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第十一章 探求する物語とハッピーエンド
アリスとハニーハント(その1) ※全5部
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こんにちは、藍蘭よ。
うふふ、なんだか久しぶりね。
気が付くと時が経つのは早いもので、アリスが夢の中から戻ってきて半年が過ぎたわ。
冬の間は抗癌治療中の彼女が風邪でもひいたら一大事だと、付きっきりでケアしたものだけど、もう安心。
薬の量も減ってきたし、体力も付いてきたわ。
まだ、身体は少し細いけど。
どちらかというと、こぶと……、ぽっちゃ……、ふくよかな珠子ちゃんとは違うのよねぇ。
でも、あたしはどっちも好きよ。
あらやだ、誤解を生むようないい方だったわね、訂正するわ。
スレンダーでもカービィでも、どっちも好きよ。
ああ、Curvyってのは少し丸っこいって意味ね。
橙依君のやっているゲームだとまん丸だけど、少しよ、ホントよ。
ここまで来ればもう安心よ、病魔なんて怖くないわ。
アタシがママから継いだ太極の権能でどうにでもなるわ。
どんな悪い”あやかし”が敵でも平気よ。
アタシの太極は無敵だもの、負けっこないわ。
アリスはアタシが絶対に守ってみせる。
つきっきりでね。
でもね、そんなワンダホーなアタシでも誰かの助けが必要だったりする時もあるわ。
え? どうせまた珠子ちゃんに助けてもらう話なんでしょですって!?
おあいにくさま、違うわよ。
あら、”そんなにもったいぶるな”ですって。
いいわよ、アタシは焦らすのも焦らされるのも好きだけど、ストレートも好きだものね。
今回はね……、アリスに助けてもらう話なのよ。
◇◇◇◇
ポポロン
はてさて玉は時を超え♪
たまには、たまたま、こりゃたまらん♪
循環、円環、あの子は多感♪
実は熟すか、花散るか♪
ふたりの蜜月いつまでか♪
勝手知らぬこの道は、ひとの夢の物語
万の汗と千の知恵と一滴の物語♪
今宵は甘い物語♪
ポポロン
夜のお店はムードバッチリ。
素敵な曲も流れているし、ふふふ、今日もアタシはハッピーだわ。
「はい、ランランあーん」
アリスの白くて細くて綺麗な指が、真っ白な果実をアタシの唇へ運ぶ。
「あーん」
プチュッ
「あーん、おいしいっ! それじゃ、お返し。はい、あーん」
「あーん」
プチュッ、ちゅぱっ
「あらやだ、アリスったら。アタシの指まで食いつくなんて、いやしんぼさんね」
「だって、ランランのことが大好きで、食べちゃいたいくらいなんだもの」
「あらやだ、食べるのはアタシの方よ」
「そうだった。えへへ」
丸い果実を口の中で転がしながら、アリスは笑う。
「あら、アリスったら、お口の中がコロコロしているわ。まるで鈴みたいね。これが本当の”鈴のように笑う”なのかしら。カワイイわ」
「うふふ、そうよ、あたしは鈴よ。ランランが動くたびに鈴のように鳴くわ」
アリスはその細い身体をゆさぶって「りん、りんっ」と音を立てる。
あらあら、セクシーね。
「ひゅーひゅー、見ろよミタマ、おあついこって。みせつけてくれやがってよ」
「いいじゃないですか、おタマ。誰かと誰かが愛し合う姿は美しいものよ」
アタシたちをガン見しているのは最近『酒処 七王子』でよく見かける”あやかし”。
短パンデニムでお腹が丸見えのギャルっぽい娘と、その友達っぽい古風なシンガーソングライター。
ギャルの方がおタマで、もう片方がミタマって名前だったかしら。
「相変わらずミタマは優等生だな」
「おタマこそ、ワイルドな所は変わらないわね。でも、そこのワイルドなものはとても美味しいそうだわ」
ミタマちゃんの視線の先にあるのは、アタシたちが食べているライチ。
「おう、オレもそいつは気になっていたんだ。店員のねえちゃーん! 注文をたのむぜ! そこのライチを2人前な」
「はーい、かしこまりましたー!! フレッシュライチ二丁!」
厨房からは秒で珠子ちゃんの返事が聞こえてくる。
うふふ、今日も彼女は元気で幸せそうね。
ま、アタシの方が幸せだけど。
「お待たせしました! 本日入荷! 本場台湾直送! 熟れたてフレッシュ! 枝付きライチになりまーす!」
珠子ちゃんがお皿に載せて来たのは、これこそ”鈴なり”ってな具合に枝にぶら下がった赤茶色くて丸いライチの実。
彼女曰く、冷凍じゃないライチを日本で手に入れるのは少し難しいんですって。
「待ってたぜ。この日本でこいつが食べられるなんてよ」
「ええ、冷凍物も食べてみましたが、やっぱり味気なかったわ」
「これぞ人類の叡智! 交通インフラと空輸便の賜物ですっ! さあ、お召上がりください!」
いつもの決め台詞を言いながら、トントンと珠子ちゃんがお皿を置くわ。
「待ちきれねぇぜ」
「おタマったら下品よ。こちらも頂くわ。そちらも約束を憶えててくれたのね。嬉しいわ」
「フレッシュライチが入荷したら真っ先にお知らせするってお約束しましたから。来てくれて嬉しいです。でも、お代はちゃんと頂きますよ」
「ですって、おタマ」
「おういいぜ、代金はトンチキな眼鏡野郎のツケにしといてくれ」
「蒼明さんのツケですね。わっかりましたー! おかわりはいかがですか? いっぱい食べて下さいね」
「あるだけ頼むわ。ふふっ、おいしいわ。この味、久しぶり」チュパッ
あらあら、蒼明ちゃんたら、知らない所で女の子にたかられているわ。
あの子にあんな娘が出来ただなんて、アタシたち兄弟も変わっていくものよね。
「んもう、ランランったら、そっちばかり見ないで、あたしにもおかわりちょうだい」
あら、いけないわ。
少し余所見していたら、アリスの顔がちょっとふくらんじゃった。
「ごめんなさいね。はい、あーん」
「あーん」
アタシが殻を剥いたライチをアリスの口に運ぶと、彼女はまた素敵な笑顔に戻る。
「うん、とってもおいしいっ! 昔食べたライチより、ずっとおいしいわ」
「アリス、それはね……」
「アリスさん、それはですね。このライチが本当にフレッシュだからなんですっ! グルメブームが始まった1980年代後半のバブル期ごろから、日本でライチの販売は一般化しました。ファミレスのメニューに入るくらいに。だけど、それは冷凍ライチ! やはりフレッシュなライチには敵いませんっ!」
「そうなんだ! すごーい! 珠子ちゃんってば、やっぱり物知りなのね。モノリスさんみたい」
あらやだ、ここはアタシが『それはね、アリスの前にアタシがいるからよ』って言いたかったのに。
珠子ちゃんの料理蘊蓄もいいけど、間が悪いわ。
「あれ? アリスさん、お化粧変えました? それに藍ちゃんさんも」
「わかっちゃった?」
「ええ、いつもとメイクの方向性が違いますから。アリスさんはいつもよりチークが強めで生き生きとしていますし、藍ちゃんさんの方はシャドーが弱めで色調がおとなしいというか、素の良さを出すメイクですね。もしかして……」
アタシたちの顔を交互に眺めながら、珠子ちゃんは『そうなのかー』みたいなニヤニヤ笑いをするわ。
「そうよ。今日はアタシたちメイクのしあいっこしたの。アタシがアリスのメイクをして、アリスがアタシにメイクをしてくれたのよ」
「とっても楽しかったの!」
「やっぱり! そうじゃないかと思ったんですよ」
ふふふ、シャワーを浴びて、アタシの部屋でお化粧のしあいっこをして過ごした時は、この上なく嬉しかったわ。
アリスがアタシの手で変わっていくんですもの。
「あーあ、やだやだ。なっちゃいねぇぜ。そんな化粧なんてよ」
向かいの席から聞こえてきた言葉にアタシの耳がピクッと動く
「ちょっと、それどういう意味」
アリスの前では決して見せない鋭い眼光で、アタシは声の主を、おタマを睨む。
「そのままさ。化粧だなんてくだらねぇって言ってんだよ」
「おタマ、失礼よ。ごめんなさいね、そちらに迷惑をかけてしまって」
ミタマちゃんが、生意気ギャルをなだめるけど、そんなんじゃアタシの気は収まらない。
「お化粧はくだらなくなんかないわ! 訂正しなさい!」
「いいやくだらないね! 女ってのは素のままが一番だ。テメエも女のようなナリをしているが、男ならわかるだろ」
「男だけどわからないわ」
美しいものはアタシの好きなもののひとつ。
お化粧もそう。
それにメイクをすると、アタシの権能が喜ぶの。
陰と陽の太極の権能が。
「じゃあ、わかるように説明してやるよ。そこのテメエの彼女の姿を見な」
「見たわ」
「次は目をつぶって、その可愛い子ちゃんがスッピン全裸でテメエの前に座っている姿を想像しな」
「そ、想像したわ」
アタシの脳内にアリスがあられもない、露わな姿で現われる、あら、あら、あら。
「さあ、目を開けてみな、テメエの下の食指はどっちに動いた?」
「そんなこと言えるわけないでしょ!!」
「どっち……かな?」
そう言うアリスの様子は少し嬉しそうにも恥ずかしそうにも見えるけど、どっちかなんで言えないわ。
少なくともみんなが聞いている前では。
でも、アリスのチークの紅が強くて、どれだけ彼女の顔が上気しているかわからないわ。
あーん、お化粧がちょっとジャマね。
「テメエ、今、化粧が邪魔って思っただろ?」
「そ、そんなことないかもよ」
アタシは精一杯に嘘をついたけど、ダメ。
メイクじゃ、この心の動揺は隠せないわ。
「つまりはそういうこった! 男ってのは化粧よりもスッピンピンの方がビンビンなんだよ!」
くっ、なんだかわからないけど、やけに説得力があるわ。
だけど、ダメダメ。
ここで負けるわけにはいかないわ。
「だ、だけど、お化粧ってのは、ただ顔を彩るだけじゃないわ。”綺麗にみせたい”って気持ちも入っているのよ。そうよ、その気持ちが大切なの!」
「はっ、気持ちだぁ」
鼻で笑ったわね。
「いいか、その気持ちはよーくわかる。それは素晴らしいぜ」
「そうでしょ。それに勝るものは無いわ」
「だけどよ、それに化粧は必要かぁ? 男ってのはな! 女ってのものよも! 裸一貫でやるときゃヤルもんだ! 化粧で綺麗になるってのは、武器を持って強くなろうとする男みたいなものだ! そのうち武器に使われるようになったり、武器は立派だが中身が負けてるって言わちまうんだよ。ミタマ、確か、そんなクレイジーな歌があっただろ。ほら、唐のヘッドがどうたらとか」
「クレイジーな歌じゃなくて狂歌よ。そして唐のヘッドじゃなくて唐の頭よ。この歌ね」
ポロロン
「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」
ポロロン
「唐の頭は戦国時代の兜の飾りね。ヤクの尾羽で高級品。本多平八は戦国一の侍、本多忠勝のことよ」
「そうそいつそいつ。外面ばかり化粧で立派にしても、中身が伴わなければバカにされちまうのさ。オレの見立てでは、そこの可愛い子ちゃんはまだまだだ。だけど、テメエのために綺麗になりたいって気持ちはわかるし感じる。なら、まずは素のままで綺麗になるべきだぜ。その方がいい」
「そ、そうかしら?」
「そうだぜ。全裸はレベルが高すぎるから、もちっと肉をつけてオレのような臍出しファッションでコイツに迫ってみな。今よりも食いつきがよくなるぜ。顔は化粧でごまかせるが、スタイルはごまかせねぇ。そして男ってのは、本物の方が好きなのさ」
両手を上に上げて、そのくびれたウエストを見せつけるように、おタマは身体を反る。
「ねぇ、あーゆうのもどうかな? あたしに似合うかな? ランランはどう思う?」
アリスったら、そんな上目使いで見ないでよ。
アリスに似合わない服なんてないし、どちらかといえば清楚系のアリスがあんなじ情熱系の服を着ている姿は、相反するものの合体した太極の権能を持つアタシにズギュンと来るじゃない。
でも、それを言っちゃうと、この女に負けたようで嫌よ。
アリスの前で負ける姿なんて見せたくないわ。
「ねー、ランランってば。似合うかな? 似合わないかな? どっち?」
「あ、ダメだね。コイツは返事してくても出来ないのさ。『似合う』って言えばオレの主張を認めたことになるし、『似合わない』って言ったら、可愛い子ちゃんの臍出し艶姿が金輪際見れなくなっちまってイヤだ。だから言えないんだぜ。なんだいこの店で兄弟最強の用心棒かもと聞いていたけど、案外素直でカワイイじゃないか」
アタシが黙っているのをいいことに、このギャルはアリスの肩を馴れ馴れしく抱いて、クスクスと笑う。
んもう、コイツが男だったら、肩を抱いた時点で表へ連れ出してわからせるんだけど。
相手も女の子で、やってるのは口喧嘩レベルじゃ、そうもいかないわ。
「ま、女ってのはこのライチみたいなものさ。フレッシュなのをそのまま食べるのが一番だぜ」
この生意気だけど口の立つギャルは、そう言ってピキッっとライチの殻を割り、中の真っ白な果実を果汁と一緒にチュピッと食べる。
あら? ライチはフレッシュなものをそのままが一番……。
見つけたわ、この生意気女に付け入る隙を。
「ふふん、そうかしら?」
「は? どういう意味だ?」
「アナタ、今『女もライチもフレッシュなものをそのまま食べるのが一番』みたいなこと言ったでしょ」
「ああ、言ったぜ」
「女の子がお化粧するってのはそのままじゃないってことよね」
「そうさ、女なら真っ向勝負が一番。鍛えた素の美貌と技巧で男を虜にするもんだぜ」
彼女の右手がワキワキと動き、突き出した舌の上でレロレロレロと真っ白なライチが躍る。
あらやだ、いやらしい。
「でもね、こうアナタ言ったわよね。『女ってのはライチみたいなものだ』って」
「ああ」
「じゃあ、ライチにそのままで食べる以外の一番な食べ方があれば、同じように女の子も素のままじゃなくっても一番なやり方があるってことにならない?」
アタシの台詞に彼女のライチを食べる手が一瞬止まる。
「プッ、フフッ、ハハハッ。テメエ面白れぇこと言うな」
「でも筋は通っているでしょ」
「ハハッ、いいぜ、あのお堅い眼鏡野郎よりずっと面白れぇ。そうだな、いいぜ。ライチで、フレッシュなのをそのまま食べるよりも美味ぇ食べ方があったら認めてやるよ。女にも素のままより良い食べ方があるってな」
「言ったわね。確かに聞いたわよ」
「ああ、言ったぜ。そんな大層なものをごちそうしてくれたなら、認めるだけじゃなく、その代金としてこの店に”『ぎゃふん』って言いながら腹を見せて参りましたのポーズ”を払ってやらぁ。だけどよ、食わせてくれなかった場合は……」
「いいわよ、その時はアタシが降参のポーズでも何でもしてあげるわ」
「決まりだな。ミタマも聞いたよな」
ポロン
「はい、しかと。ですが、この新鮮なライチをそのまま食べるのより優れた食べ方なんて無いと思いますが」
「だよな。ライチを使った菓子は飽きるほど食べたオレたちがそう言うんだから、間違いないぜ」
ふたりはそう言って、さらにひとつライチの殻を剥くと、それをチュっと口にする。
「あら、そうかしら。アナタたちは知らないかもしれないけど、この『酒処 七王子』にはそういうことには滅法強い、厨房の守護者がいるんだから! ねっ、珠子ちゃん!」
「そうよ! 珠子ちゃんはスゴイんだから! そのままのライチよりもスゴイ食べ方だって、ホホイのホイでもう一杯よ!」
アタシとアリスの視線が珠子ちゃんに集中する。
いつもなら、ここで珠子ちゃんが『おっまかせくださーい』ってな感じで薄い胸を叩いてくれるはず。
はず……。
……あら?
「ええと、藍ちゃんさん。実はあたしもライチはそのまま派なんです」
「なんですって!?」
「なんですと!?」
うふふ、なんだか久しぶりね。
気が付くと時が経つのは早いもので、アリスが夢の中から戻ってきて半年が過ぎたわ。
冬の間は抗癌治療中の彼女が風邪でもひいたら一大事だと、付きっきりでケアしたものだけど、もう安心。
薬の量も減ってきたし、体力も付いてきたわ。
まだ、身体は少し細いけど。
どちらかというと、こぶと……、ぽっちゃ……、ふくよかな珠子ちゃんとは違うのよねぇ。
でも、あたしはどっちも好きよ。
あらやだ、誤解を生むようないい方だったわね、訂正するわ。
スレンダーでもカービィでも、どっちも好きよ。
ああ、Curvyってのは少し丸っこいって意味ね。
橙依君のやっているゲームだとまん丸だけど、少しよ、ホントよ。
ここまで来ればもう安心よ、病魔なんて怖くないわ。
アタシがママから継いだ太極の権能でどうにでもなるわ。
どんな悪い”あやかし”が敵でも平気よ。
アタシの太極は無敵だもの、負けっこないわ。
アリスはアタシが絶対に守ってみせる。
つきっきりでね。
でもね、そんなワンダホーなアタシでも誰かの助けが必要だったりする時もあるわ。
え? どうせまた珠子ちゃんに助けてもらう話なんでしょですって!?
おあいにくさま、違うわよ。
あら、”そんなにもったいぶるな”ですって。
いいわよ、アタシは焦らすのも焦らされるのも好きだけど、ストレートも好きだものね。
今回はね……、アリスに助けてもらう話なのよ。
◇◇◇◇
ポポロン
はてさて玉は時を超え♪
たまには、たまたま、こりゃたまらん♪
循環、円環、あの子は多感♪
実は熟すか、花散るか♪
ふたりの蜜月いつまでか♪
勝手知らぬこの道は、ひとの夢の物語
万の汗と千の知恵と一滴の物語♪
今宵は甘い物語♪
ポポロン
夜のお店はムードバッチリ。
素敵な曲も流れているし、ふふふ、今日もアタシはハッピーだわ。
「はい、ランランあーん」
アリスの白くて細くて綺麗な指が、真っ白な果実をアタシの唇へ運ぶ。
「あーん」
プチュッ
「あーん、おいしいっ! それじゃ、お返し。はい、あーん」
「あーん」
プチュッ、ちゅぱっ
「あらやだ、アリスったら。アタシの指まで食いつくなんて、いやしんぼさんね」
「だって、ランランのことが大好きで、食べちゃいたいくらいなんだもの」
「あらやだ、食べるのはアタシの方よ」
「そうだった。えへへ」
丸い果実を口の中で転がしながら、アリスは笑う。
「あら、アリスったら、お口の中がコロコロしているわ。まるで鈴みたいね。これが本当の”鈴のように笑う”なのかしら。カワイイわ」
「うふふ、そうよ、あたしは鈴よ。ランランが動くたびに鈴のように鳴くわ」
アリスはその細い身体をゆさぶって「りん、りんっ」と音を立てる。
あらあら、セクシーね。
「ひゅーひゅー、見ろよミタマ、おあついこって。みせつけてくれやがってよ」
「いいじゃないですか、おタマ。誰かと誰かが愛し合う姿は美しいものよ」
アタシたちをガン見しているのは最近『酒処 七王子』でよく見かける”あやかし”。
短パンデニムでお腹が丸見えのギャルっぽい娘と、その友達っぽい古風なシンガーソングライター。
ギャルの方がおタマで、もう片方がミタマって名前だったかしら。
「相変わらずミタマは優等生だな」
「おタマこそ、ワイルドな所は変わらないわね。でも、そこのワイルドなものはとても美味しいそうだわ」
ミタマちゃんの視線の先にあるのは、アタシたちが食べているライチ。
「おう、オレもそいつは気になっていたんだ。店員のねえちゃーん! 注文をたのむぜ! そこのライチを2人前な」
「はーい、かしこまりましたー!! フレッシュライチ二丁!」
厨房からは秒で珠子ちゃんの返事が聞こえてくる。
うふふ、今日も彼女は元気で幸せそうね。
ま、アタシの方が幸せだけど。
「お待たせしました! 本日入荷! 本場台湾直送! 熟れたてフレッシュ! 枝付きライチになりまーす!」
珠子ちゃんがお皿に載せて来たのは、これこそ”鈴なり”ってな具合に枝にぶら下がった赤茶色くて丸いライチの実。
彼女曰く、冷凍じゃないライチを日本で手に入れるのは少し難しいんですって。
「待ってたぜ。この日本でこいつが食べられるなんてよ」
「ええ、冷凍物も食べてみましたが、やっぱり味気なかったわ」
「これぞ人類の叡智! 交通インフラと空輸便の賜物ですっ! さあ、お召上がりください!」
いつもの決め台詞を言いながら、トントンと珠子ちゃんがお皿を置くわ。
「待ちきれねぇぜ」
「おタマったら下品よ。こちらも頂くわ。そちらも約束を憶えててくれたのね。嬉しいわ」
「フレッシュライチが入荷したら真っ先にお知らせするってお約束しましたから。来てくれて嬉しいです。でも、お代はちゃんと頂きますよ」
「ですって、おタマ」
「おういいぜ、代金はトンチキな眼鏡野郎のツケにしといてくれ」
「蒼明さんのツケですね。わっかりましたー! おかわりはいかがですか? いっぱい食べて下さいね」
「あるだけ頼むわ。ふふっ、おいしいわ。この味、久しぶり」チュパッ
あらあら、蒼明ちゃんたら、知らない所で女の子にたかられているわ。
あの子にあんな娘が出来ただなんて、アタシたち兄弟も変わっていくものよね。
「んもう、ランランったら、そっちばかり見ないで、あたしにもおかわりちょうだい」
あら、いけないわ。
少し余所見していたら、アリスの顔がちょっとふくらんじゃった。
「ごめんなさいね。はい、あーん」
「あーん」
アタシが殻を剥いたライチをアリスの口に運ぶと、彼女はまた素敵な笑顔に戻る。
「うん、とってもおいしいっ! 昔食べたライチより、ずっとおいしいわ」
「アリス、それはね……」
「アリスさん、それはですね。このライチが本当にフレッシュだからなんですっ! グルメブームが始まった1980年代後半のバブル期ごろから、日本でライチの販売は一般化しました。ファミレスのメニューに入るくらいに。だけど、それは冷凍ライチ! やはりフレッシュなライチには敵いませんっ!」
「そうなんだ! すごーい! 珠子ちゃんってば、やっぱり物知りなのね。モノリスさんみたい」
あらやだ、ここはアタシが『それはね、アリスの前にアタシがいるからよ』って言いたかったのに。
珠子ちゃんの料理蘊蓄もいいけど、間が悪いわ。
「あれ? アリスさん、お化粧変えました? それに藍ちゃんさんも」
「わかっちゃった?」
「ええ、いつもとメイクの方向性が違いますから。アリスさんはいつもよりチークが強めで生き生きとしていますし、藍ちゃんさんの方はシャドーが弱めで色調がおとなしいというか、素の良さを出すメイクですね。もしかして……」
アタシたちの顔を交互に眺めながら、珠子ちゃんは『そうなのかー』みたいなニヤニヤ笑いをするわ。
「そうよ。今日はアタシたちメイクのしあいっこしたの。アタシがアリスのメイクをして、アリスがアタシにメイクをしてくれたのよ」
「とっても楽しかったの!」
「やっぱり! そうじゃないかと思ったんですよ」
ふふふ、シャワーを浴びて、アタシの部屋でお化粧のしあいっこをして過ごした時は、この上なく嬉しかったわ。
アリスがアタシの手で変わっていくんですもの。
「あーあ、やだやだ。なっちゃいねぇぜ。そんな化粧なんてよ」
向かいの席から聞こえてきた言葉にアタシの耳がピクッと動く
「ちょっと、それどういう意味」
アリスの前では決して見せない鋭い眼光で、アタシは声の主を、おタマを睨む。
「そのままさ。化粧だなんてくだらねぇって言ってんだよ」
「おタマ、失礼よ。ごめんなさいね、そちらに迷惑をかけてしまって」
ミタマちゃんが、生意気ギャルをなだめるけど、そんなんじゃアタシの気は収まらない。
「お化粧はくだらなくなんかないわ! 訂正しなさい!」
「いいやくだらないね! 女ってのは素のままが一番だ。テメエも女のようなナリをしているが、男ならわかるだろ」
「男だけどわからないわ」
美しいものはアタシの好きなもののひとつ。
お化粧もそう。
それにメイクをすると、アタシの権能が喜ぶの。
陰と陽の太極の権能が。
「じゃあ、わかるように説明してやるよ。そこのテメエの彼女の姿を見な」
「見たわ」
「次は目をつぶって、その可愛い子ちゃんがスッピン全裸でテメエの前に座っている姿を想像しな」
「そ、想像したわ」
アタシの脳内にアリスがあられもない、露わな姿で現われる、あら、あら、あら。
「さあ、目を開けてみな、テメエの下の食指はどっちに動いた?」
「そんなこと言えるわけないでしょ!!」
「どっち……かな?」
そう言うアリスの様子は少し嬉しそうにも恥ずかしそうにも見えるけど、どっちかなんで言えないわ。
少なくともみんなが聞いている前では。
でも、アリスのチークの紅が強くて、どれだけ彼女の顔が上気しているかわからないわ。
あーん、お化粧がちょっとジャマね。
「テメエ、今、化粧が邪魔って思っただろ?」
「そ、そんなことないかもよ」
アタシは精一杯に嘘をついたけど、ダメ。
メイクじゃ、この心の動揺は隠せないわ。
「つまりはそういうこった! 男ってのは化粧よりもスッピンピンの方がビンビンなんだよ!」
くっ、なんだかわからないけど、やけに説得力があるわ。
だけど、ダメダメ。
ここで負けるわけにはいかないわ。
「だ、だけど、お化粧ってのは、ただ顔を彩るだけじゃないわ。”綺麗にみせたい”って気持ちも入っているのよ。そうよ、その気持ちが大切なの!」
「はっ、気持ちだぁ」
鼻で笑ったわね。
「いいか、その気持ちはよーくわかる。それは素晴らしいぜ」
「そうでしょ。それに勝るものは無いわ」
「だけどよ、それに化粧は必要かぁ? 男ってのはな! 女ってのものよも! 裸一貫でやるときゃヤルもんだ! 化粧で綺麗になるってのは、武器を持って強くなろうとする男みたいなものだ! そのうち武器に使われるようになったり、武器は立派だが中身が負けてるって言わちまうんだよ。ミタマ、確か、そんなクレイジーな歌があっただろ。ほら、唐のヘッドがどうたらとか」
「クレイジーな歌じゃなくて狂歌よ。そして唐のヘッドじゃなくて唐の頭よ。この歌ね」
ポロロン
「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」
ポロロン
「唐の頭は戦国時代の兜の飾りね。ヤクの尾羽で高級品。本多平八は戦国一の侍、本多忠勝のことよ」
「そうそいつそいつ。外面ばかり化粧で立派にしても、中身が伴わなければバカにされちまうのさ。オレの見立てでは、そこの可愛い子ちゃんはまだまだだ。だけど、テメエのために綺麗になりたいって気持ちはわかるし感じる。なら、まずは素のままで綺麗になるべきだぜ。その方がいい」
「そ、そうかしら?」
「そうだぜ。全裸はレベルが高すぎるから、もちっと肉をつけてオレのような臍出しファッションでコイツに迫ってみな。今よりも食いつきがよくなるぜ。顔は化粧でごまかせるが、スタイルはごまかせねぇ。そして男ってのは、本物の方が好きなのさ」
両手を上に上げて、そのくびれたウエストを見せつけるように、おタマは身体を反る。
「ねぇ、あーゆうのもどうかな? あたしに似合うかな? ランランはどう思う?」
アリスったら、そんな上目使いで見ないでよ。
アリスに似合わない服なんてないし、どちらかといえば清楚系のアリスがあんなじ情熱系の服を着ている姿は、相反するものの合体した太極の権能を持つアタシにズギュンと来るじゃない。
でも、それを言っちゃうと、この女に負けたようで嫌よ。
アリスの前で負ける姿なんて見せたくないわ。
「ねー、ランランってば。似合うかな? 似合わないかな? どっち?」
「あ、ダメだね。コイツは返事してくても出来ないのさ。『似合う』って言えばオレの主張を認めたことになるし、『似合わない』って言ったら、可愛い子ちゃんの臍出し艶姿が金輪際見れなくなっちまってイヤだ。だから言えないんだぜ。なんだいこの店で兄弟最強の用心棒かもと聞いていたけど、案外素直でカワイイじゃないか」
アタシが黙っているのをいいことに、このギャルはアリスの肩を馴れ馴れしく抱いて、クスクスと笑う。
んもう、コイツが男だったら、肩を抱いた時点で表へ連れ出してわからせるんだけど。
相手も女の子で、やってるのは口喧嘩レベルじゃ、そうもいかないわ。
「ま、女ってのはこのライチみたいなものさ。フレッシュなのをそのまま食べるのが一番だぜ」
この生意気だけど口の立つギャルは、そう言ってピキッっとライチの殻を割り、中の真っ白な果実を果汁と一緒にチュピッと食べる。
あら? ライチはフレッシュなものをそのままが一番……。
見つけたわ、この生意気女に付け入る隙を。
「ふふん、そうかしら?」
「は? どういう意味だ?」
「アナタ、今『女もライチもフレッシュなものをそのまま食べるのが一番』みたいなこと言ったでしょ」
「ああ、言ったぜ」
「女の子がお化粧するってのはそのままじゃないってことよね」
「そうさ、女なら真っ向勝負が一番。鍛えた素の美貌と技巧で男を虜にするもんだぜ」
彼女の右手がワキワキと動き、突き出した舌の上でレロレロレロと真っ白なライチが躍る。
あらやだ、いやらしい。
「でもね、こうアナタ言ったわよね。『女ってのはライチみたいなものだ』って」
「ああ」
「じゃあ、ライチにそのままで食べる以外の一番な食べ方があれば、同じように女の子も素のままじゃなくっても一番なやり方があるってことにならない?」
アタシの台詞に彼女のライチを食べる手が一瞬止まる。
「プッ、フフッ、ハハハッ。テメエ面白れぇこと言うな」
「でも筋は通っているでしょ」
「ハハッ、いいぜ、あのお堅い眼鏡野郎よりずっと面白れぇ。そうだな、いいぜ。ライチで、フレッシュなのをそのまま食べるよりも美味ぇ食べ方があったら認めてやるよ。女にも素のままより良い食べ方があるってな」
「言ったわね。確かに聞いたわよ」
「ああ、言ったぜ。そんな大層なものをごちそうしてくれたなら、認めるだけじゃなく、その代金としてこの店に”『ぎゃふん』って言いながら腹を見せて参りましたのポーズ”を払ってやらぁ。だけどよ、食わせてくれなかった場合は……」
「いいわよ、その時はアタシが降参のポーズでも何でもしてあげるわ」
「決まりだな。ミタマも聞いたよな」
ポロン
「はい、しかと。ですが、この新鮮なライチをそのまま食べるのより優れた食べ方なんて無いと思いますが」
「だよな。ライチを使った菓子は飽きるほど食べたオレたちがそう言うんだから、間違いないぜ」
ふたりはそう言って、さらにひとつライチの殻を剥くと、それをチュっと口にする。
「あら、そうかしら。アナタたちは知らないかもしれないけど、この『酒処 七王子』にはそういうことには滅法強い、厨房の守護者がいるんだから! ねっ、珠子ちゃん!」
「そうよ! 珠子ちゃんはスゴイんだから! そのままのライチよりもスゴイ食べ方だって、ホホイのホイでもう一杯よ!」
アタシとアリスの視線が珠子ちゃんに集中する。
いつもなら、ここで珠子ちゃんが『おっまかせくださーい』ってな感じで薄い胸を叩いてくれるはず。
はず……。
……あら?
「ええと、藍ちゃんさん。実はあたしもライチはそのまま派なんです」
「なんですって!?」
「なんですと!?」
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