最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第二章 再出発 - Restart -

13 騎士のお誘い

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 しばらくお互いに身じろぎもせずに抱き合ったあと、ゆっくりと身体を離したカラムが私に尋ねてきた。

「なあ、俺やっぱりこのままお前を抱きたくねえ。ラスにもっと受け入れられてえ。ラスはそれでもいいか?」

 問われても私にはなんとも言えない。カラムが言う『抱く』という行為が男女の睦事を言っているのは分かるが、実は具体的にどんなことをするのかまでは知識がない。ここまで道場と警邏隊、騎士団とまるっきり女っ気なしの生活を送ってきた私には、冗談でもそういう話のできる相手が一人もいなかった。
 私は思い切ってそれをカラムに忠告することにした。

「カラム。聞いてくれ。実はお前がいつも言う、その、『抱く』という行為がどんなものなのか全く知らないんだ。前からお前が何度も躊躇したり我慢してくれてるのは分かるんだが、してしまうとそんなにまずいものなのか?」

 私が尋ねるとカラムがグッと息を呑んで考え込んだ。

「そっか。お前マジでそこまで純粋培養だったのか……。いっそ実地で教えたい気持ちが死ぬほどあるんだがそれじゃ元も子もないわけで……」

 そのまま困ったようにグダグダと独り言を続ける。

「やっちまうか……でも身体だけ落ちられたら俺マジで立ち直れねーだろうなー。いっそ一緒に闇落ちしちまうか……それも悪くねえかもな……」

 良くは分からないが呟きが不穏な響きを滲ませ始める。

「ラス気持ちよさそうだし嫌がらねえし、いっそ欲しそうだし……あー、なんでそれなのに俺、覚悟決めてやっちまえないんだ?」

 訳もわからないうちに独り言で尋ねられても困った顔で見つめ返すほかない。

「なあ、ラス。お前はどうなんだ?」
「私か?」
「ああ、『抱く』ってのがどんな物か知りてえか?」

 そう尋ねるカラムの瞳にはたっぷりの欲情と一欠片の悪意が感じられる。まるで人をそそのかす悪魔と呼ばれる連中がしそうな目つきだ。

「良くわからないが、カラム、お前の顔つきが怪しいからあまり不用意に知りたいといわないほうがいい気がする」

 私がそう答えるとカラムが満足そうに、でも少し惜しそうに頷いた。

「お前は正しいよ。よく覚えておいてくれ、『抱く』って行為は一度するとする前には戻れない。繰り返すかもうしないか。それはその時どう感じるかで選べる。だけど元には戻れない」

 真剣な眼差しで私にそう言ってくれるカラムのことが非常に好ましく感じて、私は答えた。

「分かった。ならば最初にするのはカラムがいい。カラムなら安心して任せられる」

 私のその言葉を聞いたカラムがバッタリと倒れ込み「お前は無邪気な死神だな」っと呟いた。


   --- ・ ---


 それからも静かに日々は過ぎていった。リハビリは結局二人で話し合って兵士の訓練メニューをアレンジして徐々に増やしていくことにした。
 一週間がすぎる頃にはカラムもしっかりと歩き回れるようになり、二人で訓練場に出て組稽古も始めた。
 やはり本調子ではないカラムはかなり軽い組合を休憩を挟みながら繰り返すのだが、たとえそれでもカラムの剣使いの巧みさは影を潜めない。体力的には私と長時間組み合えないにしても一回一回の組合では時に私が押し負ける。

「ラス、そこで剣を返すな。お前どこでそれ覚えたんだ?」

 時に私の剣技にカラムが修正を申し入れる。最初こそうるさく思っていたが、言われたとおりに変更してみると剣の動きが滑らかになる。それを理解してからは文句なく従うようになっていた。

「私の剣技は基本、私のいた村にあった道場のお師匠様に習ったもんだ。物心ついたときにはそこで世話になってた」
「お師匠様ってお前確か北の農村の出じゃなかったか?」
「そうだが?」
「あんなところになんで道場があるんだ?」
「さあ? お師匠様は私が生まれる前からあそこで道場やってたし人も結構来てたぞ」
「それはかなり恵まれてたな。そんな小さい頃から師匠について修行できるのは稀だぞ」
「そうなのか?」

 思いがけない言葉に私は驚いて剣をおろした。カラムも休憩を入れるつもりらしく、剣を地面に突き刺して訓練場の横の芝生に腰を下ろす。私もその隣に行って持ち込んできていた水筒から水を煽った。

「俺もまあ恵まれてたから物心ついた頃には本家の武術指導に入れられてた。だけど普通はよっぽど金がないと道場にそんな若い頃から入るのは無理だな」

 そう言われて、生まれて初めて気がついた。
 私があそこで修行させてもらう為に、もしかして母は何か支払っていたのだろうか?
 多分そうなのだろう。今まで一度もそんな話をしたこともなかったが、なぜかそうなのだろうと確信を持った。
 途端、それまで自分が母や家族に持っていた感情がパタパタと旗のように翻り、胸の中心がポカポカと暖まる。

「おいラス、どうした、何泣いてるんだ?」

 カラムの心配そうな声で自分が涙を流していることに気がついた。どうやら私は動揺してるようだ。カラムの声に心が揺らされて、余計涙が止まらなくなる。

「すまない、ちょっとこうしていてくれ」

 私は心配そうに肩に手を置いていたカラムの胸に額を押し当てて、すっかり馴染みになったカラムの体温と身体から発せられる汗と何かそれ以外の私を惑わせる香りに身を任せた。
 なんとか落ち着こうとじっとしてる私に付き合って、カラムもそのまま動かずにいてくれる。おかげで心が徐々に凪いで涙もおさまった。

「ありがとう。ちょっと嬉しかったんだ。うまく説明できないんだけど」

 私が顔を上げてそう言うと、カラムが眩しそうに私を見てニヤリと笑う。

「そうか、ならいい。続けるか?」

 カラムのこういういつでも自然体で私と接してくれるところが好きだ。素直にそう思った。


 2週間が過ぎる頃、カラムはすっかり体調を戻していた。体に刻まれた傷のほとんどは癒えて傷跡もすっかり乾いてた。剥がされた爪も生えはじめそれが痒いらしく時々顔を顰めてるがそれくらいだ。
 剣技ではもう全く勝てない。復調したカラムはやはり比べ物にならないほど強かった。しかし、ここしばらく彼と組稽古を続けたおかげで自分でも自分の剣技が上達したのがわかる。

「ラスのは多分、自分の体格を庇おうとして変な癖を身に着けちまってたんだな」

 カラム曰くそういうことらしい。

 団長からは必要ならば2週間の警備配置の変更をもっと伸ばしても構わないと言われたが、そんなカラムの様子を見て私はそれを断った。

「なあラス。明日から街で聖痕祭が始まるだろ。一緒に出てみないか?」

 あと一日でカラムの面倒もおしまいというその日にカラムがそう言って私を誘った。
 『聖痕祭』というのは王都に伝わる伝説を元にしたお祭りだ。町外れの古い城壁に残る巨大な掻き傷を皆、『聖痕』と呼ぶ。言い伝えでは古い時代、まだ王都が王都になる前にこの地域を支配していた蛮族の襲撃に、当時の王族が城壁をもって迎え、蛮族の奸計にはまってただ一人話し合いに出た王子が襲いくる蛮族を一凪にした名残なのだそうだ。
 本当かどうかの真偽はともかく、武勇関連のお祭りということで兵士にも人気が高い。本来は祭りの警邏に出る兵士たちも祭りに参加してしまう。

「あれはかなり疲れるぞ。調子に乗った兵士共がそこら中で力比べだの模擬戦という名の喧嘩だの始めて、しかも止めに入る兵士も参戦しちまう。女子供は外に出すなって言われるような荒い祭だ。お前の体調で大丈夫なのか?」

 私の問いかけにニヤッと笑ってカラムが答える。

「俺の専属医師が俺に一本も取れなくなったんだ、充分だろ」
「まあ、全くだな」

 それならいいかと頷くとカラムが部屋のテーブルに置かれていた包を私に差し出した。

「じゃあ、これを受け取ってくれ」

 差し出された包とカラムの顔を見比べた私は驚きつつもその包を受け取った。

「これは何だ?」
「この2週間の礼だ。なんのかんの言って無理矢理付き合わせちまったからな」

 珍しくかしこまってカラムがそんなことを言う。少し訝しく思いつつも包を開いてみると、そこには女性向きの服の上下が入っていた。決して非常に高価な物ではなさそうだが、それでも真新しい。

「これを私にどうしろと?」
「明日是非着てくれ」

 非常にいい笑顔でキッパリと言いきったカラムに動揺が隠せない。

「お前本気か? 私にこれが着られると思うのか?」

 手の中の包から出てきた服装は上は少し胸開きの広い丸首のブラウスで、襟元や中袖の裾には綺麗な刺繍が施されていた。まあこちらはまだ着れないこともなさそうだが、下はスカートだ。流石に丈は足首近くまでの長さがありそうだがこんなもの最後に穿いたのは一体何年前だ?

「似合うと思ってる」

 胡乱な目で見る私に、カラムは疑いもなくそう言い切るが。

「か、考えさせてくれ」

 そう答えるのが精一杯だった。
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