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第八章 動転する物語とハッピーエンド

馬鹿と馬方蕎麦(その2) ※全8部

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◇◇◇◇

 ……ほっとけなかった。

 「はい、馬鹿むましか君! その調子! そのままグルグルとまいて!」
 「こうズラか!?」
 「そうそう、上手上手! うんうん、君って才能あるわ。たった3回でこんなにコツをつかむだなんて!」
 「せんせいがいいからズラよ!」

 僕が家に帰ったら、居たのは馬鹿。
 間違えた、馬鹿むましか
 
 「うむ、赤好しゃっこうの言う通り、見どころのある男ではないか。これなら我の臣下の一員に加えても遜色ない」
 「だろ。惚れた女のために頑張る男ってのは応援したくなるよな」
 「へー、馬鹿むましか君って好きな子がいるんだ~。その子のために学園祭で一等を取りたいのね。よーし、お姉さんも全力で協力しちゃうそー!」

 馬鹿むましかは三方から囲まれて声援を受けている。
 黄貴こうき兄さんと赤好しゃっこう兄さんと珠子姉さん。
 
 「あ、橙依とーい君、おかえりなさーい。もうすぐ美味しいお蕎麦が出来るからちょっと待っててね。さ、馬鹿むましか君、これからが最後の”切り”です! 蕎麦の太さを均一に素早く仕上げるにはそれなりの修行が必要なのです。が! それは過去の話、現代はそれを30分で身に付ける方法があります。人類のアナログ叡智! 切幅調整機能付き 麺切り包丁製麺機ー!”。パーパーパーパーパパレパー」

 よっこらしょっと珠子姉さんが台の下から取り出したそれは、まな板に鉄のガイド棒がついていて、その棒に包丁が固定されている機械。
 包丁が梃子てこのようになっているので持ち上げて下ろせば台の上の蕎麦生地が切れる構造。

 「うわ~! なんだかすごそうなメカが出てきたズラ~!」
 「この麺切り包丁製麺機は包丁を左端にセットして、こうやって上げて下ろすと生地が切れます。そしてもう一度上げて下ろすと、自動的に設定された幅だけ右に包丁が移動して切れます。はい、やってみて」

 珠子姉さんに促されるまま馬鹿むましかは包丁を上下にサックン、サックン、サックン、サックン。
 
 「これってスゴイズラ! ほうちょうが、かってにズレていくズラ!」
 「ふふふ……これぞ人類の叡智! カムとバネとガイドレールによるギミック構造の勝利ですっ!」

 ふたりの言う通り包丁が上下するごとに包丁が数ミリ動き、切り出される麺の幅は均一。
 脅威のメカニズム。

 「あとはゆでるだけでーす! すぐに出来るからみんなで食べましょ。みなさーん! 晩御飯ができますよー!」

 珠子姉さんが居住館に向かって大声。
 「ハーイ」という声とともに兄弟たちが参集。

 「あれ? 藍蘭らんらんちゃんさんはお出かけですか?」
 「ああ、ちょっと用があるって言ってたぜ。お店は嬢ちゃんに任せるってよ」
 「藍蘭らんらんお兄ちゃん、さいきん、おるすが多いね」
 「最近は物騒ですのに。ま、藍蘭らんらん兄さんなら問題ないでしょうが」クイッ

 僕達兄弟が食事に揃うことは希少。
 ちょっと前までは黄貴こうき兄さんが外出中だったり、赤好しゃっこう兄さんが外食だったり、緑乱りょくらん兄さんが勝手に食事を始めたりしていた。
 珠子姉さんが来て、夏までは一緒に食事を取ることが多くなったけど、最近は藍蘭らんらん兄さんが不在。
 僕の心に夏に読んだ藍蘭らんらん兄さんの心にあった単語が蘇る。
 ”大悪龍王様”
 おそらく妖怪王候補の”西の龍王”のことだろうけど……、まさかね。

 「それより早くごはんにしようよ。ボク、おなかペコペコー」
 「はい、ちょっと待って下さいね。今もっていきますから~」
 「きょうはオラがつくったズラ」

 厨房からカートがガラガラと音を立ててテーブルへ。
 ザルの上に盛られた蕎麦が僕達の前に整列。

 「おや? あなたは確か……馬鹿むましか君ですか」クイッ
 「オラをおぼえてくれてたズラか!?
 「ええ、北の迷い家まよいがの情報を各地に広げていたという話を赤殿中から聞きました。迷い家まよいがさんに何度も挑んで返り討ちにあったとも」

 北の迷い家まよいが、それはかつての妖怪王候補のひとり。
 でも、それは相手の能力をコピーする串刺し入道に操られていただけで、実は温厚な”あやかし”。
 串刺し入道はその妖力ちから迷い家まよいがに吸収された”あやかし”の妖力ちからをコピーしていたって聞いた。
 
 「いやぁ~、とうほくのみんながとらわれていて、オラはたすけようと、なんどもたたかったズラが、ダメだったズラ。オラがマヨイガにきゅうしゅうされなかったのは、うんがよかったズラよ」
 
 きっと吸収されなかったのは君の能力をコピーしたくなかったから。
 馬鹿になる能力ちからなんて不要。

 「あらためておれいをいうズラ。かまいさんたちや、とうほくのみんなをたけてくれてありがとうズラ。オラは馬鹿むましか。とーいくんのライバルで、こうきさまのぶかみならいズラ」

 兄さんたちの前で馬鹿むましかがペコリと頭を下げる。

 「ふーん。橙依とーい君のライバルってことはあれか? お前さんも嬢ちゃんを狙ってるのかい?」

 少しニヤニヤしながら緑乱りょくらん兄さんが馬鹿むましかに質問。

 「ちがうズラ!」

 そして否定の回答。

 「うーん残念けど馬鹿むましか君の好きな子は同級生の白美人さんなんですって。こんな一生懸命な男の子だったらあたしは即オッケーなんですけど。ところで、どうして橙依とーい君のライバルであたしの話が出てくるんです?」
 「そりゃ……、ま、お、お、お嬢ちゃんが魅力的だからさ」
 
 緑乱りょくらん兄さんの声が止まったのは僕の冷たい視線のせい。

 「あらやだ、緑乱りょくらんさんたらおじょうずなんだから。あ、一番大盛のをあげますね」
 
 トン、緑乱りょくらん兄さんの前に置かれたザルは大盛。
 鈍くて助かった。

 「それでは我の新たな臣下の手料理を頂こうではないか。この手打ち蕎麦は中々の出来であるぞ」
 「いっただきまーす!」

 みんなが「いただきます」の声をあげ、蕎麦に手をのばす。

 「おや、この蕎麦は少し短めですね」クイッ
 「蒼明そうめいさん、これは十割蕎麦です! しっかも蕎麦殻ソバガラだけを取った挽き割りを製粉した”挽きぐるみ”で打っているんですよ!」
 「十割蕎麦ということは、つなぎに小麦粉は加えていないという事でしょうか。以前、燈無蕎麦あかりなしそばの時には二八蕎麦という小麦粉2割、蕎麦粉8割で作ったはずですが」クイッ
 「はい、あの時は二八蕎麦でした。あの方がツルツルとのどごしが良く、途中で切れにくいので湯だめするタイプに適しています。この挽きぐるみ十割蕎麦は切れやすい欠点がありますが、蕎麦の味と香りの堪能という点では上を行きます」

 へーそうなのか、蕎麦にもいろいろあるんだね。
 ちょっと興味があったので、僕は珠子姉さんの心を読む。

 (蕎麦といえば、まずは粉の挽き方から! 挽き方といっても色々あって主に機械ロール式と石臼式。その中でも2つの方法があって、殻と中身を割る挽き割りと中身だけを丸ごと抜く丸抜きがあるの。近代は丸抜きが主流ですね。これはソバ殻の欠片が入らないってメリットあり! だが! そのソバ殻の欠片も味わいのひとつと通は言う! ここでもまだ挽き方の中盤! ソバの実を挽いた時に出てくる順番から一番粉、二番粉、三番粉といいまして、中心の柔らかい順から出てきます! その一番粉の別名が更科さらしなと呼ばれ白くてのど越しの良い蕎麦になりまーす! ですが、風味は外皮の部分まで含めた三番粉の方が上! この三番粉は挽きぐるみとも呼ばれますが、製粉会社によっては二番粉の方を挽きぐるみと呼んで、三番粉をやぶと呼ぶこともあるからややこしい! ああ、ややこしいと言えば、更科と藪は江戸時代から続く蕎麦の名店の屋号から来たもので、今でいう横浜系ラーメンのような意味ですが、更科にはかつての信州の蕎麦の名産地の地名の意味もあるからもっとややこしい! そして製粉も奥が深いですが、生地の作り方もこれまた奥が深いんですよ! 二八蕎麦や十割蕎麦のように小麦粉と蕎麦粉の配合を示した言葉はありますが、その他にも五割蕎麦だとか、小麦粉を混ぜるにも粘りの元となるグルテンの多い強力粉を使うのか少ない薄力粉を使うのか、小麦粉ではなく米粉や上新粉を混ぜる場合もあったり、練り方も水でやるか湯でやるか、途中で水を継ぎ足す方法もあれば、最初の水だけで継ぎ足しご法度という意見もあります。まだまだありますよー! 蕎麦はのど越しが命と思われますが昔ながらの蕎麦の中には指くらいのふっとい蕎麦もあります。これを歯でギシギシいわせながら食べるのがまたおいしくってジュルリ。おおっと、心のよだれが。蕎麦生地の厚さや麺の幅は食感を決めるといっても過言ではありません! その生地に合った最適を選ぶのは終わりの無い蕎麦の道! ああ話はそれますが一本麺という麺が1本で構成されているっていう特殊な麺もありますね。最近ではストレートタイプではなく縮れ麺も登場していますね、ここらへんはラーメンとも共通の課題ですね。ああ、大切なことを忘れていました、湯だめタイプかザルタイプにするかで方針を決めないといけませんね。そうそう、ラーメンといえばラーメンはスープが命という言葉もあって、その源流は蕎麦にあるんですよ! ラーメンは醤油味タレをガラスープなどで割ってスープを作りますが、それは蕎麦の”かえし”が元にあります! ”かえし”は醤油と味醂と酒と砂糖で作る合わせダレで、それに出汁をいれて”そばツユ”を作ります。うーん、このやり方を考えた方は天才ですね。その”かえし”にも生かえし、本かえし、本生かえし、という主な三系統がありますが、これは砂糖と味醂に火を入れるという違いもありますが、実は醤油に火を入れる入れないという裏ワザもあります。”かえし”は材料を混ぜた後に味をなじませるために寝かせるのですが、それに醤油の酵母を生かしたまま入れるというチャレンジングな技なんてすよー! 味が一定にならないのですが、ベストタイミングで出来た”かえし”の味は超一流! ああ、蕎麦が出来上がっても油断してはなりません! 具も重要ですっ! それにお酒もっ! うんたらかんたら)

 うわー、蘊蓄うんちくまみれ。
 少しうるさいから心を読むのは休止。
 
 「それにツユが透明たぁいなせだねぇ。この匂いは大根だろ。昔ながらのつけ汁、こりゃ懐かしいねぇ」
 「そうそう、江戸時代、醤油が庶民の間に広がる前は蕎麦は大根おろしの汁で食べられていたんですよ。戦前はまだ大根のつけ汁も一般的だったんですけど、最近は特定の店でしか提供されないですね」
 「これちょっとからーい。ボクにがてー」

 おなかペコペコと言っていた紫君しーくんが少し不満気。

 「うふふ、紫君しーくん、これは江戸流なのよ」
 「えどりゅう?」
 「そう、関東のツユは黒くて塩辛いって言われることもあるけど、それは誤解なの。蕎麦をどっぷりつゆにつけるんじゃなくて、箸から垂れ下がった先の部分だけにツユをチョンとつけて食べるの。この大根おろしの汁のツユもおなじ。ほら、こんな風に」
 
 珠子姉さんは蕎麦を箸で持ち上げると、その下の部分だけを蕎麦猪口へ。
 そして口へズルッ
 紫君しーくんもそれに習ってズルッ。

 「おいしー! おそばの味と大根がちょっとだけピリッとしてて」

 へー、確かに美味しそう。
 僕も真似てチョンっと汁をつけて蕎麦をズルッ。

 「……おいしい! 口の中に蕎麦の香りと味がふんわりと流れて、大根の辛味が舌と胃を刺激して食欲をそそる!」
 
 僕は箸で追加の蕎麦を取り、それに汁をちょっとだけ付けて再び口へ。
 いつもの淡泊な味とは違って、蕎麦特有の味が麺を口で噛むごとに広がり喉へスルッと落ちていく。
 
 「うめぇズラ! こんな食べ方はオラは知らなかったズラよ!」
 「なるほど。この食べ方ですと蕎麦は短めの方が適していますね。口に運びやすい」クイッ
 「おいおい、最近の若いやつは蕎麦の食べ方もしらないのかねぇ。俺っちの若いころはみんな知ってたぜ」
 「何でも麺でも、のめりこみ過ぎは悪いってね。のめり込んでいいのは惚れた相手だけさ。そう思うだろ麺食いの珠子さん」
 「そうですねー、蕎麦打ちはのめり込むと際限がありませんから。道具も粉も果ては畑まで、そこまでのめり込むのはいけませんよね」

 赤好しゃっこう兄さんからのアプローチを珠子姉さんはスルー。
 僕はその隣で蕎麦をズルゥー。
 みんなもズルズルと箸を進行。
 蕎麦は秒でみんなの胃に消失。
 具体的には180秒くらい。

 「ふぃー、くったくった。あんだけあったのに食うのは一瞬だな」
 「ですが不思議です。かなりの満腹感があります」クイッ
 「それがこの”挽きぐるみ蕎麦”の力なんですよ。甘皮も含めて粉にしていますから腹持ちがいいんです。元々、肉体労働者のお腹を満たす昼食用だったんですよ」

 ポンポンお腹を叩いて珠子姉さんが言う。
 色気なし。

 「うむ、女中の指導も、馬鹿むましかの蕎麦打ちも見事であった。このまま修行を続ければ学園祭ではきっと頂きに達するであろうな。我も秘蔵の宝物ほうもつを貸し出そう。さらにダメ押しである」
 「さすがおうさまズラ! オラはかほうものズラ!」
 「宝物! それってどんな宝ですか!」
 
 黄貴こうき兄さんの宝物の話に輝くふたりの目。
 現金。

 「うむ、讃美から上納された宝で”天狗の石臼いしうす”というものだ。自動で回転し、どんな穀物でも見事に粉に仕上げる神秘の臼である。水車も要らず、手も疲れず、腰を痛めることもない。かつて讃美はこれを村長むらおさ下賜かしすることで立派なやしろを建立させたという逸品よ!」
 「ええと……黄貴こうき様、それ、ウチにあります」
 「へ?」
 「電動式石臼製粉機”臼太夫うすだゆう”というのが……、しかも挽きの荒さの調整機能とふるい付きのやつ」
 
 …
 ……
 
 「さ、讃美のやつめ! 大層勿体つけおって!」
 「ま、まあまあ落ち着いて下さい。電源不要でコンパクトなのは助かりますから。それに本番のダメ押しの策はあたしもご用意していますから」
 「このソバがもっとおいしくなるズラか!?」
 「ええ、今年は残暑が厳しくて遅れ気味でしたけど、そろそろ新そばの季節ですから、新そばの実をご用意しますね。新そばの挽きぐるみ蕎麦は、ほんのり薄緑が残った甘皮も一緒に粉にするので、打った蕎麦も緑がかっていて風味も一層高くなるんですよ」
 「おっ、そういやそろそろ秋そばの季節だねぇ。確かにそりゃうまくなりそうだ」
 「あきそばって?」
 「文字通り秋に収穫される蕎麦から作った蕎麦のことさ。蕎麦は7月から8月頭に収穫される夏そばと、9月末から10月末に収穫される秋そばがあってな、秋そばの方が風味がいい。新そばといえば秋そばのことさ」
 「へー、そうなんだ。緑乱りょくらんおじさんものしりー」
 「蕎麦ってのは不思議でよ。庶民の食べ物なのに妙なこだわりがあるヤツが多くってさ。そこも魅力のひとつだねぇ」

 そう言う緑乱りょくらん兄さんも蕎麦へのこだわりがありそう。
 
 「すごいズラ! さすがはうわさになだかい”ようかいすとまっくくろー”ズラ! これでオラがゆうしょうして白美人さんとつきあうズラ! とーいくんのともだちにはわるいが、まけないズラよ!」
 「ん? なにそれ?」
 「……白美人さんは僕らの展示が最優秀を取ったら渡雷と付き合う約束になってる」
 「ふーん、なんだかお高そうな子ね。あ、ごめんね、馬鹿むましか君や渡雷君の好きな子を悪く言うつもりはないけど、恋愛ってのはもっと素直にやるべきだと思うわ」
 「彼女にも色々あるのさ。まだ素面しらふな珠子さん」
 「あれ? って……赤好しゃっこうさんは白美人さんの事を知ってるんですか」
 「あっ、やべ、や、や、や、やんごとない気品がある美女だって噂だからよ。男なら気になるのは当然さ」
 「ふーん、美女ねぇ」

 珠子姉さんの赤好しゃっこう兄さんへの視線が冷ややか。

 「なるほど、で、その話の流れだと、橙依とーい君も嬢ちゃんの助けを求めようとしているのかい? が、先客がいちまったと」
 「そうなの?」
 「……違う。僕たちだけで勝つ」

 違わない。
 バレバレかもしれなけど、僕は言った、強がりを。

 「うーん、力になってあげたいのは山々だけど。もうあたしは馬鹿むましか君に協力を約束しちゃってるし。成功報酬の特別ボーナスも……」
 「……だからいいって」
 「でもねぇ。あたしの作戦はかなり自信があって、このままじゃ……」
 「うむ、女中に加え我も赤好しゃっこうも助力する。悪いが橙依とーいには勝ちの目はあるまい」
 「負けるとわかってるのに無理させるのも、ちょっと悪い気がするぜ」

 兄さんの言葉に少しカチン。
 兄さんたちは分かっていない、あの日、僕が”さまよう死の呪い”を倒さなければ珠子姉さんも兄さんたちも死んでたかもしれないって事を。
 いや、止めよう。
 あの日、ひとりで戦おうとした僕を助けてくれたのも兄さんたちだから。
 でも、あの日と違って僕には友達と一緒に戦える。
 そう思うと怒りは消え、心に平静が去来。

 「……大丈夫、僕は友達と一緒に頑張るよ。そして、珠子姉さんと兄さんたちと馬鹿むましかが相手だろうと勝ってみせる」
 「おっ、いい目になったねぇ。男の目だ。よしっ、兄ちゃんたちばっかそこの馬鹿むましかに協力するのも不公平だし、俺っちが橙依とーい君の力になってやるとするか」

 そう言って緑乱りょくらん兄さんは蕎麦猪口のつけ汁をグイッっと飲む。
 
 ゲホゲホッ

 そしてむせる。

 「しまったしまった。こいつは酒でもつゆでもなかった。大根の搾り汁だった」
 「んもう、いつものクセで飲むからですよ。はい、お水」
 「ありがとな嬢ちゃん。それよりも、嬢ちゃんはこの蕎麦に自信があるんだろ?」
 「ええ、他にどんな競合の出店があるかわかりませんが、これならプロにも引けを取りません。中高生の学園祭レベルでは太刀打ちできないと思いますよ」

 自身たっぷりな珠子姉さんの発言。
 でも、その自信だけあって、この蕎麦の味は一流。
 これがさらに馬鹿むましかの腕が上がって、新そばの風味が加わるとなると、それは脅威。
 やっぱり料理は止めて演劇とかお化け屋敷とか、それとも別の料理で勝ちを狙うしかないかな。
 馬鹿むましかと同じように蕎麦打ちを覚えて、蕎麦を作っても敗北は必至。

 「よっしゃ! それじゃ蕎麦対決といこうぜ!」

 は?

 「ちょ!? 緑乱りょくらん兄さん何を!? それじゃ無理――」

 そう言う僕の顔に向かって、緑乱りょくらん兄さんはウインク。
 おっさんのウインクなんて御免。
 だけど、僕はそれが何なのかを知ってる。

 「……わかった。僕たちも蕎麦でいく」

 僕と緑乱りょくらん兄さんは封印から出てから10年近くふたりっきりで過ごしてた。
 あのウインクはその時によくみた合図。
 意味は”俺に任せておけ”。

 「ほう! まさかここで兄弟対決が再び起ころうとは。ま、この前の飲み比べでは遅れを取ったが、今回は負ける気がせぬ。何せ、料理においては我が最も信頼している女中が味方なのだからな」
 「ええ! この”金の亡者”、妖怪胃袋掴みストマッククローこと珠子! 料理対決ならば自信があります!」
 「せいせーどうどーと、しょうぶズラよ!」
 「ま、気楽にやろうぜ兄弟。ただのレクレーションさ。ところで、お前たちはどうする?」

 赤好しゃっこう兄さんが見る相手は紫君しーくん蒼明そうめい兄さん。
 
 「ボクやらないよ。だってお祭りをいーっぱいたのしみたいから」

 出展はないけど、学園祭は初等部も参加。
 この対決に加わるってことは学園祭の出し物を見て回る暇が無くなるってことで、紫君しーくんはそれを理由に傍観。

 「そりゃもっともだ。蒼明そうめいはどうする? 橙依とーいのチームに加われば念願の料理で無敵珠子さんを倒せるかもしれないぜ」
 「お断りします。西の龍王の手先が関東に潜んでいるという情報もありますから。みなさんも気を付けておいて下さい。怪しい者がいたら私に連絡を」クイッ

 蒼明そうめい兄さんはそう言うけど、あやをかし学園の学園祭の来場者は怪しい”あやかし”ばっかりだと思う。
 人間も来るけど。
 そんな僕の心のツッコミをよそに、蒼明そうめい兄さんは眼鏡をキラリと光らせて再び口を開いた。
 
 「それに……」

 そう言って、蒼明そうめい兄さんは一呼吸おいて、

 「蕎麦は電子レンジで作れませんから」クイッ

 ものすごいこだわりを見せた。
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