上 下
157 / 229
マイケルの自空間編

第157話 南風のコヘ

しおりを挟む
北とは違って南には自然が広がっている。

深い竹林の上を風迅速で超える、開けた場所へと出たトゥールは愕然とした。

遠くに見える小さな村と、それをひと踏みで潰してしまえるほどの巨大な蟲の妖魔がいたからだ。

トゥール「あれが大型、、、、、あんなにも大きいのか」

その村へと辿り着いた時、一人の風の刃らしき者が弓を構えていた。

矢はなく、風を手に集めて放とうとしているようだ。

周囲の風がとてつもない勢いで彼の手の中へと引き込まれていく。

こんなに多量の風を扱えるということは、彼が南風のコヘなのだろう。

トゥール「待て!!お前がそれを放てば、村人達はどうなる!?」

トゥールは彼の風を集める手首を掴んだ。

コヘ「君は誰で、何故そんなことを気にする?」

目鼻立ちのクッキリとした端正な顔をこちらへと向けた。

トゥール「俺は風の刃の一人。お前は南風のコヘだろう?相手は大型だ、ここを戦場にしてはいけない!人が死んでしまう」

コヘ「戦場?」

トゥール「そうだ、あの巨大な妖魔と戦うのだから村は荒れてしまうだろう」

コヘ「戦場にはならないよ、何もなくなるだけ」

トゥール「どういうことだ?」

コヘ「一撃で仕留めるから」

トゥール「あの巨体を一撃で!?」

コヘ「うん、まぁそこで見とき」

トゥールは改めてその手を掴んだ。

トゥール「待て待て待て!!だとしたらもっとダメだ、場所を変えてくれ!!」

コヘ「何しよる」

トゥール「罪のない村人達が死んでしまう!!」

コヘ「はぁ、、、面倒くさいな」

コヘは大きくため息をついて、矢を引き絞った。

トゥール「どうして風の刃は皆そうなんだ!!どうして人の命を軽視する!!」

コヘ「強射、、爆風、、、雲海」

コヘは風で構築した矢を放った。

矢は巨大な蟲の腹の下へと飛び、爆発した。

風が竜巻のようになり、上昇気流を作り出す。

蟲は腹の下から押し上げられるのを拒み、羽を広げて空へと飛び出した。

トゥール「仕留め損ねたのか。俺がやる!」

トゥールが風迅速で空へと向かおうとしたその時。

コヘ「強射、、、旋風、、、魔王」

時が止まったかのように全ての風が一瞬にしてコヘの手中へと消えていった。

そこから放たれた一撃は真っ直ぐに空中の蟲へと伸びていく。

そして蟲の胴体を貫くのと同時に、蟲は爆散した。

その矢の直線状の雲は大きく穴が開き、ドーナツ状に変形している。

コヘ「これで良いんでしょ」

トゥール「お、、、おおお!!!、、、お前、良い奴だな!!!」

トゥールは感動した様子でコヘの肩を叩いた。

コヘ「面倒なことが嫌いなだけさ。妖魔はいなくなったし、俺は帰るよ」

コヘはあくびをしながら帰ろうとしている。

その時、村から悲鳴が聞こえた。

よく見ると、爆散した蟲は人と同じサイズになり、村を襲っていた。

トゥール「あの妖魔、まだ生きている。コヘ!!二人で村を救うぞ!」

コヘは気乗りしない様子である。

コヘ「次は魔王で村ごと消すよ。流石に面倒だ」

トゥール「いやダメだ!!だったらもう帰ってくれ、俺が一人で何とかする」

トゥールは高速で動き、蟲を一匹ずつ撃退していく。

コヘ「お~随分速い風迅速だ」

コヘはトゥールのスピードに感心していた。

トゥールは全力を出し、一人でも多くの村人を救おうと奮闘している。
小さくなった蟲を倒すのは難しいことではなかった。

だが数が多すぎる。

斬っても斬っても周りには蟲がいる。

トゥールはタケルの技を思い出していた。

あの技を使えば、一掃できるかもしれない。

しかし、家屋ごとぶった斬ってしまうだろう。

トゥール「居合、、、、旋風、、、」

トゥールは意を決して刀を握った。
風が鞘の中へと吸い込まれていく。

トゥール「獺祭!!!」

刀を抜くと蟲たちが真っ二つになり、緑色の液体が飛び散った。

生憎、道は真っ直ぐに続いていて家屋はない。

タケルは周り全てのモノを斬った。

でもこの技はコントロール出来る。

範囲を絞れば敵のみを斬ることが出来る。

そう確信した。

しかしまだ蟲達は蠢いている。

家屋がある方へ獺祭は使えない。

一匹ずつ倒すしかない、そう思った時。

コヘが歩いてやってきた。

トゥール「帰ってなかったのか?」

コヘ「村外へと逃げた蟲を片付けてきた。あとはここにいる妖魔を倒せば俺の仕事は終わる」

トゥール「そうか、ありがとう。じゃあもう少しだけ待っていてくれ」

コヘ「曲射、、、暴風、、、霧島」

コヘは空へと矢を放った。

すると矢は風の杭となり落ちてきた。
家屋を傷付けることなく、正確な位置に正確な数の矢が降り注ぎ、蟲達を一掃した。
蟲達は霧となって消えた。

トゥール「、、、すげぇ、、、、、コヘ、あんた凄いよ。天才かよ!!!」

コヘ「こうでもしないと、きっと君は俺を怒る。面倒事が嫌いなんだよ」

一瞬にして静けさを取り戻し、村人達が外へと出てきた。

「ありがとうございます、、、ありがとうございます!!」

無傷とはいかないものの、死者はいなかった。

村人達は地に額をつけて礼をしている。
所謂土下座というものである。

トゥール「いやいや、風の刃として当然のことをしたまでです。皆さん顔を上げてください」

村人達はそれでも顔を上げることはなかった。

グ~~~~

その時、コヘのお腹が鳴った。

コヘ「さて、ご飯の時間だ。帰ろう」

「もしよろしければ、、、、」

村人の一人が声をかけた。

「採れたての山菜があるんです。お礼に食べていってください」

コヘ「俺は遠慮し」

トゥール「いいんですか!?頂きます!!!」

トゥールは半ば強制的にコヘを村人の家へと連れ込んだ。

お礼にと村人達は各々の家から食料を持ち出し、最終的に大人数での食卓となった。

トゥール「せっかくなら皆で食べましょう!!流石に二人じゃ食べきれないもんで」

結局大勢で宴会のようにな形になった。
昼間から酒を飲み、採れたての山菜や米を食し、満腹になったトゥールとコヘは村を出た。

「ありがとうございました!!また楽しいお話を聞かせてください!!何もないところですが、また来てください!!」

村人達は笑顔でトゥールとコヘを見送った。

トゥール「ご馳走様でした!!また来ます!!」

トゥールも笑顔で手を振った。

コヘ「はぁ~」

コヘは食べ過ぎて苦しそうである。

トゥール「いやぁ、食ったなぁ」

腹をさすりながら歩くトゥールに、コヘが立ち止まって話し始めた。

コヘ「俺は風の刃の名家に生まれ、生まれた頃から花の城で過ごしている。城の外の飯なんて食べたことがなかった」

トゥール「そうなのか」

コヘ「色とりどりに飾られた豪勢な食事が当たり前だった。あんな質素な料理は民衆の食う物で、俺の口には合わないと思っていた」

トゥール「んで、今日実際に食ってみてどうだった?」

コヘはニッコリと笑って答えた。

コヘ「あんな美味いもん、食ったことないや」

トゥール「はっはっは!!だろ?俺も城の飯よりも街で食べるものの方が好きなんだ」

コヘ「違いない、それに村人達との会話。あんな温かみが城の外にあるなんて思いもしなかったよ」

トゥール「そうだろ?妖魔を倒すのも大切だけど、俺はあの笑顔を守らなきゃいけないと思うんだ」

コヘ「風の刃にそんなことを考える奴がいるなんてね。君名前なんだっけ?」

トゥール「トゥールだよ、覚えてくれよ」

コヘ「トゥールだな、覚えた」

トゥール「お前はコヘだな。言いにくいが、コヘは風の刃では酷評だぞ?」

コヘ「だろうね。でも巫女様からも大型の討伐のみで良いって言われてるし、ミドリが南を取り仕切ってくれてるし、文句を言われる筋合いはないと思うんだけどなぁ」

トゥール「話を聞く限り、クソ野郎だなと思っていたけど、実際会ってみて思ったよ。南風のコヘは変わってるけど、良い奴だって」

トゥールは心からそう思った。

コヘ「俺を良い奴呼ばわりするのは、トゥールくらいなもんだ。ふあぁ~俺は眠い。帰って寝るとするよ」

トゥール「よし、じゃあ都まで競争しようぜ」

コヘ「俺が見る限り、トゥールの風迅速は風の刃の中で最も速い。俺に勝ち目はないだろうからやめておくよ」

二人は笑いながら花の都へと帰った。





しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

理想とは違うけど魔法の収納庫は稼げるから良しとします

水野忍舞
ファンタジー
英雄になるのを誓い合った幼馴染たちがそれぞれ戦闘向きのスキルを身に付けるなか、俺は魔法の収納庫を手に入れた。 わりと便利なスキルで喜んでいたのだが幼馴染たちは不満だったらしく色々言ってきたのでその場から立ち去った。 お金を稼ぐならとても便利なスキルじゃないかと今は思っています。 ***** ざまぁ要素はないです

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

移転した俺は欲しい物が思えば手に入る能力でスローライフするという計画を立てる

みなと劉
ファンタジー
「世界広しといえども転移そうそう池にポチャンと落ちるのは俺くらいなもんよ!」 濡れた身体を池から出してこれからどうしようと思い 「あー、薪があればな」 と思ったら 薪が出てきた。 「はい?……火があればな」 薪に火がついた。 「うわ!?」 どういうことだ? どうやら俺の能力は欲しいと思った事や願ったことが叶う能力の様だった。 これはいいと思い俺はこの能力を使ってスローライフを送る計画を立てるのであった。

【完結】婚約破棄したら『悪役令嬢』から『事故物件令嬢』になりました

Mimi
ファンタジー
私エヴァンジェリンには、幼い頃に決められた婚約者がいる。 男女間の愛はなかったけれど、幼馴染みとしての情はあったのに。 卒業パーティーの2日前。 私を呼び出した婚約者の隣には 彼の『真実の愛のお相手』がいて、 私は彼からパートナーにはならない、と宣言された。 彼は私にサプライズをあげる、なんて言うけれど、それはきっと私を悪役令嬢にした婚約破棄ね。 わかりました! いつまでも夢を見たい貴方に、昨今流行りのざまぁを かまして見せましょう! そして……その結果。 何故、私が事故物件に認定されてしまうの! ※本人の恋愛的心情があまり無いので、恋愛ではなくファンタジーカテにしております。 チートな能力などは出現しません。 他サイトにて公開中 どうぞよろしくお願い致します!

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

処理中です...