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第十一章 探求する物語とハッピーエンド

湯田の白狐と花咲く料理(その2) ※全8部

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◇◇◇◇

 「ふぅ、うまかったな」
 「満腹ですぅ~」

 膨らんだお腹をポンポン叩きながら、満足珠子さんがフゥと息を吐く。

 「いやぁ、こんなに美味しいランチをご馳走になるなんて、これは是非板前さんに称賛を浴びせねばなりません! 仲居さん、よろしければ板前さんを呼んで頂けませんか」
 「はい、ただいま。狐吉こきちの爺さーん!」

 ざっと10人前分の瓦そばの瓦をカチャリと重ね、仲居さんが奥へと声をかける。
 それから程なく、ひとりの初老の男性が部屋に現れた。

 「あなたがこの料理を作った板前さんですか?」
 「へえ、狐吉こきちと申します」
 「すごくおいしかったです! それに見事な野菜細工の腕でした! 旅行初の食事でこんなに良い体験をさせて頂いてありがとうございます!」
 「噂に名高い『酒処 七王子』の珠子さんにそうおっしゃられると照れちまいます。あっしはただ長く板前やっているだけでして」

 少し照れ笑いを浮かべながら狐吉さんがそう言うと、その白髪頭にピョコッと三角の耳が浮かんだ。

 「ん? その耳、狐吉さんも狐の”あやかし”なのか?」
 「へい、形だけではありますが千年妖狐でございやす」
 「千年というと、この湯田温泉が生まれた約600年前より前じゃないか。その耳といい白髪といい、ひょっとして温泉で傷を癒していた湯田の白狐とは狐吉さんのことかい?」
 「へい、お恥ずかしながら」

 そう言って狐吉さんが腕をまくると、そこに古傷のあとが見える。

 「ここ、湯田の湯はあっしが子供のころ、伝説の白狐様があっしたち湯田の白狐しろぎつねの一族のために掘って下さったものです。そこを白狐の一族で内々うちうちに使っていたのですが、あっしが傷を癒している所を人間にみられちまって……」
 「ふふふ、ですが狐吉爺さんのおかげで、あたしたちは自由に人間の街を闊歩かっぽ出来るようになったのでござんすよ。皆は狐吉爺さんに感謝しちょります」

 仲居さんが狐吉さんの肩を叩くと、彼は再び照れ笑いを浮かべる。

 「文字通り怪我の功名ってやつだな。だが、おかげで俺様たちが落ち着いて湯治に来れたのだ。なるほど、鬼道丸のやつめ」
 「鬼道丸さんは失敗にコンプレックスがありますからね。大江山に戻ったら褒めてやって下さい」
 「まあ、気が向いたらな」

 そういや、この町は”あやかし”の気配が多かった。
 仲居さんも狐面をしているし、人間にはコスプレと思われているみたいだが、”あやかし”にとってはカムフラージュになってるってわけか。

 「そういえば、ここで料理仕合が行われると聞いたが、この旅館からは狐吉が出るのか?」
 「へい、恥ずかしながら代表を務めさせて頂いております」

 その話題は、俺が珠子さんを楽しませるためにチェックしていたイベント”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”。

 「確か、新しく発見された古文書に描かれていた料理を再現しようってイベントですよね」
 「へい、この古文書の絵の料理を復活させて湯田の名物料理にしようって話でございやす」

 スッと差し出されたは一枚のチラシ。
 古めかしい薄茶色の古文書と絵の写真がプリントされたチラシだ。

 「あたしもそれ見ました。『佳人かじん、花咲く料理を食す。流麗にして美味、爛漫らんまんにして甘露かんろ』ってやつですよね」
 「俺もさ。この”ふくよかな美女が水面を流れる花を食べている絵”だろ。この花の料理を再現してみようってイベントだよな」

 古文書の隣には水面を流れる花と、流れてきた花を食べる美女が描かれている。
 ま、平安風のちょっとしもぶくれの美女だけどな。

 「その通りでございやす。あっしの拙い野菜細工で出てみようかと。ですが、他の旅館やホテルも一流の料理人が出たり、外部から助っ人を招聘しょうへいしているようで、この腕がどこまで通用するやら」
 「狐吉さんなら大丈夫ですよ! さっきの山口名産の野菜で造った野菜細工、お見事でした! 本番ではあれを調味液に浮かべて出すんでしょ。あ、ひょっとして漬ける調味液と浮かべる調味液の味を変えて、ふたつの味を楽しめるようにするのかも!?」

 水面に浮かぶ野菜細工の花、それは指先に咲く一輪の花となり口へと手折たおられる。
 そんな料理が俺の脳裏に浮かんだ。
 
 「へい、その通りでさ。そこまで見抜かれるとは、さすが噂の珠子様です」
 「いえいえ、これほどの腕前を持つ狐吉さんならイベントも成功間違いなしですよ」
 「そう言って頂けると光栄です。では、あっしはそろそろ前日のレセプションパーティに出席しますんで」
 「レセプションパーティ?」
 「へい、他のホテルの出場者や東京から招待した審査員、マスコミ関係者などを集めてイベントのお披露目をするパーティでさ」
 「あー、いいなー、きっと豪華なお料理とかが出るんですよなー」チラッ

 ちょっとわざとらしくないかい? デパ地下試食大好きな珠子さん。

 「よろしければ、ご一緒なさいやすか?」
 「いいんですか? 本気にしちゃいますよ!?」
 「へい、当旅館は零細でやすから。板前軍団を引き連れるような”ホテル大牡丹だいぼたん”や伝統と格式のある”陽気本陣ようきほんじん”に比べると見劣りしてしまうんです。せめて頭数だけでも揃うと助かりやす」
 「この珠子! 一宿一飯のクーポンの恩は忘れませぬ! 義によって助太刀いたします! なーんて、是非とも同席させて下さい!」

 義理に厚い珠子さんがそう言ったなら、俺たちもこう応えるのは当然だな。
 
 「どこまでも付き合うぜ。珠子の姉御」
 「袖振り合うも化生けしょうの縁。俺様も付き合おう」
 「ウチは酒呑といつも一緒やで!」
 
 そして、ここにタダ飯目的の珠子愚連隊が誕生したのさ。

◇◇◇◇
 
 「うっわー、しゅっごいパーティ! 山口の海と山の幸がたくさん! 見て下さい! 天神鱧てんじんはもですよ! お刺身から湯引きに天ぷらまで! あっ、握りもあります! えっ!? 天神鱧を使った岩国寿司!? そんなのものあるのですか!!」

 立食パーティをいいことに、孤高のグルメリポーター珠子さんがビュッフェコーナーから料理を山盛りのように持って来ては食べる。
 その食欲には俺だけじゃなく、パーティの出席者も舌を巻くぜ。

 「おや? みなさんは食べないのですか? 天神鱧、とってもおいしいですよ」
 
 鱧の握りと押し寿司を口の中でモニュモニュとしながら、仲間思いの珠子さんが俺たちの分とばかりに皿を差し出す。
 
 「へい、あっしはちょっと、イベント前の緊張で」
 「俺様もだ。そいつは少し苦手でな」
 「ネーミングが悪いやね」

 だよな。
 俺も心の中で相槌を打つ。

 「変なの。大江山では普通にはもを食べてたのに」
 「天神は”あやかし”と相性が悪いからさ」
 「ああ、そういう理由なんですね」

 天神、菅原道真すがわらみちざねを苦手とする”あやかし”は多い。
 前にも顔の広い珠子さんが亀戸天神のヤツを店に招待すると言った時はちょっとしたパニックになった。
 その日だけは『酒処 七王子』から”あやかし”の影が消えちまうほどにな。
 そして、この近くに、防府市にもその分け御霊、防府ほうふ天神が住んでいる。
 人間にとってはありがたい名前のついた天神鱧だが、俺たちにはまっぴらごめんなのさ。

 パッ

 会場のライトが消え、そしてステージだけが明るく照らされる。
 始まったみたいだな。

 「紳士淑女のみなさーんっ! 本日は遠路はるばる、この湯田温泉までようこそお越し下さいましたー! わたくしはこの会と当日の司会を務めさせて頂く、ラウンダーと申しますっ!」

 檀上で踊るのはピエロのようなメイクをした狐のコスプレ男性。

 「さて、本日ご説明しますのは! 明日開催の”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”の概要でございまーすっ!」

 パチンと司会者が指を鳴らすと、ステージのスクリーンに遺跡発掘の映像が映し出された。

 「事の起こりは一年前! 平安時代の寺の遺跡から発見された木簡に記されていた文字と絵でした!」

 その声に続けてステージに映し出されたのはさっきのチラシで見た絵。
 川を流れる花を手に取り食べる女性の絵だ。

 「木簡に書かれた文字の解析を専門家に依頼した所、『佳人かじん、花咲く料理を食す。流麗にして美味、爛漫らんまんにして甘露かんろ』と書かれていたことが判明! 専門家の間ではこれは仙界、桃源郷を描いた空想上の絵という意見もありましたが、中には本当に美女がそこで花のような料理を食べたのではないかという意見もありました! そこで、湯田観光協会は企画しました! この花の料理を再現して、新しい湯田の名物にしようと!」

 ファーン、ファファー、ファファレファ、ファファレファ、ファーン

 ファンファーレと共に花々で飾られた”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”の看板がスルスルと降りてくる。
 ありゃひと昔前の結婚式用のゴンドラだな。

 「伝説の料理を最も再現したのはどのホテルか!? この湯田の旅館やホテルの料理人たちが腕と知識をふるって競う! ”湯田温泉! 伝説の料理バトル!” 明日の料理バトルで真実がついに明らかに! 東京から有識者を審査員として招き、一般の方の中からも審査員を募集致しました! 明日、我々は歴史の真実を見るっ!」

 司会者の狐ピエロがステージの中央から退くと、プシューと煙が上がり、その中から5人の人間が現れる。
 有識者審査員ってやつらだ。

 「あ、寿師翁じゅしおうさん」
 
 審査員の中央に立つ初老の男性を顔の広い珠子さんが指さす。

 「知り合いかい?」
 「ええ、東京DXテレビの料理バトル大会で3年連続優勝してしまって殿堂入りした凄腕の寿司職人です。ウチにも一度来店されましたし、あたしも寿師翁さんの店に一度行ったことがあります。蒼明そうめいさんのおごりで。すんごい高かったみたいです」

 げっ、蒼明そうめいのヤツ、俺の知らない間にタダ飯大好き珠子さんを篭絡ろうらくしようとしてたのか。
 油断ならないな。

 「本大会の審査員長を務めさせて頂く、銀座魚鱗鮨ぎょりんすしの寿師翁である! 明日は出場者のみなさんの知恵と叡智と卓越した料理の腕を思う存分振るわれることを期待しておるぞ! 儂の目にかなえばの話だがな! グワーハッハッハッ!」

 マイクなんて不要! 
 老人とは思えぬ張りとボリュームのある声だな。

 「なんか居丈高いたけだかなヤツだな」
 「寿師翁さんは、そういうキャラで通ってますから。あれはTV用で、本当はとっても紳士しんし真摯しんしなんですよ。あたしの目標とする料理人です」
 「そうなのか。でも、俺は珠子さんには、素直で自分を隠さない、そんな珠子さんでいて欲しいって気持ちがあるけどな。特に俺の前では」

 その言葉に素直で可愛い珠子さんの顔がポッと赤くなる。
 よっし、恋の不意打ちアンブッシュ成功!

 「む、むもう、そういうことは、もうちょっと場所を選んでって」

 パンパンと俺の背を平手で叩きながら、珠子さんは顔を下に向ける。
 恋のジャブとしてはまずまずだな。

 「さて、料理バトルの内容ですが至ってシンプル! このバトルにエントリーされた5軒のホテルが順番に料理を披露して頂きます! 審査はこの5名の特別審査員の方々と、一般の中から抽選で選ばれた50名で行われまーす! 持ち点は特別審査員が各10点、一般審査員が各1点の100点満点ですっ!」

 檀上では狐ピエロの説明が大会の説明を続けるが、俺には関係ないさ。
 今日はパーティ会場にお邪魔したけど、明日は普通の観客として過ごす予定だからな。

 「では5軒のホテルの紹介といきましょう! まずは零細ではありますが老舗しにせの”美白狐!”」

 パチパチパチと拍手が上がり、スポットライトが俺たちに当たる。
 おいおい、こんなのは聞いてないぜ。
 俺は出来るだけ目立たないようにっと。
 
 「続けて湯田一の部屋数を誇る”ホテル大牡丹おおぼたん”!」

 やれやれ、何とか目立たずに済んだな。

 「次は”銀山楼ぎんざんろう”! ホテル”陽気本陣ようきほんじん”!」

 4軒のホテルが紹介され、 

 「最後に”フラワーエデン”!」

 最後の旅館の名が呼ばれた時、会場から拍手と同時に軽い歓声というか溜息が落ちた。
 理由は明白さ。
 スポットライトの中に立っていたのは、たったひとりの美女。
 光で黒にも茶にも見える丸く結われた髪、どこか遠くを見つめるようなのに、俺だけに焦点が合っていると錯覚させるような漆黒の瞳。
 真っ白な肌の中で口の紅だけが妖しく鮮やかに色彩を放ち、細身のようにも見えるが体型はボッキュッボンのグラマラスにも見える。
 神秘と妖艶さと矛盾を備えた……。
 そんな人間とは思えないほどの美女だった。

 「綺麗だな……」
 「ほう、あれは美しい……」

 思わずそんな声が漏れてしまうほどの絶世の美女。
 大輪で一輪の華がそこにあった。

 「赤好しゃっこうさん、あたしの隣で何をのたまっているのですか?」

 俺の尻がつねられた。

 「何みてんの、酒呑」

 酒呑の尻もつねられていた。
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