66 / 70
決着の中
しおりを挟む
梁は、別荘の門が粉々に吹き飛ぶのを目の当たりにした。
彼が突然響いた爆発音に混乱するなか、外へ視線を向ける。門の跡から侵入してきたのは、梁にとっても見覚えがある二人で、彼等の襲来自体を梁は予想こそすれ願ってはいなかった。
元傭兵だという日本人と、かつて雇ったボディーガードのアメリカ人。
二人共しっかりと武装しており、アメリカ人に至ってはグレネードランチャーらしきものを手にしている。正面切って戦えば、それでミンチにされるのは簡単に予想がついた。
まだ何が起きたか理解しておらず戸惑っているエレナの腕を掴み、梁は駆け付けてきたガードマン達に後を任せる。
ガードマンといっても、彼等はエレナを届けに来た人身売買組織の構成員と、現地で雇った用心棒であった。しかし、梁が無理を言ってガードマンをやらせていたのである。
梁自身、エレナに関して嫌な予感を感じており、それに備えるためでもあった。
この状況は彼が想像した嫌な予感がまんま形となって現れたものであり、奇しくも予感が敵中したことになる。
畜生、畜生と悪態をつきながら、梁は階段を上がっていく。腕を引っ張られるエレナが痛いと訴えるが、耳を貸さない。
二階に来て、梁は自分の部屋に飛び込んだ。そして、彼はベッド脇にあるキャビネットから護身用であるベレッタの92FSを出す。しかし、石田達は防弾ベストを身に着けている。致命傷を与えられないこと自体、分かりきったことであったが、彼は武器を捨てられなかった。
鍵を閉め、立てこもる。
見つかりませんように、ガードマン達が倒してくれますように。
そんな願いも虚しく、爆発音や銃声がしばらく続いた後に聞こえてきたのは。
「生きてるか?」
「生きてる!」
という、男女のやり取りだった。
ガードマンの中に女はいない。だから、その声の主達が、襲撃者であることは容易に想像できた。
圧倒的な火力で抵抗虚しく蹴散らされたのだ。
エレナを攫った時と違い、石田達を縛るものはなにもない。それに、娘を攫われた石田達が、優しく対応するわけもない。
忍び寄る死への恐怖から、梁は歯をガチガチ鳴らす。銃を握る手も震えている。
しかし、同じ状況、同じ空間にいるのにも関わらず、エレナだけは恐怖を感じていなかった。
梁にとっては死刑宣告にも等しい声だったものが、彼女にとっては天使のラッパにも等しいものだったからだ。
聞き覚えのある声。いや、むしろ聞きたいと心から望んだ声。
彼女は息を吸い込んだ。
「おじさーん!」
息が続く限り、声を出し続けた。
エレナの声を俺の耳は確かに捉えた。
「エレナ……」
俺とイリナは顔を見合わせ、揃って声がする方へ走る。声が聞こえる部屋のドアを叩く。
「エレナ! 俺だ! おじさんだ!」
すると。
「おじさん!」
そう声が返ってきた。ドアを開けようとドアノブを捻るが、回らない。
「下がってろ!」
叫びながら俺はショットガンを蝶番へあてがい、引き金を引いた。木屑が舞う。ポンプを前後させ、赤いシェルを吐き出させる。続けて下の蝶番へと発砲する。
「どいて」
イリナがドアを蹴飛ばして、先陣切って突入していく。
この部屋は寝室なようで、大きなベッドがあり生活感があった。
「く、来るなぁ!」
目の前では、見たことのある男――梁がブルブルと震え、叫びながらこちらに拳銃を向けていた。
だが、そんなことで今更日和るような俺達ではない。イリナは梁の横っ面をビソンの銃床で殴りつけ、床に倒す。
その一発で梁は戦意を喪失したようで、呆然としている。
一応のケリがついた時、部屋の隅から気配を感じた。
「お姉ちゃん!」
イリナに抱きつく白い影。それは、白のネグリジェをまとったエレナだった。様子を見るに、何処も怪我をして無さそうで、病気もしていなさそうだ。
梁は最低最悪のロリコン野郎だが、人への最低限の気配りは出来るらしい。
もっとも、それで許すとかはしないが。ぐちゃぐちゃのミンチが、辛うじて人の形を保っている程度に手加減をするだけである。
「エレナ……」
イリナはしゃがみ込み、その小さな身体を抱きしめる。
「お姉ちゃん……」
感極まったのか、エレナは泣き出した。
彼女は数日の間、自分が何処に居るかも分からず、味方もいないこの状況で今の今まで頑張っていたのだ。泣いたって不思議ではない。
「おじさん……」
エレナの顔が俺に向けられる。俺も泣きそうになるが、堪えて笑ってみせた。
「約束、守ったぞ」
イリナに代わり、俺もエレナを抱きしめる。この瞬間、全ての苦労が報われた気がした。
しかし、まだ事は終わっていない。
「エレナ」
「なに?」
「少しの間、お姉ちゃんと外にいてくれ」
「……分かった」
不安そうな顔をするも、いままではいなかったイリナがいることで安心しているようで、ごねることはなかった。
二人が外に出るのを確認して、俺は梁へ向き合う。
「……『リンカーン』で会って以来だな」
床に転がったままの拳銃を拾い上げ、チャンバーチェックを行う。薬室は空だった。試しに弾倉を抜いてみてみると、弾は満タンだ。どうやら、コッキングしないで構えていたらしい。
余程、慌てていたようだ。
「こ、殺さないでくれ……」
面白味がない命乞いだ。
「あっそ」
俺は適当な返事をして、ベレッタを撃った。
彼が突然響いた爆発音に混乱するなか、外へ視線を向ける。門の跡から侵入してきたのは、梁にとっても見覚えがある二人で、彼等の襲来自体を梁は予想こそすれ願ってはいなかった。
元傭兵だという日本人と、かつて雇ったボディーガードのアメリカ人。
二人共しっかりと武装しており、アメリカ人に至ってはグレネードランチャーらしきものを手にしている。正面切って戦えば、それでミンチにされるのは簡単に予想がついた。
まだ何が起きたか理解しておらず戸惑っているエレナの腕を掴み、梁は駆け付けてきたガードマン達に後を任せる。
ガードマンといっても、彼等はエレナを届けに来た人身売買組織の構成員と、現地で雇った用心棒であった。しかし、梁が無理を言ってガードマンをやらせていたのである。
梁自身、エレナに関して嫌な予感を感じており、それに備えるためでもあった。
この状況は彼が想像した嫌な予感がまんま形となって現れたものであり、奇しくも予感が敵中したことになる。
畜生、畜生と悪態をつきながら、梁は階段を上がっていく。腕を引っ張られるエレナが痛いと訴えるが、耳を貸さない。
二階に来て、梁は自分の部屋に飛び込んだ。そして、彼はベッド脇にあるキャビネットから護身用であるベレッタの92FSを出す。しかし、石田達は防弾ベストを身に着けている。致命傷を与えられないこと自体、分かりきったことであったが、彼は武器を捨てられなかった。
鍵を閉め、立てこもる。
見つかりませんように、ガードマン達が倒してくれますように。
そんな願いも虚しく、爆発音や銃声がしばらく続いた後に聞こえてきたのは。
「生きてるか?」
「生きてる!」
という、男女のやり取りだった。
ガードマンの中に女はいない。だから、その声の主達が、襲撃者であることは容易に想像できた。
圧倒的な火力で抵抗虚しく蹴散らされたのだ。
エレナを攫った時と違い、石田達を縛るものはなにもない。それに、娘を攫われた石田達が、優しく対応するわけもない。
忍び寄る死への恐怖から、梁は歯をガチガチ鳴らす。銃を握る手も震えている。
しかし、同じ状況、同じ空間にいるのにも関わらず、エレナだけは恐怖を感じていなかった。
梁にとっては死刑宣告にも等しい声だったものが、彼女にとっては天使のラッパにも等しいものだったからだ。
聞き覚えのある声。いや、むしろ聞きたいと心から望んだ声。
彼女は息を吸い込んだ。
「おじさーん!」
息が続く限り、声を出し続けた。
エレナの声を俺の耳は確かに捉えた。
「エレナ……」
俺とイリナは顔を見合わせ、揃って声がする方へ走る。声が聞こえる部屋のドアを叩く。
「エレナ! 俺だ! おじさんだ!」
すると。
「おじさん!」
そう声が返ってきた。ドアを開けようとドアノブを捻るが、回らない。
「下がってろ!」
叫びながら俺はショットガンを蝶番へあてがい、引き金を引いた。木屑が舞う。ポンプを前後させ、赤いシェルを吐き出させる。続けて下の蝶番へと発砲する。
「どいて」
イリナがドアを蹴飛ばして、先陣切って突入していく。
この部屋は寝室なようで、大きなベッドがあり生活感があった。
「く、来るなぁ!」
目の前では、見たことのある男――梁がブルブルと震え、叫びながらこちらに拳銃を向けていた。
だが、そんなことで今更日和るような俺達ではない。イリナは梁の横っ面をビソンの銃床で殴りつけ、床に倒す。
その一発で梁は戦意を喪失したようで、呆然としている。
一応のケリがついた時、部屋の隅から気配を感じた。
「お姉ちゃん!」
イリナに抱きつく白い影。それは、白のネグリジェをまとったエレナだった。様子を見るに、何処も怪我をして無さそうで、病気もしていなさそうだ。
梁は最低最悪のロリコン野郎だが、人への最低限の気配りは出来るらしい。
もっとも、それで許すとかはしないが。ぐちゃぐちゃのミンチが、辛うじて人の形を保っている程度に手加減をするだけである。
「エレナ……」
イリナはしゃがみ込み、その小さな身体を抱きしめる。
「お姉ちゃん……」
感極まったのか、エレナは泣き出した。
彼女は数日の間、自分が何処に居るかも分からず、味方もいないこの状況で今の今まで頑張っていたのだ。泣いたって不思議ではない。
「おじさん……」
エレナの顔が俺に向けられる。俺も泣きそうになるが、堪えて笑ってみせた。
「約束、守ったぞ」
イリナに代わり、俺もエレナを抱きしめる。この瞬間、全ての苦労が報われた気がした。
しかし、まだ事は終わっていない。
「エレナ」
「なに?」
「少しの間、お姉ちゃんと外にいてくれ」
「……分かった」
不安そうな顔をするも、いままではいなかったイリナがいることで安心しているようで、ごねることはなかった。
二人が外に出るのを確認して、俺は梁へ向き合う。
「……『リンカーン』で会って以来だな」
床に転がったままの拳銃を拾い上げ、チャンバーチェックを行う。薬室は空だった。試しに弾倉を抜いてみてみると、弾は満タンだ。どうやら、コッキングしないで構えていたらしい。
余程、慌てていたようだ。
「こ、殺さないでくれ……」
面白味がない命乞いだ。
「あっそ」
俺は適当な返事をして、ベレッタを撃った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
徹夜でレポート間に合わせて寝落ちしたら……
紫藤百零
大衆娯楽
トイレに間に合いませんでしたorz
徹夜で書き上げたレポートを提出し、そのまま眠りについた澪理。目覚めた時には尿意が限界ギリギリに。少しでも動けば漏らしてしまう大ピンチ!
望む場所はすぐ側なのになかなか辿り着けないジレンマ。
刻一刻と高まる尿意と戦う澪理の結末はいかに。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる