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後夜祭はマイムマイム?
33話 これからもよろしくね
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先輩の張り付いた笑顔を見ているうちに、私は一つ理解してしまった。
先輩にとって、この綺麗すぎる笑顔は自分を守るためのバリヤーなんだ。
見せたくない、見せられない沢山のことを、先輩は綺麗に固めた笑顔の後ろに隠してしまう。
それは今日、私がずっと手を握り締めて我慢してたのと一緒。
だけど先輩が隠すのは辛いからじゃない。
多分それは今みたいに、周りを気遣いすぎて見せられないんだ。
そう理解してしまったから。
斎藤先輩がいつまでも見せてくる、そのガラス細工みたいな笑顔が辛くて、悲しくて。
私は思わず手を伸ばし、先輩の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「先輩。私、『城島先輩』じゃなくて、『斎藤先輩』が放課後この格好をしてる理由を聞きたかったんです」
先輩のカールした長い髪が顔にかかって、笑顔を隠してくれる。
それでやっと先輩の笑顔も砕けて消えた。
でも同時に、私の突然の奇行に先輩が呆然としてだまりこんでしまった。
自分でも今の自分の行動が分からない!
いくら見るのが辛くても、なんで物理で隠そうと思ったの私!?
慌てて手を引っ込めて、いたたまれず縮こまって俯いた。
黙り込んじゃった先輩の沈黙が永遠に感じる……
だけどそれは本当はほんの数秒のことで、すぐにクツクツといつもの控えめな笑い声が隣から聞こえだした。
ホッとしてそちらを振り向けば、もうあの綺麗すぎる笑顔は消えていた。
「あれ、じゃあ僕は余計なおしゃべりしちゃったのかな」
代わりに口元を少し歪めた先輩は、どうにか斎藤先輩の顔に戻って見えた。
諦めたように一つ大きく息を吐いて、苦笑いした先輩が、手元に視線を落とす。
「僕がまだ一年の頃、周りの女の子たちが喧嘩するのが本当に気持ち悪くてね。だから放課後は塾に行くふりして図書室に行ってたんだけど、同じ格好だとすぐ見つかっちゃって」
「塾は行かないんですか」
「あの男にそのお金を出してもらうのはちょっとね」
答える先輩はさっきほど嫌そうな顔をしてない。
「大丈夫、別に困ってる訳じゃないよ。兄の受験資料もあったし、単にもう推薦も貰えそうだからそれほど追い込まれてないだけ」
「先輩、そんなに頭が良かったんですか!」
頭がいいとはエッちゃんたちから聞いてたけど、この時期に推薦の話がでるってよっぽどだよね?
「あれ、知らなかった? これでも模試では全国で二桁だよ」
「うわ……それは確かに天上人ですね。私、そうとは知らず、『冴えない三年生』なんて思ってしまってすみません!」
思わず素っ頓狂な声が出た。私のバカ丸出しの言葉を聞いて、先輩が横で吹き出す。
「い、今更それを言うの。しかも天上人ってナニそれ」
あ、また口を手で覆ってクツクツ笑いを始めちゃった。
そっか、口を覆うのは先輩がかなり笑ってる証拠なのか。
しばらく独りで笑い続けた先輩は、またも眼鏡を外して拭きながら私に向き直る。
「市川さん。僕は、君のその価値観が好きだよ」
先輩の口から飛び出した、「好き」って言葉に、私の心臓が勝手にドクンと鳴った。
「だから付き合えて良かったって思ってる」
「私は……」
はっきりとそう言ってくれた先輩に、返すべき言葉を探して一瞬言い淀む。
「先輩、ごめんなさい。私は本当に打算で、ただ友人との会話についていきたくて先輩にお付き合いを申し込んじゃいました」
真摯に私に話してくれた先輩に、私も自分の犯した間違いをしっかりここで謝りたかった。
その上で、私は立ち上がって先輩に向けて右手を差し出す。
「でも結果的に色んな斎藤先輩を知ることが出来て、お付き合いが出来て楽しいです」
斎藤先輩は普段物静かで、表情もあまり変わらない。
城島先輩は笑顔でクールで行動的なのに、やっぱり感情はあまり見えない。
どんな格好をしていても、この先輩の本心は普段硬くて厚い笑顔の向こう側で、周りには見えてこない。
だけど、その裏側に、沢山の激しい物が押し込められてるのに、私はもう気づいてしまってた。
硬くて歪なこの先輩の内側を、もっと知りたくて。
だから私は今、先輩がたまに見せてくれるその内側の感情を、まるでミステリー小説を読むように、一つ一つ拾い上げては繋いでる。
恋とか愛とか、そう言ったものはまだよくわからないけど、今私がこの斎藤先輩を誰よりももっと知りたいと思ってるのだけは間違いない。
だから私は、先輩と付き合うことを選んだ自分をもう後悔したくなかった。
斎藤先輩はちょっとの間、私の右手を見つめてた。そしてスクッと立ち上がり、私の手を掴んだ。
「なら良かった。これからもよろしくね」
握手の形に差し出した私の手は、先輩の手に包まれて、そのまま先輩のポケットに突っ込まれちゃった。ポケットの中で、先輩の手が強く私の手を握ってる。
秋の夜の外気は枯れ葉が香り、少し肌寒い。ポケットの中の先輩の手だけがほんのりと暖かった。
そこから公園を出て別れるまでの、ほんの短い距離。
私は初めて『斎藤先輩』と手を繋いで歩いた。
先輩にとって、この綺麗すぎる笑顔は自分を守るためのバリヤーなんだ。
見せたくない、見せられない沢山のことを、先輩は綺麗に固めた笑顔の後ろに隠してしまう。
それは今日、私がずっと手を握り締めて我慢してたのと一緒。
だけど先輩が隠すのは辛いからじゃない。
多分それは今みたいに、周りを気遣いすぎて見せられないんだ。
そう理解してしまったから。
斎藤先輩がいつまでも見せてくる、そのガラス細工みたいな笑顔が辛くて、悲しくて。
私は思わず手を伸ばし、先輩の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「先輩。私、『城島先輩』じゃなくて、『斎藤先輩』が放課後この格好をしてる理由を聞きたかったんです」
先輩のカールした長い髪が顔にかかって、笑顔を隠してくれる。
それでやっと先輩の笑顔も砕けて消えた。
でも同時に、私の突然の奇行に先輩が呆然としてだまりこんでしまった。
自分でも今の自分の行動が分からない!
いくら見るのが辛くても、なんで物理で隠そうと思ったの私!?
慌てて手を引っ込めて、いたたまれず縮こまって俯いた。
黙り込んじゃった先輩の沈黙が永遠に感じる……
だけどそれは本当はほんの数秒のことで、すぐにクツクツといつもの控えめな笑い声が隣から聞こえだした。
ホッとしてそちらを振り向けば、もうあの綺麗すぎる笑顔は消えていた。
「あれ、じゃあ僕は余計なおしゃべりしちゃったのかな」
代わりに口元を少し歪めた先輩は、どうにか斎藤先輩の顔に戻って見えた。
諦めたように一つ大きく息を吐いて、苦笑いした先輩が、手元に視線を落とす。
「僕がまだ一年の頃、周りの女の子たちが喧嘩するのが本当に気持ち悪くてね。だから放課後は塾に行くふりして図書室に行ってたんだけど、同じ格好だとすぐ見つかっちゃって」
「塾は行かないんですか」
「あの男にそのお金を出してもらうのはちょっとね」
答える先輩はさっきほど嫌そうな顔をしてない。
「大丈夫、別に困ってる訳じゃないよ。兄の受験資料もあったし、単にもう推薦も貰えそうだからそれほど追い込まれてないだけ」
「先輩、そんなに頭が良かったんですか!」
頭がいいとはエッちゃんたちから聞いてたけど、この時期に推薦の話がでるってよっぽどだよね?
「あれ、知らなかった? これでも模試では全国で二桁だよ」
「うわ……それは確かに天上人ですね。私、そうとは知らず、『冴えない三年生』なんて思ってしまってすみません!」
思わず素っ頓狂な声が出た。私のバカ丸出しの言葉を聞いて、先輩が横で吹き出す。
「い、今更それを言うの。しかも天上人ってナニそれ」
あ、また口を手で覆ってクツクツ笑いを始めちゃった。
そっか、口を覆うのは先輩がかなり笑ってる証拠なのか。
しばらく独りで笑い続けた先輩は、またも眼鏡を外して拭きながら私に向き直る。
「市川さん。僕は、君のその価値観が好きだよ」
先輩の口から飛び出した、「好き」って言葉に、私の心臓が勝手にドクンと鳴った。
「だから付き合えて良かったって思ってる」
「私は……」
はっきりとそう言ってくれた先輩に、返すべき言葉を探して一瞬言い淀む。
「先輩、ごめんなさい。私は本当に打算で、ただ友人との会話についていきたくて先輩にお付き合いを申し込んじゃいました」
真摯に私に話してくれた先輩に、私も自分の犯した間違いをしっかりここで謝りたかった。
その上で、私は立ち上がって先輩に向けて右手を差し出す。
「でも結果的に色んな斎藤先輩を知ることが出来て、お付き合いが出来て楽しいです」
斎藤先輩は普段物静かで、表情もあまり変わらない。
城島先輩は笑顔でクールで行動的なのに、やっぱり感情はあまり見えない。
どんな格好をしていても、この先輩の本心は普段硬くて厚い笑顔の向こう側で、周りには見えてこない。
だけど、その裏側に、沢山の激しい物が押し込められてるのに、私はもう気づいてしまってた。
硬くて歪なこの先輩の内側を、もっと知りたくて。
だから私は今、先輩がたまに見せてくれるその内側の感情を、まるでミステリー小説を読むように、一つ一つ拾い上げては繋いでる。
恋とか愛とか、そう言ったものはまだよくわからないけど、今私がこの斎藤先輩を誰よりももっと知りたいと思ってるのだけは間違いない。
だから私は、先輩と付き合うことを選んだ自分をもう後悔したくなかった。
斎藤先輩はちょっとの間、私の右手を見つめてた。そしてスクッと立ち上がり、私の手を掴んだ。
「なら良かった。これからもよろしくね」
握手の形に差し出した私の手は、先輩の手に包まれて、そのまま先輩のポケットに突っ込まれちゃった。ポケットの中で、先輩の手が強く私の手を握ってる。
秋の夜の外気は枯れ葉が香り、少し肌寒い。ポケットの中の先輩の手だけがほんのりと暖かった。
そこから公園を出て別れるまでの、ほんの短い距離。
私は初めて『斎藤先輩』と手を繋いで歩いた。
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