最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第一章 不憫な騎士 - A miserable knight -

1 縛られた騎士

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 同じ騎士団員のカラムが行方不明になって2週間、周りの連中はまた抜け出して帰ってこないだけだろうとか、実家の呼び出しに連れ出されたのじゃないかとか、果ては女と駆け落ちしたんじゃないかなどと噂していた。だが、これまでまるっきり私に声もかけずに行方不明になることのなかったカラムの失踪を、私は内心少しばかり心配していた。
 ただ失踪数日後の時点で団長から呼び出され「決して行方を探すな」とそれだけ釘を刺されていた為、何かしら団長絡みなのではないかと予想は付けていた。

 今日午後も遅くに団長室に呼び出されると、そこにはあのデブのジェームズ卿とその腰巾着の小男が黒服の執行人と一緒に私を待っていた。
 黒服の執行人の姿に一瞬で私の胃が引きつる。こいつが関わるということは、誰か内部の人間が処刑されるということだ。
 表立って片付けられない規律違反者などのみを専門に処刑する、その忌み嫌われる男が団長の部屋にいるということは──

「ラス、座れ」

 呼び出されてここに来たことを思い出し、私は部屋の中心に置かれた団長の机の前の椅子に腰掛けた。
 他にも私の横にジェームズ卿と小男が腰掛けている。執行人は座る気がないらしい。

「カラムは明日処刑されることが決まった」
「え?」

 一瞬頭が真っ白になった。だがすぐに団長の言葉の意味を理解して聞き返す。

「ま、待って下さい、罪状は?」
「極秘だ。ラス、お前が知る必要はない」

 きっぱりとそう言われてしまえば、騎士団という組織に籍をおく立場の自分にはそれ以上何も尋ねることは出来ない。
 それでも疑問と驚愕、そして少なくない怒りが頭の中に渦巻き出す。

「お前を呼び出したのはカラムが最後の願いにラス、お前に会いたいといってきたからだ」
「……え、それは」
「長い間男女・・の関係にあるお前なら、たとえ騎士団の団員とはいえカラムの最後の願いとして面会を許可できる」

 男女の関係。そんな物、カラムと私の間にはまるっきりない。だが、団長の断言する口調と、それが面会をするために必要な条件であることから、これが団長がカラムの為についている嘘であることは明らかだった。だから私は特に反論もせず、団長の次の言葉を待った。

「面会には誰も立ち会えない。ここにいるジェームズ卿も執行員もそれは了承している。騎士団に籍を置いた者への最後のはなむけだ、行って来い」

 私はそこで断るなど考えもせず、言われるがままにこの牢屋まで連れてこられた。
 ジェームズ卿は早々に姿を消したが腰巾着の小男は牢のすぐ外までついてきて、私の身体検査に付き合って牢内で許されること、許されないことを説明していく。

「間違ってもカラムの自害や情報の漏洩を手伝おうなどと思うな。でなければ次はお前がこの執行人の手にかかることになる」

 散々脅された挙げ句通された牢獄にはこの通り、拷問でボロボロのカラムが待っていたわけだ。

「それで私がお前の女だなんて嘘までついて私を呼び出したんだ、何かしてほしいことがあるのか?」

 理由も分からずに連れてこられ、カラムの罪状も知らされず、非が誰にあるのかもわからない。混乱と苛立ち、そして同情と怒り。そんな個人的な感情を抑えつけて、今この時自分に出来ることをしてやろうと尋ねたのに、一瞬顔を歪めたカラムがハッと鼻で笑って口の中に溜まった血の塊を床に吐き出した。

「いや、お前に出来ることなんかなんもねえよ。あれはまあ、ちょっとした冗談だった。まさか本気でお前をよこすとは思わなくてな」

 さっきは私なら断らない、そういった癖に、今度は冗談だったと言う。どうも言っていることに一貫性がない。
 ここまで来てもしかするとこいつは私に遠慮してるのか?
 女性だという理由で私を呼び出したはいいが、相手が私ではやはり言い出しにくいのだろうか?

「同期のよしみで私に出来ることはなんでもしてやる。いってみろ」

 普段、私が女性だという理由で手を出すような輩はかなり痛い思いをしてもらっている。だが今までいい意味でも悪い意味でも、カラムが私相手に他の奴のような女性としての扱いをしたことは一度もなかった。
 なんのかんのいって短くない付き合いの同期の最後に私が出来ることがあるというのなら、女性としてでもなんでもしてやれるかどうか考えてやろう、そう思って答えたのだが。
 よっぽど意外だったのか、カラムが黙り込んだ。ジッと私を見つめるその目がやけに熱っぽい。熱は怪我のせいで本当にあるのかもしれない。

「じゃあ、俺が例えば抜いてくれって言ったらラス、お前本当に出来るのか?」
「抜く……」

 一瞬何のことか分からなかったが、カラムの視線がその意味を私に伝えてきた。どうやら自慰の手伝いということらしい。見れば確かに騎士服に包まれた下半身はすでにその内側の憤りを隠しきれず、しっかりと中から押し上げられていた。
 男性兵士は死が近づくと身体が勝手にそんな反応を示すことがあるとは聞いていたが。

「それを『抜け』と言うことか?」
「ああ、出来ねえだろ、だから大人しく……」
「わかった」
「は?」
「悪いが経験がないからちゃんと出来る保証はないが、努力してみよう」
「ラス、おい……」

 いくらそう言ったとはいえ、そして同期の最後の願いとはいえ、内容が内容なだけにカラムの顔を見ることができない。私はその場で俯いてカラムと視線を合わせずに、彼の座る椅子の前にゆっくりと跪いた。
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