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第十二章 到達する物語とハッピーエンド

珠子と神饌仕合三本勝負!(その1) ※全13部

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 ワーワァァア!! 
 スタジアムから歓声が上がり、あたしはその花道をゆっくりと進む。

 「みなさんご注目! ”神の試練”を乗り越えようと、この高天原タカマガハラの知恵と知識、学問と芸術のエリアに挑戦者がやってきましたー!!」

 マイク片手にステージの中央で踊りながら声と笑顔を振りまいているのは、ハツラツとした笑顔が美しい女性。
 でも、注目すべきは顔だけじゃない、そのボディも。
 今にも乳がまろびでそうな面積の少ないころも
 しかもノーブラ!
 しかもしかも、動きはダイナミック! ダイナマイッ!!
 おばあさまがいたら『はしたない!!』とお怒りになられるかもしれませんが、ご容赦下さい。
 天神様曰く、あれでも彼女のよりずっとマシなのだそうですから。

 「司会はこのわたくし! 天と地のアイドル神! ウズメちゃんこと、天鈿女命アマノウズメがお送りしまーす!」
 「「「うっずめちゃーん!!」」」

 ……なんだろう、天神様は『このエリアはあんまり格式と礼節とかは気にせんでもいい』っておっしゃってたけど、本当にここって天津神界”高天原たかまがはら”なのかしら。
 実はどっかのドームシティだったって言われても納得できる。

 「さーて! みなさんご存知”神の試練”! 今回の主催はなんと思兼神オモイカネ様! 勝てば思兼神オモイカネ様がどんな願いも叶えちゃう! こりゃビックリ! ですが負けたら赤っ恥! 地上で神の偉大さを喧伝してもらいまーす! え? そりゃメリットしかないって!? いいんですよ、今回の試練は高天原初の料理勝負! 勝負が終わったら太っ腹になっちゃうんですから!」

 天国のおばあさま、いや、今はパパとママとご一緒に里帰り中でしょうか。
 どうか、珠子を見守り下さい。
 先ほどはお力添えを頂きましたが、ここからはあたしの戦い。
 あたしが始めて、あたしが終わらせるべき戦いなのです。
 ですから、見守って頂けるだけで十分です。

 「さあ! 栄えある第一回、神饌仕合しんせんじあい三本勝負! 挑戦者の名は! 『酒処 七王子』の看板料理人! 珠子選手ー!」

 おばあさま、珠子は本日、神に挑みます。
 もちろん料理で!

◇◇◇◇
◆◆◆◆

 「へぇ、天津神界といっても、あたしたちの街とさほど変わらないのですね」

 天神様の案内でやってきたここは天津神界、通称”高天原タカマガハラ”。
 現世うつしよとも幽世かくりよとも、その先にあるイザナミ様の黄泉とも閻魔様の地獄といった死後の世界の数々とも違う、日本の神様の住む世界。
 でも街並みは現世うつしよとさほど変わらない。
 古き良き京都の街並みと中華街と都心のビル群。
 それが、あたしの見る高天原の姿。
 
 「神戸あたりに似ているな、ここは」
 「いい雰囲気ね。アタシ好みだわ」
 「御仏の下へ参る前に、八百万の神の住む世界に来れるとは。これも奇縁」
 「しかしまぁ、実感がわかないね。新しいアトラクションタウンだと聞かされても納得さね」

 ホテルからはあたしに同行する形で、あの場にいた七王子のみなさんや退魔僧の慈道さんや築善さん。
 あたしの同僚で黄貴こうき様の臣下のみなさんや橙依とーい君のお友達も一緒。

 ポロロン

 「風は温かく、花の香りも豊か、いいところですね」
 「そうね、おいしいものがありそうだわ」
 「はっ、どいつもこいつも上品な身なりをしてらぁ。みんなおかしこそうで結構なことで」

 それに九尾の分体のミタマさんにコタマちゃんにおタマさん。
 
 「それにしても高天原の方々ってラフっていうか現代風の衣装の方も多いんですね。あたしの想像と違います」

 道行く方は天神様のような朝服の方もいれば、現代風の白衣やスーツを着た方もいらっしゃる。
 この高天原って、天に生まれた神様の棲み処よね。
 あたしの想像だと、天の神様ってもっと原始的というか古代の服を着ているようなイメージがあったんだけど。

 「このエリアは知恵や知識、それに芸術の神が棲む領域エリア。高天原の中でも地上との交流が2番目に盛んなエリアじゃ。儂のような地上で学問を修め偉人として神に祀られた者も多く訪問する。だから近代風の恰好の者もおるのじゃ」
 「へぇ、そうなんですか。でも2番目って、1番はどこのエリアですか?」
 「川向うのエリアじゃな。あそこは建御雷神タケミカヅチ様の治める武神のエリア。現世うつしよで名を馳せた豪勇の英霊や神がよく腕試しをしているぞ」
 「ひょっとして、頼光らいこうもおるのか!?」
 「綱も!?」
 「ああ、この前は源頼光みなもとのらいこう渡辺綱わたなべのつなの主従コンビと楠木正成くすのきまさしげ新田義貞にったよしさだのライバルペアのタッグマッチが行われた。人気のカードだったぞ」
 「……なにその最近の漫画でよくあるやつ」

 偉人たちのミラクルマッチを聞いて橙依とーい君がツッコミを入れる。
 そういえばそんな漫画を『これお薦め』ってよく紹介されているっけ。
 あたしは料理物以外はあまり興味がないんだけど。

 「聞いたか茨木! こうしてはおれん!」
 「ここで遭ったが千年目や!」
 「やめとけ、お前ボロボロだろ」
 
 今にも因縁の相手に向かおうとする酒呑童子さんと茨木童子さんだけど、それを赤好しゃっこうさんが止める。
 そうよね、トラブルは御免だわ。
 
 「んもう、招待されたのはあたしなんですから騒動は止めて下さいね」

 以前、あたしは防府天神様からの玉藻と玉環タマタマさんの捕獲か抹殺を依頼された。
 その背景に地獄門の開放のたくらみを天神様が察知していたのは間違いない。
 依頼は果たせなったけど、くわだての阻止と現世うつしよの平穏に大きく寄与したの。
 なので、報酬は適切に支払われることになったのです。

 苦労しただけあって、それはもうビッグな報酬! 
 なんと天津神界への招待と知恵と知識の主神思兼神オモイカネ様への面会なのです!
 あたしの目的、七王子のみなさんの母親、八稚女やをとめの行方。
 思兼神オモイカネ様なら、きっとご存知のはず

 「それで天神様、思兼神オモイカネ様というのはどんな方ですか?」

 ”どれだけ段数があるの!?”っていうくらい長ーい木の階段を昇りながら、あたしは天神様に尋ねる。

 「ふむ、珠子よ。思兼神オモイカネ様のことは現世うつしよではどう伝わっている?」
 「天照大神アマテラス様が天の岩戸にお隠れになった時、『どんちゃん騒ぎで誘い出しましょう』って策を授けたと伝わっています」
 「その通り。思兼神オモイカネ様は知恵の神、その役割は神々への御意見番よ。思い悩んだ時に知恵を授けてくれる」
 「人間に知恵を授けたことは?」
 「いまだかつてない」

 なるほど、あたしが一番乗りってわけね!

 「おい、お前、今、『あたしが一番乗り』って思っただろう」
 「……そのポジティブさは感心する」
 
 ふふーんだ、ここまで来れる時点できっとレアだもん。

 「おや、菅原ではないか。お前も思兼神オモイカネ様に相談か?」
 「これは阿倍仲麻呂あべのなかまろ先生に吉備真備きびのまきび先生。あなたたちもですか」

 長い階段を昇っていると、その途中で朝服のふたりがあたしたちに追いつく。
 
 「人の娘さん、いや、珠子さんであったな。先日は馳走ちそうになった」
 「こんにちは阿部仲麻呂様。お口に合ってよかったです」

 出会ったのは大江山で玉藻と大嶽丸から戦略的撤退を取った吉備真備様と阿倍仲麻呂様。
 お年を召した姿なのに健脚なのは、ふたりが神と英霊だからかしら。
 それに、ふたりはどこか嬉しそう。
 布をかけられた大きな箱を持っているし、思兼神オモイカネ様への貢物かしら?
 その時、風がふわりと布を揺らし、その中がちらりと見えた。

 「タマモママ!」
 「はい~、とらわれのママでありんす」
 
 箱の隙間から聞こえてくるのは間違いない、あの玉藻の声。

 「真備先生、それは?」
 「おお、これか? これは性懲りもなく現世うつしよを騒がせた毒婦よ。根城から逃げ出そうとした所を捕えた。まったく、われたばかろうとしおってからに」

 真備様がバサッと布を取ると、そこには檻に入れられ鎖でつながれた玉藻の姿。
 檻を持ち上げているのは紙の人形ひとがた
 式紙ってやつね、きっと。

 「ふん、いけしゃあしゃあと。貴様は玉藻と組んで俺の大江山を襲ったくせに」
 「あれは成り行きというもの。われは玉藻と玉環タマタマが本当に悪事を企てているかどうか内部から探っておったのだ。その中で酒呑童子が鬼王の称号を狙っていると聞いたからきゅうをすえに来たまで。怪しまれるのが悪い」
 「ほう、灸をすえるとは、実力の割に偉そうな態度だな。俺様は憶えているぞ、大嶽丸からお前がうのていで逃げ出す姿を。俺様がを持ってなかったのが悔やまれる。持っておったら動画をに上げたかったところだ」
 「増長するな小僧。伏兵、内応ないおうがあったら、まずは逃走して体勢を立て直すのが上策。小僧が倒さねば、大嶽丸風情、われが倒しておったわ」

 神々しい社へと続く階段上で真備様と酒吞童子さんが険悪な雰囲気を出す。

 「止めて下さい、真備様。それに酒呑さんも」
 「人間の小娘よ。今日はいい天気だな」
 「へ? え? はい、そうですね」

 確かにこの天津神界でも空には青空が広がっていて、いい天気。

 「こんな爽やかな日は、暴れるのにはもってこいだと思わんか」
 「そんな”天気がいいから運動しよう”みないたことを!」
 「いい趣味だ。地面に倒れて空を見上げるといい気分になるだろうよ。敗北感もまぎれるやもしれぬぞ」

 酒呑童子さんまで、ファイター仕草みたいなことを!?

 「お止め下さい真備先生。ここは昇殿しょうでんの途中でございますぞ」
 「ふん、菅原よ。お主、最近かなり調子に乗っておらぬか。ちっとばかし受験生に人気があるからといって。太宰府だざいふの顔みたいにしおって。太宰府で一番仕事をしたのはわれなんだぞ」
 「いえいえ、そんなことはございません。私なぞ、生前も今も吉備先生の偉業にはとても及ばす……」

 今度は天神様に突っかかった!?
 いや、確かに真備様は菅原様より100年以上前の偉人で、太宰府にも勤めたことのある方だけど。

 「その辺にしてやれ吉備よ。後輩はいじめるものでも、妬むものでもない。それに珠子さんが怖がっておるではないか」
 「まあ、阿倍仲麻呂先生がそうおっしゃるなら。いくぞ」

 真備様が指をパチンを鳴らすと、式紙がえっちらおっちらと檻を乗せて階段を昇る。

 「助かりました。阿倍仲麻呂様」
 「仲麻呂でよい」
 「はい、仲麻呂様、ありがとうございます。ところで、真備様と菅原様って仲が悪いのですか?」

 さっき、見せた真備様の表情。
 あれは憎しみじゃない、嫉妬のような顔。
 後輩に先に出世された先輩社員みたいな顔だったけど。

 「うーん、そんなに悪いわけじゃないが、仲が良いわけではないの。吉備も菅原も同じ学問の神。だが、人の間の知名度では菅原の方が上。それが気に食わんのよ。吉備も生前、太宰府に左遷同然になってな、それでも腐らずに外交で大きな働きを上げ、藤原仲麻呂の乱の際には中央にいち早く戻り、軍を率いて乱をしずめた。七十を超す老齢にも関わらずじゃ。麻呂もその報を長安で聞いた時は、そのバイタリティに腰を抜かしそうになったわい」

 おお! なんかスゴイ!
 
 「吉備は文武両道で努力と研鑽を惜しまず、正道を歩み続けた大人物よ。一時的に怨霊となった菅原と違って、最期まで真面目に生きた。本当はもっと評価されてもいいと思うのだが、なぜか昨今の受験生には菅原の方が人気があっての。そこが気に入らんのだろう」
 「なるほど、更生したヤンキーが評価されることが気に入らない優等生みたいな感じですね」
 「そうそう、そんな感じじゃ」

 天神様も真備様も神様だけど、元は人間。
 なんか、急に親しみがわいてきちゃった。
 思兼神オモイカネ様もそうだといいのだけど。
 あっちは元から神様だもんだなぁ。
 天からさらに上へと続く階段を見上げながら、あたしはそう思った。
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