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第十三話 初めてのお城は直行で

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 再度私達を包み込んだ緑の煙が晴れると、先程までいた石の部屋は消え去り、代わりに豪華絢爛な一室が現れました。
 目前の光景を見た途端、その場で体が凍りつきます。

 ……いやいやいや、これはないでしょ!?

 煙から飛び出した私達を出迎えてくれたのは、ひな壇の上の豪奢な椅子から私達を冷たく見下ろす、見るからに偉そうなオジサマとオバサマ。
 言われずとも、それが国王陛下とお后様だというのは私にだって分かります。
 ということは、ここは謁見の間では!?

 カーティスのバカ!
 なにしてくれるんですか!!
 初登城が国王陛下の目の前に直行ジャンプだなんて、あまりにも無茶すぎます!

 慌てて壇上の二人に挨拶カーテシーをしようとしましたが、それを止めるようにカーティスの腕にギュッと引き寄せられました。
 見ればすぐ横で、兵士が私の動きを牽制するようにキラリと剣を閃かせてます。

 ひぁーーー!
 挨拶しようとしただけで切り捨てられるとか、いくらなんでも理不尽すぎでしょ!!

 気づけば、まわりを兵士さんたちにズラッと取り囲まれていますし、しかもその中の数人は、すでに剣を抜いてこちらを睨んでるし!

 私たちと国王陛下の間には、今朝我が家で会ったばかりのセドが立ち尽くしています。
 制服に着替えているところを見ると、どうやら学園から直接ここに呼び出されたようです。
 そしてセドがジッと見つめるその視線の先、少し離れて兵士に抑え込まれているのはノーラとカミラの二人!

「ノーラ……!」

 思わず小声で名前を呼べば、取り押さえられながらも、ノーラがいつもの疲れた笑顔を向けてくれます。
 カミラも気丈に顔を上げ、セドに精一杯の笑顔を向けていますが、それを見たセドはなぜか視線を避けるようにそのまま俯きました。

 セドの様子は少し気になりますが、まずはふたりとも無事みたい。

 ホッとして改めて周りを見回しましたが、突然姿を現した私達に誰も驚いている様子がありません。
 それどころか、玉座に座る国王陛下が、カーティスを見据えて待っていましたとばかりに口を開きました。

「全く。血迷ったかカーティスよ。よもやこのワシを裏切って、その娘に手を出そうとはな」
「なんの話だ?」

 国王陛下の言葉を聞いても、カーティスは全く動じません。
 それどころか、私をきつく前に抱き寄せたまま、無表情に国王陛下を見返しています。

 ……よく考えると、こんな場所で抱きつかれているのは、かなり恥ずかしいんですが!
 これでは国王陛下に誤解されても仕方ないかも。
 でも、カーティスの筋肉がっちりホールドから自力で逃れるのは無理なので、そこは許して欲しいのです。

「今朝、愚鈍な商業ギルドがやっと連絡をよこしおったわ。よもや息子から白金貨をせしめて制約を破ろうとは、姑息な奴め!」

 なんで商業ギルドがわざわざ報告なんて……って、もちろん、あの薬局にある魔法円のせいですよね。

 そういえば、カーティスもあの店が「王家の者しか」買えないみたいなことを言っていた気がします。

 ああきっと、誰にもあの場所が売れないように制限を設けていたのだわ。
 なのに、私がセドにもらった王家の紋章入りの白金貨を出したから、間違って売ってしまったのね。

 ふと、昨日私の対応をしてくれた優しい美人のお姉さまを思い出しました。
 ああ、私のせいで彼女が上司に怒られたりしていないといいのですが……。

「だが、そちらがそのつもりならこちらにも考えがある。この老女の命が惜しくば、今すぐその娘をこちらに引き渡せ。そして我が息子セドリックとこの場でめあわせるのだ」

 ……はあ?

 今この国王様、トンデモないこと言いませんでしたか?
 仮にも第三王子の結婚をここで今すぐ済ませるって……

「お、お父様なにを言ってらっしゃるんですか!?」

 流石にこれにはセドも驚いて、国王陛下に向かって声をあげます。

「こんな場所で一体なにを──」
「口を慎めセドリック!」

 でもそんなセドの抗議さえも一喝して黙らせた国王陛下は、そのまま虚ろな目で誰にともなく頷きます。

「安心しろ、婚姻の準備はもう出来ておる」

 そう続けた国王陛下の声音はしごく平坦で、まるで食卓で「学校はどうだ」なんて聞いてくる普通のお父さんみたい──

「そしてこれ以上愚かな考えを持たぬよう、この場でつがい、誓いをたてるがよい」

 ──だけど、言ってることが全然まともじゃない!

 ここでつがえって、エロ漫画じゃあるまいし何考えてるんですかこの国王様は!

 私でさえ憤りが隠せないのに、目前のセドは今の一喝ですっかり顔色をなくし、またも俯いてしまいました。
 これはもしかすると、私達がここに来る前からすでに国王陛下に怒鳴られていたのかもしれません。
 普通、この身分社会で国王陛下の言葉は絶対です。
 それに逆らうなど、たとえ王子であろうとなかなかできるものではないのです。

 その証拠に、あまりの急展開に呆然とする私の目前で、王の意を汲んだ侍女たちが毛皮やら絹のシーツやら、数々のクッションやらを恭しく掲げて持ち寄り始めました。

「国王よ。お前が先走る前に、一つだけ言っておこう」

 見る間にセドの隣に出来上がっていく仮初のしとねに目を奪われていると、すぐ後ろからカーティスのよく通る皮肉げな声が広間に響きました。

「この件に関して俺は一切何もしていない。これは全てお前の息子が自分で引き起こした結果だ」
「なにを世迷言を」

 淡々と語るカーティスの反論を、国王陛下が苛立ちを込めて切り捨てます。
 でもカーティスの言葉に嘘はありません。

 確かに、最終的にあの家を買ったのは白金貨を持っていた私ですが、そうなった大本の原因は、セドが私の婚約を破棄しようとしたからです。

 確かに私も裏で誘導はしてはいましたが、それでも強い想いに導かれ、最後の判断をくだしたのは間違いなくセド自身なのです。

 なのに、当のセドときたら……!

 セドにだってカーティスの言葉は聞こえてるはずなのに、俯いたまま、いつまで待っても口を開く様子がありません。
 このままでは、カーティスが言った事実さえなかったことになってしまいます。
 いつまでたっても顔を上げないセドにいい加減我慢し切れず、私は無作法を承知で声を絞り出しました。

「ほ、本当です」

 途端、その場にいた全員がザッと一斉に私を見ます。
 それはそうです。
 なんせ国王陛下の目前で、一言の許しもなく喋りだすなど常識外もいいところなのです。

 集まる厳しい視線の数に、一気に背中に冷や汗が吹き出し、足が勝手に震えだしました。
 でも今更ここでやめる訳にもいかず、なんとかそのままセドの代わりに続けます。

「セドリック様から婚約を解消したいと申し出を受けました。あの白金貨は、その償いにとセドリック様が慈悲でくださったものですし、あの場所を買ったのもただの偶然です」

 許可も取らずにペラペラと話し始めた私を、国王陛下も厳しい顔で見返してきますが、それにも耐えて言葉を続けるしかありません。

「婚約解消の理由はセドリック様から伺いました。とても残念ですけれど、セドリック様の幸せを願って私が身を引くことに──」
「バカバカしい」

 ですが、私が全てを言い終えるよりも早く、陛下が興味が失せたと言うように私に手を振って言葉を遮りました。

「あなた、少しセドからもお話を聞いてみてはいかが?」

 それでも私の言葉を聞いたお后様が、横から小声で国王陛下をたしなめてくださいます。

「儀式長、とっとと二人に洗礼を」

 そんなお后様の忠告さえ、今の国王陛下には全く聞こえていないようです。
 お二人の様子に戸惑う兵士もいるようですが、それでも国王陛下の指示は絶対です。やがて周りの兵士たちが徐々に距離を詰めはじめ。

 ちょっと待って!
 まさかこのままここで今すぐ結婚させられた挙げ句に、人に見られながらセドと初夜とか嘘ですよね???

 どう考えても悪い冗談にしか思えません。
 なのに周りを見回しても止めてくれる人は誰もいません。
 明らかにありえない要求なのに、それが国王陛下の命令というだけで通ってしまうみたいです。

 ここでは私にはなんの価値もなく、私の意思や言葉になど全く意味がないみたい。
 それがあまりにも理不尽でやるせなくて。

 でも私を取り囲む兵士たちの険しい顔を見回せば、これがここの常識なのだと思い知らされます。
 そして私がそんな常識を無視して行動した結果、こうしてノーラたちにまで迷惑をかけてしまうなんて。

 あまりの自分の無力さに、一気に全身から力が抜けていきます。

 リザなんかが決められていた運命ルートを変えようなんてしたのがもう間違いだったのかも……。

 徐々に罪悪感と諦めが勝ち始め、もういっそ自分の心なんて殺して従ってしまおうか、なんて思い始めていたその時。

「どうする。お前はこのままでいいのか?」

 突然耳元で静かに問われ、振り向けばカーティスが試すような目で私をジッと見つめていました。
 こんな状況にも関わらず、カーティス自身には全く動じた様子がありません。
 そして、私を抱くガチガチの腕も、変わることなくしっかりと私を支えてくれています。
 それが今この場では、とても心強くて。

「お前の望みはなんだった?」

 その力強い腕に囲われたまま望みを問われれば、

「あの薬局で静かに暮らしたい」

 すんなりと、心のままの望みが私の口からこぼれ出ました。

 そう、私の望みは最初から変わりません。
 誰の迷惑になるわけでもなく、静かに、穏やかに、あの薬局で自分の好きなように暮らしていきたい、ただそれだけです。

 その為に私がこの十年、一体どれだけ苦労してきたことか!

 なのに、なんでこんなただ偉そうなだけのおっさん……じゃなくて国王陛下一人の欲望に、私のこれからが左右されなければならないのでしょう?

 私は一度だってセドと結婚したいなんて望んだことはありません。
 お父様が受けてしまったとは言え、結局はこの国王陛下がカーティスの魔力欲しさに勝手に決めた結婚です。

 一度頭が冷えてみれば、あとに残るのはもう怒りだけ。

 こんなの、やっぱり受け入れられません!

 カーティスのお陰でやっと肝が据わった私は、なんとしてもこの馬鹿げた状況を抜け出してやろうと覚悟を決めました。
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