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第3章 夢よもういちど

3-30.第19の願い 楊・ヤングマン

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 「そっ、その程度ってなんですか!? センパイの策はスゴイってあなたでもわかるでしょ! 無効化出来ないのよ!キャンセルできないんですよ! この会社をのっとっちゃうんだから!」

 エゴルトがこの”祝福レース”で他の”祝福者”より圧倒的に優れている部分、それは金と地位と権力。
 それが今、に”祝福”の力で買収されようとしている。
 しかも、それは最後の株が藤堂の手に渡るまで終わることはない。
 少しでも投資をかじった者であったなら、それがどれだけ日数がかかることかわかるだろう。
 最低でも数か月は必要、長引けば年単位での時間を要する。
 その間、願いは届けられたが、叶っていない状態が続くのだ。
 願いが一度叶ったのなら、それを他の”祝福”で取り消すことは可能。
 だが、を取り消すことは出来ない。
 出来たとしても『叶えていないじゃん、もう一度』が成り立ってしまう。
 だが、金と地位と権力を失いつつあっても、エゴルトは余裕の表情を崩さない。

「思ったよりはいい”祝福”の使い方だ。聖痕スティグマにディレイをかける所もいい。だが、結局は君は僕の敵じゃなかったということか」
「どういうことだ」
「君は設定時間を間違えたのだよ。この会見はもっと早くするべきだった。アーシーが”祝福”を使う前にね」

 エゴルトはアーシーの方をチラリと見て、凛悟の方を向き直すとフッと鼻を鳴らす。
 馬鹿にするように。

「どうかしら? アタシは貴方の方が不利に見えるけど。なにせ、このアタシが凛悟クンの方に味方した方がメリットありそうと思っているからね。あと、ショージキ貴方は好きになれそうにないわ。アタシのATMファンのお礼もしなくちゃね!」

 暴力という基準で判断するならば、今、一番なのは彼女、逸果いつかみのり
 そして、彼女の狙いはさらにある。
 エゴルトが死ねばその”祝福”はランダムで誰かに移る。
 それが彼女のATMファンであるなら、それは彼女が搾取出来るのだ。
 彼女は自身の判断の早さを己の美徳のひとつだと自負していた。
 見限るのが早いともいうが。

 ATMファンの筋力を搾取した超スピードの拳がエゴルトに迫る。
 だが、その拳はエゴルトの顔面に届く前にピタリと止まる。

「どうして!?」
「その程度もわからないのかい? 股だけでなく頭も緩いようだね、君は」

 目の前で止まり続ける連続パンチ、それをそよ風でも楽しむようにエゴルトは眺める。

「第18の願いだ! それのせいで君は約束を強制させられている!」

 凛悟の言葉にみのりは思い出す、この”本”が本物だったらエゴルトに攻撃しないと約束したことを。

「そういうことね! なら!」

 判断の早さは己の美徳、頭の回転の速さだって負けていない。
 直接攻撃が無理なら、間接的に倒すまで!
 全てのATMファンの筋力を拳にのせ、みのりはフロアごと破壊しようと床へと拳を振り下ろそうとする。

「それは困るな」

 バチッ

 集蛾灯で虫が弾けるような音と肉を焦がしたような臭いが広がり、みのりの身体が硬直する。
 その身体からは1本のワイヤが伸びていた。

「君用にカスタムメイドしたテーザーガンだよ。君が超人的な身体能力があろうと筋肉を動かす電気信号が乱されたらどうしようもないだろ」

 テーザーガンを手にしたエゴルトはニヤリとわらうと、その本体を床のコンセントに繋げる。

「アッ、ガッ、ガガガガガッ」

 さらに強くなった電圧にみのりの身体が痙攣けいれんを始め、彼女はバランスを崩し倒れ込む。

「そして駄目押しだ」

 トドメとばかりにエゴルトはテーブルに飾られていたカクテルタワーを盆ごと投げつける。
 ガシャーンとグラスが砕け、みのりと絨毯を濡らす。

「アーッ! アビッ! アビィガガガァ!!」

 痙攣は増々強くなり、その肌を割れたグラスが朱に染めていく。

「ひどい……、やめて!!」
「そうはいかない。僕は僕の敵には容赦しないタイプでね。だが、このままにするのもマズイ。ブレーカーが落ちるかもしれないからね」

 エゴルトはスマホを取り出すと、それをポチポチと操作し、少し離れたテーブルの男に向かって口を開く。

「凛悟君、君は勘違いしているようだが僕には十分な個人資産をもっているのだよ。ヤン君、約束通り君の口座に1000万ドル入金した。約束を果たしてもらおう」
「や、約束とは?」
「もちろん”祝福”を僕の言う通りに使うという約束だ。こう願いたまえ『エゴルト・エボルトに永遠の若さを授け、今後、事件・事故・病気で傷ついたり命を落とすことがないようにしてくれ。なお、この願いや夢やタイムリープなどのあらゆる運命改編の影響で無効化されない』と」

 ヤンと呼ばれた男はその願いにホッと胸をなでおろす。
 彼も馬鹿ではない、この話の流れで約束を強制されることはわかっていた。
 エゴルトの願いは普通の手段では決して手に入らないものであったが、無体なものではない。
 まだ、彼が考える常識の範囲内で、また許容できる範囲内であった。

「わ、わかりました」

 楊はほんの少し目を閉じると心の中で願う、エゴルトの願いを。

『その願い、聞き届けた』

 彼がその言葉を聞き、再び目を開いた時、異変が訪れた。
 エゴルトの顔の皺が無くなり、肌にハリが生まれ、その身体はひとまわりがっしりとしていく。

「いいぞ! 久々に感じるこの感触! そうだ、そうだった、若いころはこんな感じだったなぁ!」

 身体にみなぎる高揚感を受け、エゴルトは高く笑う。

「おめでとうございます。エゴルト様」

 レセプションルームの扉が開き、パチパチと拍手をしながら秘書のレイニィが現れる。

「レイニィ君か、その恰好はどうした?」
「大きいネズミが侵入しただけですわ。始末しておきました」
「そうか、ご苦労」

 レイニィは軽いお辞儀でそれに応える。
 
「さて、凛悟君。これで僕の勝ちだ。これでもう誰も僕を傷つけられないし、僕は偶然の事故で命を落とすこともない。無敵になったんだよ、僕は」
「たとえそうだとしても、お前の罪が消えたわけじゃない。傷つけないように確保することだって出来るはずだ」
「そこの僕の元部下を使ってかい? そいつは無理だ」
「ポケットマネーで買収でもするつもりか? 資金力はこっちの方があると思うぜ。それに俺は彼らを守るつもりだ。お前の罪を暴くのと引き換えに彼らの身を守る司法取引の手筈てはずを整えることで」

 張り合うように凛悟はエゴルトに向き合う。

「なるほど、やはり君はあなどれないな。”祝福”を使ってしまっていても、僕を十分おとしいれる才覚がある。やはり確かめる必要があるな」
「何をだ」
「約束強制がどこまでのものかをだ」

 エゴルトは壁に立ち並んでいる部下たちをグルリと見渡す。

「君たち、今までご苦労だった。おぼえているかね、君たちがスペシャルとして配属された時、僕の命令に何でも従うと宣言したことを」

 嫌な予感がした。
 この上ない嫌な予感を凛悟は感じていた。

「その約束を履行する時が来た。さあ、自害したまえ」
「ノー! ノー! ボス!」
「ノーは受け付けない、君たちは僕の敵になりうる。僕は僕の敵には容赦はしないことを君たちはよく知っているはずだ」
「ノー! ノォー! ヤメテクダサイ! ボス!」

 給仕服の男たちは何かに抵抗するように腕を抑えていたが、その身体は本人の意志とは別に懐から銃を取り出す。
 凛悟の横からパンッと乾いた音と、生温かい液体が降り注いだ。

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