最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第二章 再出発 - Restart -

12 騎士、キレる☆

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 それから数日は私の厳命のもと、カラムには一切の運動をさせなかった。食事は私が運んで一緒に取り、包帯も私が替え、薬も私が医師の指示に従って与えた。
 あれきりカラムは文句を言うこともなく私に世話を焼かれてる。時間はたっぷりあったのでその間にカラムの身体を拭いてやり衣服の洗濯や髪の手入れまで手伝った。流石に下半身は拭かせてくれなかったがそれは私も内心ホッとしていた。
 あれからもカラムは時折私をベッドに引き入れては愛でまわす。キスと愛撫はあれ以上エスカレートせず、それはいつの間にかすっかり心地よいスキンシップのように自然なものとして受け入れられるようになっていた。

「なあラス、そろそろ運動を始めさせてくれ」

 4日目の朝、真剣な面持ちでカラムがそう切り出した。

「いや、まだ医師の予定ではあと3日はこのまま安静にしてなければ……」
「無理だ」

 カラムがキッパリと言い切る。私が再度口を開くよりも早く、カラムがかぶせるように先を続けた。

「お前の言い分も分かるし今までちゃんと従ってきただろ。だからすっかり体力だけは戻っちまった。おかげでこれ以上運動もしないでいたら、マジで俺はこれ以上保証できない」
「は? なんの保証だ?」
「……お前を押し倒してやりたい放題しない保証」

 突然の告白に頭が真っ白になった。数秒で再起動して顔に血がのぼる。私のその様子を見たカラムがやめてくれというように天井を仰いでボヤく。

「そうやって無意識に俺を追い込みやがって。もう少し時間をやりたいんだよ、だから頼むからリハビリを始めさせてくれ」

 なんだか知らないがこれは運動を始めさせてやらないと困るのは私らしい。そう察した私は以前医師から聞き出したリハビリメニューを書き留めた紙切れを取り出した。まあ、最初のリハビリメニューはかなり軽い物だ。確かに兵士のカラムが体力が戻っているというのなら始めても問題ないだろう。傷口もすっかり塞がったし少しぐらいの運動で影響は出ない。

「分かった。だけど軽い物からだからな」

 私の言葉に顔を明るく輝かせてカラムがベッドから勢いよく起き上がりこちらに這い出そうとする。

「待て、最初のメニューはベッドの上でやるんだ。這い出そうとするな!」

 それを押し戻してそう言うと、カラムが不審そうに私を見た。

「そこに横になってろ、今道具を持ってくる」

 この前持ち込んだ器具の中から手に収まるサイズの鉄球やら太い棒やらを持ってベッドに戻ると、カラムの身体から布団を剥がし、持ってきたものもベッドに置いた。

「まずはストレッチからだ」

 そう言ってベッドに乗ってカラムの足を持って胸まで膝を折って押し上げ、そのままそこで数回押してやる。同じ動作をもう一本の足にも繰り返し、カラムの身体を起こしあげてベッドに上がって前屈させたり腕を上や後ろに引いたりと全身を伸ばしていってやる。メニューをこなす間中、カラムが赤い顔で「なんの拷問だよこれ」と呻いていたが無視した。
 一通りストレッチを終わらせてみるとカラムも私も息が切れてた。

「これは結構な運動になるな」

 気持ちよく汗をかいて私がそう言うと、カラムがボーっとしたまま「ああ全くだ」と返してきた。

「次はこっちだな」

 今度は鉄球を握らせてカラムに指示された運動を繰り返させる。メニューは単調ですぐにカラムが飽きて文句を言い始めた。

「なあラス。本気でこれで運動したって思わせる気か?」
「私のもらったメニューではこれをあと一週間は続ける予定だぞ」

 私がそう答えた途端、カラムが鉄球を床に投げ出した。

「やってられるか。こんなんだったらお前とイチャついてる方が運動になる」

 そう言って私を引っ張りよせる。

「おい、私の指示通りリハビリをするって言っただろ」
「無理だ、こんな運動じゃ全然足りない。みろ、余計ストレスが溜まって抑えが効かなくなっちまった」

 言い訳としか聞こえない調子でそう言って、カラムが私の身体をベッドに引きずり込む。
 本人が宣言した通り、あれ以来カラムは度々私をベッドに引き込んでいた。だがいつもはこの後にゆっくりとキスを繰り返すのに、今日のカラムは顔つきが変だ。ムッとした様子で私を見下ろし、おもむろに私のシャツの中に手を差し込んだ。私のシャツの下の素肌にカラムの手が這い回る。それまで時々感じていた腰の裏のジンとする痺れが強烈にきた。

「お前が悪い」

 そう言ってシャツを手繰り上げて目を見張る。

「おい、なんだよこれ」

 ああ、サポーターのことか。

「動きにくいからな。普段からつけてる」
「……マジかよ。苦しそうだぞそれ」

 確かに苦しい。このサポーターは実は自作だ。騎士団の鉄の鎧をモデルにサイズの小さい硬い生地のシャツを改造した。肋でピッタリ来るほど小さいシャツの脇を開いて胸元に薄い板を綿で包んだものを仕込んである。紐で締め付けると内側で胸が潰れるから確かに苦しいが、王都警備隊にいた頃からサイズだけ調整してずっと使っているからいい加減慣れていた。

「それどうやって外すんだ?」
「紐を緩めてやると外れるが──」

 ──やらなくていい、という静止を私が口にするよりも早くカラムが器用に紐を解いてしまっていた。

「……お前、胸あったんだな」
「当たり前だ。まあ威張れるような代物じゃ……おい!」

 返事をする私を他所に、カラムの手が私の乳房に伸びた。優しく全体を包み込まれ、フニフニと揉まれて潰れていた私の乳房が本来の形を取り戻す。

「馬鹿……こんな潰しちまって……」

 なぜかカラムの手の動きはまるっきり色気がなく、ただいたわるように優しく撫でまわす。胸をカラムに触られているというとんでもない事態なのに、それよりもカラムのその優しさが心に染み込んできた。

「元々それほど大きくはないから大丈夫だ。最近は板も調節して柔らかくしてるし」

 カラムの心配そうな様子につい余計なことまで言ってしまう。スッと私を覗き込んだカラムは上半身を起こして、腕を引いて私にも同じように起き上がらせる。

「それ脱げよ。ここに来てるときは要らねえだろ。俺はお前が嫌がるなら触らないし、許されるなら触りたい。そんなもん付けててもつけてなくても同じだ」

 そう偉そうに言ったカラムは私の前で腕を組む。
 待て、こいつは今ここで私に自分で脱げというのか?
 そう思いつつ自分の格好を見下ろしてウッと息を呑む。シャツはグシャグシャ、前ははだけて胸あてが変な格好にずり上がってる。これじゃあいっそ脱いだほうが見苦しくない。そう感じた私はため息一つついてシャツと胸あてを一緒に掴んで一気に脱ぎ去った。途端、目の前で腕組みしてたカラムがポカンと口を開いた。
 上半身裸の状態でカラムの目に晒されて非常に居心地が悪い。

「そんなに見るな。言っただろ、どうせ大した代物じゃない」

 そりゃ男性に比べれば胸と言えるものもあるが、普段から剣を振るってきたおかげで胸筋が発達してて決して女性らしい身体とは言えないと思う。たまに街の風呂屋を使っていれば、魅力的といわれるような女性たちの身体とはまるで違うことを自覚せずにはいられない。だからこそあまり躊躇もなく脱いでしまったのだが。
 それでもやはり裸の上半身を晒すのはいささか恥ずかしかった。

「何言ってるんだ? ラス……お前……すげえ綺麗だ……」

 何を世辞を言う、とカッとして見上げると、カラムの壮絶な欲情を灯した視線とかち合った。文句を言うどころか今度はカッと顔に血がのぼる。そんな私から視線を外さずに、ゆっくりとカラムの身体が私に覆いかぶさってくる。背中に腕が回され、肩を抱いてゆっくりと押し倒された。

「駄目だ……もう我慢できねえ」

 そう言って私の唇を奪ったカラムは両手で私の胸を包み込み、今度こそ欲望を滲ませる手付きで私の胸を揉みしだく。
 口を塞がれ、触られたことのない乳房を想像したこともない形に歪まされると身体の中心が熱く燃え上がり、腰の裏のジンとする痺れががひどく切ないものへと変化した。自然と、腕が伸びた。カラムの身体を抱きしめてしまう。途端、カラムの身体がギクリと緊張し、唇を重ねていたカラムが目を開いて、すぐ目の前の私の瞳を問いかけるように見つめながら力強く私を抱きしめた。

「ああ……」

 声が漏れた。何だこれは。幸せだ。すごく幸せだ。カラムに裸で抱きしめられて私はそれまで感じたことのない幸福感にうっとりとしてしまう。

「ラス……愛してる」

 耳元でカラムが呟くとドクンと大きく私の心臓が高鳴った。体中の血液が沸騰して、駆け出したいような衝動が全身を支配する。これまでの人生で感じたことのない高揚感に包まれて、私は目を瞑った。
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