戦う理由

タヌキ

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 梁は、別荘の門が粉々に吹き飛ぶのを目の当たりにした。
 彼が突然響いた爆発音に混乱するなか、外へ視線を向ける。門の跡から侵入してきたのは、梁にとっても見覚えがある二人で、彼等の襲来自体を梁は予想こそすれ願ってはいなかった。
 元傭兵だという日本人と、かつて雇ったボディーガードのアメリカ人。
 二人共しっかりと武装しており、アメリカ人に至ってはグレネードランチャーらしきものを手にしている。正面切って戦えば、それでミンチにされるのは簡単に予想がついた。
 まだ何が起きたか理解しておらず戸惑っているエレナの腕を掴み、梁は駆け付けてきたガードマン達に後を任せる。
 ガードマンといっても、彼等はエレナを届けに来た人身売買組織の構成員と、現地で雇った用心棒であった。しかし、梁が無理を言ってガードマンをやらせていたのである。
 梁自身、エレナに関して嫌な予感を感じており、それに備えるためでもあった。
 この状況は彼が想像した嫌な予感がまんま形となって現れたものであり、奇しくも予感が敵中したことになる。
 畜生、畜生と悪態をつきながら、梁は階段を上がっていく。腕を引っ張られるエレナが痛いと訴えるが、耳を貸さない。
 二階に来て、梁は自分の部屋に飛び込んだ。そして、彼はベッド脇にあるキャビネットから護身用であるベレッタの92FSを出す。しかし、石田達は防弾ベストを身に着けている。致命傷を与えられないこと自体、分かりきったことであったが、彼は武器を捨てられなかった。
 鍵を閉め、立てこもる。
 見つかりませんように、ガードマン達が倒してくれますように。
 そんな願いも虚しく、爆発音や銃声がしばらく続いた後に聞こえてきたのは。
「生きてるか?」
「生きてる!」
 という、男女のやり取りだった。
 ガードマンの中に女はいない。だから、その声の主達が、襲撃者であることは容易に想像できた。
 圧倒的な火力で抵抗虚しく蹴散らされたのだ。
 エレナを攫った時と違い、石田達を縛るものはなにもない。それに、娘を攫われた石田達が、優しく対応するわけもない。
 忍び寄る死への恐怖から、梁は歯をガチガチ鳴らす。銃を握る手も震えている。
 しかし、同じ状況、同じ空間にいるのにも関わらず、エレナだけは恐怖を感じていなかった。
 梁にとっては死刑宣告にも等しい声だったものが、彼女にとっては天使のラッパにも等しいものだったからだ。
 聞き覚えのある声。いや、むしろ聞きたいと心から望んだ声。
 彼女は息を吸い込んだ。
「おじさーん!」
 息が続く限り、声を出し続けた。

 エレナの声を俺の耳は確かに捉えた。
「エレナ……」
 俺とイリナは顔を見合わせ、揃って声がする方へ走る。声が聞こえる部屋のドアを叩く。
「エレナ! 俺だ! おじさんだ!」
 すると。
「おじさん!」
 そう声が返ってきた。ドアを開けようとドアノブを捻るが、回らない。
「下がってろ!」
 叫びながら俺はショットガンを蝶番へあてがい、引き金を引いた。木屑が舞う。ポンプを前後させ、赤いシェルを吐き出させる。続けて下の蝶番へと発砲する。
「どいて」
 イリナがドアを蹴飛ばして、先陣切って突入していく。
 この部屋は寝室なようで、大きなベッドがあり生活感があった。
「く、来るなぁ!」
 目の前では、見たことのある男――梁がブルブルと震え、叫びながらこちらに拳銃を向けていた。
 だが、そんなことで今更日和るような俺達ではない。イリナは梁の横っ面をビソンの銃床で殴りつけ、床に倒す。
 その一発で梁は戦意を喪失したようで、呆然としている。
 一応のケリがついた時、部屋の隅から気配を感じた。
「お姉ちゃん!」
 イリナに抱きつく白い影。それは、白のネグリジェをまとったエレナだった。様子を見るに、何処も怪我をして無さそうで、病気もしていなさそうだ。
 梁は最低最悪のロリコン野郎だが、人への最低限の気配りは出来るらしい。
 もっとも、それで許すとかはしないが。ぐちゃぐちゃのミンチが、辛うじて人の形を保っている程度に手加減をするだけである。
「エレナ……」
 イリナはしゃがみ込み、その小さな身体を抱きしめる。
「お姉ちゃん……」
 感極まったのか、エレナは泣き出した。
 彼女は数日の間、自分が何処に居るかも分からず、味方もいないこの状況で今の今まで頑張っていたのだ。泣いたって不思議ではない。
「おじさん……」
 エレナの顔が俺に向けられる。俺も泣きそうになるが、堪えて笑ってみせた。
「約束、守ったぞ」
 イリナに代わり、俺もエレナを抱きしめる。この瞬間、全ての苦労が報われた気がした。
 しかし、まだ事は終わっていない。
「エレナ」
「なに?」
「少しの間、お姉ちゃんと外にいてくれ」
「……分かった」
 不安そうな顔をするも、いままではいなかったイリナがいることで安心しているようで、ごねることはなかった。
 二人が外に出るのを確認して、俺は梁へ向き合う。
「……『リンカーン』で会って以来だな」
 床に転がったままの拳銃を拾い上げ、チャンバーチェックを行う。薬室は空だった。試しに弾倉を抜いてみてみると、弾は満タンだ。どうやら、コッキングしないで構えていたらしい。
 余程、慌てていたようだ。
「こ、殺さないでくれ……」
 面白味がない命乞いだ。
「あっそ」
 俺は適当な返事をして、ベレッタを撃った。
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