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番外編:日常切絵 ~ご挨拶~
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「洋介さん、本気ですか?」
「んあ? だって他に方法ないだろう」
本日私達、平日にお休みを取って洋介さんのご家族にご挨拶に行きます。
普段しないバッチリメイク(もちろんナチュラル系)して会社用のスーツの中でも淡い配色の上下着て、お土産には色々迷ったけど、結局自分の一番好きなう○ぎやのどら焼き持って。
だってお会いする場所が広尾の喫茶店……
そんなオシャレな場所で落ち合うって一体どんなオサレ家族って思うじゃないですか。
だから私も自分なりには気合入ってます。
なのに……
お家を出て洋介さんの家で落ち合って一緒に向かおうと思ったらそこにはフィアットが。
「だってこれ何時間掛かるんですか?」
「いや流石にそこまで掛からないし。彩音も僕も人混み駄目なんだから仕方ないよ」
このフィアット君。可愛いんだけどね。古いのですよ。
スピードが出ないのも問題だけど、冷房も無いしこの暑さじゃ今にも止まりそう……
そんな私の心配を他所に洋介さんが嬉々としてエンジン掛けてる。私も諦めて助手席に着いた。
「洋介さん、本当にそんな遠出してこの車、大丈夫?」
「先月メンテも済ませたばかりだ。そう、心配するな」
そう言って洋介さん、自信満々で意気揚々とアクセル踏んで出発した。
「洋介さん、それで何で私達こんな所でお茶してるの?」
「仕方ないだろ、オイル上がっちゃったんだから」
言わんこっちゃない。やっぱりフィアット君にこの暑さは無理だったんだ。
途中のコンビニで日陰に車を止めて、買ってきた冷たいお茶で中休み中。
「つくづく私達のお出かけって手段が限られちゃいますよね」
私の言葉に洋介さん、シートをちょっと倒しながらペットボトルを額にあててため息をついた。
「まあな。それにしたって今回はお袋たちが悪い。こんな平日にあんな混む場所指定してきて」
「お義母様、洋介さんが匂いに弱いのはご存知なんですよね」
洋介さんが黙り込む。
「え、まさか洋介さん、言ってないの?」
「彩音、申し訳ないけどその話はお袋たちには言わないで」
「何でですか? ご家族なんですから……」
「なんか今更お袋たち心配させる様な事知らせたくないんだよ」
そう言ってペットボトルを動かしながら少し目を瞑った洋介さんはちょっと子供っぽく見えてしまった。
広尾でメチャクチャ高い某スーパーマーケットの駐車場に車を停めて急ぎ足で喫茶店に向かう。因みに洋介さんはチノパンに綿シャツと言うラフな格好。
待ち合わせの時間にはギリギリ間に合ったけど冷房の無い車で汗ぐっしょりになっちゃったのにお化粧直す暇もない。これは痛い。どら焼きはアイスノン入れてきたからいいけど。
べっとりくっついてくるスカートの裾と額の汗を気にしながら喫茶店に入ると窓際の奥から2人の女性が手を振っていた。
一人は結構年配の、多分私のお母さんより少し上の女性、もう一人は多分私より10くらい上かな?
お二人ともどこか洋介さんと雰囲気が似てる。お義母様はネイビー・ブルーのシックなスーツで、お義姉様はアジアン・テイストな麻のスカートにオーガンジーの薄っすらと色の付いたスケスケシャツ、内側にはグラデーションの掛かった自然な染め抜きのラフなTシャツ。なんかどっかのモデルさんみたいだ。
近くまで行ってご挨拶する。
「初めまして、洋介の母です」
「は、初めまして。彩音です」
「初めまして、やっとお会い出来た。良かった、洋介の妄想じゃなかったのね」
「こら美樹、それを言っちゃ駄目でしょ」
あれ? 洋介さん何でなにも話さないで座っちゃうの?
「まあ座って頂戴。ほら洋介も。ブスッとしてないの」
「彩音ちゃん、何飲む? お腹空いてる? ここサンドイッチとかしかないけど」
「い、いいえ、来る途中車を何回か停めなきゃいけなかったのでその時にコンビニで買って食べちゃいました」
「え? 車ってまさかあのオンボロ・フィアットで来たの!?」
あ、やっぱりオンボロって思うんだ。
「良く止まっちゃわなかったわね。どうせ洋介が無理言ったんでしょ。この子時々あの車にこだわって乗るから」
ああ、そう思われてるんだ。チラリと洋介さんを見るとちょっとむくれてメニューを見てる。
もしかして洋介さん、このままずっと話さない気?
私も洋介さんもお茶は飲み過ぎなので二人で暖かいコーヒーを注文した。
「あの、お二人はこの辺りでお仕事されてるんですか?」
「あら、洋介はそんな事も言ってなかったの? 実は私、この近くでブティックやってるのよ」
「え? す、凄い。広尾でブティックですか」
「それで私はそこの売り子」
道理でお二人ともここの雰囲気に溶け込んでるわけだ。
「それは凄いですね、お二人ともモデルさんの様にここに馴染んでますものね」
「え、まあ、そりゃお仕事だしね。そう言う彩音ちゃんもウチで少し見てく?」
「彩音はこのままでいい。お袋たちに任せてたらあっという間に着せ替え人形にされちまう」
あ、洋介さんがやっと喋った。
「聞いたお母さん? このままでいい、ですって」
「あの洋介がねぇ。信じらんないわ。あれだけせっついてもこの年まで彼女の一人も紹介してくれなかったのに」
「余計な事言わなくていいから。ほら飲みもん来たぞ」
「ごまかしてる~」
「照れてるわ、洋介が。いいもん見れたわ!」
真っ赤になった洋介さんが奥に座った私にコーヒーをミルクと一緒に回してくれる。代わりにお砂糖の壺を出して半匙だけ洋介さんのカップに入れてから自分のにも入れて……
「信じられないけど彩音ちゃん、本当にこの子の奥さんになってくれたのね」
私の手元をお義母様とお義姉様が見ながら感嘆のため息をついた。
「そ、そんなに不思議ですか? 洋介さん、こんなにカッコいいし他にもこれくらいする女性、居たんじゃないんですか?」
私の言葉にお二人が顔を見合わせる。
「本当に、自分で言うのもおこがましいけど結構イケメンに出来上がったとは思うのよ、この子。なのに浮いた話1つ無いし、ちょっと可愛い娘がうちの店に入った時なんか連れて帰ってみてもすぐ逃げる様に居なくなっちゃうし」
「そうそう。しかも凄い秘密主義で隠してる彼女でも居るんじゃないかって部屋を家探ししようにも、部屋は締め切って鍵まで自分で付けて見せてくれないし」
あ、それは……蔵書のせいですよね、洋介さん。
「まあ、家は離婚繰り返しちゃったからこの子、ちょっと変わった子に育っちゃってるのよ。彩音ちゃんが苦労してなきゃいいんだけど」
「苦労なんて無いですよ。それどころか洋介さん、頼りになりますし」
私の一言に二人の目が輝き出した。
「それで? 二人の馴れ初めは?」
「どうやってこのトウヘンボク落としたの?」
「そ、それは……」
どうしよう、本当の事言う訳にも行かないし。
実は聞かれるだろうと思ってたから用意してたお話はあるんだけど、まさか洋介さん、自分の匂いの問題を家族に話してないなんて思ってなかったから二人でそれを話し合ってって言うつもりだったのにこれじゃ駄目だし。
私が言葉に詰まってると横から突然洋介さんが口を挟んだ。
「僕が風邪で寝込んだ時にたまたま回覧板持ってきた彩音が僕の看病をしてくれたんだ」
「そんなの、あなた普段絶対に人を家に入れないじゃない」
お義母様の素早いツッコミに洋介さん、少し赤くなりながら言葉を続ける。
「あ、彩音の事は以前から知ってたし気になってたから入れたんだ」
うわ、洋介さん真っ赤になった。目の前のお二人が目を剝いてる。
「お母さんどうしよう、洋介がのろけたよ」
「この子産んで以来のサプライズだわ」
「もういいだろ。充分お袋たちのおもちゃになったんだからこれくらいで勘弁してくれ」
洋介さん、よっぽど恥ずかしかったのか額の横に汗かいてる。居た堪れないみたいで、ちょっとトイレって言って居なくなっちゃった。
「……からかいすぎたかしら」
「仕方ないわよ、あんな洋介、初めてだもの」
お義母様とお義姉様が二人でクスクス笑ってる。洋介さん、ちょっとかわいそう。
「それであの子、彩音ちゃんには自分の部屋見せたの?」
洋介さんが居ないうちに、って感じでお義姉様が顔を寄せてきた。
「あ、は、はい、入れてもらってます」
「じゃあ、彩音ちゃんは洋介が隠れオタクって知ってて結婚してくれたのね」
お義母様がホッとした顔で言葉を漏らした。
え? ええ?!
「あ、あの、お二人とも洋介さんの趣味、ご存知だったんですか!?」
「もちろん。あの子あれでしっかり隠し通したつもりみたいだけど」
「いくら鍵かけたって家の鍵くらい幾らでも開けられるわよ」
あ、開けちゃったんだ……
「ああ秘密主義じゃ怖いじゃない。もし部屋に女の子とか監禁してたらって」
お義姉さんの言葉に笑いが引きつる。
いや、そこまで疑ったら流石に洋介さんかわいそうだよ。
あ、でもエロ本書いてるって知ったらもっと疑われるかな?
しかも私のプチストーカーしてたし。
あれ? もしかして洋介さん、疑われてもしょうがない?
ちょっとばかり焦って考えを巡らせてる私の顔をお義姉様が興味つつに覗き込んだ。
「彩音ちゃんはあんな洋介のどこが良かったの? やっぱり顔?」
「顔、ですか。えーっと好きですよ洋介さんの顔。でもそれよりも趣味が合って……」
「まあ、彩音ちゃんもオタクなの?」
「あ、はい。自他共に認める二次元ヲタクです」
「彩音ちゃんはオープンなんだぁ。それならちょっと納得かな。あの子なんだか色々拗らせてそうだし」
「えっと、そうですね。色々な意味で私、洋介さんじゃなきゃ駄目なんです」
ポロリとそうってしまってからなんだか恥ずかしくなって真っ赤になってしまった。
それを見てお二人が目を丸くしてる。
「なにを彩音から聞き出してるんだ?」
そこにちょうど帰ってきちゃった洋介さんが不審そうな目でお義母様達を睨みつけてる。
「……たで食う虫も好きずきってよく言ったものよねぇ」
「私この歳で初めて運命って信じられる気がしてきた」
「いえ、そこまで……」
それぞれ結構ひどいご感想を漏らしてから、洋介さんに向き直って鬼気迫る顔で話し始める。
「洋介、絶対この子逃しちゃだめだからね。下にも置かないで大切にするのよ」
「あんたに次があるなんて絶対ないから。彩音ちゃんの言う事はよく聞きなさい」
「……二人とも突然どうしたんだ?」
戸惑う洋介さんを他所にお義母様達から熱烈なラブ視線を浴びせかけられて私は一人真っ赤になって縮こまった。
「なんかあっという間に終わったな」
「そりゃこの車の中の待ち時間に比べれば短くも感じますよ」
帰りの車の中で洋介さんがボソッと呟くのにツッコミを入れてみる。確かにラッシュの電車に乗らなくて良いのはかなりありがたいけど代わりに渋滞でもう1時間以上ノロノロ進む車の中だ。
「そういうことじゃなくて。なんか珍しくお袋たちといる時間があっという間に過ぎた。いつもは結婚しろってうるさいお袋たちに挟まれてジリジリと時間が過ぎてたから」
「あははは。そういえば言ってましたもんね、いつもお電話掛かってくるって」
洋介さんがちょっと意地悪に笑ってこっちを見た。
「その電話に彩音と結婚したって言ったらあの二人、しばらくパニクってたからな」
「え! 結婚するまで言ってなかったんですか!」
私の質問に洋介さんがちょっと眉根を寄せる。
「だってあの二人に話すとどんないらないお節介焼かれるか分かったもんじゃなかったからな」
言われてみれば。今日も帰りがけこのまま泊まっていけって散々誘われた。着替えもないって言ったらブティックの倉庫ひっくり返して好きなもの選んでと言われて慌てて明日の会社を言い訳に退散してきたのだ。しかも帰りがけにしっかりメールとSNSアカウント交換してたし。
「でもお二人ともすごく喜んでくださってて本当に嬉しいです」
「そりゃそうだ。君は充分魅力的だし、こんないつまでも結婚の気配も無かった男には勿体無いってお袋たちも言ってただろう」
「それは言いすぎですけど。そう言えば洋介さんがちゃんと出会いの言い訳してくれた時は本当に助かりました。以前から気になってたって言うのもまんざら嘘じゃないですよね、ぷちストーカーだったんですし」
「彩音、その言い方は無いよ。あれ、結構本当なんだけどな」
「え?」
「……後から考えれば僕はあの頃君に惹かれてたから前を歩いていく君を見てるだけでお話しが書けてたんだと思う」
「それって洋介さん。実は本気でストーカーだったって告白でしょうか?」
「ち、違う! そんな目で君を見た事は断じてなかったから。絶対に!」
洋介さんが慌てて否定する。分かってるけどからかってしまった。だってちょっとこそばゆくて。
だって洋介さんが言ってるのは私がまだ高校の頃。のんびり学生してたのをずっと見られてたんだって思うとやっぱり恥ずかしい。
残念なことに洋介さんはその頃の私にとっては単にお隣の働くオジサ……お兄さんだったけど。
あ、もしかするともっと前からかも。高校生のころからお義父様に会いにあそこに来てたって言ってたし。
高校生の洋介さんかぁ。見たかったなぁ。
「もう少し早く洋介さんが声を掛けてくれたらもっと早く出逢えてたかもしれませんね、私達」
「んー、それは難しいだろ、お互い色々抱えてるし」
そう言う洋介さんの顔を覗き込みながら頬が緩んでしまう。
「それでもです。きっとそれでも違う形で分かり合ってたかも。だってきっと私洋介さんに惹かれたと思うし」
洋介さんがちょっと驚いた顔でチラリとこちらを見る。すぐに真っすぐ前に向きなおって真っ赤になった。
「そういう事は週末に言ってくれ。ここじゃ何にも出来ない」
「そうですね。週末ゆっくりお話ししましょう」
夕日に照らされる洋介さんの照れた横顔をうっとりと見つめてると、私のスマホがブルルと震えた。
「!」
「どうした?」
「え? いえ、なんでもないです」
私は洋介さんに負けないくらい赤い顔で前を見る。夕日が差し込んでるからきっと大丈夫。
言えない。
洋介さんには言えない。
お義姉様が高校生の洋介さんの写真を送ってくれたなんて言えない。
しかもそれが漫画片手に自分の部屋で上半身裸で寝てるところを隠し撮りした写真だったなんて、口が裂けても絶対絶対言えない。
そして……。
その後お義姉様達の協力の元、(洋介さんを除く)家族共有の『洋介さん微エロ写真集』が私のスマホに出来上がるなんて事実、間違っても洋介さんだけには言えないから。
ご挨拶 (完)
「んあ? だって他に方法ないだろう」
本日私達、平日にお休みを取って洋介さんのご家族にご挨拶に行きます。
普段しないバッチリメイク(もちろんナチュラル系)して会社用のスーツの中でも淡い配色の上下着て、お土産には色々迷ったけど、結局自分の一番好きなう○ぎやのどら焼き持って。
だってお会いする場所が広尾の喫茶店……
そんなオシャレな場所で落ち合うって一体どんなオサレ家族って思うじゃないですか。
だから私も自分なりには気合入ってます。
なのに……
お家を出て洋介さんの家で落ち合って一緒に向かおうと思ったらそこにはフィアットが。
「だってこれ何時間掛かるんですか?」
「いや流石にそこまで掛からないし。彩音も僕も人混み駄目なんだから仕方ないよ」
このフィアット君。可愛いんだけどね。古いのですよ。
スピードが出ないのも問題だけど、冷房も無いしこの暑さじゃ今にも止まりそう……
そんな私の心配を他所に洋介さんが嬉々としてエンジン掛けてる。私も諦めて助手席に着いた。
「洋介さん、本当にそんな遠出してこの車、大丈夫?」
「先月メンテも済ませたばかりだ。そう、心配するな」
そう言って洋介さん、自信満々で意気揚々とアクセル踏んで出発した。
「洋介さん、それで何で私達こんな所でお茶してるの?」
「仕方ないだろ、オイル上がっちゃったんだから」
言わんこっちゃない。やっぱりフィアット君にこの暑さは無理だったんだ。
途中のコンビニで日陰に車を止めて、買ってきた冷たいお茶で中休み中。
「つくづく私達のお出かけって手段が限られちゃいますよね」
私の言葉に洋介さん、シートをちょっと倒しながらペットボトルを額にあててため息をついた。
「まあな。それにしたって今回はお袋たちが悪い。こんな平日にあんな混む場所指定してきて」
「お義母様、洋介さんが匂いに弱いのはご存知なんですよね」
洋介さんが黙り込む。
「え、まさか洋介さん、言ってないの?」
「彩音、申し訳ないけどその話はお袋たちには言わないで」
「何でですか? ご家族なんですから……」
「なんか今更お袋たち心配させる様な事知らせたくないんだよ」
そう言ってペットボトルを動かしながら少し目を瞑った洋介さんはちょっと子供っぽく見えてしまった。
広尾でメチャクチャ高い某スーパーマーケットの駐車場に車を停めて急ぎ足で喫茶店に向かう。因みに洋介さんはチノパンに綿シャツと言うラフな格好。
待ち合わせの時間にはギリギリ間に合ったけど冷房の無い車で汗ぐっしょりになっちゃったのにお化粧直す暇もない。これは痛い。どら焼きはアイスノン入れてきたからいいけど。
べっとりくっついてくるスカートの裾と額の汗を気にしながら喫茶店に入ると窓際の奥から2人の女性が手を振っていた。
一人は結構年配の、多分私のお母さんより少し上の女性、もう一人は多分私より10くらい上かな?
お二人ともどこか洋介さんと雰囲気が似てる。お義母様はネイビー・ブルーのシックなスーツで、お義姉様はアジアン・テイストな麻のスカートにオーガンジーの薄っすらと色の付いたスケスケシャツ、内側にはグラデーションの掛かった自然な染め抜きのラフなTシャツ。なんかどっかのモデルさんみたいだ。
近くまで行ってご挨拶する。
「初めまして、洋介の母です」
「は、初めまして。彩音です」
「初めまして、やっとお会い出来た。良かった、洋介の妄想じゃなかったのね」
「こら美樹、それを言っちゃ駄目でしょ」
あれ? 洋介さん何でなにも話さないで座っちゃうの?
「まあ座って頂戴。ほら洋介も。ブスッとしてないの」
「彩音ちゃん、何飲む? お腹空いてる? ここサンドイッチとかしかないけど」
「い、いいえ、来る途中車を何回か停めなきゃいけなかったのでその時にコンビニで買って食べちゃいました」
「え? 車ってまさかあのオンボロ・フィアットで来たの!?」
あ、やっぱりオンボロって思うんだ。
「良く止まっちゃわなかったわね。どうせ洋介が無理言ったんでしょ。この子時々あの車にこだわって乗るから」
ああ、そう思われてるんだ。チラリと洋介さんを見るとちょっとむくれてメニューを見てる。
もしかして洋介さん、このままずっと話さない気?
私も洋介さんもお茶は飲み過ぎなので二人で暖かいコーヒーを注文した。
「あの、お二人はこの辺りでお仕事されてるんですか?」
「あら、洋介はそんな事も言ってなかったの? 実は私、この近くでブティックやってるのよ」
「え? す、凄い。広尾でブティックですか」
「それで私はそこの売り子」
道理でお二人ともここの雰囲気に溶け込んでるわけだ。
「それは凄いですね、お二人ともモデルさんの様にここに馴染んでますものね」
「え、まあ、そりゃお仕事だしね。そう言う彩音ちゃんもウチで少し見てく?」
「彩音はこのままでいい。お袋たちに任せてたらあっという間に着せ替え人形にされちまう」
あ、洋介さんがやっと喋った。
「聞いたお母さん? このままでいい、ですって」
「あの洋介がねぇ。信じらんないわ。あれだけせっついてもこの年まで彼女の一人も紹介してくれなかったのに」
「余計な事言わなくていいから。ほら飲みもん来たぞ」
「ごまかしてる~」
「照れてるわ、洋介が。いいもん見れたわ!」
真っ赤になった洋介さんが奥に座った私にコーヒーをミルクと一緒に回してくれる。代わりにお砂糖の壺を出して半匙だけ洋介さんのカップに入れてから自分のにも入れて……
「信じられないけど彩音ちゃん、本当にこの子の奥さんになってくれたのね」
私の手元をお義母様とお義姉様が見ながら感嘆のため息をついた。
「そ、そんなに不思議ですか? 洋介さん、こんなにカッコいいし他にもこれくらいする女性、居たんじゃないんですか?」
私の言葉にお二人が顔を見合わせる。
「本当に、自分で言うのもおこがましいけど結構イケメンに出来上がったとは思うのよ、この子。なのに浮いた話1つ無いし、ちょっと可愛い娘がうちの店に入った時なんか連れて帰ってみてもすぐ逃げる様に居なくなっちゃうし」
「そうそう。しかも凄い秘密主義で隠してる彼女でも居るんじゃないかって部屋を家探ししようにも、部屋は締め切って鍵まで自分で付けて見せてくれないし」
あ、それは……蔵書のせいですよね、洋介さん。
「まあ、家は離婚繰り返しちゃったからこの子、ちょっと変わった子に育っちゃってるのよ。彩音ちゃんが苦労してなきゃいいんだけど」
「苦労なんて無いですよ。それどころか洋介さん、頼りになりますし」
私の一言に二人の目が輝き出した。
「それで? 二人の馴れ初めは?」
「どうやってこのトウヘンボク落としたの?」
「そ、それは……」
どうしよう、本当の事言う訳にも行かないし。
実は聞かれるだろうと思ってたから用意してたお話はあるんだけど、まさか洋介さん、自分の匂いの問題を家族に話してないなんて思ってなかったから二人でそれを話し合ってって言うつもりだったのにこれじゃ駄目だし。
私が言葉に詰まってると横から突然洋介さんが口を挟んだ。
「僕が風邪で寝込んだ時にたまたま回覧板持ってきた彩音が僕の看病をしてくれたんだ」
「そんなの、あなた普段絶対に人を家に入れないじゃない」
お義母様の素早いツッコミに洋介さん、少し赤くなりながら言葉を続ける。
「あ、彩音の事は以前から知ってたし気になってたから入れたんだ」
うわ、洋介さん真っ赤になった。目の前のお二人が目を剝いてる。
「お母さんどうしよう、洋介がのろけたよ」
「この子産んで以来のサプライズだわ」
「もういいだろ。充分お袋たちのおもちゃになったんだからこれくらいで勘弁してくれ」
洋介さん、よっぽど恥ずかしかったのか額の横に汗かいてる。居た堪れないみたいで、ちょっとトイレって言って居なくなっちゃった。
「……からかいすぎたかしら」
「仕方ないわよ、あんな洋介、初めてだもの」
お義母様とお義姉様が二人でクスクス笑ってる。洋介さん、ちょっとかわいそう。
「それであの子、彩音ちゃんには自分の部屋見せたの?」
洋介さんが居ないうちに、って感じでお義姉様が顔を寄せてきた。
「あ、は、はい、入れてもらってます」
「じゃあ、彩音ちゃんは洋介が隠れオタクって知ってて結婚してくれたのね」
お義母様がホッとした顔で言葉を漏らした。
え? ええ?!
「あ、あの、お二人とも洋介さんの趣味、ご存知だったんですか!?」
「もちろん。あの子あれでしっかり隠し通したつもりみたいだけど」
「いくら鍵かけたって家の鍵くらい幾らでも開けられるわよ」
あ、開けちゃったんだ……
「ああ秘密主義じゃ怖いじゃない。もし部屋に女の子とか監禁してたらって」
お義姉さんの言葉に笑いが引きつる。
いや、そこまで疑ったら流石に洋介さんかわいそうだよ。
あ、でもエロ本書いてるって知ったらもっと疑われるかな?
しかも私のプチストーカーしてたし。
あれ? もしかして洋介さん、疑われてもしょうがない?
ちょっとばかり焦って考えを巡らせてる私の顔をお義姉様が興味つつに覗き込んだ。
「彩音ちゃんはあんな洋介のどこが良かったの? やっぱり顔?」
「顔、ですか。えーっと好きですよ洋介さんの顔。でもそれよりも趣味が合って……」
「まあ、彩音ちゃんもオタクなの?」
「あ、はい。自他共に認める二次元ヲタクです」
「彩音ちゃんはオープンなんだぁ。それならちょっと納得かな。あの子なんだか色々拗らせてそうだし」
「えっと、そうですね。色々な意味で私、洋介さんじゃなきゃ駄目なんです」
ポロリとそうってしまってからなんだか恥ずかしくなって真っ赤になってしまった。
それを見てお二人が目を丸くしてる。
「なにを彩音から聞き出してるんだ?」
そこにちょうど帰ってきちゃった洋介さんが不審そうな目でお義母様達を睨みつけてる。
「……たで食う虫も好きずきってよく言ったものよねぇ」
「私この歳で初めて運命って信じられる気がしてきた」
「いえ、そこまで……」
それぞれ結構ひどいご感想を漏らしてから、洋介さんに向き直って鬼気迫る顔で話し始める。
「洋介、絶対この子逃しちゃだめだからね。下にも置かないで大切にするのよ」
「あんたに次があるなんて絶対ないから。彩音ちゃんの言う事はよく聞きなさい」
「……二人とも突然どうしたんだ?」
戸惑う洋介さんを他所にお義母様達から熱烈なラブ視線を浴びせかけられて私は一人真っ赤になって縮こまった。
「なんかあっという間に終わったな」
「そりゃこの車の中の待ち時間に比べれば短くも感じますよ」
帰りの車の中で洋介さんがボソッと呟くのにツッコミを入れてみる。確かにラッシュの電車に乗らなくて良いのはかなりありがたいけど代わりに渋滞でもう1時間以上ノロノロ進む車の中だ。
「そういうことじゃなくて。なんか珍しくお袋たちといる時間があっという間に過ぎた。いつもは結婚しろってうるさいお袋たちに挟まれてジリジリと時間が過ぎてたから」
「あははは。そういえば言ってましたもんね、いつもお電話掛かってくるって」
洋介さんがちょっと意地悪に笑ってこっちを見た。
「その電話に彩音と結婚したって言ったらあの二人、しばらくパニクってたからな」
「え! 結婚するまで言ってなかったんですか!」
私の質問に洋介さんがちょっと眉根を寄せる。
「だってあの二人に話すとどんないらないお節介焼かれるか分かったもんじゃなかったからな」
言われてみれば。今日も帰りがけこのまま泊まっていけって散々誘われた。着替えもないって言ったらブティックの倉庫ひっくり返して好きなもの選んでと言われて慌てて明日の会社を言い訳に退散してきたのだ。しかも帰りがけにしっかりメールとSNSアカウント交換してたし。
「でもお二人ともすごく喜んでくださってて本当に嬉しいです」
「そりゃそうだ。君は充分魅力的だし、こんないつまでも結婚の気配も無かった男には勿体無いってお袋たちも言ってただろう」
「それは言いすぎですけど。そう言えば洋介さんがちゃんと出会いの言い訳してくれた時は本当に助かりました。以前から気になってたって言うのもまんざら嘘じゃないですよね、ぷちストーカーだったんですし」
「彩音、その言い方は無いよ。あれ、結構本当なんだけどな」
「え?」
「……後から考えれば僕はあの頃君に惹かれてたから前を歩いていく君を見てるだけでお話しが書けてたんだと思う」
「それって洋介さん。実は本気でストーカーだったって告白でしょうか?」
「ち、違う! そんな目で君を見た事は断じてなかったから。絶対に!」
洋介さんが慌てて否定する。分かってるけどからかってしまった。だってちょっとこそばゆくて。
だって洋介さんが言ってるのは私がまだ高校の頃。のんびり学生してたのをずっと見られてたんだって思うとやっぱり恥ずかしい。
残念なことに洋介さんはその頃の私にとっては単にお隣の働くオジサ……お兄さんだったけど。
あ、もしかするともっと前からかも。高校生のころからお義父様に会いにあそこに来てたって言ってたし。
高校生の洋介さんかぁ。見たかったなぁ。
「もう少し早く洋介さんが声を掛けてくれたらもっと早く出逢えてたかもしれませんね、私達」
「んー、それは難しいだろ、お互い色々抱えてるし」
そう言う洋介さんの顔を覗き込みながら頬が緩んでしまう。
「それでもです。きっとそれでも違う形で分かり合ってたかも。だってきっと私洋介さんに惹かれたと思うし」
洋介さんがちょっと驚いた顔でチラリとこちらを見る。すぐに真っすぐ前に向きなおって真っ赤になった。
「そういう事は週末に言ってくれ。ここじゃ何にも出来ない」
「そうですね。週末ゆっくりお話ししましょう」
夕日に照らされる洋介さんの照れた横顔をうっとりと見つめてると、私のスマホがブルルと震えた。
「!」
「どうした?」
「え? いえ、なんでもないです」
私は洋介さんに負けないくらい赤い顔で前を見る。夕日が差し込んでるからきっと大丈夫。
言えない。
洋介さんには言えない。
お義姉様が高校生の洋介さんの写真を送ってくれたなんて言えない。
しかもそれが漫画片手に自分の部屋で上半身裸で寝てるところを隠し撮りした写真だったなんて、口が裂けても絶対絶対言えない。
そして……。
その後お義姉様達の協力の元、(洋介さんを除く)家族共有の『洋介さん微エロ写真集』が私のスマホに出来上がるなんて事実、間違っても洋介さんだけには言えないから。
ご挨拶 (完)
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