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最終章 最終戦

その2 親と子の最終決戦

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 「さあ! 調理が始まりました! 親子丼と言えばニワトリと卵が定番ですが、これはMVPを決める戦い! 普通の親子丼が出て来るはずがありません! ほら!」

 安寿さんが取り出したのは大量の魚、すごく小さいのと、小さいのと、普通の魚……新子と小肌とコノシロだ。
 
 「わたしは、愛しの兄さんの好物食材で勝負です!」

 そう言って、安寿さんは目にも止まらない速さで魚をさばいていく。

 「これは速い! ご存知の通り、新子と小肌とコノシロは同一の魚です! しかも、その用途は寿司タネに使われる事が大半! 新子と小肌は江戸前の定番です!」

 あっちは出世魚で来るのか。
 確かに、新子や小肌は包丁技と酢締めの技が生きる技だ。
 特に包丁技が無いと、内臓の臭みや残った小骨が味と食感を台無しにしてしまうと聞いた。
 魚鱗鮨との対決では絶対に避けるべき食材だと。

 「ふっ、安寿嬢の包丁技は魚鱗鮨でも1,2を争う腕よ!」
 「この季節は、新子と小肌とコノシロの全てが旬という絶妙の時期よ! この親子丼は親子の活きの合った丼となるじゃろて」

 土御門と寿師翁も安寿さんの技の冴えと食材のチョイスを称賛する。

 「新子と小肌が酢の調味液に浸けられたー! そして、コノシロは骨切りされた上で、バーナーで皮目が炙られていくー!!」
 「あ~、なでちゃんの時のヒラと同じだ~」
 「コノシロもヒラと同じくニシン科で小骨が多いです! ですが、愛を込めて骨切りすれば、その味は極上です! 新子や小肌と違い、コノシロは経済的にもおいしいです!」

 なんと! 今度、骨切りの技を蘭子に教わろう。

 「一方のニンジャコック選手は……定番通りの卵と鶏を取り出したぁー!」

 それだけじゃないよ。
 
 「これは、スイカの皮?」

 俺が取りだしたのはスイカの皮の漬物だ。
 数日前に仕込んでおいたのだ。

 「スイカでどんな親子丼になるのでしょうか!?」
 「フハハハハハ! ニンジャコックの料理は定番の中に、小粋な技を込めるのが身上よ! スイカにだって親子はある!」

 俺が取りだしたのはスイカの種だ。
 中国や台湾で人気のおつまみの品種だ。

 「ニンジャコック選手が取り出したのは瓜子グアツ! スイカの種のローストだぁー! 確かにこれは親子!」
 「フハハハハ! それだけではないぞ! 定番も外さぬ!」

 俺が次に取り出したのは養殖サーモンの刺身とイクラ、そして鮭の白子だ。

 「ほほう、あやつ刺身は養殖ものにしておるな」

 少し感心したように寿師翁が呟く。

 「寿師翁さん、天然ではダメなのですか?」
 「うむ、天然鮭には寄生虫がおる。その原因はオキアミなどのエサにある。じゃから、エサをペレットで管理しておる養殖物ならばリスクは極端に減る。まあ、あの嬢ちゃんのフグと同じ原理じゃな」

 寿師翁が部長を指差して解説する。
 
 「本当は全て天然にしたいのじゃろうて。だが、天然鮭は寄生虫がいるので避けた。鮭だけに」

 寿師翁は年齢を超越した壮健さを発揮しているけど、そこらへんは年相応なのね。

 「ふん! だが白子には寄生虫がいるぞ! あの雑煮に、下処理が出来るかな?」
 「フハハハハ! 白子の下処理は思ったより簡単よ!」

 俺は白子を酒と塩で洗い、熱湯と氷水に交互に入れて下処理をする。

 「ほほう、基本に沿った良い方法であるな」
 「陸はね、安くておいしくて、ちょっと手間のかかる食材は得意なのよ!」
 
 そう! 鮭の白子は晩夏から秋にしか売ってないが……安いのだ!
 そして、俺は白子を薄く切り、サーモンの刺身とイクラを合わせてデコレートする。

 「これはー! 定番だが、少し小粋な海の親子丼だー! 鮭とイクラの親子丼は定番だが、それに白子も加わって、親子度が上がっているー!!」

 ラウンダが感心したように叫ぶ。

 「そう! 白子と言えば精子! あれは『海のセ〇クス丼』よ!」

 ブッ!

 会場にいる何人かの男が吹いた。
 部長のビジュアルにだまされた男たちだ。
 おい待て! 部長! 仮にもお嬢様だろうに! 

 「おさかなさんはね~、卵に精子をぶっかけてセ〇クスするんだよ~、あれは『鮭のぶっかけ丼』だね~」

 ブブゥー! 

 会場にいる半数の男が吹いた。
 蘭子の巨乳に惑わされた男たちだ。
 ちょっと待て! 蘭子さん! あなたは、仮にもヒロインという設定ですよね! 

 「これ、うら若きお嬢さんたち。そんな下品でストレートな言い方はよさぬか」

 寿師翁さん! やはり最強で年季のある職人は一味違う! こいつらにつつしみという物を教えてやって下さい!

 「あれは『鮭の孕みハラミ丼』であろう」

 誰がうまい事を言えと!

◇◇◇◇◇

 「さあ! 最後のタイムアップです! 両選手ともに見事な親子丼を作り上げているぅー!」

 さて、これで最後かと思うと感慨深いな。
 だが、負ける訳にはいかない。
 相手に勝てる策は無いが、俺が全力で作った親子丼だ。

 「では、先攻のニンジャコック選手の親子丼です」
 「フハハハハ! これが俺の『地球の親子丼』よ!」

 俺が出したのはスイカの皮の漬物とスイカの種、鮭とイクラと白子、卵と鶏の親子丼だ。

 「ほほう! これは陸と海と空の親子丼であるな」
 「まんなかのオムレツが~、ぽよぽよしてておいしそ~」

 寿師翁と蘭子が箸でオムレツをつつきながら言う。

 「やはりここは、ナイフで切り込みを入れるべきであろうな」
 
 そう言って、土御門がオムレツにナイフで切り込みを入れると、中から半熟卵と鶏ひき肉のあんが流れ出る。
 定番の流れ出るオムライスだ。

 「ふん、定番であるが、動きのある料理はそれだけで食欲をそそるな」
 「流れ出るオムライスは安い! 意外と簡単! アレンジは無限! 庶民の頼もしい味方よ!」
 「うむ、少年の料理は素朴ながらも、食べる人を楽しませてくれる良さがある! では、いただくとしよう」

 そう言って、師匠は蘭子は、部長は、寿師翁は、土御門は、俺の親子丼を口にする。

 「オムレツの中は熱々じゃな、それでいて、冷え冷えの鮭の刺身との温度差が心地よいわい」

 寿師翁はオムレツと鮭を交互に食べている。

 「このスイカの皮のピクルス、爽やかでいいわ! 初めて食べたけど、捨てるのはもったいないわね!」

 シャクシャクと音を立てて、部長がスイカの皮の漬物を食べる。
 うん、やっぱりお嬢様だな、スイカの皮を食った事がないとは。

 「スイカの種もピーナッツぽくっておいし~」

 所々に散りばめられたスイカの種がポリっっと、食感にアクセントを与えるのだ。
 もちろん殻は剥いてあるぞ。

 「全体的に良い水準でまとまっている。良い親子丼だな」

 蘭子にも師匠にも好評だ。
 
 「これはおいしそうです! この親子丼にニンジャコック選手はどんな”愛”を込めたのでしょうか!?」

 あーやっぱり語らなくていけないか……ちょっと恥ずかしいな。

 「この親子丼は父さんから教えてもらったものだ。俺が『スイカが好き』と言ったら、『じゃあ、全部たべてみよう!』と言って作ってくれた。俺は今まで捨てていた物が美味しく生まれ変わるのを知った」

 次に俺は卵でくるまれたレバーペーストの部分を指す。

 「ここは、好き嫌いをしていた妹の空楽そらのために、母さんが作ってくれた。甘い卵とレバーペーストで食べやすく、おいしくしてくれた」

 これを切っ掛けに、空楽の好き嫌いは大幅に減った。

 「流れ出るオムレツは末っ子の宙弥ちゅうやの幼児食だ。味だけでなく、目でも楽しめる料理に『キャッキャッ』と喜ぶ姿に、作った俺も嬉しくなった。この丼には、俺と家族との思い出が詰まっている」

 海の部分は、父さんがエロい事だと教えてくれた! 
 うん、この雰囲気では言えないな。

 「俺は愛を知らない……いわゆる、男女の愛を。俺にとっての愛とは家族愛なんだ。俺は父さんから、母さんからいろんな事を教えてもらった。それを弟妹たちに伝えた、そしてこれからも伝える。知識をおもいいを創意を、日々の食事という営みの中で。この親子丼は家族の中で伝え、つむいいでいく愛を込めた丼なんだ」

 会場の喧騒が少し小さくなり、聞こえてくるのはスピーカーから響く俺の声だ。

 「そう、俺は愛を知らない……男女の愛を……なんせ俺は……、童貞!! だからな!」

 そして、俺はそんな雰囲気をぶち壊す!

 「ぷはっ、ハハッハッ」
 「クスっ、くはっ、くは、あはははは!」
 「ちょっ! 最後のオチがそれ!?」

 会場から笑いがあふれてくる。

 「フハハハハ! 湿っぽいのは俺には似合わん! やはり目指すべきは笑顔とハッピーエンドよ!」

 クルクルと回転しながら俺は観客に向けて手を振る。

 「俺の名はニンジャコック! 家族の愛をこの身に受けて、つないでいくのは手綱たずな手妻てづまか! 手妻てづまとは手品の事だぜ、ご婦人方! 右手が恋人って意味じゃないぜ、素敵なレディ! 俺のコックはチェリーブロッサム!! たとえ、この戦いで、この身を散らそうとも、ニンジャコックはぁー!」

 俺はサムズアップを決めてカメラ目線でポーズを決める。

 「「「「「ナイスクック!!!」」」」」

 笑顔と拍手が俺を祝福してくれた。
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