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第八章 動転する物語とハッピーエンド
化け猫遊女とカレイの刺身(その3) ※全5部
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◇◇◇◇
「あれはまだ、わっちが化ける前、ただの猫だった頃の話にゃ。わっちは吉原の中でとある童女に可愛がられていたニャ。名は楪、お魚、特に鰈が大好きな明るくて優しい女の子だったニャ」
「楪は木へんに葉、鰈は魚へんに葉と書きますからね。名前から興味を持たれたのでしょうか。あたしも小さいころ卵料理が好きだった理由もそうでしたから」
なるほど、珠子さんの好物は卵料理ですか。
「そうかもしれないニャね。その楪の母は遊女で、楪も母と同じように遊女の道を進んだニャ」
「左様、当時の吉原では遊女が生んだ子が沢山おりました。養子として出されるならば運の良い方。男ならばどこかの下働きとして奉公に出され、女ならば母と同じく遊女とならざるを得なかった場合も多かったと聞いております」
「時代とはいえ、世知辛いねぇ」
緑乱兄さんの言う通りですね。
化け猫遊女さんはその楪さんが道を選んだではなく道を進んだと言いました。
きっとその道しかなかったのでしょう。
「でもにゃぁ、おまんまの食いぱぐれがなかっただけましかもしれないニャ。楪は美女で有名だった母に似て美人で頭もよかったにゃ。太夫まではいかにゃかったけど、格子太夫にまでなったのにゃ」
「鳥居様、太夫は知っていますけど、格子太夫って何ですか?」
「珠子殿、格子太夫とは太夫に次ぐ遊女の格であります。太夫ともなれば馴染みの客からの指名だけとなりますが、格子太夫は指名がない時には格子と呼ばれる遊女の姿が見える所にて、客に見定められて買われます。ゆえに格子太夫」
「ペットショップの透明なゲージのようなものですね。性を見世物のようにして買われるなんて、あまりいい気はしませんね」クイッ
「左様、返す言葉もありませぬ。ですが、そこは歴史に存在した事実として受け止めて頂きたい」
鳥居さんはそう言って軽く頭を下げる。
「そういう時代にゃったのよ。でも楪は頑張って28歳まで勤め上げ、遊郭の主人、楼主への借金の返済もほぼ終えたのにゃ。じきに引退か誰かに身請けされるのではないかと噂されるようになったのにゃ」
書物で学んだことがあります。
遊郭で育てられた、もしくは遊郭に売られた娘はその育成費や売られた代金を借金として抱えさせられて、それを返済するまで自由の身とならないという事を。
「へー、28歳だなんて、結構若いうちに引退するんですね」
「当時ではそれくらいが辞め時だったにゃよ。楪は以前から何度も身請けの話はあったのにゃが、そのたびにある条件を付けてそれを断っていたのニャ」
「28歳ともなると、借金による奉公の年季は明けたも同然。ならば、その楪とやらは誰ぞか想い人でも居たのかもしれませぬな。その歳まで奉公を勤め、その者と添い遂げるために」
「そうかもしれないニャね。借金を全て返済して結ばれるか、少額の身請け金で結ばれるか、そのどちらかを目指していたのかもしれないニャね。でも28歳にゃから……」
「薹が立っておるので正妻は難しいであろうな」
「は? あたしより若い28歳の何が立っているですって!?」
年齢の話に珠子さんが過敏に反応しました。
「れ、歴史上の話であります珠子殿。え、江戸時代の話、現代の基準ではありませんゆえ、珠子殿は……かわいらしいですぞ」
少し語気の荒い珠子さんに対し、鳥居さんが慌てて取り繕う。
「そうにゃ。現代では28歳なんてまだ若いにゃ。でも、当時はそうではなかったにゃよ」
「それで、そのある条件というのは何でしょうか?」クイッ
「『かたわれ魚のかたわれを持ってきた者になら身請けされてもいい』というものにゃ」
かたわれ魚のかたわれ?
「かたわれ魚とは鰈の古い呼び方ですね。でもその”かたわれ”とは何でしょうか」
話を聞いていた板前長さんが”かたわれ魚”について解説してくれました。
なるほど、カレイのことでしたか。
ならば、そのかたわれとは……ヒラメでしょうか。
「ヒラメじゃねぇのか? ほら、左ヒラメの右カレイって言うじゃねぇか。ヒラメとカレイを裏側で合わせれば寄り添って海中を泳ぐちゃんとした魚みたいに見えるぜ」
私と同じ結論に達した緑乱兄さんが化け猫遊女さんに語り掛けます。
「そう思った男も多かったにゃ。だけどヒラメを持ってきた男に対し楪は『ヒラメとカレイは似て異なる魚。決して結ばれることはありませぬ』にゃーんて言って断ったのにゃ。やがて楪は『彼女は無理難題を出して誰からも身請けされる気はないのではないか!?』と思われるようになったにゃ」
「……それで、その楪さんはどうなったのですか?」
板前長さんが少し真剣な面持ちで化け猫遊女さんに尋ねます。
「さあ? ある朝を境に吉原から消えたにゃ。廓抜けをしたのか、それともどこかのお大尽に身請けされたのか、それとも急病で死んだのか、わっちにはわからないにゃ。でも、その朝に出たカレイがとっても美味しかったのだけは憶えているにゃ。禿や下働きの男もみんな今までで一番美味しいって食べてたにゃ」
「なるほど、その朝のカレイが化け猫遊女さんがお求めの味ですか」
「そうにゃ。でも、あれから300年……わっちが年を経て化け猫遊女となって、色々なカレイを食べたのにゃけど、未だにその味に再会していないにゃ……」
ほんの少ししんみりと、化け猫遊女さんはその思い出を語りました。
「化け猫遊女さんは好きだったのですね、その楪さんのことが。だから、その思い出の最期のカレイの味が忘れられないと」
「そうかもしれにゃいね。それがわっちが猫だった頃の心残りにゃ。ああ、あの時、わっちが化けていれば、楪の行方を知ることも出来たかもしれにゃいのに」
猫は年を経ると化け猫になります。
ですが、それは生まれた時より強者であった私と違い、無力できゃわいい猫であった時が必ずあるということ。
その時の心残りが未だ消えないのでしょう。
「ねえ鳥居様。その楪さんって遊女さんの行く末に心当たりってありません?」
「これはまた無茶な問いかけですな。儂が南町奉行を勤めていたのは天保12年、西暦では1841年のことであります。化け猫遊女殿が楪という遊女と別れたのは約300年前、1718年とすると、吉宗様の治世であります。その差100年以上。よほど有名な遊女でもなければ儂が知る由もありませぬ」
「あー、そういやそうですよね」
「うーん、ちょっと違うにゃ。その時の将軍様は綱吉様だったニャ。生類憐みなんとかという生き物を大事にするお触れがあって、わっちたち猫も大切にされていたのを憶えているにゃよ」
「左様でありましたか。生類憐みの令の最中であるなら320年ほど前でありますな西暦1700年頃でしょう。綱吉様が家宣様に将軍職を譲られたのが元禄17年、1704年であります。この年に生類憐みの令は廃されましたゆえ」
「”あやかし”ってのは大雑把だからよ。20年くらいは約300年ですませちゃうのさ」
徳川綱吉は五代将軍、吉宗は八代将軍。
その開きは大きいように思えますが、実際は20年も間は空いていません。
ここらの感覚は人間と”あやかし”とでは違うのでしょう。
「しかし綱吉様の治世とわかっても、楪という遊女の行く末はわかりませぬな。せめてもっと有名な家名でも登場すれば話は違うのですが……」
「やっぱ無理じゃね。当時の吉原の遊女のひとりがどうなったかだなんて、わかりゃしねぇよ」
緑乱兄さんは早々に無理だと諦めて、お酒をチビチビと飲み始めています。
私も無理だと思います。
ですが……ここのお節介さんはそうではないようですね。
珠子さんの目は真剣。
そして、板前長さんの目も。
「ねぇ化け猫遊女さん。その楪さんのお父さんについて何か憶えていることはありません?」
「うーん……そういえば、楪が一度だけ話してくれたことがあったニャ。楪の父は偉いお医者さんで、確か名は村上そうにゃんとか」
「……村上宗伯」
化け猫遊女さんの話に鳥居さんがボソッとつぶやきます。
「そう、そんな名にゃ」
「ご存知なのですか鳥居様!? 鳥居様の生きていた時代より100年以上も前の人を!?」
不意に出てきた”村上宗伯”という人物。
それを知っているという鳥居さんに珠子さんが驚きの声を上げます。
「高名な医師の村上という名であれば儂が知らぬはずがなかろう。だが、儂では『かたわれ魚のかたわれ』がわからぬ……」
そう言って鳥居さんは珠子さんと板前長さんを見ます。
「ああ、そっちのことならお任せ下さい。あたしはわかってますから。板前長さんもそうでしょ」
これくらいはわかって当然といった顔つきで珠子さんが手にVサイン。
「ええ、今、それを手に入れる算段を付けた所です」
「さっすがー! あれをすぐ手配できるなんて、いよっ日本一!」
「なるほど、珠子殿、板前長殿、少しよろしいかな」
そう言って鳥居さんは私たちから少し距離を置き、そこで珠子さんと板前長さんと何やら会話をします。
「……なるほど、鳥居様の仮説だとそういうことですか」
「わかりました。魚は目黒に届けるよう手配を取りましょう。話の流れはこんな感じではどうでしょうか」
「あっ、それいいですね。やっぱかなわないなぁ」
「うむ、ではそのように」
そんな小声がひとしきり聞こえた後、3人はクルッっとこっちを向き直ります。
「化け猫遊女さん喜んで下さい! 楪さんの行く末がわかるかもしれません!」
「本当にゃ!?」
「左様、しかしそれをここで口で説明しても信憑性に欠けまする。これから目黒不動尊の境内に向かいましょう。そこに村上宗伯の文字が刻まれた石碑がございます」
そう言って鳥居さんは私たちを促します。
楪さんが言っていた父親”村上宗伯”のヒントがそこにあるという事です。
ですが……、
「で、その村上宗伯という方はどんな人物なのですか?」クイッ
残念ながら私の知識ではその人物に心当たりがありません。
「そやつは中津藩の藩医の家系の開祖。子孫には村上玄水という男がおります。そして、その村上玄水は……」
そう言って鳥居さんは少し複雑な顔を浮かべて言葉を続けました。
「村上玄水は、儂の憎っくき蘭学者のひとりよ」
「あれはまだ、わっちが化ける前、ただの猫だった頃の話にゃ。わっちは吉原の中でとある童女に可愛がられていたニャ。名は楪、お魚、特に鰈が大好きな明るくて優しい女の子だったニャ」
「楪は木へんに葉、鰈は魚へんに葉と書きますからね。名前から興味を持たれたのでしょうか。あたしも小さいころ卵料理が好きだった理由もそうでしたから」
なるほど、珠子さんの好物は卵料理ですか。
「そうかもしれないニャね。その楪の母は遊女で、楪も母と同じように遊女の道を進んだニャ」
「左様、当時の吉原では遊女が生んだ子が沢山おりました。養子として出されるならば運の良い方。男ならばどこかの下働きとして奉公に出され、女ならば母と同じく遊女とならざるを得なかった場合も多かったと聞いております」
「時代とはいえ、世知辛いねぇ」
緑乱兄さんの言う通りですね。
化け猫遊女さんはその楪さんが道を選んだではなく道を進んだと言いました。
きっとその道しかなかったのでしょう。
「でもにゃぁ、おまんまの食いぱぐれがなかっただけましかもしれないニャ。楪は美女で有名だった母に似て美人で頭もよかったにゃ。太夫まではいかにゃかったけど、格子太夫にまでなったのにゃ」
「鳥居様、太夫は知っていますけど、格子太夫って何ですか?」
「珠子殿、格子太夫とは太夫に次ぐ遊女の格であります。太夫ともなれば馴染みの客からの指名だけとなりますが、格子太夫は指名がない時には格子と呼ばれる遊女の姿が見える所にて、客に見定められて買われます。ゆえに格子太夫」
「ペットショップの透明なゲージのようなものですね。性を見世物のようにして買われるなんて、あまりいい気はしませんね」クイッ
「左様、返す言葉もありませぬ。ですが、そこは歴史に存在した事実として受け止めて頂きたい」
鳥居さんはそう言って軽く頭を下げる。
「そういう時代にゃったのよ。でも楪は頑張って28歳まで勤め上げ、遊郭の主人、楼主への借金の返済もほぼ終えたのにゃ。じきに引退か誰かに身請けされるのではないかと噂されるようになったのにゃ」
書物で学んだことがあります。
遊郭で育てられた、もしくは遊郭に売られた娘はその育成費や売られた代金を借金として抱えさせられて、それを返済するまで自由の身とならないという事を。
「へー、28歳だなんて、結構若いうちに引退するんですね」
「当時ではそれくらいが辞め時だったにゃよ。楪は以前から何度も身請けの話はあったのにゃが、そのたびにある条件を付けてそれを断っていたのニャ」
「28歳ともなると、借金による奉公の年季は明けたも同然。ならば、その楪とやらは誰ぞか想い人でも居たのかもしれませぬな。その歳まで奉公を勤め、その者と添い遂げるために」
「そうかもしれないニャね。借金を全て返済して結ばれるか、少額の身請け金で結ばれるか、そのどちらかを目指していたのかもしれないニャね。でも28歳にゃから……」
「薹が立っておるので正妻は難しいであろうな」
「は? あたしより若い28歳の何が立っているですって!?」
年齢の話に珠子さんが過敏に反応しました。
「れ、歴史上の話であります珠子殿。え、江戸時代の話、現代の基準ではありませんゆえ、珠子殿は……かわいらしいですぞ」
少し語気の荒い珠子さんに対し、鳥居さんが慌てて取り繕う。
「そうにゃ。現代では28歳なんてまだ若いにゃ。でも、当時はそうではなかったにゃよ」
「それで、そのある条件というのは何でしょうか?」クイッ
「『かたわれ魚のかたわれを持ってきた者になら身請けされてもいい』というものにゃ」
かたわれ魚のかたわれ?
「かたわれ魚とは鰈の古い呼び方ですね。でもその”かたわれ”とは何でしょうか」
話を聞いていた板前長さんが”かたわれ魚”について解説してくれました。
なるほど、カレイのことでしたか。
ならば、そのかたわれとは……ヒラメでしょうか。
「ヒラメじゃねぇのか? ほら、左ヒラメの右カレイって言うじゃねぇか。ヒラメとカレイを裏側で合わせれば寄り添って海中を泳ぐちゃんとした魚みたいに見えるぜ」
私と同じ結論に達した緑乱兄さんが化け猫遊女さんに語り掛けます。
「そう思った男も多かったにゃ。だけどヒラメを持ってきた男に対し楪は『ヒラメとカレイは似て異なる魚。決して結ばれることはありませぬ』にゃーんて言って断ったのにゃ。やがて楪は『彼女は無理難題を出して誰からも身請けされる気はないのではないか!?』と思われるようになったにゃ」
「……それで、その楪さんはどうなったのですか?」
板前長さんが少し真剣な面持ちで化け猫遊女さんに尋ねます。
「さあ? ある朝を境に吉原から消えたにゃ。廓抜けをしたのか、それともどこかのお大尽に身請けされたのか、それとも急病で死んだのか、わっちにはわからないにゃ。でも、その朝に出たカレイがとっても美味しかったのだけは憶えているにゃ。禿や下働きの男もみんな今までで一番美味しいって食べてたにゃ」
「なるほど、その朝のカレイが化け猫遊女さんがお求めの味ですか」
「そうにゃ。でも、あれから300年……わっちが年を経て化け猫遊女となって、色々なカレイを食べたのにゃけど、未だにその味に再会していないにゃ……」
ほんの少ししんみりと、化け猫遊女さんはその思い出を語りました。
「化け猫遊女さんは好きだったのですね、その楪さんのことが。だから、その思い出の最期のカレイの味が忘れられないと」
「そうかもしれにゃいね。それがわっちが猫だった頃の心残りにゃ。ああ、あの時、わっちが化けていれば、楪の行方を知ることも出来たかもしれにゃいのに」
猫は年を経ると化け猫になります。
ですが、それは生まれた時より強者であった私と違い、無力できゃわいい猫であった時が必ずあるということ。
その時の心残りが未だ消えないのでしょう。
「ねえ鳥居様。その楪さんって遊女さんの行く末に心当たりってありません?」
「これはまた無茶な問いかけですな。儂が南町奉行を勤めていたのは天保12年、西暦では1841年のことであります。化け猫遊女殿が楪という遊女と別れたのは約300年前、1718年とすると、吉宗様の治世であります。その差100年以上。よほど有名な遊女でもなければ儂が知る由もありませぬ」
「あー、そういやそうですよね」
「うーん、ちょっと違うにゃ。その時の将軍様は綱吉様だったニャ。生類憐みなんとかという生き物を大事にするお触れがあって、わっちたち猫も大切にされていたのを憶えているにゃよ」
「左様でありましたか。生類憐みの令の最中であるなら320年ほど前でありますな西暦1700年頃でしょう。綱吉様が家宣様に将軍職を譲られたのが元禄17年、1704年であります。この年に生類憐みの令は廃されましたゆえ」
「”あやかし”ってのは大雑把だからよ。20年くらいは約300年ですませちゃうのさ」
徳川綱吉は五代将軍、吉宗は八代将軍。
その開きは大きいように思えますが、実際は20年も間は空いていません。
ここらの感覚は人間と”あやかし”とでは違うのでしょう。
「しかし綱吉様の治世とわかっても、楪という遊女の行く末はわかりませぬな。せめてもっと有名な家名でも登場すれば話は違うのですが……」
「やっぱ無理じゃね。当時の吉原の遊女のひとりがどうなったかだなんて、わかりゃしねぇよ」
緑乱兄さんは早々に無理だと諦めて、お酒をチビチビと飲み始めています。
私も無理だと思います。
ですが……ここのお節介さんはそうではないようですね。
珠子さんの目は真剣。
そして、板前長さんの目も。
「ねぇ化け猫遊女さん。その楪さんのお父さんについて何か憶えていることはありません?」
「うーん……そういえば、楪が一度だけ話してくれたことがあったニャ。楪の父は偉いお医者さんで、確か名は村上そうにゃんとか」
「……村上宗伯」
化け猫遊女さんの話に鳥居さんがボソッとつぶやきます。
「そう、そんな名にゃ」
「ご存知なのですか鳥居様!? 鳥居様の生きていた時代より100年以上も前の人を!?」
不意に出てきた”村上宗伯”という人物。
それを知っているという鳥居さんに珠子さんが驚きの声を上げます。
「高名な医師の村上という名であれば儂が知らぬはずがなかろう。だが、儂では『かたわれ魚のかたわれ』がわからぬ……」
そう言って鳥居さんは珠子さんと板前長さんを見ます。
「ああ、そっちのことならお任せ下さい。あたしはわかってますから。板前長さんもそうでしょ」
これくらいはわかって当然といった顔つきで珠子さんが手にVサイン。
「ええ、今、それを手に入れる算段を付けた所です」
「さっすがー! あれをすぐ手配できるなんて、いよっ日本一!」
「なるほど、珠子殿、板前長殿、少しよろしいかな」
そう言って鳥居さんは私たちから少し距離を置き、そこで珠子さんと板前長さんと何やら会話をします。
「……なるほど、鳥居様の仮説だとそういうことですか」
「わかりました。魚は目黒に届けるよう手配を取りましょう。話の流れはこんな感じではどうでしょうか」
「あっ、それいいですね。やっぱかなわないなぁ」
「うむ、ではそのように」
そんな小声がひとしきり聞こえた後、3人はクルッっとこっちを向き直ります。
「化け猫遊女さん喜んで下さい! 楪さんの行く末がわかるかもしれません!」
「本当にゃ!?」
「左様、しかしそれをここで口で説明しても信憑性に欠けまする。これから目黒不動尊の境内に向かいましょう。そこに村上宗伯の文字が刻まれた石碑がございます」
そう言って鳥居さんは私たちを促します。
楪さんが言っていた父親”村上宗伯”のヒントがそこにあるという事です。
ですが……、
「で、その村上宗伯という方はどんな人物なのですか?」クイッ
残念ながら私の知識ではその人物に心当たりがありません。
「そやつは中津藩の藩医の家系の開祖。子孫には村上玄水という男がおります。そして、その村上玄水は……」
そう言って鳥居さんは少し複雑な顔を浮かべて言葉を続けました。
「村上玄水は、儂の憎っくき蘭学者のひとりよ」
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