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第1章 夢のおわり
1-21.地下の攻防 鈴成 凛悟
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ピチョン
あの時、最初に声を上げた日本人、鈴成凛悟は地下に逃げ込んでいた。
同行していた蜜子と藤堂も一緒に。
「あんちゃん、冴えとんなぁ。マンホールの中に逃げ込むとは」
「センパイはいつだって冴えてます」
凛悟の判断は誰よりも早かった。
まず、恐竜出現を”祝福”によるものだと見切った。
次に、人々がパニックに陥り、周囲のビルに逃げ込もうとした時、群衆の多さからそれを一瞬で諦めた。
そして、次善の策として地下へ、マンホールの中へ避難したのだ。
「ようあんなに早う気付いたな。あの恐竜が”祝福”によるものやて」
「わかるさ、ブラキオサウルスの色やステゴサウルスの模様が図鑑と違ったからな」
「そういやそうやな。ブラキオサウルスは真っ黒やったし、ステゴサウルスは赤と茶の縞模様やったね」
「あのパンダっぽいのは、多分ティラノサウルスよね。へんなの」
ふたりの言う通り、現れた恐竜たちは一般によく知られている復元図とは大きく違った。
パレードのショーと人々が勘違いしてもおかしくないほどに。
「でも、センパイ。どうして図鑑と違うことと”祝福”が使われたことがつながるんですか?」
「図鑑と違うということは、あの恐竜たちは俺達が、考古学者ですら知らない本当の姿だと考えるのが妥当だからな。それを知っている、知り得る存在はひとつだろ」
「神様ですね」
ポンと手を叩き、蜜子は納得の表情を浮かべる。
「誰が何のためなのかはわからないが、おそらく『恐竜の復活』でも願ったのだろう。だとすると……」
カンカンカンと梯子を昇り、凛悟はマンホールの蓋を少し開けてあたりを見る。
見えたのは大量の脚。
鶏の脚の十倍はある細く鋭い脚と爪が周囲を埋め尽くしていた。
そして、凛悟の目と脚の主の目が、爬虫類の縦長の瞳が合った。
カカカカカン。
足早に梯子を下りると、凛悟はふたりに向かって首を振った。
「ダメだ。地上は恐竜がうじゃうじゃいる。チラッと脚が見えたが、あの鉤爪はデイノニクスだな」
「さっすが恐竜博士。よく知っとっと。そりゃ厄介なやつろ」
「そのデイノニクスって強いの? 警察だったら何とかならない? ほら、映画みたいにバババババンッって」
「正確な強さはわからないが、警察は期待しない方がいい。銃声は聞こえなかった」
3人がマンホールに逃げ込んだ時、最初は銃声やサイレンの音が聞こえていた。
だが、しばらくすると音は聞こえなくなり、今は全く銃声聞こえない。
そこから考えられる理由はふたつ。
全滅しているか、避難所を守っているかだ。
凛悟は後者であって欲しいと思ったが、だとしてもこのマンホールまで助けに来てくれる可能性は低い。
「警察は近くにおらんみたいやな。だったら、どうしたもんかね」
「やっぱり”祝福”で奇跡でも起こすしかないでしょうか」
「いや、”祝福”は最後の手段だ。まずはやれることをしよう」
「やれることって?」
蜜子の問いに凛悟は下水道の先を指す。
「この水の流れの先は浄水場で、その先はミズーリ川だ。そこまで行けば少なくともスマホの電波が入る。そこで情報を集めて安全な場所へ向かおう。とにかく今は情報が欲しい」
「せやね、ひょっとしたら誰かが”祝福”で何とかしてくれはるかもしれんし」
「それよりも、こんな臭い所はもう嫌です。上がダメなら横から行きましょう」
「決まりだな」
3人はスマホのライトを頼りに下水道を進み始めた時、
ガシャゴーン!! カラララララ
後方で重たい金属が落ちて回る音が聞こえた。
「ワイ、嫌な予感がするっちゃけど。あの音、マンホールの蓋が落ちた音に似とらん?」
「ち、ちがうわよ。あれは藤堂さんの屁の音じゃない。やーねーもう」
「そっか、ワイの屁か。うんうん、くっさいなぁ」
ピシャ、ピチャ
キキッ、チチチチチチ
今度は後方から水音と鳥のさえずるような音が聞こえる。
蜜子は鳥は恐竜から進化したという話を思い出した。
「ねえ、あたしも嫌な予感がするんですけど。あの声、恐竜の鳴き声じゃありません?」
「違うと思うで。あれは蜜子はんの屁が反響した音やなか。屁のソプラノボイスや」
「そっか、あたしのリフレクトプーピーでしたか、……ってんなはずないでしょ!!」
「ふたりともバカ話はそこまでだ。走れ!」
「い、いわれなくても~!」
「い、いわれたから~!!」
凛悟に背中を押されたふたりは下水道を走り、凛悟が殿を務める。
キチッ、チッ
背中に乗ってきた小型犬サイズの恐竜の脚をムンズと掴み、凛悟はそれを叩き落とす。
「恐竜博士、今のは何なん?」
「おそらくラプトル系の小型肉食恐竜だろう。アジアならミクロラプトルの化石が発掘されているが、北米にも似た種が生息していたのかもな」
凛悟は走りながら再び襲って来た小型恐竜をはたき落とす。
「解説あんがとさん。ワイ知ってるで、こういうヤツは小さいと思って油断してると、集団で襲ってくるタイプや」
「そんなこと言わないで。フラグが立っちゃうじゃない」
ふたりが嫌な予感に後ろを振り向き、その嫌な予感が的中したと思った時、
「前を見ろ! 滝だ!」
「こんなとこに滝なんてあらうわぅ!?」
「やだもうセンパイ。地下に滝なんてへぇ!?」
ふたりがそう言った時、その足が宙に浮いた。
そこに道はなかった。
それは滝ではなかった。
下水道の傾斜は水の勢いを激しくしないため、緩やかになっている。
だが、それでは処理場までの高低差に足りないため、所々に滝のような大きな段差と、水を受け止めるプールがあるのだ。
ふたりが落下したのはその段差。
「つかまれ! 蜜子!!」
ガシッ
パシッ
グッ
凛悟の手が蜜子の手首を掴み、蜜子は凛悟の手を握り返した。
同時に藤堂の手も凛悟のシャツを掴んでいた。
「ちょ、離れて下さい! センパイはあたしのですから!」
「そんな殺生な。ちょっとくらい分けてくれてもええやん」
ふたりの重量に引かれ、凛悟は膝を付く。
そして、残った手を段差の縁につっかえさせて耐える。
下のプールまで約5メートル。
死ぬ高さではないかもしれない、だが怪我をしない高さではない。
「ぐっ、は、はやく」
「ほら、センパイが苦しがっていますよ。藤堂さん、早く上がってセンパイを楽にして下さい! あたしは少しは耐えれますから」
もしぶら下がっているのが蜜子ひとりだったら凛悟は軽々と彼女を引き上げていただろう。
それだけの膂力があることを蜜子は知っている。
だが、ふたりは無理だ。
「む、むりや! ワイは懸垂なんて1回も出来たことないとよ!」
「少しはダイエットでもして下さい! 今ここでやせて下さい!!」
「そんな後生な! あんちゃんはそんな無体なこと言わんよな」
「安心しろ。俺達は仲間だ。この力が尽きるまで見捨てたりしない。ふたりともな」
支えていた腕は既に曲がり、地面に寝そべる形で凛悟は何とか耐える。
「センパイ……、カッコイイ!!」
「ほれてまうやろがー! ミッコはん、あんちゃんが力尽きる前によじ登るんや! そしてふたりでワイを引き上げてな!」
「わ、わかりました!」
持てる限りの握力と腕力で蜜子は凛悟の腕をよじ登る。
よじ登る蜜子の顔と支える凛悟の顔が触れ合うまで接近した時、凛悟の口が開いた。
「蜜子、今だから、お前に言うことがある」
その真剣な眼差しに高鳴っていた蜜子のハートはさらにエスカレートした。
「えっ!? なに!? ひょっとして愛の告白ですか!? ロマンチックでアスレチックな!?」
「力尽きた。すまん」
「……はい?」
寝そべってた凛悟の上体がズルリと滑り、3人はひとかたまりとなって水面に落ちていった。
あの時、最初に声を上げた日本人、鈴成凛悟は地下に逃げ込んでいた。
同行していた蜜子と藤堂も一緒に。
「あんちゃん、冴えとんなぁ。マンホールの中に逃げ込むとは」
「センパイはいつだって冴えてます」
凛悟の判断は誰よりも早かった。
まず、恐竜出現を”祝福”によるものだと見切った。
次に、人々がパニックに陥り、周囲のビルに逃げ込もうとした時、群衆の多さからそれを一瞬で諦めた。
そして、次善の策として地下へ、マンホールの中へ避難したのだ。
「ようあんなに早う気付いたな。あの恐竜が”祝福”によるものやて」
「わかるさ、ブラキオサウルスの色やステゴサウルスの模様が図鑑と違ったからな」
「そういやそうやな。ブラキオサウルスは真っ黒やったし、ステゴサウルスは赤と茶の縞模様やったね」
「あのパンダっぽいのは、多分ティラノサウルスよね。へんなの」
ふたりの言う通り、現れた恐竜たちは一般によく知られている復元図とは大きく違った。
パレードのショーと人々が勘違いしてもおかしくないほどに。
「でも、センパイ。どうして図鑑と違うことと”祝福”が使われたことがつながるんですか?」
「図鑑と違うということは、あの恐竜たちは俺達が、考古学者ですら知らない本当の姿だと考えるのが妥当だからな。それを知っている、知り得る存在はひとつだろ」
「神様ですね」
ポンと手を叩き、蜜子は納得の表情を浮かべる。
「誰が何のためなのかはわからないが、おそらく『恐竜の復活』でも願ったのだろう。だとすると……」
カンカンカンと梯子を昇り、凛悟はマンホールの蓋を少し開けてあたりを見る。
見えたのは大量の脚。
鶏の脚の十倍はある細く鋭い脚と爪が周囲を埋め尽くしていた。
そして、凛悟の目と脚の主の目が、爬虫類の縦長の瞳が合った。
カカカカカン。
足早に梯子を下りると、凛悟はふたりに向かって首を振った。
「ダメだ。地上は恐竜がうじゃうじゃいる。チラッと脚が見えたが、あの鉤爪はデイノニクスだな」
「さっすが恐竜博士。よく知っとっと。そりゃ厄介なやつろ」
「そのデイノニクスって強いの? 警察だったら何とかならない? ほら、映画みたいにバババババンッって」
「正確な強さはわからないが、警察は期待しない方がいい。銃声は聞こえなかった」
3人がマンホールに逃げ込んだ時、最初は銃声やサイレンの音が聞こえていた。
だが、しばらくすると音は聞こえなくなり、今は全く銃声聞こえない。
そこから考えられる理由はふたつ。
全滅しているか、避難所を守っているかだ。
凛悟は後者であって欲しいと思ったが、だとしてもこのマンホールまで助けに来てくれる可能性は低い。
「警察は近くにおらんみたいやな。だったら、どうしたもんかね」
「やっぱり”祝福”で奇跡でも起こすしかないでしょうか」
「いや、”祝福”は最後の手段だ。まずはやれることをしよう」
「やれることって?」
蜜子の問いに凛悟は下水道の先を指す。
「この水の流れの先は浄水場で、その先はミズーリ川だ。そこまで行けば少なくともスマホの電波が入る。そこで情報を集めて安全な場所へ向かおう。とにかく今は情報が欲しい」
「せやね、ひょっとしたら誰かが”祝福”で何とかしてくれはるかもしれんし」
「それよりも、こんな臭い所はもう嫌です。上がダメなら横から行きましょう」
「決まりだな」
3人はスマホのライトを頼りに下水道を進み始めた時、
ガシャゴーン!! カラララララ
後方で重たい金属が落ちて回る音が聞こえた。
「ワイ、嫌な予感がするっちゃけど。あの音、マンホールの蓋が落ちた音に似とらん?」
「ち、ちがうわよ。あれは藤堂さんの屁の音じゃない。やーねーもう」
「そっか、ワイの屁か。うんうん、くっさいなぁ」
ピシャ、ピチャ
キキッ、チチチチチチ
今度は後方から水音と鳥のさえずるような音が聞こえる。
蜜子は鳥は恐竜から進化したという話を思い出した。
「ねえ、あたしも嫌な予感がするんですけど。あの声、恐竜の鳴き声じゃありません?」
「違うと思うで。あれは蜜子はんの屁が反響した音やなか。屁のソプラノボイスや」
「そっか、あたしのリフレクトプーピーでしたか、……ってんなはずないでしょ!!」
「ふたりともバカ話はそこまでだ。走れ!」
「い、いわれなくても~!」
「い、いわれたから~!!」
凛悟に背中を押されたふたりは下水道を走り、凛悟が殿を務める。
キチッ、チッ
背中に乗ってきた小型犬サイズの恐竜の脚をムンズと掴み、凛悟はそれを叩き落とす。
「恐竜博士、今のは何なん?」
「おそらくラプトル系の小型肉食恐竜だろう。アジアならミクロラプトルの化石が発掘されているが、北米にも似た種が生息していたのかもな」
凛悟は走りながら再び襲って来た小型恐竜をはたき落とす。
「解説あんがとさん。ワイ知ってるで、こういうヤツは小さいと思って油断してると、集団で襲ってくるタイプや」
「そんなこと言わないで。フラグが立っちゃうじゃない」
ふたりが嫌な予感に後ろを振り向き、その嫌な予感が的中したと思った時、
「前を見ろ! 滝だ!」
「こんなとこに滝なんてあらうわぅ!?」
「やだもうセンパイ。地下に滝なんてへぇ!?」
ふたりがそう言った時、その足が宙に浮いた。
そこに道はなかった。
それは滝ではなかった。
下水道の傾斜は水の勢いを激しくしないため、緩やかになっている。
だが、それでは処理場までの高低差に足りないため、所々に滝のような大きな段差と、水を受け止めるプールがあるのだ。
ふたりが落下したのはその段差。
「つかまれ! 蜜子!!」
ガシッ
パシッ
グッ
凛悟の手が蜜子の手首を掴み、蜜子は凛悟の手を握り返した。
同時に藤堂の手も凛悟のシャツを掴んでいた。
「ちょ、離れて下さい! センパイはあたしのですから!」
「そんな殺生な。ちょっとくらい分けてくれてもええやん」
ふたりの重量に引かれ、凛悟は膝を付く。
そして、残った手を段差の縁につっかえさせて耐える。
下のプールまで約5メートル。
死ぬ高さではないかもしれない、だが怪我をしない高さではない。
「ぐっ、は、はやく」
「ほら、センパイが苦しがっていますよ。藤堂さん、早く上がってセンパイを楽にして下さい! あたしは少しは耐えれますから」
もしぶら下がっているのが蜜子ひとりだったら凛悟は軽々と彼女を引き上げていただろう。
それだけの膂力があることを蜜子は知っている。
だが、ふたりは無理だ。
「む、むりや! ワイは懸垂なんて1回も出来たことないとよ!」
「少しはダイエットでもして下さい! 今ここでやせて下さい!!」
「そんな後生な! あんちゃんはそんな無体なこと言わんよな」
「安心しろ。俺達は仲間だ。この力が尽きるまで見捨てたりしない。ふたりともな」
支えていた腕は既に曲がり、地面に寝そべる形で凛悟は何とか耐える。
「センパイ……、カッコイイ!!」
「ほれてまうやろがー! ミッコはん、あんちゃんが力尽きる前によじ登るんや! そしてふたりでワイを引き上げてな!」
「わ、わかりました!」
持てる限りの握力と腕力で蜜子は凛悟の腕をよじ登る。
よじ登る蜜子の顔と支える凛悟の顔が触れ合うまで接近した時、凛悟の口が開いた。
「蜜子、今だから、お前に言うことがある」
その真剣な眼差しに高鳴っていた蜜子のハートはさらにエスカレートした。
「えっ!? なに!? ひょっとして愛の告白ですか!? ロマンチックでアスレチックな!?」
「力尽きた。すまん」
「……はい?」
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