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婚姻編

婚姻編2 魔王様が味見した

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 昨夜、額に感じた微かな唇の感触が何度も思い出されて、そして彼の残した意味深な言葉が思い出されて、今夜私はなぜか寝付くことも出来ずに、カーティスの訪れを待っています。

 あのあと、いつも通り午後の治療を終わらせると、珍しく店内で待っていたカーティスが、ノーラに連れられて行きました。
 別れ際、

「今夜はこき使われるから夕食には戻れんとセバスチャンに言っといてくれ」

 と伝言を頼まれた通り、夕食にも顔を見せず、もう今夜は帰ってこないのかとも思っていたのですが。

 そろそろ待ちくたびれて、眠りに落ちようかとウトウトし始めた頃、ギシリとベッドが小さく軋み、カーティスの気配が現れました。
 気のせいではなく、微かにお酒の香りが漂ってきます。どうやら晩酌をしてきたようです。

 いつもどおり寝たフリで我慢していると、ゆっくりと近づいてきたカーティスの気配が、すぐ後ろで止まりました。
 頭をまた撫でられるのだろう、そう思っていたのですが。

 それは突然でした。

「リザ……」

 カーティスが、私の名を呼びながら私を抱き寄せ、甘えるように私の首筋に顔を埋め、そのままグリグリと何度も私の首筋に頭を擦り付け始めたのです。
 そしてしっかり自分の頭の場所を確保した様子で、私の耳元で深いため息をつきました。
 ちゃんと怒るべきだとは思うのですが、突然の事態にこちらもそれどころではなく。

 しかもここで一つ重大な問題が発生しました。
 私を抱きすくめたカーティスは、どうやら薄い夜着しか身に着けていないらしく。
 おかげで私にはその腕も背中に当たる胸筋も腹筋も、三百六十度私を包むその筋肉の全てをしっかりと感じとることが出来てしまい……脳が、脳が勝手にドーパミン垂れ流して動きも反応もガタ落ちで。
 でもそんなこと知られる訳にもいかない私は、結局また寝たフリで通すことにしたのですが。

「リザ……」

 私の首筋に顔を埋めたカーティスが、そのまま独り言を始めてしまいました。

「なんでお前は俺にだけ優しくない」

 ……なんかこの独り言は、聞いてはけない気がします。

「ネイサンが抱きついても嬉しそうにしてるくせに」

 え、ネイサンが来てるのと鉢合わせしたことありましたっけ?

 ちなみに文句の間に、また頭グリグリ攻撃が繰り返し来てます。
 筋肉じゃないのに、こっちも精神的に結構ダメージ来てます。

「昨日だってニックよりも上手に脇腹抉られて適度に血だらけになってたはずだ」

 な、なんでお店のお客様と怪我の度合競ってんでしょうか?

「俺のほうがいい筋肉だろうが。お前好みの……」

 あ、やめて、そう言って腕を締め付けてくるのズルい……!
 こ、このままだと口元が緩んでしまいそうでヤバいです!

 その思いでほんの少し身をよじろうとしましたが、それが余計悪い結果を招きました。

「寝てても逃げるのか……お前は」

 カーティスの囁きの声音に不穏な響きが混じり、

「寝てても逃げるなら逃げられなくするだけだ」

 それまで遠慮がちに抱き寄せていた腕が、突然強い意志を持って私の身体に巻き付きます。
 まるで私の身体を自分の中に取り込もうとでも言うかのように、胸を、腰を、そして筋肉に厚く包まれた太ももを、私の全身にピッタリと押し付けてきて。自然に逃げようとした私の下半身も、その太い太腿で絡め取られて身動きを封じられてしまいました。

「ここまでしても起きぬのかこの娘は……」

 いえ起きてます!
 もうバッチリパッチリ起きてます!
 でも起きてるからこそ、もう脳内ピンクでマズイのです!

「じゃあもう起きるなよ」

 カーティスの最後の一言が、命令口調のはずなのに、なぜかまるで懇願されてるように聞こえてしまいます。
 ですが私はもうこの時点で、至福の筋肉ベッドにつつまれて、カーティスがなにを言ってるのかよくわからなくなっていました。

 私、そんなゆるい人間じゃないはず、今すぐ逃げなきゃ……という理性の声はとうの昔に死にました。
 もう頭がクラクラで、身体がやけに熱いし、力が入らないのです。
 寝てるフリもなにも、もう力がふにゃふにゃに抜けてしまってちっとも身体を動かせそうにありません。

 乱暴な言い方をしたにも関わらず、カーティスは何もせず、ただしばらくそうして私を抱きしめていたのですが……

「お前はいつも甘い匂いがする……」

 首筋に埋められていたカーティスの頭が少し持ち上がり。
 やっと離れた、そう気を許した次の瞬間、柔らかい何かが私の首筋に押し当てられました。
 それがカーティスの薄い唇だと気づいた時には、すでにそこから広がる甘い感触に身体が痺れ、全身の力が抜けてしまい。
 その後何度も繰り返されるその優しい甘噛みに、声が上がらぬよう必死に耐えるのでいっぱいいっぱいです。
 なのに、カーティスの唇は休むことなく私の首筋を這いまわり、生々しい快感を私の肌に染み込ませて……そしてそれは唐突に離れました。

「甘い……本当に……」

 微かな呟きとともに、私を包むカーティスの身体が、震えています。
 それはまるで拮抗する二つの意志の現れのようで、何度となく小刻みに私の身体を締付けて……

「ん……」

 肌を擦りあげる筋肉の感触に、思わず小さな声が漏れてしまいました。

 まるでそれが引き金だったかのように、カーティスが再び動き出し、激しく私の身体を撫でまわし始めました。

 カーティスの大きな手は休むことなく私の身体を貪ります。
 ゴツゴツした指が、夜着の上から優しく私の身体を滑り、触れられた場所に甘い痺れを残しつつ駆けめぐり……。
 その手は彼の欲望を示すかのように、少し乱暴な動きなのに、決して私の身体を傷つけることはありません。
 まるでそれは、私の全身に眠る快楽の糸を探るように、隅々まで、激しく、でも優しく動き回ります。
 そしてとうとう、その手が徐々に私の胸に迫ってきて……

 これはダメ、違う、もうやめさせなくちゃ!

 そう思うと同時に、それをしたくない自分がいることに気づいてしまいました。
 だって、なぜかカーティスにされるそれは、全く嫌ではなく、ただただ気持ちよくて、そして痺れる程に甘やかで──

「クソ、ノーラのやつ、俺になに飲ませやがった」

 突然、カーティスが叫びながら私の身体を引き剥がし、ベッドを軋ませて部屋から出ていってしまいました。

「な、なんだったのよ……」

 置いてけぼりを食らった私は、冷めゆく身体の熱に呆然としてしまいます。
 ちょっと気を許すと、ついさっき与えられた感触がぶり返してきて頭が沸きそうです。

 ああ、ノーラがなんとか言ってたわね。きっと酔って精力剤でも飲んじゃったのかしら。

 ノーラの精力剤と媚薬はとても評判がいいのです。
 効果のほどは、兵士さんたちの折り紙付き。
 我が薬局で、唯一採算の取れてるらしき最良品でもあります。

「人間、懐に余裕が出来れば金を落とすもんだよ。だからこうして先行投資するのも必要なのさ」

 というのが、他の薬を採算取れない安値で売ってしまうノーラの言い訳で。

 うーん、確かに精力剤も媚薬もよく売れて、最近では黒字になっているのですから間違ってはいないかもしれませんが。
 ノーラたちのような長い寿命がなければ思いつきもしない気長な先行投資です。

 しかも私が支払った借金白金貨一枚分を稼ぎ上げる頃には、私は多分この世にいませんが。

 誤魔化すように違う事を考えていたおかげで、やっと身体の熱も下がりました。

「まあ、もし間違って精力剤を飲んでしまったのなら、不可抗力よね」

 でももし本当にあの効果抜群と折り紙付きの精力剤を飲んじゃったのだとしたら、そんな簡単に収まるものじゃないんじゃないかしら……?

 今頃カーティスが何をしているのか、な~んて考えてまた顔が熱くなってしまった私は、そんな考えを振り払い、今度こそ目を閉じて眠りにつくのでした。
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