死人の誘い

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第一話

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 私は、過去に取り憑かれている。
 厳密にいえば、私の目の前で命を落とした恋人に取り憑かれている。

 あれは、何年前だっただろう? 暑い夏の夜のこと。
 その日は、自宅から少し離れた場所で行われていた花火大会が盛り上がっていて、私と恋人の二人、その会場へ足を運んでいた。
 花火大会は大盛況で、屋台もたくさん出ていて、いくつか買い食いをしていた記憶がある。
 あの時の花火は、鮮明なままの記憶として私の中に残り続けている。

 花火大会が終わると、私たちは近所にある24時間営業のファミレスに向かい、そこでグダグダと時間を潰していたのだ。
 
 ――ドリンク飲み放題。
 私は、コーヒーを何杯飲んだだろう? 4時間はそのファミレスにいたと思う。
 店を出るころには、時刻は深夜0時を回っていた。

 まだ、終電に間に合うだろうと高を括っていた私たちは、ダラダラと寄り道をしながら駅へ向かった。
 わざと遠回りして地下横断歩道を通ったり、深夜の公園に侵入してみたり。
 二人にとって、あのどうでもいい時間が、かけがえのない時間だったのだと思う。
 私は、あの頃のあの瞬間が、とても幸せだったと思っている。

 そうして、駅に着く頃には終電がとっくに出てしまった後で、その駅にある時刻表を見る限り、次の電車は午前5時過ぎだった。
 その日の電車は土日祝日ダイヤだったため、大丈夫だと高を括っていた私たちは見事に終電を逃してしまったのだ。
 私たちに残された選択肢は3つ、タクシーを呼ぶ、歩いて帰る、朝まで待つ。

 当然、私たちは、歩いて帰る選択肢を選んだ。
 当時、学生だった私たちには高額になるタクシー代など払えるわけもなく、かといって、朝まで駅で待つほど我慢強くはない。
 必然的に歩いて帰るという選択肢になるのだ。
 だが、今の私であれば、駅で始発を待つという選択肢を、迷わず選ぶだろう。
 そう、何の迷いもなく。

 その時に歩いて帰る選択をした私たちは、スマートフォンで帰りのルートを調べた。
 暗い夜道とはいえ、足元の地面は街頭のぼんやりとした明かりに照らされていて、なんとか見えている。
 私たちは、その心許ない街頭の明りを頼りに、10キロメートルほど離れた自宅まで、歩いて向かうのだ。
 時間にして、約2時間。
 私たちは、『まあ、大丈夫だろう』という、軽い気持ちで家路についたのだ。

 最初の30分ほどは順調だった。
 1時間ほど歩いたところで、私たちは道に迷っているような気がしていた。
 真っ暗な場所にポツンと佇む公衆電話ボックスが心理的な不安を煽り、なにか、得体の知れない恐怖が私を襲う。
 そこに、居るはずのない何者かが、今まさに、その場に居たような、そんな錯覚すらも覚える。
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