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第二章 再び遠き理想郷

その6 やっぱり、最後は……笑顔で

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 さて、綿花が開いた。
 栽培を指示していたワタが花開いたのだ。
 俺は冒険の時に手に入れたコットンボールで試作はしていた。
 コットンボールを叩く道具と、糸巻である。
 
 コットンボールを叩くのは動物の腱から作った弓のようなものである。
 これを弾いて、コットンボールをほぐすのだ。
 そして、糸巻は円の板に木の棒を指したものである。
 ほぐした大量のコットンボール、いや、叩かれてコットン板になっている物をつまんで、
糸巻に巻き、紡いていくのだ。
 これで糸が出来る。

 冒険で手に入れた分量では、服にするには到底足りなかった。
 だが、今のこの量なら! 俺だけでなく、それを真似するシリーや村人のマンパワーがあれば!
 俺の目論見は成功した。
 大量の綿糸が出来たのだ!

 そして、俺はそれを布にする。
 張った縦糸に、糸を巻いたで横糸を張っていくのだ。
 横糸を下に抑える櫛も木で作った。
 そして、布が完成した。
 サイズは幅30センチ、長さ1メートル程度しかなかったが、シリーの胸に巻き付けて、背中と肩で糸を使って支えることは出来た。

 「しろーい! かるーい! やわらかーい! かみさま、ありがとう、すきすきー!」

 初めて布を手にしたシリーはくるん、くるんと踊り続けた。
 左手の数字は10を切った。

 さて、俺がやるべき事は、こいつらに語彙と未来の技術を伝える事である。
 以前と違って、石板に掘る必要はない。
 粘土板に刻んだ物を石板に刻めと命令しておくだけでいいのだ。
 今度は数字とカタカナと漢字を残しておこう。
 俺は数字とカタカナと簡単な漢字を粘土板に刻み。
 その読み方を教えた。

 「いーち、にー、さーん、しー、たくさん!」
 「違うだろ、シリー」
 「たくさんじゃだめなの……」
 「だめだ、シリー、ほら、じゅう、じゅういち」
 
 数の概念を教えるのは苦労した。
 
 俺は世界にはいろいろな石がある事を教えておいた。
 赤いの、青いの、緑なの、黄色なの、白なの、ピカピカしているの。
 燃える石、火にかけて燃やせば溶けて固まる砂とかも。
 それを見つけて運ぶ「道」が重要だとも教えておいた。
 石を使って、色々試してみると面白いが、食べたり、煙を吸うと危険だから注意するようにも言っておいた。
 岩塩を除いて。

 ちなみに岩塩は近くにあった。
 崖に沿って半日進んだ先に露出していたのだ。
 そういえば、この崖の沢の水はちょっと塩っ気があるかもしれない。

 「しょっぱい、いしー」

 これはシリーたちが最初に見つけた宝物である。

 俺は塩の利用法を教えた。
 肉を塩に漬ければ腐らない事を、その肉は刻んで水にさらせば、また食べられるとも。
 その他にはラクダや牛から取れるチーズは布の袋に入れて重しを付けて搾れば、固まる事も教えた。
 塩水をかけておけば、もっと美味しくなるとも。

 「ちゃー、じゃない、ちーずおぼえた、ちーずしぼる!」

 地面を掘ると水が出るという、井戸についても教えておいた。
 これからこいつらは世界を旅するだろう。
 井戸を点在させておけば、水の補給源として旅が楽になる。

 「じめん、ほるー、みず、でるー」

 こいつらが一番熱狂したのは蒸留だ。

 これは実演できなかったが、お酒を煮た煙を冷やすとスゴイお酒になると。
 蒸留装置は絵と粘土でミニチュアを作っておいた。
 
 「すごいおさけつくる! しりーたち、がんばる!」 

 さて、最後に俺がやるべき事は決まっている。
 理想のおっぱい像を残しておくのだ。

 今回は少しずるをした。
 俺のバッグの中にある彼女の胸像を使って、粘土でその型を取ったのだ。
 これに溶けた青銅を流し込めば!
 女神のおっぱい像の完成だ!
 
 「これ、めがみ! しりーしってる! めがみ!」

 どうやら、かつて俺が作った石像のイメージはシリーの中にちゃんと刻まれていたようだ。

 そして、俺はふたたびシリーたちに別れを告げる。
 別れの祭りが行われた。

 祭りでは肉と果物の他、魚とビールがふるまわれた。
 魚は共食いにならないのかと魚人に聞いたら。
 姿も形も知性も全然違うから同じ生き物では無いと言われた。

 「かみさま、いだいー! びーる、ぱんー、きんぞくー、ぬのー、すべてかみさまのめぐみー! かみさまーたたえよー! かみにささげよー! おっぱい、ささげよー!」

 新曲が出来ていた。

 「かみさまへごちそうとビールを!」

 シリーの命により俺の前にビールとパンと焼き肉が捧げられる。
 金属が出来たので焼き網と木炭の作り方を教えておいたのだ。
 
 「うむ、うまい」
 「かみさま、まんぞく! みんなもたのしめー!」

 村のみんなも食事を楽しみ始めた。
 その中で俺は気づく、この場に獣人がいない事に。

 「シリー、がるーはどうした?」
 「がるーはしりーたちのしもべ、しもべはともだち、ちがう」

 どうやら身分差別が出来ているらしい。
 俺は少し考える。
 階級制度は必要だが、過度であると後々の争乱、いや内乱のもととなりかねない。

 「シリー、俺はやさしいか?」
 「かみさま、やさしい!」
 「シリーたちは俺の下僕しもべか?」
 「しりーたち、かみさまのしもべ!」
 「なら、シリーたちも下僕しもべにやさしくあるべきとおもわないか?」
 
 シリーはしばし考えた。

 「しりー、かみさま、みならう! がるー、みんなで、やきにくたべる!」

 シリーが手招きすると、獣人たちも祝いの輪に加わり、パンとビールと焼き肉が振舞われた。

 「かみさま、ありがとう!」
 「やきにく、おいしー!」
 「がるー、かみさまの、にーのしもべ!」

 これで獣人たちへの待遇も良くなるだろう。

 ◇◇◇◇◇

 「かみさま、いっちゃうの!? やだー!?」

 祭りの最後にシリーが俺に抱き着いてきた。
 こら、尻を撫でるな。
 村人も魚人も獣人も涙を流して別れを惜しむ。

 「シリー、こういう時はね。笑ってお別れするんだよ」

 俺はそう言って、シリーに笑顔を見せた。

 「しりーわかった! なかない! えがお!」
 
 目の端に涙を浮かべながらも、シリーはその頬を上げ、笑った。
 村人たちも、魚人たちも獣人たちも涙で笑っていた。

 俺がこいつらに授けた物は、農業や酒、金属、布といった文明だけではない。
 働くという概念も授けたのだ。
 これから、こいつらは自然の恵みだけに満足して生きていかなくなるだろう。
 より多くの、より欲望に満ちた物を求め始めるのだろう。
 俺は、単純に知っているから、暮らしやすくしたいから、俺の現代知識をこいつらに授けたが、それは本当に良かったことだろうか。
 ふと、そんな事を考えてみる。
 いや、よそう、こいつらの笑顔と涙は本物なのだ。
 その気持ちを前にこんな考えは無粋というものだな。

 左手の数字が1から0を刻み、そして、俺の視界は再び暗転する。
 
 ガシャーン!

 地面に落ちたビール瓶が割れて、大きな音を立てていた。
 俺は老婆を抱いて、地面を転がっていた。
 老婆と俺に怪我はなかった。

 俺は尻に違和感を覚えた。
 何か硬い物が入っている感触だ。
 俺は尻のポケットに手を入れ、硬い金属の棒を取り出す。
 それは小さな青銅の人形だった。
 それは俺の姿をかたどってっていた。
 似ても似つかない造形だが、俺にはそれが分かった。
 その人形の背中には『かみさまへ、だいすき、しりー』という文字が刻まれていた。

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