最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第五章 道 - My way -

25 競う騎士

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 次の朝、目が覚めると私は自分の布団にくるまっていた。
 起き上がってみると裸だったが、身体が信じられない程軽い。肩をまわしても昨日打った場所に痛みもなく、清々しすぎるほど清々しい朝だった。
 着替えを終えて階下に降りると皆すでに試合の支度を始めている。私もそれに習って自分の荷物をまとめ、手伝いに来ている下男たちを指示して王前試合が開かれる王城前広場へと向かった。



「凄い人出だな」

 初めて足を踏み入れた王前試合会場は活気に満ちあふれていた。先ほどから空砲が何度も打ち上げられ、奥の貴賓席の辺りからは耳慣れない軽快な楽曲まで流れてくる。そこここに屋台が立ってお祭り気分は絶好調で、薄曇りの天候など気にする様子もなく沢山の客が闊歩していた。
 王城前広場は王城の幅と同じだけの長さがあり、その半分の奥行きがある。その正に中心辺りは試合会場に仕切られ、私を含む騎士や兵士は会場周りの割り振られた場所にテントを張りながら自分の番が来るまでの時間を潰していた。
 試合会場には練習場と同じくらいの試合場が設えられ、観客たちは試合場の周りに張り巡らされた縄の外側をビッチりと埋め尽くし、お互い少しでもよく見える場所を確保しようと押し合っていた。
 全体が良く見渡せる真ん中辺りには天幕付きの小高い貴賓席があり、その前には楽団やら審判員やらが陣取ってる。今の所余興の曲芸師や、新人の団体模擬戦が行われていて、私たちの出場する槍試合は午前の最後の種目となっていた。

「おい、ラス緊張してんじゃねえのか?」

 同じく槍試合に出場予定のドリスが汗をかきかき私に緊張を滲ませる声で話しかけてきた。

「いや? なぜ緊張するんだ。私はどの道負けるだけだぞ」

 そう、最初から自分には勝ちのない試合だから私はかなり気楽なものだった。
 後は決して人から後ろ指刺されないよう、真っすぐにやるだけだ。しかも昨日のカラムのマッサージのお陰で体調も万全で、正直鼻歌でも歌いだしたくなりそうなほど気楽だった。

「お前、実は本当に神経が図太いよな。ある意味お前みたいのが隊長職にあってるのかもな」

 私のそんな様子をみてドリスが呆れたようにそう言うが、別に私はとりたてて神経が太いとは思わない。

「ドリスだって自分が最初から負けるって分かっていれば気が楽じゃないか?」
「さてな。そんな状態で試合になんて出たくでもない」
「それは私だってそうだ。さて、最初の試合が始まるんじゃないか?」

 歓声が大きくなり熱狂が伝わってくると、それぞれのテントにも緊張が走る。私たちのいるテントからも数人がその声に誘われるように立ち上がる。どうやら会場に行き試合の様子を見るつもりらしかった。

「ドリスは行かないのか?」
「俺はお前の次だ、ほぼ最後なのに今から見てられるか」
「そうだな。まだしばらくは掛かるだろう。きっちり手入れして馬の様子でも見にいこう」

 言われたドリスは小さく頷いて自分の仕度に取り掛かる。私も自分のサイズに合わされた鎧の革ひもを引き締めて来たる時に備えた。
 それから直ぐに空が暗くなり小雨が降り始める。この季節にはよくある通り過ぎるだけの雨かと思い皆がそれぞれテントにも戻らずに観戦を続けていると、しばらくしてザァーザァーと土砂降りになった。
 どうやら団長の言っていた通り、今日の天候はこのまま崩れるのかもしれない。
 雨がひどくなっても試合は続く。兵士の技量が雨だからと言って鈍っていたのでは話にならないからだ。
 とはいえ、現実問題足場は悪くなるし怪我も増える。さっきっから馬の嘶きがひどくなってきているのも心配だ。

「ああ、そろそろ時間だな」

 私がそう言うと、開かれたバイザーの中のドリスの顔色が土気色に変わる。

「先に行ってくれ、すぐ行く」

 多分独りになって落ち着きたいのだろうと、私はそのままドリスをテントに残して今日お世話になる馬の繋がれた片翼へと向かった。



 小雨に落ち着いた天候の下、競技場の片脇で自分の名前が呼ばれるのを待つ私は、ざわめきの鎮まりつつある試合会場を見回して改めて胸を躍らせた。
 今までここまで観客の多い場所で試合をしたことは一度もない。本来王宮騎士団という最たる花形職に就いているのだからこのような儀式戦にもっと参加できるはずが、思わぬ性別の問題で今まで全て辞退させられてきた。
 別に目立ちたいとは思わないが、場の雰囲気は悪くない。この緊張した雰囲気は好きだ。

「王宮騎士団副団長、ラス」
「第三近衛隊凖隊長、バーン」

 競技用の飾りのついた槍は私の身長の倍近い長さがある。馬上でその槍の柄の端を脇に挟み込み、腕に引っ掻けて支えながら私が籠手を調節していると審判員が私たちの名前を声高に呼んだ。私は顔を覆うヘルムのバイザーを下げ、槍はそのままにして観客に挨拶をするために馬場を一周する。
 相手の騎士とすれ違うとコテリと首を傾げられた。多分私の鎧が少しばかり特殊だからだろう。どうにも細すぎる私の鎧は青年向きの物だ。騎士団の騎士が着用するには少しばかり変わっている。

「両者構え!」

 その声で槍を手でしっかりと握り込み、心を鎮める。
 今日は本当に気分がいい。スッと緊張が私を無音の世界に落とし、バイザーの狭い隙間から見える世界も視界が広く感じられる。
 相手はやはり私より一回り身体が大きい。ただ、乗っている馬が少しばかり苦しそうに地を蹴っている。それを無理やり手綱で押さえ込みながら、相手もこちらを凝視しているのが感じられた。
 さっきから様子を見ていたが、私の馬はどうやら雨が嫌いではないらしい。首を軽く叩いてやると嬉しそうに頭を上下に振っている。

「開始!」

 その一言で馬を駆る。
 ズンズンと一直線に相手の身体が近づいてくる。
 馬の上でなければ外すことなどあり得ない大きな的だ。それでも揺れる馬上でしっかりと長い槍を構え、馬の背の上で少し屈みこんでスピードを上げていく。
 左右に長いトラックを両側から真ん中の仕切りを挟んで走り込めば、お互いにぶつかり合うまではほんの数秒だ。その間に、私は相手の胸の中心に狙いをつけて槍を構える。
 そこからは槍が真っすぐに、まるで吸い込まれるようにその中心に向かって突進していった。

「グァッ」

 私は後ろに落ちるつもりで身構えたが、あいにくの雨で相手の馬の脚が滑り、狙いのズレた槍は私の甲冑を滑り横に逸れた。だが私の槍は逸れることなく相手の胸の中心を射貫き、長い槍の先端が砕け、折れて左右に飛び散る。

「ラス!」

 そのまま駆け抜けると、後ろで自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。途端会場に大きな声援の声が響く。
  馬頭を巡らせて振り返ると、対抗者はよっぽど頭にきたのか悪態をつきながら馬の腹を何度も蹴り入れている。それで走り出そうとする馬を無理やり手綱で引きよせて、押し込めてしまう。
 まあ、確かに馬のせいもあるのだろうが、あまりにひどい仕打ちに相手の馬に同情せずにはいられない。

「お前はそのままでいい」

 私が一言馬上でそう呟いて馬の首を撫でると、私を乗せる馬の耳がピクピクと細かく震えた。
 もう一度徐行しながら自分のチームの元に戻って新しい槍を手渡される。ドリスらしき甲冑を付けた男がバイザーを下ろしてこちらを見上げ手を振っていた。どうやら少しは落ち着いたらしい。

「次!」

 再度馬を巡らせて相手に向けると、相手の騎士が左右に首を振って興奮する馬を抑えつけているところだった。そうでなくても雨で不機嫌な馬をあんな扱いをして危なくないのか?
 そうは思ったが、自分の馬でもないし文句も言えない。

「構え!」

 再度槍を構え、相手を見据える。視界はクリアだ。充分集中できている。手も滑らない。槍は真っすぐ収まっている。

「開始!」

 開始の合図を期に、馬を走らせる。
 やはり真っすぐに気持ちよく進む私の馬の背で、私はまたも視界の中の相手の胸倉だけをジッと見つめて必死に馬を駆った。
 だがそこですぐに、相手の槍が私の胸ではなく顔の辺りを狙っているのに気づいた。
 マズい、バイザーに引っ掛けてヘルムを落とすつもりか!
 確かにヘルムを落とし、私が落馬すれば間違いなく勝てるだろう。だが、この雨の中で視界が悪いのに綺麗にヘルムだけ外してもらえるとは思えない。
 本来は決していい手ではないが、仕方なく私は思い切って馬の背で身を屈ませた。
 勝ちより身体が大切だ。こんな所で怪我でもしたら仕送りが出来ない。
 ひどい話だが即座にそう判断した私は槍を適当な角度で腕で固定し、後は馬任せにして完全に馬の背に突っ伏した。
 多分驚いたのは相手だろう。ヘルムは俯くとまるっきり前が見えない。まさか盲目で迫ってくるとは思わず、狙うべき場所を失い、通り過ぎようとして──

「ンヒヒヒヒィン!」

 そこでひどい馬の嘶きと水を跳ね上げる音、そしてドスンドスンと鈍い落下音が私の後ろで響いた。そのまま会場の端まで走り抜け馬頭を巡らせて振り返ると、私の相手は馬上から滑り落ち泥だらけで地面に転がり、馬まで足を滑らせて倒れその場であがいていた。

「勝者ラス!」

 勝ってしまった。
 全くの予想外だった。まさか自分のほうが勝つことなどあり得るとは思ってもいなかった私は、馬を止めたまましばらくその場でボーっと試合場を見つめてた。
 会場には大きな歓声が巻き起こり鳴りやまず、ラッパの音まで競うように鳴り響いている。
 やがてそれに混じって私の名を呼ぶ幾つもの声援が響きだす。
 それまで感じた事のない血の逆流するような興奮と高揚感が身体を駆け抜けていく。私はその場で傷一つ付いていない槍をかかげ、その称賛の渦へと馬を進めた。
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