ者も多い。
そんなこの塔も、昨今の研究室不足と、歴代の研究者たちが溜め込んだ必要不可欠かつ使いみちのない『研究資料』と言う名のガラクタのせいで、今では当たり前のように再利用され、アズレイアに割り当てられているのである。
まあ、『現代の魔女』たるアズレイアにここが割り当てられたのは、どこかに上部の皮肉が含まれていたのかもしれないが。
「休憩おしまい」
頭を切り替えて、またもアズレイアが淫紋の繊細な文様を描き始める。
それを邪魔するものも、手伝うものも、ここにはいないし、訪れない。
魔術師の例にもれず、研究以外の全てにおいてずぼらなアズレイアは、必要なものが簡潔に整っているこの塔の機能性が非常に気に入っていた。
五年前、研究者として独立した際ここをあてがわれ、以来、生活の基盤をすべてここに移してほぼ外を出歩かなくなっている。
あまりにも居心地がよすぎてすっかり引きこもり、もう淫紋の客以外で最後に顔をあわせたのが誰だったのか思い出せないほどだ。
いや、門番のカルロスだけは別か。
そう思いついて、新たな淫紋を描きつつ、あの冴えない門番の顔を思い浮かべる。
カルロスというのは、この塔にいたる王城からの通用門に立つ門番の一人だ。
本来その門から一歩も動いてはいけないのだが、暇をみてはアズレイア宛の荷物を届けてくれる。
塔の主たるアズレイアがここに引きこもって出てこなくなり、王城などから届く荷物が門の控室に貯まり続けるのに痺れを切らしたカルロスが、仕方なく荷物をここまで届けてくれているのだ。
寡黙でムッツリした中年なのに、中々に勤勉な門番だ。
そんなカルロスだって、その届けてくれている荷物が、実は淫紋や媚薬を作るための怪しい素材ばかりだと知ったら、流石に手伝いを断るかもしれない。
数日前、彼が束にして抱えてきた細長い棒キレが、実はレッサードラゴンの生殖器だったなんて知ったら、流石のカルロスも怒るだろう。
「おい、荷物が届いてるぞ」
噂をすればなんとやらだ。
今まさに思い出していたカルロスが、勝手知ったる様子でアズレイアの研究室のドアを開き、ニョキっと顔を出す。
今日もアズレイアを見るなり、眉をひそめて不機嫌そうな顔で睨んできた。
せめてその無精ひげを剃れば、少しはましな見た目になるだろうに。
そんなことを思いつつチラリと視線を下げれば、今日カルロスが手にしているのは、メスのセイレーンの陰核の干物だった……。
アズレイアは即座にそれを見なかったことにして、また手元の印紙に目を戻した。
「いま手が離せないの。悪いけどそっちに置いといて」
「昨日もそう言ってただろう。ドアの横の荷物がいいかげん積み上がって雪崩起こしそうだぞ」
「大丈夫、大丈夫。これでもどこに何があるのかはちゃんと把握してるから」
「……お前いつか荷物に埋もれて死ぬぞ」
カルロスの忠告を聞き流したアズレイアは、もう目前の淫紋描きに夢中になっている。
そんなアズレイアの背中をジッと見つめていたカルロスだが、太いため息を一つこぼし、山積みになった荷物の片隅に新たな一つを立てかけた。
顔さえ向けぬアズレイアに呆れつつ、カルロスがとぼとぼと部屋から出ていく足音が背後に聞こえる。
悪いが今、カルロスの相手などしていられない。
なんせ今回のお客様は、前皇帝の弟君、レイモンド侯爵様なのだから。
はっきりとは聞かされなかったが、多分間違いない。
ご本人様はいらっしゃらなかったが、身元のしっかりした身奇麗な家令が見たこともない前金と、これまた特殊な発注書を置いていった。
レイモンド侯爵様は気分屋で有名だ。一度引き受けてしまった以上、ちゃんと納期までに仕上げないと一体どんなとばっちりを食うことになるやら……。
無論、アズレイアがこんな仕事を陰で引き受けていることは極秘なのだが、最初に請け負ってしまった客からの口伝てで、一部の人間の間では噂が広まってしまっている。
最初の顧客、現第三王子の願い出を断れていれば、アズレイアだってこんな仕事に手を染めることはなかっただろう。
だが、溺愛夫婦で有名な王子に呼び出され、「恥ずかしがりな嫁に一刻も早く身体を開いてもらう為なんだ! この淫紋に国運がかかっている!」などと言われてしまえば、断ることなどできるわけもなく。
まあめでたく王子の熱い想いは奥方様に通じて、ご懐妊の噂が流れたのが去年の春。
結果、王子の裏事情を知れる立場の皆様、つまりは王族からの発注があとを絶たなくなってしまっての今日である。
アズレイアだって、自身の意志とは関係なく発情を促す淫紋や媚薬の製作に抵抗が全くない訳ではない。
断れるなら、断っていた。
だが、アズレイアにはアズレイアの、のっぴきならない理由があった。
「本業がここまで金食い虫じゃなければなぁ」
そう、アズレイアはとってもお金に困っていたのである。
独立してまだ数年の魔術師の懐が温かいはずもなく、本業の研究費も決して豊かではない。
しかもアズレイアはここでは珍しい、農家の出身の魔術師だ。後ろ盾になってくれる太い家族がいるわけでもない。
良い研究結果さえ出せれば、研究費も増えて少しは楽になるのだろう。
だが、今年の研究費はとうの昔に底をつき、自分の給料も既に全てつぎ込んだ。
今、淫紋で稼ぐ金が途絶えれば、アズレイアは研究どころかこの塔で飢え死ぬしかない。
引きこもりっきりのアズレイアには、誰にも発見されず、干物のように乾いた死体がここに転がる未来が容易に想像ついてしまう。
思わず壁に立てかけられたセイレーンの陰核の干物を思い出し、アズレイアが身を震わせた。
「ううう、自分が干物になるのはごめんよ……」
ここまで来ると、世間体なんて気にしていられない。
それに、どうせアズレイアが描く『淫紋』の効果は一日程度しか持たない。そして一度使うと一週間は催淫効果が出なくなる。
もし誰かがよからぬ目的で使ったとしても、相手がよっぽどバカな女でない限り、気づいた時点で二度目はない。
要はそれなりの信頼関係が先になければ使えない、ハズ。
そう信じて、アズレイアは今日も淫紋描きに勤しんでいるわけだが。
金のためとは言え、淫紋の研究もやってみれば奥が深い。
歴史的に提唱されてきた崔淫素材は思いの外豊富で、その素材の比率や品質でその効果に色々な差が出るようだ。
とはいえ、その出来を簡単に実証できないのが悩ましい。
「こんなもの、自分じゃ試したくもないし」
……いや軽い物は試した。
実証実験は大切だ。
そう言い聞かせ、自分に貼った。
結果、その後二日ほど色々使い物にならなくなった。
正直言ってもう二度とごめんだ。
しかも、今回のような特殊な淫紋の場合は完全にお手上げだ。
まず、正しい被験者が見つからない。
もし見つかったとして、実証実験をどのように行えばいいのか。
行為の長さか?
それとも感度か?
それらの効果をどのように段階づけて、その強弱をどのように評価すべきか……。
言い訳を繰り返す一方で、結局アズレイアは淫紋の研究にハマりつつあった。
「あら、そろそろ発情コオロギの足が切れる」
発情コオロギの足はインクのベースを作る大切な素材だ。
だが、開封するとすぐに劣化してしまう。
だから常に小分けの瓶を大量に注文して、すぐ使う一ダースほどを手元に置いているのだが。
テーブルに並べられた最後の小瓶を振るが、カラカラと心もとない音がする。
仕方なく、アズレイアは重い腰を上げて塔の入口へと向かった。
「あれ、どこに入れたかしら」
ガサゴソと荷物をあさっても新しい小瓶の詰まった木箱がなかなか見つからない。
やっと一番底のほうに隠れてるのに気づいたアズレイアは、かがみこんで手を伸ばし──
「おい、また荷物だぞ」
──アズレイアが下の荷物を引き出そうとした、まさにその時。
荷物を片手にカルロスが開いた扉がアズレイアのお尻にぶつかった。
「あ……!」
小柄なアズレイアの身体は、カルロスの開けた扉の勢いに吹き飛ばされ、そのまま頭から荷物の中に突っ込んでしまう。
運の悪いことに、積み上がった荷物は全てアズレイアの上に落ちてきた。
まさに自業自得である。
一個一個は大して重くもないものばかりだが、積み上げられていた量が半端ない。
その物量に上半身を押しつぶされて、小柄なアズレイアは身動きもできなくなった。
「おい、大丈夫か」
「ダメ! 触っちゃダメ!」
焦った声でカルロスが呼びかけるも、それをアズレイアが慌てて止める。
「この中には結構やばい荷物も混じってるのよ。慎重に一個一個確認して先に危険素材を取り除くまで私を動かさないで!」
そう、結構真剣にヤバイ。
単体で人を殺すようなものこそないが、混ぜ方でとんでもない作用を起こしかねない素材がいくつか混じっている。
その副作用を想像して、アズレイアは身を震わせた。
一週間、カエルになるなんてのはまあ序の口である。
毛玉リスの多毛症は一度かかったら一生治らないし、ヒマリヤ山ヒルは乾燥させてあっても直に触ってしまったら骨皮になるまで血を吸われる。
パットン火岩はホントにヤバイ。
あれは未処置で氷嚢から出たら数秒で燃え始める。その炎はこの研究棟くらい簡単に焼き尽くすだろう。
まずは、それらの箱を最優先で確保しなければ……。
よく考えれば、よくも今のアズレイアが無事なものである。
「どうするんだ?」
「私のデスクまで行ってそこにある荷物のリストを持ってきて。そこに丸のついてる番号の荷物を探すのよ。見つけたらすぐ箱が開かないように注意してテーブルに運んで」
これだけ山積みにしちゃってもアズレイアはちゃんと在庫管理をしている。
送られてくる荷物には、宛先と注文番号が付いていて、それとアズレイアの発注リストが合わせられるようになっているのだ。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、カルロスが散らばった荷物をよけながらテーブルへ向かう。
「おい、物が多すぎてこれじゃ見つからないぞ。……何だよ、仕事とか言ってお前、お絵描きの練習でもしてたのか?」
「ダメ、それ触っちゃ──」
「うわ、なんだこれは!」
「なに! なにを触ったの!?」
聞こえてきたカルロスの悲鳴に、思わず荷物の下から叫び声をあげた。
なのにそれっきり、カルロスの声が聞こえない。
「ねえ! ちょっと! どれに触ったのよ!」
アズレイアが大声で尋ねているのに、カルロスは無言のままだ。
静けさの中に自分の心臓の音が聞こえはじめる。
そして、アズレイアの心配が頂点に達するころ、ひたり、ひたりと重い足音がアズレイアの後ろに近づいてきた。
「な、カルロス……?」
ゆっくり近づいてくるその巨体の影に、アズレイアは思わず息を飲む。
頼むから……あれに触ったなんていわないでよね……
慌てるアズレイアをよそに、アズレイアのすぐ後ろまで来たカルロスは、アズレイアを助ける訳でもなく、そのままそこに立ち尽くす。
気のせいだろうか?
カルロスの息遣いが変に大きく聞こえてくる。
これ、やっぱりマズイかも。
そうアズレイアが思ったのと、カルロスがおもむろにアズレイアの太ももに跨るようにしてしゃがみ込んだのが同時だった。
「あの……ねえ、カルロス、気を確かに持って……?」
アズレイアの震え声の問いかけにも、カルロスからの返答はない。
ないが、代わりにカルロスのデカイ手が、アズレイアの太ももをスルスルと這いまわり始めた。
マズイ!
やっぱりテーブルに置きっぱなしだった、あの淫紋紙に触れたのね?!
「ちょ、待ってカルロス、頼むから正気を取り戻して!」
思わず叫んだが、それがどれだけ虚しい行為なのかは、アズレイア自身が誰よりも一番よく知っている。
なんせあの淫紋は、今研究中の最も強力な代物なのだ。
王城内の門番を任されるということは、こう見えて、カルロスは一応王国軍のどこかの隊には所属しているはずだ。
ならば意識誘導系の魔法を無効化する、強力な呪い避けの加護が大司教の手で定期的に付与されているだろう。
淫紋もこの対象だから、本来カルロスには効果が出ないはず、なのだが……。
今回の依頼、実は正にその加護を突き破る、強力な淫紋の焼きつけだったのだ。
侯爵様のターゲットは、きっと軍属の女性なのだろう。
こればっかりは実証実験なんて無理よねっと思っていたのだが、思わぬところで結果が出てしまった。
「流石私! 王城の大司教の加護にも勝ったわ!」
常人の思考からズレまくっているアズレイアが、勝ち誇ったように呟いた途端、それまで意味もなくアズレイアの太ももを撫で回していたカルロスの手が、一瞬ビクンと震えてピタリと止まった。
え、まさか呪い避けの加護が勝ち始めた?
そんな馬鹿な!
この様子からして、淫紋は確かにその身体に刻まれたハズだ。
一度刻まれた淫紋を押さえ込む加護なんて、アズレイアでさえ聞いたことがない。
「私の淫紋を押さえ込むなんて、一体どんな加護なのよ!」
自分の貞操の危機などすっかり忘れたアズレイアが、さも悔しそうに息巻いていると。
「お前……俺に……なにを……した……?」
アズレイアの後ろから、カルロスのかすれ声が響きだす。
「カ、カルロス! あなたまだ喋れるの!?」
驚いた。
淫紋を刻まれてなお、まともな会話が出来る者など聞いたこともない。
いや、待った。
一つだけ、なくはないが、いやまさか、それはいくらなんでも……。
「なんで、こんな勝手に、身体が火照ってくるんだ……? 熱くて、熱くて……。なぜだ、お前の身体に、勝手に吸い寄せられる……」
もしかしてカルロスったら、今の自分の身体の状態を理解してない?
そ、それじゃあ本当に、まさか……
「カルロス、まさかあなた、その歳で童貞なの!?」
そう。
淫紋に意識が耐えられる、たった一つの可能性。
それは未だ淫行の快楽を全く知らない、真っ白な処女乙女と童貞諸君……。
「カルロス、あなた……」
「お前、なぜそれを……陛下以外……誰にも言ってない……ダメだ……頭がボヤける」
ブツブツと呟いたカルロスは、またもアズレイアの太ももを撫で回すが、意識がはっきりしないからなのか、それとも知識が足りないのか、その手の動きが非常に拙い。
ま、さ、か、カルロスが童貞だったなんて。
門番を任されるぐらいだからカルロスは体格が非常にいい。
見た目は少しムサ苦しいが、顔の作りだってそう悪くない。
無精ひげさえととのえれば、多分結構見れるだろう、多分。
しかも街では人気の王国軍人。
これだけいい条件が揃っていて、なぜ……。
「ねえカルロス、あんたまさか実は女性とか? さもなければ不能?」
「失礼な! お、お前には、関係、ない、クソッ、熱い、身体中が燃えるように熱い…!」
文句を言いつつ、後ろでなにかゴソゴソしてる……かと思えば、カルロスが脱ぎ散らかした軍服が、バサリバサリとアズレイアの周りに落ちてきた。
ヤバイ。
たとえ童貞だとしても、時間さえかければ淫紋の効果は効いてくる。最終的には、誰もその欲求に抗いきれないのだ。
状況が悪化するのは時間の問題。
そんなことを考えてる間にも、カルロスが後ろから覆いかぶさってくる。
「アズレイア、お前、なんでそんな煽情的なんだよ……、いつもいつも俺にそんなエロい身体見せつけやがって」
そんなはずは、絶対にない。
悪いが、『アズレイア』と『煽情的』は多分一番程遠い単語だろう。
なにせ年がら年中、研究者に支給されるぶかぶかのローブしか着ていないのだから。
このローブ、研究以外に全く興味の向かない大多数の魔術師という人間の生態をよく理解して作られた逸品だ。
丈以外はばっさりワンサイズ。
誰が着てもそれなりにぶかぶかで、太ろうが痩せようが変更の必要がなく、しかも半永久自動洗浄機能付き。
この制作に携わった魔術師が爵位を得たことからも、どれだけこのローブが全魔術師たちの支持を受けているか分かるだろう。
アズレイアもその例にもれず、昼夜問わずほぼこれ一着しか着ていない。
だが、今のカルロスにそれを言っても始まらない。
彼にはこの、ジジイが着ようがナイスバディの宮女が着ようが全く差の出るはずもない寸胴スットンぶかぶかローブでさえも、中身がアズレイアであるだけで煽情的に映るらしい……。
アズレイアが夢中になって頭を巡らすその間にも、バカでかいカルロスの上半身が荷物に埋まって動けないアズレイアの下半身を抱きしめた。
そのままためらうこともなく、腰のくびれに顔をうずめ、ローブを引き上げて丸出しになった背中に頬ずりし始める。
剥き出しにされた背を薄い無精髭がかすり、ゾゾゾゾっと寒気がアズレイアの背筋を駆け上がった。
「い、やだ、カルロスのバカ」
抗おうとするも、押さえつけてくるカルロスの身体はいくらアズレイアが押しのけようとしてもビクともしない。
引っ掻こうと後ろに伸ばした手は、あえなくカルロスによって後ろ手に押さえつけられてしまった。
相手は腐っても王国軍人だ。
そうでなくても小柄なアズレイアなど、カルロスにすれば赤子の手をひねるのとそう変わらないのだろう。
その間にも、今まで這っていた無精髭の感触が、いつの間にか艶かしい舌と唇の熱へと変わっていた。
寒気だけだと信じたかった感覚が、もう誤魔化しようもない快感へと塗り替えられていく。
その甘やかさに思わずアズレイアの思考が止まり、腰が震えた。
「はぁう……」
思わず声が漏れた。
我慢しようとするも、カルロスの舌遣いは意外にも繊細で、腰骨をつたい、背骨を辿り、脇にキスを降らせてはまた執拗に腰骨をクスぐる。
「いぁ、それ、もう、やめて……」
押さえ込まれた手で、抗おうとするのに、なぜかカルロスがその手のひらに優しいキスを降らせ始めた。
淫紋が刻まれて今のカルロスは性欲に燃えてるハズなのに、カルロスのそれはまるで恋人にするかのように優しく甘い。
そんなカルロスの顔を、アズレイアが必死に手で押し返す。
だがカルロス相手に、そんな抵抗はムダだろう。
それどころか、こともあろうに、されている行為の甘やかさに、アズレイア自身、身体が勝手に反応を返し始めてしまった。
おかしい。
もう何年もそんなことしてなかったし、別にしたいとも思ってなかったのに。
まさか……
もしかして落ちてきた素材が私にもなにか影響を及ぼして──?
まとまらない思考でやっとそう思い至ったがすでに時遅し。
とうとう、カルロスの太い指がアズレイアの下着の中に潜入した。
「な! い、いやぁ、やだ、カルロス、それ──」
「アズレイア……好きだ……」
せめてもの矜持に、踵で思いっきり蹴り返そうとしたアズレイアの背に、カルロスの思わぬ言葉が落ちてきた。
一瞬、驚愕のあまり、動きも思考も停止する。
その間にもカルロスの甘いキスが腰を伝い、太い指が下着の中を探りだす。気を抜いていたアズレイアの唇から、あえなく艶めいた喘ぎ声がこぼれ出てしまった。
「へ、ぁアン……」
「好きだアズレイア、お前を愛したい……」
驚いたことに、カルロスがアズレイアに向かって愛の言葉を紡いでる。
淫紋は性欲は高めるが、惚れクスリと違って恋に落ちる効果などないはずだ。
いや待てよ、今回使った素材には確か一つ惚れクスリにも使われるものが……
そこまで一気に走った思考は、だけど次のステージへと指先を進めたカルロスの侵攻にあえなく霧散した。
下着の中をさまよっていたカルロスの指が、アズレイアの最も敏感な膨らみを探り出し、執拗に嬲りだしたのだ。
「ア、アアァ、待って、それムリ、キツイ、キツイの、アア!」
「知っている。これが辛いほどいいのだろう。尋問ではよくやっている」
よくやっているのか、カルロス!
童貞のクセに、なんてヤツ!
そんなことを思う間もなく、身動きもままならぬまま、一気にその強い快楽に追い詰められていく……。
カルロスの太い指に花芯を苛まれ、その指の繊細な動きと、カルロスに痴態を見られてる恥辱に、あっという間に快感が頂点へと登りつめていく……。
イク、イク、イっちゃう、私カルロスにイかされる……!
腰が震え、反動で身体が勝手に痙攣して。
果てきったアズレイアの背に、またもカルロスの柔らかい唇が押し当てられた。
そして。
信じられないことに、またもカルロスの指がアズレイアの達したばかりの花芯をゆるゆると撫でまわし始める。
「ま、待って、ムリ、今イッた、イったの! もうムリ」
「ああ、アズレイア。知ってる。よかったんだろう。大丈夫。何度でもイかせてやるよ、俺の愛しいアズレイア」
なにこいつ! 完全におかしい!
思わず自分から達したことをアズレイアが宣言しているにも関わらず、カルロスは一切耳を貸さない。
熱を含んだカルロスの甘く妖しい声が、背に触れる唇の感触とともに、徐々に肌に沁みこんでくる。
湿り気を帯びた熱い舌が滑るように背を這い回り、アズレイアの柔らかい皮膚の下から慣れぬ快楽を無理やり引きずりだし。
それでもなお自分の周りの荷物が怖くて動けないアズレイアの背が、我慢しきれず快感に震えた。
達したばかりの火照る身体が、新たに刻まれていく快感の波に、抗うことも出来ずにただ流されていく……。
やっぱり気のせいじゃない。
アズレイアの太ももの間には、間違いなくガチガチに起立した、カルロスの雄の象徴が押し付けられている。
なのに、熱に浮かされてアズレイアを愛でまわすカルロスは、未だにそれをアズレイアに擦り付けることさえしてこない。
勃起はしている。
不能ではないはずだ。
なのに無理矢理それをねじ込むことよりも、カルロスはアズレイアを何度もイかせることに夢中らしい。
そんなことを考えていられたのも、ほんの短い波間のこと。
すぐにまたアズレイアは花芯に与えられる絶妙な刺激に、脳裏まで真っ白に焼きつくされる。
これを繰り返すこと五回。
その間、アズレイアの制止の声など全く聞いてもらえない。
最近稀なる激しい運動のせいで、腹筋がピクピクと攣りかけている。
結果今のアズレイアには、まともな言葉を発するだけの体力さえ残っていなかった。
そこに降ってきたカルロスの言葉に、改めてアズレイアは絶望する。
「可愛いアズレイア。そろそろ中でもイかせてやるよ。俺の指太いから、こっちのがよっぽど気持ちよくしてやれる……」
はぁあ?
これ以上って一体なに?
って言うかまだ入れない気か!
イったばかりの思考でさえ、思わずツッコまずにはいられない。
いられないからと言って声が出せるわけでもない。
もう喘ぎでさえ出ないのだ。
「いくよ……ほらここ、アズレイアの敏感な肉芽の付け根。ここを俺の指でほぐし続けると……」
信じられない。
カルロスが容赦なく突っ込んだ指は、アズレイアの肉壁を左右に押し拡げ、そして彼の宣言通り的確に快感を生むその場所を一発で探りあて。
そして……。
「アガガガガ……!」
あまりに強い快感に、一瞬で思考が吹き飛んで、またも腹筋が痙攣を繰り返す。
「いいだろう、雷の精霊をほんの少し使うだけで快感に震えるほどいいらしい。女囚が病みつきになる」
待って、それきっと拷問よね!!??
快感に白く焼かれる思考の端で、そんなことを考えたかもしれない。
だけど中を連続で走る雷のような衝撃は、そんな思考を長く許すほど甘くない。
「アズレイア、もう快感で思考がまとまらないだろう。なら俺の指でイキながら聞けよ」
膣壁が何度も収縮を繰り返し、無意識にカルロスの指に喰いつくのがアズレイア自身にも分かる。
途端、カルロスが刺激を調整して、ぎりぎりアズレイアが思考出来る程度の余裕を与えてきた。
そのせいで、中で蠢くその太い指の感触さえも、甘やかに感じ始めて……。
「フゥ、ハ、アぅ、アン…」
自分の上げる声が、いつの間にかカルロスに媚びるような音色を帯びて、恥ずかしくて辛い。
「お前、まさかとは思ったが俺に淫紋刻んだだろう。原因はあのテーブルに置かれていた紙切れか?」
え、気づかれた……!
「だが悪いが俺はすでに淫紋の洗礼は経験済みだ。その時に国王陛下を守る近衛兵として、一生童貞を貫くと決めたんだ」
はぁあああ?!
淫紋の効果を抑えるためだけに童貞守るとか、一体どんな変態よ?
「カルロス、あんたアアアアァァ……!」
アズレイアが驚きに声を上げるよりも早く、カルロスの指が激しいピストンを繰り返し始め、アズレイアはまたもあられもない声を上げて絶頂に達していく……。
「だけどな。お前のこんな痴態見てたらなんかが吹っ切れちまった」
言ってることは聞こえているが、全ては快楽の頂点の向こう側。
聞こえているのかいないのか、思考がどんどん単純化され、どうやっても理解が追いつかない。
戸惑うアズレイアをよそに、今達したばっかりでぐったり横たわるアズレイアの腰を愛おしそうに撫でながら、カルロスがやるせなさそうに呟く。
「何が悲しくて、好きな女のこんな姿を指を咥えて見てなきゃならないんだ」
え、好きって……
カルロス、私を好きなの?
こんなずぼらで魔術以外に能のない私の一体何を見て、好きだなんて言えるんだろう……?
訝しい反面、どこか嬉しい。
いくら研究馬鹿のアズレイアでも、人に好かれて嬉しく思わないわけはない。
単純化された思考が、カルロスならありかな、なんて結論を引き当てる。
一度心が動いてしまえば単純なもので、途端腰を撫でる彼の手にアズレイアの子宮がキュンと反応してしまった。
でもそんな一瞬の甘い気分は、またも不穏に動き出すカルロスの指によって容赦なく中断される。
膣内の圧迫感がさっきまでより強い。
多分指が増えたのだろう。
そしてカルロスの甘やかな責め苦が容赦なく繰り返されていく。
ここまでするクセに、カルロス自身はまだ腰さえも揺らさない。
一体どれだけの自制心なのよ。
いっそ一回入れて理性を取り戻して欲しい。
これ以上私だけイかされ続けるのはあまりにもしんどい。
そう思っているアズレイアの背中に、カルロスの燃えるような劣情の込められた言葉が降ってくる。
「思いしれよ。俺はお前が好きだ。ずっと好きだったんだ。そして俺は好きな女を淫紋に囚われて犯したりなぞ絶対にしない」
あー。
そこまで言われて、アズレイアもやっと理解できた。
こいつ、純粋に理性だけで淫紋の効果を抑え込んだのか……。
信じられないほど類まれなる自制心……というか、これはもう、変態と呼んでいいのでは?
ああ、カルロスは変態だった。
私なんかが想像も出来ない、正真正銘、本物の変態だったんだ……
「覚えていろよ。これで終わりじゃないからな。この淫紋が切れたら今度こそお前の大好きなこの塔で、お前がイキ狂って泣いて許しを請うまで、何日でも何日でも抱きつぶしてやる」
カルロスの淫靡で不敵な宣言が、もう耐えきれなくなって途切れる寸前のアズレイアの意識に刻みこまれていく。
「お前に拒否権はない。引きこもりがいいんだよな? だったら俺が一生飼ってやる。もう二度とこの塔から出られると思うなよ」
あーあ。
淫紋なんて描いてたばっかりに、どうやら私も立派な『幽閉された魔女』になるらしい。
でもこれは、もしかすると極上の愛の言葉なのでは?
これで少なくとも引きこもってても許されるわけだし。
そう思えば、カルロスに愛されるのも悪くない。
「一生かけてお前を愛し続けてやる」
カルロスの複数の指が、断続的に甘美な衝撃を吐き出し、痙攣が重なって、息もできないほどの快感がアズレイアを飲み込んでいく……。
ならばいっそ、三食昼寝付きにしてもらおう──
鋭い快感と激しい疲労の波間に消え失せる意識の中で、そんな呑気なことを思うアズレイアだった。
(完)
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142様〜♪
ご感想ありがとうございますm(_ _)m
こちらもお読みいただけたようで感謝です〜!
ラブコメが多い中で、こちらの長編版は思っていた以上にシリアス調になってちょっと読みづらいかも……です……。
(なので短編も残しつつ……)
とりあえず、それぞれ別の形ではありますが、基本拙作のヒロインはみんな逃げられませんw
これからも宜しくお願いしますm(_ _)m