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第三章 死

第13話 怒

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今日は致し方なく残業することになってしまった。

徹は慌てて会社を飛び出し、車に乗った。
早く帰らなければならない、最近は車に乗ってから動けなくなることが多いため、それも加味してのことだった。

一息ついて車のエンジンをかける。

ブルン!!

今日は止まることなくエンジンをかけられた。
その勢いのまま駐車場を後にした。

家に着き、車の扉を開けた。
今日は止まることなく外に出ることが出来た。

小走りで走り、玄関の扉を開けた。

「ただいま~!」

家に帰って徹はため息をついた。

「嫌だ!!ふーちゃんのはそっちでしょ!」

「イヤだイヤだ!ふーちゃんの、すくない!」

どうやら灯と風花が喧嘩をしているようだ。
彼女達は一日に三十回は喧嘩する。
いつものことではあるが、ネガティブな感情を撒き散らされるのはいつも疲れる。

徹の足が玄関で止まりそうになる。

このままではダメだと思い、徹は無理やり靴を脱いで居間へと通じる扉を開けた。

「ただいま~」

「おかえり」

明らかにイラついている雪乃のぶっきらぼうなおかえりを聞いて、二人の喧嘩が長引いていることを悟った。

「どうして喧嘩してるの?」

徹の問いかけに灯が答える。

「だってさ~ふーちゃんが同じなのに少ないって言って泣くから」

テーブルの上のお皿にお菓子が乗せられている。
二つのお菓子は均等に入れられている。
お菓子にしろ飲み物にしろ少しの差分もなく提供しなければ、この小さなクレーマー達からクレームが来るからだ。

「ん~同じだよ、ふーちゃん。おんなじ」

お菓子が同じ量入れられていることを風花に伝えるが、パパも敵になったということを理解した風花は思いっきり泣き出し、暴れ出した。

「ずっとこんな感じ、イヤイヤ期なのは分かるけどもう無理だわ」

雪乃は眉間に皺を寄せながら夕食を作っている。

おそらく雪乃もいろいろ試してあやしてみたが効果はなかったのだろう。

徹は灯に耳打ちをすることにした。

「後でもっと沢山お菓子あげるから、今はふーちゃんに少しだけ分けてあげて」

それを聞いた灯は怒り出した。

「え!嫌だ!何で灯がお菓子あげなきゃいけないの!?」

確かにその通りである、しかし、そうしてくれればこの場はおさまるのだが、、、
まだそこまでの状況把握は出来ないか。

そうこうしているうちに風花はお菓子の入ったお皿をひっくり返した。
床にお菓子が散らばり、お皿にお菓子が入っていないことを確認すると更に泣き出した。

「あ~ダメだよ、ふーちゃん」

徹は床に散らばったお菓子を拾う。

「はい、じゃあもうお菓子おしまい!ご飯出来たよ」

雪乃がテーブルに夕食を並べ出した。

「ええ~もうおしまい!?」

「イヤだ、おかし、たべる!」

灯と風花が猛抗議する。

それに対し、雪乃がトドメの一言を言い渡す。

「夕食が出来るまでって言ったよね?ゴチャゴチャ喧嘩して食べなかったあなた達が悪い」

それを聞いて、二人は大泣きし始める。

「洗濯物干してくるわ」

そう言って雪乃は居間をあとにした。

怪獣達の大合唱の中、徹はストレスに耐え忍んでいた。

このネガティブの大放出が一番のストレスである。

「よし、とりあえずご飯食べようか。その後だったらお菓子食べても良いよ」

徹の言葉を聞いて、灯は涙を拭いてご飯を食べ出した。

風花はイヤイヤモード継続中によりまだ泣いている。

「分かった分かった、パパが食べさせてあげるから」

風花は一人で食べられるようになったのだが、最近は甘えることを覚え、食べさせてもらわなければ食べない。

徹は椅子に座って風花の食事介助を開始する。

「イヤだ、ママがいい、マ~マ~」

風花は相変わらず泣きながらイヤイヤを撒き散らしている。

「ママ今お仕事中だから、パパでも良いでしょ?」

「イヤだ、イヤだ~!」

最近はいつもこうだ、だからといって雪乃が食事介助をしたところでイヤイヤモードは解除されない。
雪乃のためにもここはパパである徹がこのイヤイヤを引き受けよう。

そう思った時、風花がわざと味噌汁の入ったお椀をぶん投げ、徹の顔は味噌汁まみれになった。

その瞬間、徹の中で何かが弾けた。
檻の扉が開かれ、中から眠っていた猛獣が飛び出したかのようだった。

「テメェいい加減にしろよ!!」

徹は片手で風花の胸ぐらを掴み、子供用チェアから引き摺り下ろした。
そのままソファに叩きつけ、顔を近づける。

「いいか、よく聞け!お前が飯を食おうが食わまいが知ったこっちゃねぇんだよ、でも俺はお前の親だから、奴隷のようにお前に従ってやってんだ!王様か女王様か何か知らねぇけどな、誰だって我慢の限界がある!お前は味噌汁を作れるのか?盛り付けられるのか?無理だろうが!何も出来ないからやってもらってんだろうが!その恩を仇で返すような奴は飯を食うな!何も求めるな!俺はお前に従わないことだって出来るんだぞ?俺はお前の奴隷じゃない!勘違いするな!このクソガキ!」

徹の怒鳴り声に驚いた雪乃が居間へと駆け込んできた。

「何があったの!?」

味噌汁だらけの徹が風花の胸ぐらを掴み、ソファに押し付けている。

そして怯えた様子の灯が泣き出した。

「おしっこ漏らしちゃった、、ごめんなさ~い、
うわぁーん怖かったよぉ~」

それを聞いた徹は灯に詰め寄る。

「おしっこはどこでするんだ?シャワーで身体を洗って、自分が汚した床を自分で拭け、分かったか」

「うわぁーん」

「泣くな!返事は!?」

「ぁあ~怖いよぉ」

徹の怒る様を見兼ねた雪乃が割って入る。

「何をそんなに怒ってるの!?もっと言い方を考えてよ!」

雪乃のためにやってるんだぞ。
心の中で沸々と煮えたぎる何かがあった。

「お前のためにこいつらの奴隷になってんだ!」

その言葉を聞いた雪乃の表情が歪んだ。

「奴隷って何!?あなた頭おかしいんじゃないの?」

「おかしいのはお前だ!何故俺がいつも悪者になる!?何故家族のために動けば動くほど傷付けられる!?こいつらにとってはママが正義でパパが悪者だ!何をどうしたってその価値観は変わらない!子育てを頑張れば頑張るほど雪乃は俺を蔑む!こんなことなら俺は関わりたくない、頑張りたいと思えない!」

「あ、そう!じゃあ何もやらなくて良いわ」

そう言われたのを最後に、徹は一人二階に駆け上がった。
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