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第九章 夢想する物語とハッピーエンド
英霊とばっけ味噌(その4) ※全5部
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◇◇◇◇
「やっほー、さんびのおねーちゃん」
ボクはにもつを手に林おじいちゃんの家へもどって、やっほー。
えんがわにはおじいちゃんはいなくって、さんびのおねーちゃんがお料理をはこんでた。
「紫君か、ちょうどいい所じゃの。ちょうど出来上がった所なのじゃ」
「うん、いいよ。うわー、すっごーい」
大きなおさらの上には、おさしみがずらり。
「土佐といえば皿鉢じゃからの。高知は魚が美味いことで有名じゃが、その中でも宿毛は太平洋側と豊後水道側の両方の海の幸が楽しめる良い立地なのじゃ。そして土佐の宴席には酒!」
さんびおねーちゃんのシッポの中にはお酒のビンとおちょうしがクルン。
「人間は故郷の味を大切にするものじゃからの。これを食べれば元気モリモリなのじゃ。おや? それはなんじゃ?」
「ボクも持ってきたよ。林のおじいちゃんが元気になる食べものとお酒と本!」
「それはごくろうさまなのじゃ。ま、妾の料理だけで十分じゃがの」
ト、ト、トンとろうかを進んで、さんびのおねえちゃんは、ふすまをガラッ。
「入るのじゃ」
「おお、もう出来てしまったのか」
タタミのお部屋の中にはおじいちゃんがちょこん。
やっぱ元気なさそう。
「さぁ、ありがたく頂くのじゃ。妾がさっき市場で仕入れてきて、見事に造り上げた皿鉢を!」
おへやのテーブルにお皿がドーン!
「そうさのう。それでは頂くとするか。ふむ、刺身のメインは生カツオか。それと川エビの素揚げに、これは……鯛の巻き寿司じゃの。それにチャンバラ貝か。見事な組み物だな」
「チャンバラ貝!? それっどんな貝なのかな? おもしろそー」
お皿の上には細長くてクルンとした貝。
「チャンバラ貝とは正式にはマガキ貝と呼ぶ巻貝じゃ。ほら、ここに木刀のような足が出ちゅるだろ」
「うん、ちっちゃい刀みたいだよね。あ、そっか、だからチャンバラ貝なんだ。どんな味なのかなー?」
ボクは頭をメトロノームのように左右に動かして、お皿をジー。
「一緒に食べるか?」
「うん、やったぁ!」
「やれやれ、末の弟殿は、まだ甘えんぼじゃの」
「ちがうよ、ボクはあまえんぼじゃないよ。こーすると、みんながお願いを聞いてくれるって知ってるだけだもん」
「そういうのを甘えん坊さんと言うのじゃ。ま、皿鉢はひとりで食べるには多すぎるからの。それもいいじゃろて」
わーい!
ボクはさっそくチャンバラ貝を持って……。
これ、どうやって食べるのかな?
「これはだな、足を持ってゆっくりと捻るように引っ張ればよいがじゃ」
「へー、そうなんだ。ゆっくり……ゆっくり……」
シュポッ
「うわっ、プルプルしてる!?」
「そのまま食べるとよい。チャンバラ貝は新鮮なものを塩ゆでするのが一番。そこの娘さんはわかっちょるようだの」
ボクはそのプルプルした貝のなかみをお口へポン。
ツルッ、プルン
チャンバラ貝はお口の中でプルプルふるえて、かむとクニクニっとした面白いしょっかん!
ちょっと黒いワタのところが苦い気もするけど、それがあまーい身の部分といっしょになって、海の味がオンパレード!
「おいしー、これってサザエよりおいしいかも」
「そうやな。人によってはチャンバラ貝の方を好む者もおる。ワタの味がええきな。さて、他のも食べるとええ」
「うん」
ボクはおさしみとおすしをパクパク。
「おいしー、このカツオのおさしみ」
「11月は戻りカツオの季節じゃからの。初夏の初カツオの季節より脂がのってて美味いのじゃ」
さんびおねーちゃんはじまんそう。
でも、この”さわち”ってとってもおいしい。
エビもパリパリしているし、タイののり巻きもカツオとはぎゃくにスッキリとしておいしい。
いっぱいたべちゃおーっと。
「たんとお食べ。”あやかし”であっても子供は国の宝。おなかいっぱいに食べて大きゅうなるんじゃ」
「うん! でも、林のおじいちゃんはいいの?」
林のおじいちゃんはちょっとしか食べてない。
どれもひとくちくらい。
「いいのだ。儂は皿鉢は何度も食べたきの」
「なら、酒を一献いかがじゃな。土佐の宴席に酒はつきものじゃからの」
「そうだな。頂こう」
トトトとおちょうしから注がれたお酒を林のおじいちゃんはグビッ。
「これは……まさか、黒金屋……」
「気付いたようじゃの。そう! 司牡丹酒造の大吟醸”黒金屋”じゃ! 知っての通り、黒金屋とは司牡丹酒造の昔の屋号での、かの坂本龍馬も飲んだと伝えられている酒なのじゃ」
「坂本りょうまって、ばくまつのスゴイ人だよね。学校でならった!」
へー、これってそんなに有名な人ものんだお酒なんだ。
ボクもひとくちのんでみよーっと。
ボクはこっそりおちょうしからトポポ。
クイッ
ん? んんんっ!?
「か、からっーーー!?」
このお酒ちょっとピリピリする!?
「ハハハ、いたずら坊主にはこの味はまだ早かったようじゃの。高知の酒は日本一とも言われるくらい超絶辛口なのじゃ。どんな脂がのった刺身を食べても、これを飲めばスッキリ満点で次へと箸が進んでしまう酒なのじゃ」
うぇー、そうなんだ。
ボクはもっとあまくちの方が好きだよ。
「う、うぅ……」
ほら、林のおじいちゃんもないてるじゃないか。
「涙を流すほどうまかったようじゃな。やはり土佐は海と水の恵みが豊かな地。それを食べれば感動ものじゃろて」
「なんちゅうものを、なんちゅうものを出してくれるんだ……、こがな酒なんて……」
「この司牡丹は司馬遼太郎原作の『竜馬がゆく』にも登場しているのじゃ。これは大河ドラマにもなった名作なのじゃよ」
「あんまりだ、あんまりだ……、あんまりだぁあああぁあああーーー!!」
「そうかそうか、号泣するほど、うまかったのじゃろ……あれ?」
うーん、これはかんどうしてないているんじゃないと思うな。
「ど、どうしたのじゃ!? 何がそんなにいけんかったのじゃ!?」
「どうもこうもあるか!! どいつもこいつも龍馬竜馬良馬、坂本龍馬!! 土佐の顔をしおってからに!! この酒まで龍馬! 民衆はどんだけ龍馬が好きなんだ!」
キィィーと声を上げ、林のおじいちゃんはおちょうしからお酒をラッパのみ。
「さ、坂本龍馬とお主は仲が悪かったのかの?」
「違う! あんなやつまともに話をしたこともない! あいつの盟友の中岡慎太郎とならある! 乾先生の所に来た時にな!」
えっと、いぬい先生って、いたがきたいすけのことだよね。
鳥居さんがそう話してた。
「じゃあなぜ、そんなに悲しんでるのじゃ?」
「それはだな、土佐の英雄といえば坂本龍馬の話ばっかりやきだ!! 途中で死んだくせに! 死んで何が成せるというがよ! このわし、林有造の方が土佐の、高知の発展に心血を注いだんやぞ! 戊辰戦争で、柏崎で必死に戦い! 明治に至っては弱き民衆の権利のため、自由民権のために戦うた! 我こそは高知の初代県令、林有造であるぞ!」
林のおじいちゃんは机の上に立ち上がって、おちょうしを手に自由の女神のポーズ。
「しかも、しかもだ!!」
「しかも何じゃというのじゃ!?」
「なんてあいつだけ『竜馬がゆく』と『龍馬伝』とで二回も大河ドラマの主役を張っちゅーんじゃーー!! 土佐の英雄の第一人者みたいな顔しおって!! あの郷士風情が!! このわし、林有造ではドラマの主役に役者不足かもしれんが、せめて板垣先生主役の大河ドラマが出来てもええ思わんか! わしの出番も多いろうし! 板垣先生はすごいぞー、幕末の戊辰戦争から明治初期の動乱、やがては自由民権運動の旗印となり、お札の肖像にもなっちょる! へへーん、龍馬のバーカはまだお札にもなっちょらんでやんの」
うん、これしってる。
”しゅらん”ってやつだね。
たまに珠子お姉ちゃんもこうなるもん。
「喝ーッ!!」
そんな時、しょうじの外から大きい声。
「心配になって様子を見に来てみれば、小僧が取り乱しおって。ちっとは落ち着け小僧」
「こ、小僧とは何や!? この俺は大臣にまで昇りつめた林有造だぞ!!」
「大臣だろうが小僧は小僧だ。ま、ずいぶん立派になった所だけは褒めてやる」
「な、なにを偉そうに……、姿を見せろ!!」
林のおじいちゃんはしょうじをスパーン。
ボク知ってるよ、この声が誰だかって。
「あー、鳥居さんだー!」
「おや、あの大声は鳥居殿じゃったか。お主が大声を出すのは珍しいから別人かと思ったのじゃ」
「と、とりいせんせい……」
そこには、テレビの時代げきのように背すじをピンとして立った鳥居さん。
かっこいー。
◇◇◇◇
「まったく、小僧は血気盛んな所は乱世では長所ではあるが、治世では仇となるので注意せよと忠告しただろうに。酒に酔ってその気を出しおって」
「お、お言葉けんど鳥居先生、わしゃこれでも自粛したのであるんじゃぞ。武装蜂起も失敗した後は板垣先生に倣って選挙で戦うようになったし……」
「”立志社の獄”だな。その失敗せぬと気付かぬ所が乾の小僧より劣る所だ。ま、一度の失敗で反省する所は反省すらせぬ者よりマシだがな」
林のおじいちゃんは正座して鳥居さんからのおせっきょうちゅう。
「鳥居殿はこの御仁と知り合いじゃったのか?」
「左様。儂は丸亀藩にお預けの身であったが、万延二年、1861年の春より城下での鍼灸や漢方による施術を許されておった。そこから明治元年、1868年に赦免を受けるまで何千人もの患者を診た。あとは幕末の動乱で儂の知見を求めに来た藩士たちに教えを説いたりもした。こやつもそのひとり」
「鳥居殿は丸亀藩のお預けであったのじゃろう? ここ土佐と丸亀とでは四国の太平洋側と瀬戸内側、世話になるにはちょっと距離がありゃせぬか? 当時は人の往来も自由ではなく、道も困難であったと思うのじゃが」
「左様、讃美殿の意見はごもっとも。されど、丸亀は土佐藩の参勤交代の折に丸亀本陣が置かれた地でもあります。四国から大阪への海の玄関口でもありました。ゆえに高知から丸亀への山越えの道も整備されておりました。この小僧は丸亀を何度も訪れ、そしてそこでハメを外すことも、時には脱藩まがいで丸亀に来ることも……」
そう言って鳥居さんは林のおじいちゃんをチラリ。
「土佐藩士は血気盛ん。国元から離れた丸亀の福島遊郭で騒動を起こし、やれ藩医には見せられぬ、されど身分の低い町医者に診てもらうのは嫌だとダダをこねた小僧共が秘密裏に儂を頼ることもありましてな。特にこの小僧は同じ林つながりの縁だとか言いおって慣れ馴れしくしおったのだ。儂の実家の林家と土佐窪川山内の林家は戦国以前にまで遡らぬと交わらぬというのに」
鳥居さんの実家が林家ってのは何度か聞いたことある。
そういえば林のおじいちゃんと苗字が同じだね。
「いやはや、その時分には大変お世話に、アレを内密にして頂いたことは今でも感謝を……」
「アレとは何のことであるかな? 先ほどの遊郭での騒動のことかな? それとも戊辰戦争の四国戦線で、丸亀藩を土佐側に寝返らせるため、お前と板垣と大江の小僧共を丸亀の小僧共に密かに引き合わせたことであるかな?」
「と、鳥居先生! それはシー、シーですぞ!」
「鳥居殿は生前そんなことまでやっておったのか。あきれた”ようかい”じゃの」
「さんびおねーちゃん、そんなことってなーに?」
なんだかむずかしい歴史の話をしているのはわかるけど、よくわかんない。
ぼしん戦争くらいかな、わかるのは。
学校でならった!
「幕末の戊辰戦争ではな、土佐藩が朝敵となった高松藩を討つ勅命を受けたのじゃが、その道中にある丸亀、多度津藩も土佐側に付いたのじゃ。詳細な理由は不明じゃ。高松藩が嫌いだからじゃったとか、藩士が機を見るに敏であったとか諸説あるのじゃ」
「へー、ぼしん戦争って京都とか東北だけじゃなかったんだね」
歴史ってむずかしいな。
「安心せい小僧。そのことは日記にもしたためておらぬ。権現様が人生を掛けて手に入れた大政を奉還するなどという愚を犯した幕府は一度滅びて当然。しかる後に再興となるべきなのだ。今風に言えば、スクラップビルドであるな」
鳥居さん楽しそう。
黄貴お兄ちゃんとも同じような話をしてたよね。
「やけんど鳥居先生、儂はどうすればいいのでしょう。このまま坂本のヤツが土佐の偉人代表のような顔をされるのは我慢なりません」
「そう逸るな。その答えは小僧の中にある」
「お、儂の中にですか?」
「そうだ。そして、それに至る鍵は紫君殿が持っておる」
鳥居さんがボクを、ボクの荷物をチラッ。
「この少年がですか?」
「うん! ボクも食べ物を持ってきたんだよ。その鍵とかヒントとかはよくわかんないけど、これを食べればきっと林のおじいちゃんも元気になるよ!」
ボクが持ち上げた袋の中でビンがカチンと音を立てた。
「やっほー、さんびのおねーちゃん」
ボクはにもつを手に林おじいちゃんの家へもどって、やっほー。
えんがわにはおじいちゃんはいなくって、さんびのおねーちゃんがお料理をはこんでた。
「紫君か、ちょうどいい所じゃの。ちょうど出来上がった所なのじゃ」
「うん、いいよ。うわー、すっごーい」
大きなおさらの上には、おさしみがずらり。
「土佐といえば皿鉢じゃからの。高知は魚が美味いことで有名じゃが、その中でも宿毛は太平洋側と豊後水道側の両方の海の幸が楽しめる良い立地なのじゃ。そして土佐の宴席には酒!」
さんびおねーちゃんのシッポの中にはお酒のビンとおちょうしがクルン。
「人間は故郷の味を大切にするものじゃからの。これを食べれば元気モリモリなのじゃ。おや? それはなんじゃ?」
「ボクも持ってきたよ。林のおじいちゃんが元気になる食べものとお酒と本!」
「それはごくろうさまなのじゃ。ま、妾の料理だけで十分じゃがの」
ト、ト、トンとろうかを進んで、さんびのおねえちゃんは、ふすまをガラッ。
「入るのじゃ」
「おお、もう出来てしまったのか」
タタミのお部屋の中にはおじいちゃんがちょこん。
やっぱ元気なさそう。
「さぁ、ありがたく頂くのじゃ。妾がさっき市場で仕入れてきて、見事に造り上げた皿鉢を!」
おへやのテーブルにお皿がドーン!
「そうさのう。それでは頂くとするか。ふむ、刺身のメインは生カツオか。それと川エビの素揚げに、これは……鯛の巻き寿司じゃの。それにチャンバラ貝か。見事な組み物だな」
「チャンバラ貝!? それっどんな貝なのかな? おもしろそー」
お皿の上には細長くてクルンとした貝。
「チャンバラ貝とは正式にはマガキ貝と呼ぶ巻貝じゃ。ほら、ここに木刀のような足が出ちゅるだろ」
「うん、ちっちゃい刀みたいだよね。あ、そっか、だからチャンバラ貝なんだ。どんな味なのかなー?」
ボクは頭をメトロノームのように左右に動かして、お皿をジー。
「一緒に食べるか?」
「うん、やったぁ!」
「やれやれ、末の弟殿は、まだ甘えんぼじゃの」
「ちがうよ、ボクはあまえんぼじゃないよ。こーすると、みんながお願いを聞いてくれるって知ってるだけだもん」
「そういうのを甘えん坊さんと言うのじゃ。ま、皿鉢はひとりで食べるには多すぎるからの。それもいいじゃろて」
わーい!
ボクはさっそくチャンバラ貝を持って……。
これ、どうやって食べるのかな?
「これはだな、足を持ってゆっくりと捻るように引っ張ればよいがじゃ」
「へー、そうなんだ。ゆっくり……ゆっくり……」
シュポッ
「うわっ、プルプルしてる!?」
「そのまま食べるとよい。チャンバラ貝は新鮮なものを塩ゆでするのが一番。そこの娘さんはわかっちょるようだの」
ボクはそのプルプルした貝のなかみをお口へポン。
ツルッ、プルン
チャンバラ貝はお口の中でプルプルふるえて、かむとクニクニっとした面白いしょっかん!
ちょっと黒いワタのところが苦い気もするけど、それがあまーい身の部分といっしょになって、海の味がオンパレード!
「おいしー、これってサザエよりおいしいかも」
「そうやな。人によってはチャンバラ貝の方を好む者もおる。ワタの味がええきな。さて、他のも食べるとええ」
「うん」
ボクはおさしみとおすしをパクパク。
「おいしー、このカツオのおさしみ」
「11月は戻りカツオの季節じゃからの。初夏の初カツオの季節より脂がのってて美味いのじゃ」
さんびおねーちゃんはじまんそう。
でも、この”さわち”ってとってもおいしい。
エビもパリパリしているし、タイののり巻きもカツオとはぎゃくにスッキリとしておいしい。
いっぱいたべちゃおーっと。
「たんとお食べ。”あやかし”であっても子供は国の宝。おなかいっぱいに食べて大きゅうなるんじゃ」
「うん! でも、林のおじいちゃんはいいの?」
林のおじいちゃんはちょっとしか食べてない。
どれもひとくちくらい。
「いいのだ。儂は皿鉢は何度も食べたきの」
「なら、酒を一献いかがじゃな。土佐の宴席に酒はつきものじゃからの」
「そうだな。頂こう」
トトトとおちょうしから注がれたお酒を林のおじいちゃんはグビッ。
「これは……まさか、黒金屋……」
「気付いたようじゃの。そう! 司牡丹酒造の大吟醸”黒金屋”じゃ! 知っての通り、黒金屋とは司牡丹酒造の昔の屋号での、かの坂本龍馬も飲んだと伝えられている酒なのじゃ」
「坂本りょうまって、ばくまつのスゴイ人だよね。学校でならった!」
へー、これってそんなに有名な人ものんだお酒なんだ。
ボクもひとくちのんでみよーっと。
ボクはこっそりおちょうしからトポポ。
クイッ
ん? んんんっ!?
「か、からっーーー!?」
このお酒ちょっとピリピリする!?
「ハハハ、いたずら坊主にはこの味はまだ早かったようじゃの。高知の酒は日本一とも言われるくらい超絶辛口なのじゃ。どんな脂がのった刺身を食べても、これを飲めばスッキリ満点で次へと箸が進んでしまう酒なのじゃ」
うぇー、そうなんだ。
ボクはもっとあまくちの方が好きだよ。
「う、うぅ……」
ほら、林のおじいちゃんもないてるじゃないか。
「涙を流すほどうまかったようじゃな。やはり土佐は海と水の恵みが豊かな地。それを食べれば感動ものじゃろて」
「なんちゅうものを、なんちゅうものを出してくれるんだ……、こがな酒なんて……」
「この司牡丹は司馬遼太郎原作の『竜馬がゆく』にも登場しているのじゃ。これは大河ドラマにもなった名作なのじゃよ」
「あんまりだ、あんまりだ……、あんまりだぁあああぁあああーーー!!」
「そうかそうか、号泣するほど、うまかったのじゃろ……あれ?」
うーん、これはかんどうしてないているんじゃないと思うな。
「ど、どうしたのじゃ!? 何がそんなにいけんかったのじゃ!?」
「どうもこうもあるか!! どいつもこいつも龍馬竜馬良馬、坂本龍馬!! 土佐の顔をしおってからに!! この酒まで龍馬! 民衆はどんだけ龍馬が好きなんだ!」
キィィーと声を上げ、林のおじいちゃんはおちょうしからお酒をラッパのみ。
「さ、坂本龍馬とお主は仲が悪かったのかの?」
「違う! あんなやつまともに話をしたこともない! あいつの盟友の中岡慎太郎とならある! 乾先生の所に来た時にな!」
えっと、いぬい先生って、いたがきたいすけのことだよね。
鳥居さんがそう話してた。
「じゃあなぜ、そんなに悲しんでるのじゃ?」
「それはだな、土佐の英雄といえば坂本龍馬の話ばっかりやきだ!! 途中で死んだくせに! 死んで何が成せるというがよ! このわし、林有造の方が土佐の、高知の発展に心血を注いだんやぞ! 戊辰戦争で、柏崎で必死に戦い! 明治に至っては弱き民衆の権利のため、自由民権のために戦うた! 我こそは高知の初代県令、林有造であるぞ!」
林のおじいちゃんは机の上に立ち上がって、おちょうしを手に自由の女神のポーズ。
「しかも、しかもだ!!」
「しかも何じゃというのじゃ!?」
「なんてあいつだけ『竜馬がゆく』と『龍馬伝』とで二回も大河ドラマの主役を張っちゅーんじゃーー!! 土佐の英雄の第一人者みたいな顔しおって!! あの郷士風情が!! このわし、林有造ではドラマの主役に役者不足かもしれんが、せめて板垣先生主役の大河ドラマが出来てもええ思わんか! わしの出番も多いろうし! 板垣先生はすごいぞー、幕末の戊辰戦争から明治初期の動乱、やがては自由民権運動の旗印となり、お札の肖像にもなっちょる! へへーん、龍馬のバーカはまだお札にもなっちょらんでやんの」
うん、これしってる。
”しゅらん”ってやつだね。
たまに珠子お姉ちゃんもこうなるもん。
「喝ーッ!!」
そんな時、しょうじの外から大きい声。
「心配になって様子を見に来てみれば、小僧が取り乱しおって。ちっとは落ち着け小僧」
「こ、小僧とは何や!? この俺は大臣にまで昇りつめた林有造だぞ!!」
「大臣だろうが小僧は小僧だ。ま、ずいぶん立派になった所だけは褒めてやる」
「な、なにを偉そうに……、姿を見せろ!!」
林のおじいちゃんはしょうじをスパーン。
ボク知ってるよ、この声が誰だかって。
「あー、鳥居さんだー!」
「おや、あの大声は鳥居殿じゃったか。お主が大声を出すのは珍しいから別人かと思ったのじゃ」
「と、とりいせんせい……」
そこには、テレビの時代げきのように背すじをピンとして立った鳥居さん。
かっこいー。
◇◇◇◇
「まったく、小僧は血気盛んな所は乱世では長所ではあるが、治世では仇となるので注意せよと忠告しただろうに。酒に酔ってその気を出しおって」
「お、お言葉けんど鳥居先生、わしゃこれでも自粛したのであるんじゃぞ。武装蜂起も失敗した後は板垣先生に倣って選挙で戦うようになったし……」
「”立志社の獄”だな。その失敗せぬと気付かぬ所が乾の小僧より劣る所だ。ま、一度の失敗で反省する所は反省すらせぬ者よりマシだがな」
林のおじいちゃんは正座して鳥居さんからのおせっきょうちゅう。
「鳥居殿はこの御仁と知り合いじゃったのか?」
「左様。儂は丸亀藩にお預けの身であったが、万延二年、1861年の春より城下での鍼灸や漢方による施術を許されておった。そこから明治元年、1868年に赦免を受けるまで何千人もの患者を診た。あとは幕末の動乱で儂の知見を求めに来た藩士たちに教えを説いたりもした。こやつもそのひとり」
「鳥居殿は丸亀藩のお預けであったのじゃろう? ここ土佐と丸亀とでは四国の太平洋側と瀬戸内側、世話になるにはちょっと距離がありゃせぬか? 当時は人の往来も自由ではなく、道も困難であったと思うのじゃが」
「左様、讃美殿の意見はごもっとも。されど、丸亀は土佐藩の参勤交代の折に丸亀本陣が置かれた地でもあります。四国から大阪への海の玄関口でもありました。ゆえに高知から丸亀への山越えの道も整備されておりました。この小僧は丸亀を何度も訪れ、そしてそこでハメを外すことも、時には脱藩まがいで丸亀に来ることも……」
そう言って鳥居さんは林のおじいちゃんをチラリ。
「土佐藩士は血気盛ん。国元から離れた丸亀の福島遊郭で騒動を起こし、やれ藩医には見せられぬ、されど身分の低い町医者に診てもらうのは嫌だとダダをこねた小僧共が秘密裏に儂を頼ることもありましてな。特にこの小僧は同じ林つながりの縁だとか言いおって慣れ馴れしくしおったのだ。儂の実家の林家と土佐窪川山内の林家は戦国以前にまで遡らぬと交わらぬというのに」
鳥居さんの実家が林家ってのは何度か聞いたことある。
そういえば林のおじいちゃんと苗字が同じだね。
「いやはや、その時分には大変お世話に、アレを内密にして頂いたことは今でも感謝を……」
「アレとは何のことであるかな? 先ほどの遊郭での騒動のことかな? それとも戊辰戦争の四国戦線で、丸亀藩を土佐側に寝返らせるため、お前と板垣と大江の小僧共を丸亀の小僧共に密かに引き合わせたことであるかな?」
「と、鳥居先生! それはシー、シーですぞ!」
「鳥居殿は生前そんなことまでやっておったのか。あきれた”ようかい”じゃの」
「さんびおねーちゃん、そんなことってなーに?」
なんだかむずかしい歴史の話をしているのはわかるけど、よくわかんない。
ぼしん戦争くらいかな、わかるのは。
学校でならった!
「幕末の戊辰戦争ではな、土佐藩が朝敵となった高松藩を討つ勅命を受けたのじゃが、その道中にある丸亀、多度津藩も土佐側に付いたのじゃ。詳細な理由は不明じゃ。高松藩が嫌いだからじゃったとか、藩士が機を見るに敏であったとか諸説あるのじゃ」
「へー、ぼしん戦争って京都とか東北だけじゃなかったんだね」
歴史ってむずかしいな。
「安心せい小僧。そのことは日記にもしたためておらぬ。権現様が人生を掛けて手に入れた大政を奉還するなどという愚を犯した幕府は一度滅びて当然。しかる後に再興となるべきなのだ。今風に言えば、スクラップビルドであるな」
鳥居さん楽しそう。
黄貴お兄ちゃんとも同じような話をしてたよね。
「やけんど鳥居先生、儂はどうすればいいのでしょう。このまま坂本のヤツが土佐の偉人代表のような顔をされるのは我慢なりません」
「そう逸るな。その答えは小僧の中にある」
「お、儂の中にですか?」
「そうだ。そして、それに至る鍵は紫君殿が持っておる」
鳥居さんがボクを、ボクの荷物をチラッ。
「この少年がですか?」
「うん! ボクも食べ物を持ってきたんだよ。その鍵とかヒントとかはよくわかんないけど、これを食べればきっと林のおじいちゃんも元気になるよ!」
ボクが持ち上げた袋の中でビンがカチンと音を立てた。
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花鈿の後宮妃 皇帝を守るため、お毒見係になりました
秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
キャラ文芸
旧題:花鈿の後宮妃 ~ヒロインに殺される皇帝を守るため、お毒見係になりました
青龍国に住む黄明凛(こう めいりん)は、寺の階段から落ちたことをきっかけに、自分が前世で読んだ中華風ファンタジー小説『玲玉記』の世界に転生していたことに気付く。
小説『玲玉記』の主人公である皇太后・夏玲玉(か れいぎょく)は、皇帝と皇后を暗殺して自らが皇位に着くという強烈キャラ。
玲玉に殺される運命である皇帝&皇后の身に起こる悲劇を阻止して、二人を添い遂げさせてあげたい!そう思った明凛は後宮妃として入内し、二人を陰から支えることに決める。
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