最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第五章 道 - My way -

26 騎士の勝敗

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「その試合は無効だ!」

 私が数回競技場を馬に揺られて巡ったあと、やっと鳴りやんだ歓声の後に野太い声が響いた。途端相手方の片翼からひどい罵倒がいくつも飛んできた。

「なんだと!」

 騎士団のいる片翼からやはり大きな罵倒が響きだす。

「そんな伏せた形で駆け抜けるなど、正式な槍試合として認めるべきじゃない」

 声をあげているのはどうやら近衛兵の一人らしかった。いくつもの房の付いたその甲冑だけを見てもかなり地位のある人物だとわかる。多分士官だろう。
 そのまま試合会場は騒然とし、醜い罵倒の応酬がエスカレートしていく。

「静まれ!」

 と、両翼の罵倒を凌ぐ大喝がすぐ後ろから響き渡り、驚いて振り返るといつの間にやらドリスの横に見まごうこともない団長の姿があった。

「この試合結果に異議を申し立てるのであれば、まずは正式に審判の元で話し合うべきだろう」

 良く通るバリトンで団長がそう宣言すると、騒然としていた試合会場が静まり返った。「よくやった」と静かな声を掛けて私の横を通り過ぎた団長が、試合会場中の視線を一身に集めつつ審判団の元へ堂々と歩いていく。それは普段雑務に追われ、疲れた表情を浮かべているあの団長と同一人物とは思えない堂々とした態度だった。
 そのままそこで待っていても仕方ないので馬を駆って自分のチームのいる片翼に戻り、バイザーをあげて馬を降りると、すぐに審判員の一人が駆け寄ってきた。

「ラス、今すぐこちらへ」

 名を呼ばれ手にしていた槍をドリスに手渡した私は、会場の中心に集まっている集団の元へと向かった。

「ラスの勝利は審判団が4人合意で出した結果だ」

 丸く固まって話し合いをしている集団に近づくと、審判員の代表らしき者が非常に不機嫌そうに申し立てた。それを体格にあかせて見下ろすようにして、先程最初に意義を唱えた近衛兵が真っ赤な顔で怒鳴り散らす。

「何を言う、あれは卑怯な体勢に馬が驚いて倒れただけだ。落馬とは言わん」
「いや、ラスの槍は砕けこそしなかったがちゃんとバーンの鎧をかすっていた。だからバーンも焦って馬上で体勢を崩し、手綱を引きながら横に倒れた。馬は全力疾走中にバーンに突然手綱を引かれ驚いて起立し、そのせいで転倒させられたんだ。これは審判団全員の一致した見解だ」
「そんなもん認められん! そんな、まぐれでかすめただけに決まってる。それに先に足を滑らせたのは絶対馬のほうだ!」

 話し合いの様子からして、どうやら私の抱えていた槍は相手をかすっていたらしい。士官らしき近衛兵が指摘した通り、それは完全な偶然だった。そして賢い馬のお陰か。あの馬には後で何かやらなくちゃいけないな。
 審判員と近衛隊の士官らしき者の言い合いはどこまで行っても平行線のままだ。そのやり取りに辟易した様子の団長が、一瞬の間を突いてそのよく通るバリトンで二人をさえぎり口を挟んだ。

「そこまで言うのなら、ルールに則って剣技で決めさせればいい」
「ラ、ラスは女性兵士であろう、そのようなことは認められない」
「しかし、このままでは決着も付かない」

 どうやら相手方は私を一方的に棄権としたいらしいが、団長は剣技の試合で再度決着をつけようという腹積もりらしい。
 正直私はもうどちらでもよかった。相手の指摘通り、この勝利は偶然の賜物だ。まさか勝てるとは思っていなかった試合だし、そこまで勝ちに固執してはいなかった。

「裁定は王にお任せしよう」

 結局その詮議はそのまま上申され、すぐに貴賓席に走った王付きの召使が返事を持ってきた。それに目を通した審議員の代表らしき者がそれを大声で読み上げた。

「王は剣技による再試合を所望された!」

 ワッと興奮の声が観客席からこだまする。
 呆気にとられる私を他所に、こうして私の剣技による試合続行が決定した。


「まさか、カラム……」

 ヘルムを脱いで剣技用の飾りの施された鉄剣を手に再度中央の試合場に足を向けると、そこに立つ一人の男性の姿が眼に入った。それは見まごうこともなく、近衛兵の甲冑を身にまとったカラムだった。
 驚く私を他所に、カラムは無表情にジッとこっちを見返してくる。お互いに歩み寄り、声も届く距離に近寄ってもなお、カラムは一言も発しない。

「これより剣技による試合を続行する。残念ながら第三近衛隊凖隊長バーンは落馬により負傷したため、第一近衛隊より中隊長カラムが代わりに試合する。両者前へ!」

 さらに一歩お互いに歩み寄り剣が重なる距離まで来ると、カラムがサッと剣を前に構える。私も同様に前に構え剣を交差させ、試合を開始した。
 私の驚きは、カラムの一閃目が昨日の訓練と全く同じように振り下ろされた瞬間に綺麗に頭から消え去った。真っすぐにその剣を打ち返し、打ち合いに集中する。
 勝てるわけがない。それは知っていた。昨日の訓練でも結局私は一太刀もカラムに浴びせられていない。それなのに。
 気持ちよかった。最高に。
 剣は鋼の打ち合う高音を響かせ、火花を散らし、細かい鉄辺をまき散らす。カラムの太刀筋がしっかりと見えて、今自分に出来る最高の打ち合いが出来ている自信が持てる。
 勝てない、だけど恥じない試合は出来る。
 ただそれだけで、そのめくるめくような打ち合いに私は没頭した。

「勝者カラム!」

 十数太刀打ち合っただろうか?
 カラムにとうとう手の中の鉄剣を叩き落とされた。そこまで打ち合えたことさえも奇跡と思えるほど、自分の実力を精一杯出し切れた。
 私はその場で軽く頭を下げ、カラムに送られる惜しみない称賛の声とラッパの音を背に受けて、独り晴れ晴れとした気分で自分の仲間の待つ片翼へと戻った。


   --- ・ ---


「ちくしょう、惜しかったな!」
「あんなの卑怯だ! カラムを連れ出してくるなんて」
「あいついつの間に中隊長なんかになってたんだ?」
「ラスはそれ言ったら副団長だぞ」

 試合も全て終わり、宿舎に戻るとそこは祭り騒ぎになっていた。勝者も敗者もなく、ただ皆エールを片手に騒いでる。
 無論、勝者のほうがうるさいが。

「それにしてもあの後のカラムは凄かったな」
「ああ、7人抜きだ」

 そう、あの試合を終わらせドリスの試合が終わると、昼を挟んで会場は剣技中心のトーナメントとなった。私との試合で顔の知れたカラムは一際人気も高く、途絶えることのない声援の中、彼は7人抜きで準決勝まで勝ち抜いた。
 それまでの間、その身軽さで一太刀も受けずに相手を数太刀でやり込めて勝ち抜いたカラムは、準決勝で当たった将校にやはり数太刀で負けて、惜しくも優勝は逃していた。

「あれでお前の面目も立ったな」

 横でエールの飲み過ぎで赤ら顔になったドリスが嬉しそうにそう言って私の肩を叩く。確かにドリスの言うとおりだった。あれだけ勝ち抜いたカラムとの打ち合いを、あれだけ長く引き留め戦い続けた私の試合は、それはそれで評判を呼んでいるらしい。

「あいつのことだからもしかするとお前の相手が自分になるように仕組んでたのかもしれないぞ」
「ああ、あり得るな。なんせラスの為だ」

 ドリスがそう言えば、部屋の連中が皆して大笑いする。私はからかわれる立場にいるにもかかわらず、それは決して悪くない気分だった。
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