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第四話 愛すべき我が家族

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 ノーラの承諾を勝ちとった私は、店を飛び出した足でまっすぐ子爵家のある上町へと急ぎました。

 私の条件を飲んだ以上、せっかちなセドが早くカミラと正式にお付き合いしたい一心で、今にもお金を届けに来ちゃうかもしれません。
 次は早く家に戻って、お父様とお母様に見つからないうちに受け取ってしまわねば。

 ここからが私の計画の中で、もっとも不安要素が残る部分です。

 カミラとセド王子のハピエン時の『リザ』の結末も酷いけれど、他の攻略キャラとのハピエンでもバッドエンドでも同様に、なぜか『リザ』の最後は酷いものばかり。
 その直接の原因が、リザの両親、ロワール子爵様とその奥様です。
 正直この二人、セド王子以上にたちが悪いかも……。

「お前がそこまで愚かな娘だとは思わなかったぞ、子爵家の恥さらしめ!」

 これはザマァされ、両親に泣きついたリザが冷たくあしらわれ見捨てられるシーンでお父様が言う有名な決めセリフ。
 でもこれ、実は七歳で転生してから、私がなにか失敗するたびに聞かされてきました。

 このお二人、どちらも血脈だけは王家と変わらぬ古い家系で、揃ってプライドが高く、長男以外は家族という認識さえ薄い生粋のお貴族様なのです。
 ですから、『リザ』が行った非道ないじめになど全く関心がなく、お父様が許せなかったのは『リザ』が公の場で平民に競い負けた、ただその一点。

 攻略サイトで見たセド以外の成功ルートでも、王子との結婚直前にリザが取り巻きを平民カミラに取られた噂が社交界に流れ、恥をかいたお父様がご立腹。
 不出来な娘に幻滅して、ちょうどその場にいた王室派遣の薬師に私を押し付けて社交界から抹殺してくれます。
 そうして悪魔なマッド薬師に引き渡された『リザ』は、生死さえも分からなくなり、噂では幽閉の上、わけの分からない薬の実験台にされ、街には夜な夜な悲鳴が響いてくるという……。

 うううう、絶対にそんなエンディングはイヤ!!!
 とにかくあの二人に疑われないように全てを終わらせてしまわないと!!


 嫌なこと思い出してる間に子爵家に到着してしまいました。

 子爵家の表門は門番がしっかりしてるので、このお忍び用の服のままでは通れません。

「こんにちわダイス、はいお土産のエールパイ」
「んぁ。エールは液体のままがいいんだがなぁ~」

 でも裏門を見張ってるはずのダイスは飲んだくれなので、メイド服を見せてお土産さえしっかり持ってくれば、上の空で通してくれます。

 そのままリネン部屋に滑り込み、今朝リザが着ていた服に着替え、もう一度裏門を、今度はダイスが余所見してる間に駆け抜け、そして表門から堂々と入り直します。
 これで誤魔化されてしまう我が家のセキュリティはザルもいいとこです。

 でもこの世の中はそんなもの。なんせ『プリ・エタ』ですから。


「お嬢様、セドリック殿下からお届け物が来ております」
「まあ、もう?!」

 玄関を入ってすぐに出迎えてくれたセバスチャンが、私の鞄を受け取りながら伝えてくれました。
 反射的に声を上げてしまって、焦って言葉をつぎます。

「セ、セドったら気が早いんだから。私への贈り物だからって張り切ってしまって恥ずかしいわ」

 チラチラとセバスチャンを見れば、いつも通り無表情で頷いています。

 よかった、この様子ならいつも通り、お父様にも型通りの報告をしてくれるでしょう。

 ちなみに、この世界で『セバスチャン』は執事の別名です。
 執事はすべて『セバスチャン』と改名するのがルールなのです。
 ……これ絶対ゲームのご都合ですよね、神様。

 それにしても、セドったらほんとに堪え性がないんだから。

 部屋に戻ると、テーブルの上にはピンクローズの花束と共に、蝋で封のしっかり施された書簡が二つ、そして革張りの小箱がこちらもやはり封蝋されて私の帰りを待っていました。

 もちろん飛びついて中を確認します。
 書簡はそれぞれ、私の男爵位叙爵証明と、婚約解消のお手紙。
 そして小箱を開ければ中には王家の刻印の入った白金貨が、ひい、ふう、みい、よ、……七つ。

「足りない」

 やっぱりね。
 まあ想定内です。

 十倍はふっかけ過ぎなの分かってましたし、セドのことだから中途半端にケチって来るのも知ってました。
 この白金貨一枚で邸宅一軒以上の価値がありますから、まあ私一人が暮らすには充分でしょう。

「お姉さま、帰って来てたの! 今日の学校はどうでしたか? お話聞かせて下さいませ!」

 とそこに、突然部屋に飛び込んできた小さな物体が、私の下半身に猛烈なタックルを決めながら明るい声を上げました。

「ネイサン、突然部屋に入ってはダメっていつも言っているでしょう」

 慌てて書簡や小箱を片付けながら、この小さな丸い生き物……私の七つ年下の弟ネイサンを引き剥がします。

「だって、お姉さまが学校に行ってしまうと寂しいんだもの」

 引き剥がされたネイサンは、それでも諦められぬ様子で私を上目遣いに見上げて、目の前でモジモジしてます。
 そんなことされたら、私だって我慢できません!

「もうネイサンったら、可愛いことばかり言って困らせるんだから」

 思わず抱きしめてツヤツヤのほっぺに頬ずりしてしまいます。

「フフ、お姉さまくすぐったい」

 ああ、困った。この子、本当に可愛いのよ……

 両親に溺愛されて育ったせいか丸々と太ったネイサンは、まるで子豚のように人懐っこくて、天使のように愛らしく、どこまでも素直で、本当にどーやってもあの二人の子供とは思えません。

 この子に会えなくなると思うと、家を出る覚悟も揺らぎそう。

「ネイサン、お母様お父様と、私だったらどっちが好き?」

 意地悪承知で思わず聞いてしまいました。

「もちろんお姉さま……でもお父様お母様も大好きだし、どうしよう、僕、選べません」

 ああ、純真すぎて眩しい……

「ああ、ネイサン。私もネイサンが大好きよ。これからなにがあっても絶対それだけは変わらないわ。覚えていてね」

 私が言った言葉が気になったのか、ネイサンが小首を傾げて私を見ます。

「お姉さま、どっか行ってしまうの?」

 まあ、なんて敏い子なのかしら。
 ネイサンがいれば、私なんて消えても本当になんの心配もないわね。
 寂しいけれど、この子を連れ出しちゃうわけにはいかないし。

 私は最後にもう一度強くネイサンを抱きしめて、笑って部屋の扉を指差しました。

「なにを言ってるの。『どっかに』じゃなくて、王子様のお城にいつかお嫁にいくのはネイサンも知ってるでしょう。ほら、セバスチャンが探してるわ。またお勉強を抜け出してきたのね」
「うわ、いけないセバスチャンに怒られちゃう。お姉さま、また夕飯の時にお話聞かせてくださいませ」

 お行儀よくペコリと紳士の礼をして出ていくネイサンを見送った私は、心に残った小さな痛みを胸の奥へとしまい込みました。
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