上 下
23 / 100
第1章 夢のおわり

1-21.地下の攻防 鈴成 凛悟

しおりを挟む
 ピチョン
 あの時、最初に声を上げた日本人、鈴成すずなり凛悟りんごは地下に逃げ込んでいた。
 同行していた蜜子と藤堂も一緒に。

「あんちゃん、冴えとんなぁ。マンホールの中に逃げ込むとは」
「センパイはいつだって冴えてます」

 凛悟の判断は誰よりも早かった。
 まず、恐竜出現を”祝福”によるものだと見切った。
 次に、人々がパニックに陥り、周囲のビルに逃げ込もうとした時、群衆の多さからそれを一瞬で諦めた。
 そして、次善の策として地下へ、マンホールの中へ避難したのだ。

「ようあんなに早う気付いたな。あの恐竜が”祝福”によるものやて」
「わかるさ、ブラキオサウルスの色やステゴサウルスの模様が図鑑と違ったからな」
「そういやそうやな。ブラキオサウルスは真っ黒やったし、ステゴサウルスは赤と茶の縞模様やったね」
「あのパンダっぽいのは、多分ティラノサウルスよね。へんなの」
 
 ふたりの言う通り、現れた恐竜たちは一般によく知られている復元図とは大きく違った。
 パレードのショーと人々が勘違いしてもおかしくないほどに。

「でも、センパイ。どうして図鑑と違うことと”祝福”が使われたことがつながるんですか?」
「図鑑と違うということは、あの恐竜たちは俺達が、考古学者ですら知らない本当の姿だと考えるのが妥当だからな。それを知っている、知り得る存在はひとつだろ」
「神様ですね」

 ポンと手を叩き、蜜子は納得の表情を浮かべる。

「誰が何のためなのかはわからないが、おそらく『恐竜の復活』でも願ったのだろう。だとすると……」

 カンカンカンと梯子を昇り、凛悟はマンホールの蓋を少し開けてあたりを見る。
 見えたのは大量の脚。
 鶏の脚の十倍はある細く鋭い脚と爪が周囲を埋め尽くしていた。
 そして、凛悟の目と脚の主の目が、爬虫類の縦長の瞳が合った。
 カカカカカン。
 足早に梯子を下りると、凛悟はふたりに向かって首を振った。

「ダメだ。地上は恐竜がうじゃうじゃいる。チラッと脚が見えたが、あの鉤爪はデイノニクスだな」
「さっすが恐竜博士。よく知っとっと。そりゃ厄介なやつろ」
「そのデイノニクスって強いの? 警察だったら何とかならない? ほら、映画みたいにバババババンッって」
「正確な強さはわからないが、警察は期待しない方がいい。銃声は聞こえなかった」

 3人がマンホールに逃げ込んだ時、最初は銃声やサイレンの音が聞こえていた。
 だが、しばらくすると音は聞こえなくなり、今は全く銃声聞こえない。
 そこから考えられる理由はふたつ。
 全滅しているか、避難所を守っているかだ。
 凛悟は後者であって欲しいと思ったが、だとしてもこのマンホールまで助けに来てくれる可能性は低い。

「警察は近くにおらんみたいやな。だったら、どうしたもんかね」
「やっぱり”祝福”で奇跡でも起こすしかないでしょうか」
「いや、”祝福”は最後の手段だ。まずはやれることをしよう」
「やれることって?」

 蜜子の問いに凛悟は下水道の先を指す。

「この水の流れの先は浄水場で、その先はミズーリ川だ。そこまで行けば少なくともスマホの電波が入る。そこで情報を集めて安全な場所へ向かおう。とにかく今は情報が欲しい」
「せやね、ひょっとしたら誰かが”祝福”で何とかしてくれはるかもしれんし」
「それよりも、こんな臭い所はもう嫌です。上がダメなら横から行きましょう」
「決まりだな」

 3人はスマホのライトを頼りに下水道を進み始めた時、

 ガシャゴーン!! カラララララ

 後方で重たい金属が落ちて回る音が聞こえた。

「ワイ、嫌な予感がするっちゃけど。あの音、マンホールの蓋が落ちた音に似とらん?」
「ち、ちがうわよ。あれは藤堂さんの屁の音じゃない。やーねーもう」
「そっか、ワイの屁か。うんうん、くっさいなぁ」

 ピシャ、ピチャ
 キキッ、チチチチチチ

 今度は後方から水音と鳥のさえずるような音が聞こえる。
 蜜子は鳥は恐竜から進化したという話を思い出した。

「ねえ、あたしも嫌な予感がするんですけど。あの声、恐竜の鳴き声じゃありません?」
「違うと思うで。あれは蜜子はんの屁が反響した音やなか。屁のソプラノボイスや」
「そっか、あたしのリフレクトプーピーでしたか、……ってんなはずないでしょ!!」
「ふたりともバカ話はそこまでだ。走れ!」
「い、いわれなくても~!」
「い、いわれたから~!!」

 凛悟に背中を押されたふたりは下水道を走り、凛悟が殿しんがりを務める。

 キチッ、チッ

 背中に乗ってきた小型犬サイズの恐竜の脚をムンズと掴み、凛悟はそれを叩き落とす。

「恐竜博士、今のは何なん?」
「おそらくラプトル系の小型肉食恐竜だろう。アジアならミクロラプトルの化石が発掘されているが、北米にも似た種が生息していたのかもな」

 凛悟は走りながら再び襲って来た小型恐竜をはたき落とす。
 
「解説あんがとさん。ワイ知ってるで、こういうヤツは小さいと思って油断してると、集団で襲ってくるタイプや」
「そんなこと言わないで。フラグが立っちゃうじゃない」

 ふたりが嫌な予感に後ろを振り向き、その嫌な予感が的中したと思った時、

「前を見ろ! 滝だ!」
「こんなとこに滝なんてあらうわぅ!?」
「やだもうセンパイ。地下に滝なんてへぇ!?」

 ふたりがそう言った時、その足が宙に浮いた。
 そこに道はなかった。
 それは滝ではなかった。
 下水道の傾斜は水の勢いを激しくしないため、緩やかになっている。
 だが、それでは処理場までの高低差に足りないため、所々に滝のような大きな段差と、水を受け止めるプールがあるのだ。
 ふたりが落下したのはその段差。

「つかまれ! 蜜子!!」

 ガシッ
 パシッ
 グッ

 凛悟の手が蜜子の手首を掴み、蜜子は凛悟の手を握り返した。
 同時に藤堂の手も凛悟のシャツを掴んでいた。

「ちょ、離れて下さい! センパイはあたしのですから!」
「そんな殺生な。ちょっとくらい分けてくれてもええやん」

 ふたりの重量に引かれ、凛悟は膝を付く。
 そして、残った手を段差のふちにつっかえさせて耐える。
 下のプールまで約5メートル。
 死ぬ高さではないかもしれない、だが怪我をしない高さではない。

「ぐっ、は、はやく」
「ほら、センパイが苦しがっていますよ。藤堂さん、早く上がってセンパイを楽にして下さい! あたしは少しは耐えれますから」

 もしぶら下がっているのが蜜子ひとりだったら凛悟は軽々と彼女を引き上げていただろう。
 それだけの膂力りょりょくがあることを蜜子は知っている。
 だが、ふたりは無理だ。

「む、むりや! ワイは懸垂なんて1回も出来たことないとよ!」
「少しはダイエットでもして下さい! 今ここでやせて下さい!!」
「そんな後生な! あんちゃんはそんな無体なこと言わんよな」
「安心しろ。俺達は仲間だ。この力が尽きるまで見捨てたりしない。ふたりともな」

 支えていた腕は既に曲がり、地面に寝そべる形で凛悟は何とか耐える。

「センパイ……、カッコイイ!!」
「ほれてまうやろがー! ミッコはん、あんちゃんが力尽きる前によじ登るんや! そしてふたりでワイを引き上げてな!」
「わ、わかりました!」

 持てる限りの握力と腕力で蜜子は凛悟の腕をよじ登る。
 よじ登る蜜子の顔と支える凛悟の顔が触れ合うまで接近した時、凛悟の口が開いた。
  
「蜜子、今だから、お前に言うことがある」

 その真剣な眼差しに高鳴っていた蜜子のハートはさらにエスカレートした。
 
「えっ!? なに!? ひょっとして愛の告白ですか!? ロマンチックでアスレチックな!?」
「力尽きた。すまん」
「……はい?」

 寝そべってた凛悟の上体がズルリと滑り、3人はひとかたまりとなって水面に落ちていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

幻影のアリア

葉羽
ミステリー
天才高校生探偵の神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、とある古時計のある屋敷を訪れる。その屋敷では、不可解な事件が頻発しており、葉羽は事件の真相を解き明かすべく、推理を開始する。しかし、屋敷には奇妙な力が渦巻いており、葉羽は次第に現実と幻想の境目が曖昧になっていく。果たして、葉羽は事件の謎を解き明かし、屋敷から無事に脱出できるのか?

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

Man under the moon

ハートリオ
ミステリー
フェムト星のフェムト星人のモルは、探偵。 ある日、仕事の依頼者に会う為に列車に乗っていたが、間違えてビット村という田舎の村に下車してしまう。 そこで偶然出会った少女に人捜しを頼まれるが・・・ 5月16日  ・表紙登録しました。  ・2月28日投稿した第1話に挿絵イラスト追加しました。 文章はそのままです。 全話ではないですが挿絵イラストを付けますので、雰囲気を感じて頂けたらいいなと思います。 6月21日 29話までしか挿絵間に合ってないのですが、暑くなってきたのでエアコンの無い(壊れっぱなし)部屋で挿絵描く作業はパソコンが熱くなってしまうので、涼しくなるまで控えるしかないので、挿絵途中ですが一旦投稿終了します。(30話からは挿絵なしの小説のみの投稿となります) 涼しくなってから残りの挿絵描いて完全な状態にしたいと思ってますが、修正投稿はあまりしたくないので、どうしようか考え中です。 エアコンが欲しいです~~~

迷子の人間さん、モンスター主催の『裏の学園祭』にようこそ

雪音鈴
ミステリー
【モンスター主催の裏の学園祭について】 ≪ハロウィンが近い今日、あちら側とこちら側の境界は薄い――さあさあ、モンスター側の世界に迷い込んでしまった迷子の人間さん、あなたはモンスター主催のあるゲームに参加して、元の世界に帰る権利を勝ち取らなくてはいけません。『裏の学園祭』が終わる前にここから抜け出すために、どうぞ頑張ってください。ああ、もちろん、あなたがいるのはモンスターの世界、くれぐれも、命の危険にはご用心を――≫

人形の家

あーたん
ミステリー
田舎に引っ越してきた ちょっとやんちゃな中学3年生の渚。 呪いがあると噂される人形の家があるその地域 様子のおかしい村人 恐怖に巻き込まれる渚のお話

処理中です...