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第七話 監禁魔の正体は。
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「では小娘、交渉だ」
いい笑顔を浮かべたカーティスが、腕組みして偉そうに私を見下ろしそう言いますが。
「えーっと待って、無理。全然話が見えないのだけれど」
本当に、白金貨を見せた辺りから一人で突っ走って一人で納得してるカーティスと違って、こちらはすっかり置いてけぼりで全く話が見えていません。
いえ、色々聞いた気はしますが、正直どれもこれも荒唐無稽で受け入れきれないというほうが正しいのかも。
ここまで来ると、どこから突っ込んでいいのか、緒さえ見えてこないし。
めまいを感じつつ、まずは心を落ち着けようと、私はノーラに顔を向けました。
「ノーラ、あなたカーティスを知っていたの?」
そう。まず一番最初の驚きはここだったはず。
そう思って私が尋ねれば、ノーラが疲れた笑顔を返し。
「ああ、どこから話せばいいかね……」
「ノーラは俺の母親だ」
ため息をつきつつノーラが話そうとしていたのに、被せるようにカーティスがボソリと付け足すので、
「え、お母様!?」
カーティスの思いもよらぬ返答に、素っ頓狂な声をあげてしまいました。
え、カーティスの見た目は二十歳過ぎだけど、先先代の王様にも仕えていたはずで、それって軽く見積もっても百年近く前じゃないの?
「待ってノーラ、あなた一体何歳……!」
立て続けに驚かされて、思わず流れのままに尋ねてしまってから、しまったと内申大きく舌打ちしてしまいました。
だって視線が合ったノーラの顔が、ものすごくきれいな笑顔で固まったのですもの。
「リザお嬢様。女性と言えど、他の女性の年齢を尋ねるのはマナー違反だと教わりませんでしたか?」
「ごめんなさい」
即、素直に謝りました。
でも気になるのは本当で、
「じゃあカーティスは」
「覚えてない。まあ悪魔の中ではそれほど年配ではないな」
尋ねたのは年齢だけだったんですが。
なんか不必要に知りたくもない情報が、今混ざってましたよね?
「少なくともこの国の建国よりは前ですよ」
まるで他人事のように、しれっとノーラが言います。
建国ッテ一体何百年前デスカ?
分かってます。
今一番聞かなければいけないのはそこじゃないって。
でもどーしても聞くのが怖かったんですよ。
だって、これ聞いちゃったら、きっともう後戻り出来ない気がしますよね?
「えっともう一度お願い。カーティスあなた、本当に悪魔なの?」
それでも、もうこれ以上無視しきれなくなって、結局は聞いてしまうのですが、
「俺があまりに人間らしくて信じられないか?」
ニヤリと笑って返すその顔に、なんだか無性に腹がたちまして。
「……そう言えば巷では夜な夜な実験体の生き血をすする悪魔だって噂だったわ」
思わず言ってしまいました。
「失礼な。俺は別に実験体など囲っていないし、人間の生き血などに興味もない」
いえいえ、こっちを睨むのはやめてください。
すべて伝聞です。私言ってません!
というか、あら?
こんなに怒っているって事は、あの噂は本当に事実無根なのかしら?
なんてのんきに考えていた私に、さっきまでよりも三倍は凄みを増した悪い笑顔のカーティスが、真っ直ぐに私と視線を合わせて続けます。
「俺が求める愉悦は、人が放つ究極の激情。呪詛なり、誓願なり、愛憎なり。極限まで高められた欲望と、それを叶えた瞬間の悦楽、そして絶望。契約の末にそれを喰らうのが俺たち悪魔だ」
あ、これ本物だわ。
ストンとそれが本気だって分かる、その純粋な悪意むき出しのきれいなグレイ・ブルーの瞳。
真っ直ぐに透き通るその瞳に見つめられ、思わずその美しさに引き込まれてしまいます……
そして見惚れる私に悪魔がやさしく尋ねる、魂を犯すような誘惑の問は。
「お前が内で燃え盛る、至極の欲望はなんだ?」
「私の欲望……」
私の欲望。
そう言われて、「血まみれ筋肉」と答えなかった私を褒めてください。
催眠術にでもかかったかのように、本音以外が出てこないこんな極限の状態でさえ、私の性癖への防御力は勝ち残り。
そして答えた、この十年私が望み続けた最も切実な望み。それは──
「一生静かにこの家で暮らす?」
一瞬。
その場の時間が止まったかのように沈黙が落ちました。
私の答えを聞いたカーティスが、悪の魅力を湛えたその表情を、綺麗にそのまま凍てつかせ。
そして。
「だーーーっ!!!! なんだ、そのちっぽけな欲望は!!!」
「ひどい!!!」
「そんなもので俺が満足してここを去れると思うのか? しかも疑問形? なんで欲望に疑問符がつく???」
今にもヘドが出そうな顔つきで、私に向かってまくし立てるカーティスに、私もとうとうぶちギレました!
そんなこと、知るかーーー!!
こっちはこの十年、人格偽って苦労に苦労を重ね、あと少しで望みの生活を勝ち取れそうだったのに、ここにきて監禁魔……あ、本当に悪魔だったわ……このクソ悪魔のせいで私は、私は私は!
「私にはっ! それが一番っ! 大事だったのよっ!」
怒りが心頭を通り越してどっか遠くまで突き抜けすぎて、言いたい言葉がまっすぐ出てきません。
「あんなメンヘラクソ王子の嫁になんてなりたくないし、お父様とお母様のプライドに振り回されて、ゴミのように追い出されて路頭に迷うのもまっぴらごめん。私は私が選んだこの場所で、私が選んだ方法で暮らしたいの。ただそれだけよっっ!!!」
今までずーーーーーっと我慢してきた鬱憤が、今この時、カーティスのこの言いように、もうブチブチブチギレて全部ダラダラ吹き出しました。
そんな私の涙混じりのヒステリーを食らったカーティスは、一瞬面食らったように目を瞬いていましたが、すぐにその顔に侮蔑を浮かべ、冷めた目で私を見おろして。
「付き合いきれん。そんなくだらない欲望ならば、自分でどうにかしろ。俺は帰る」
そして振り返りもせず、勝手にカウンターの跳ね板を弾くように開いて、店の奥へと消えていってしまいました。
カーティスが去ってしまっても、憤ったこの気持ちは治まりません。
悔し涙が溢れてきて、ノーラに見られたくなくて俯いてしまいます。
そうよ愚かよ。
知ってるわ。
でもね、前世持ちで、こんな決められた人生絶対嫌で、他に逃げようもなくて、でも手札はめちゃくちゃ限られてて。
これでも十年間、特に才能もない私が、私なりに独りで考えコツコツ積み上げて来た、一世一代最っ高の大博打だったのよ!
そんな私がリアルに人生かけてきた夢をこの男は!!
大魔王だかなんだか知らないけれど、どれだけ長く生きてきたのかも知らないけれど、私がこの日この時にかけていた希望の強さなんて、きっと絶対理解できるはずない。
口に出して言い返せなかった鬱憤をギュッと手の中に握り込んでみても、悔しさが勝って溢れる涙が止められず、大きな雫がポタポタと音を立てて床に落ちていきます。
「愚かだねぇ」
溢れ落ちた自分の涙が木の床に広がり、丸く大きなシミを作り出すのをジッと睨みつけていた私に、ふとノーラの寂しげな声が響いてきました。
ああ、ノーラにまで見放される……
その一言は私の膿んだ胸に一層深く突き刺さり、そのズキリとした鋭い痛みに、思わずノーラを仰ぎ見ます。
「……?」
けれど涙に歪む視界に映るノーラは、私のことなど一切見ておらず、その視線は今カーティスが消えていった店の奥へと向いていて……
「クッソ、ノーラお前知ってたな!」
「ヒャッ!」
突如、さっき姿が消えたはずのカーティスが店の暗い通路から飛び出してきて、大声でノーラに怒鳴り散らしました。
ですが怒り狂うカーティスの顔に重いため息を一つ投げつけたノーラは、カウンターに残されていたお茶を入れ替えながら、聞いたこともない険しい声音で答えます。
「よくお聞き。この家はこの娘が『第三王子』の婚約者として買ったものさね。現時点では、まだこの子は王子の婚約者であり、所有権は間接的に王族のままさ」
トンっとカーティスの前に入れ直したお茶を置き、そしてそれまでの疲れた表情をスッと消し、代わりに深い恨みと怒りを浮かばせて。
「この小娘が無事第三王子との婚約を解消して、この家で暮らす目処がたたない限り、お前さんも私もこの召喚魔法の制約から逃れることは出来ないんだよ」
そう言って、ギロリと私を睨みました。
そして思い知るのです。
ノーラもやはり悪魔なのだと。
その顔は、今まで私が目にしてきた気のいい薬局の老婆とはにても似つかず、眼光は老いた猛獣のように老獪に光り、顔に刻まれた皺はその生き様を見せつけるかのように暗く陰り。
引き結ばれた口元の厳しさが、彼女の内に蓄積された怒りの深さを見せつけます。
一瞬で肝が冷え上がり、思わずブルブルと体が震えだしました。
これほどの威圧と恐怖を、私はまだ魔王だというカーティスからさえ感じたことがありません。
けれど私に向けられた凄みのあるノーラの表情はまるで幻のように一瞬で消え去り、すぐに見慣れた疲れた笑顔を浮かべて私に手を差し伸べます。
「まあ、今日のところは一旦お帰り。この子がうまく誤魔化すだろうよ」
そんないつも通りのノーラを見ていると、今正に目にした光景が、まるで質の悪い白昼夢にでも会ったかのようにあやふやになってきて。
分かってます。彼女もまた悪魔です。
ここにも多分、私の穏便な暮らしはないのかもしれません。
それでも、この十年、ずっと心の支えにしてきたここでの暮らしの夢は、そう簡単に私の中で色あせません。
だから、多分、私はほんの少し自分を偽って、差し出されたノーラの手に手を伸ばし──
「いいことを思いついたぞ」
──ノーラのシワだらけの手に縋りつこうとしていた、私のすぐ横で──
「お前、俺の嫁になれ」
──大魔王カーティス様が大きな声でふざけきった独り言をほざきました。
これにて今日の私はキャパオーバー。
「帰ります」
一人ドヤ顔してこちらを見てるカーティスを素通りして、ノーラに一言残した私は、もう二度と帰るつもりのなかったあの子爵家への長い道のりを、一人トボトボとたどるのでした。
いい笑顔を浮かべたカーティスが、腕組みして偉そうに私を見下ろしそう言いますが。
「えーっと待って、無理。全然話が見えないのだけれど」
本当に、白金貨を見せた辺りから一人で突っ走って一人で納得してるカーティスと違って、こちらはすっかり置いてけぼりで全く話が見えていません。
いえ、色々聞いた気はしますが、正直どれもこれも荒唐無稽で受け入れきれないというほうが正しいのかも。
ここまで来ると、どこから突っ込んでいいのか、緒さえ見えてこないし。
めまいを感じつつ、まずは心を落ち着けようと、私はノーラに顔を向けました。
「ノーラ、あなたカーティスを知っていたの?」
そう。まず一番最初の驚きはここだったはず。
そう思って私が尋ねれば、ノーラが疲れた笑顔を返し。
「ああ、どこから話せばいいかね……」
「ノーラは俺の母親だ」
ため息をつきつつノーラが話そうとしていたのに、被せるようにカーティスがボソリと付け足すので、
「え、お母様!?」
カーティスの思いもよらぬ返答に、素っ頓狂な声をあげてしまいました。
え、カーティスの見た目は二十歳過ぎだけど、先先代の王様にも仕えていたはずで、それって軽く見積もっても百年近く前じゃないの?
「待ってノーラ、あなた一体何歳……!」
立て続けに驚かされて、思わず流れのままに尋ねてしまってから、しまったと内申大きく舌打ちしてしまいました。
だって視線が合ったノーラの顔が、ものすごくきれいな笑顔で固まったのですもの。
「リザお嬢様。女性と言えど、他の女性の年齢を尋ねるのはマナー違反だと教わりませんでしたか?」
「ごめんなさい」
即、素直に謝りました。
でも気になるのは本当で、
「じゃあカーティスは」
「覚えてない。まあ悪魔の中ではそれほど年配ではないな」
尋ねたのは年齢だけだったんですが。
なんか不必要に知りたくもない情報が、今混ざってましたよね?
「少なくともこの国の建国よりは前ですよ」
まるで他人事のように、しれっとノーラが言います。
建国ッテ一体何百年前デスカ?
分かってます。
今一番聞かなければいけないのはそこじゃないって。
でもどーしても聞くのが怖かったんですよ。
だって、これ聞いちゃったら、きっともう後戻り出来ない気がしますよね?
「えっともう一度お願い。カーティスあなた、本当に悪魔なの?」
それでも、もうこれ以上無視しきれなくなって、結局は聞いてしまうのですが、
「俺があまりに人間らしくて信じられないか?」
ニヤリと笑って返すその顔に、なんだか無性に腹がたちまして。
「……そう言えば巷では夜な夜な実験体の生き血をすする悪魔だって噂だったわ」
思わず言ってしまいました。
「失礼な。俺は別に実験体など囲っていないし、人間の生き血などに興味もない」
いえいえ、こっちを睨むのはやめてください。
すべて伝聞です。私言ってません!
というか、あら?
こんなに怒っているって事は、あの噂は本当に事実無根なのかしら?
なんてのんきに考えていた私に、さっきまでよりも三倍は凄みを増した悪い笑顔のカーティスが、真っ直ぐに私と視線を合わせて続けます。
「俺が求める愉悦は、人が放つ究極の激情。呪詛なり、誓願なり、愛憎なり。極限まで高められた欲望と、それを叶えた瞬間の悦楽、そして絶望。契約の末にそれを喰らうのが俺たち悪魔だ」
あ、これ本物だわ。
ストンとそれが本気だって分かる、その純粋な悪意むき出しのきれいなグレイ・ブルーの瞳。
真っ直ぐに透き通るその瞳に見つめられ、思わずその美しさに引き込まれてしまいます……
そして見惚れる私に悪魔がやさしく尋ねる、魂を犯すような誘惑の問は。
「お前が内で燃え盛る、至極の欲望はなんだ?」
「私の欲望……」
私の欲望。
そう言われて、「血まみれ筋肉」と答えなかった私を褒めてください。
催眠術にでもかかったかのように、本音以外が出てこないこんな極限の状態でさえ、私の性癖への防御力は勝ち残り。
そして答えた、この十年私が望み続けた最も切実な望み。それは──
「一生静かにこの家で暮らす?」
一瞬。
その場の時間が止まったかのように沈黙が落ちました。
私の答えを聞いたカーティスが、悪の魅力を湛えたその表情を、綺麗にそのまま凍てつかせ。
そして。
「だーーーっ!!!! なんだ、そのちっぽけな欲望は!!!」
「ひどい!!!」
「そんなもので俺が満足してここを去れると思うのか? しかも疑問形? なんで欲望に疑問符がつく???」
今にもヘドが出そうな顔つきで、私に向かってまくし立てるカーティスに、私もとうとうぶちギレました!
そんなこと、知るかーーー!!
こっちはこの十年、人格偽って苦労に苦労を重ね、あと少しで望みの生活を勝ち取れそうだったのに、ここにきて監禁魔……あ、本当に悪魔だったわ……このクソ悪魔のせいで私は、私は私は!
「私にはっ! それが一番っ! 大事だったのよっ!」
怒りが心頭を通り越してどっか遠くまで突き抜けすぎて、言いたい言葉がまっすぐ出てきません。
「あんなメンヘラクソ王子の嫁になんてなりたくないし、お父様とお母様のプライドに振り回されて、ゴミのように追い出されて路頭に迷うのもまっぴらごめん。私は私が選んだこの場所で、私が選んだ方法で暮らしたいの。ただそれだけよっっ!!!」
今までずーーーーーっと我慢してきた鬱憤が、今この時、カーティスのこの言いように、もうブチブチブチギレて全部ダラダラ吹き出しました。
そんな私の涙混じりのヒステリーを食らったカーティスは、一瞬面食らったように目を瞬いていましたが、すぐにその顔に侮蔑を浮かべ、冷めた目で私を見おろして。
「付き合いきれん。そんなくだらない欲望ならば、自分でどうにかしろ。俺は帰る」
そして振り返りもせず、勝手にカウンターの跳ね板を弾くように開いて、店の奥へと消えていってしまいました。
カーティスが去ってしまっても、憤ったこの気持ちは治まりません。
悔し涙が溢れてきて、ノーラに見られたくなくて俯いてしまいます。
そうよ愚かよ。
知ってるわ。
でもね、前世持ちで、こんな決められた人生絶対嫌で、他に逃げようもなくて、でも手札はめちゃくちゃ限られてて。
これでも十年間、特に才能もない私が、私なりに独りで考えコツコツ積み上げて来た、一世一代最っ高の大博打だったのよ!
そんな私がリアルに人生かけてきた夢をこの男は!!
大魔王だかなんだか知らないけれど、どれだけ長く生きてきたのかも知らないけれど、私がこの日この時にかけていた希望の強さなんて、きっと絶対理解できるはずない。
口に出して言い返せなかった鬱憤をギュッと手の中に握り込んでみても、悔しさが勝って溢れる涙が止められず、大きな雫がポタポタと音を立てて床に落ちていきます。
「愚かだねぇ」
溢れ落ちた自分の涙が木の床に広がり、丸く大きなシミを作り出すのをジッと睨みつけていた私に、ふとノーラの寂しげな声が響いてきました。
ああ、ノーラにまで見放される……
その一言は私の膿んだ胸に一層深く突き刺さり、そのズキリとした鋭い痛みに、思わずノーラを仰ぎ見ます。
「……?」
けれど涙に歪む視界に映るノーラは、私のことなど一切見ておらず、その視線は今カーティスが消えていった店の奥へと向いていて……
「クッソ、ノーラお前知ってたな!」
「ヒャッ!」
突如、さっき姿が消えたはずのカーティスが店の暗い通路から飛び出してきて、大声でノーラに怒鳴り散らしました。
ですが怒り狂うカーティスの顔に重いため息を一つ投げつけたノーラは、カウンターに残されていたお茶を入れ替えながら、聞いたこともない険しい声音で答えます。
「よくお聞き。この家はこの娘が『第三王子』の婚約者として買ったものさね。現時点では、まだこの子は王子の婚約者であり、所有権は間接的に王族のままさ」
トンっとカーティスの前に入れ直したお茶を置き、そしてそれまでの疲れた表情をスッと消し、代わりに深い恨みと怒りを浮かばせて。
「この小娘が無事第三王子との婚約を解消して、この家で暮らす目処がたたない限り、お前さんも私もこの召喚魔法の制約から逃れることは出来ないんだよ」
そう言って、ギロリと私を睨みました。
そして思い知るのです。
ノーラもやはり悪魔なのだと。
その顔は、今まで私が目にしてきた気のいい薬局の老婆とはにても似つかず、眼光は老いた猛獣のように老獪に光り、顔に刻まれた皺はその生き様を見せつけるかのように暗く陰り。
引き結ばれた口元の厳しさが、彼女の内に蓄積された怒りの深さを見せつけます。
一瞬で肝が冷え上がり、思わずブルブルと体が震えだしました。
これほどの威圧と恐怖を、私はまだ魔王だというカーティスからさえ感じたことがありません。
けれど私に向けられた凄みのあるノーラの表情はまるで幻のように一瞬で消え去り、すぐに見慣れた疲れた笑顔を浮かべて私に手を差し伸べます。
「まあ、今日のところは一旦お帰り。この子がうまく誤魔化すだろうよ」
そんないつも通りのノーラを見ていると、今正に目にした光景が、まるで質の悪い白昼夢にでも会ったかのようにあやふやになってきて。
分かってます。彼女もまた悪魔です。
ここにも多分、私の穏便な暮らしはないのかもしれません。
それでも、この十年、ずっと心の支えにしてきたここでの暮らしの夢は、そう簡単に私の中で色あせません。
だから、多分、私はほんの少し自分を偽って、差し出されたノーラの手に手を伸ばし──
「いいことを思いついたぞ」
──ノーラのシワだらけの手に縋りつこうとしていた、私のすぐ横で──
「お前、俺の嫁になれ」
──大魔王カーティス様が大きな声でふざけきった独り言をほざきました。
これにて今日の私はキャパオーバー。
「帰ります」
一人ドヤ顔してこちらを見てるカーティスを素通りして、ノーラに一言残した私は、もう二度と帰るつもりのなかったあの子爵家への長い道のりを、一人トボトボとたどるのでした。
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