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第八章 動転する物語とハッピーエンド

座敷童子と龍の髭(その1) ※全4部

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 我は王道を進む者。
 歴史を紐解けば、王道を進む者が王に至った要素は数多くある。
 それは武力であったり、知力であったり、求心力であったり、魅力であったり、財力であったり……
 数々の力の働きによって王に至った。
 ひょっとしたら巷でささやかれる女子力というのが必要になる日が来るかもしれぬな。
 もちろん我のような王の子という血統も重要なのは間違いない。

 だが、それら全てが王に至った者が持ち合わせていたわけではない。
 されども、王に至った者、全てが持っていたものがある。
 我は王道を進む者。
 歴史に学び、を知らぬはずがない。
 だが、は手に入れらるというものであろうか。
 もし、が手に入れられるものであれば、その者はその時点ですでにであったといえぬだろうか。
 だとししたら、我がたなごころから絹布が滑り落ちるようにこぼれ落としたとても問題なかろう。
 あえて、を握りしめなかった我はきっと正しいのだ。
 それは、いずれ歴史が証明することである。

 我が名は黄貴こうき八岐大蛇ヤマタノオロチの子の長兄にて、王権の女神の子。
 生まれの時点で我がであったのは間違いないのだから……。
 人はをこう呼ぶ。
 ”幸運”と。

◇◇◇◇

 初秋の爽やかな空気を抜けると見えてきたのは和風の豪奢ごうしゃな屋敷。
 町から離れた田舎にポツンと建ったそれは、それがこの土地の名士のものであると見て取れる。
 
 「ここが彼の者がむという屋敷か」
 「そうじゃ主殿あるじどの。東北地方にその”あやかし”は数多くいるが、その大半は4番目の弟君と協力関係を結んでおる。それでは妖怪王争いにあまりに不利じゃと思うてな、妾がどこにも属さぬその”あやかし”を見つけて来たのじゃ」

 我の隣に居るのは我が臣下のひとり、”傾国のロリババア”こと、三尾の狐、讃美さんび
 我が王に至るまでは頼もしい臣下である。
 王に至った後は……、ま、その時に考えればよかろう。

 ここは東北、宮城県のとある農村。
 いや、畑のほとんど耕作放棄地になっている所をみると、過疎の村とでも言うべきか。
 ここまでの道のりに人の姿なぞひとりも見えなかった。
 
 門の前に着き、扉を開こうとすると、それがギギギと音を立てて開く。
 どうやら妖力ちからで動かしているようだ。
 玄関を抜け、廊下に立つと、パッパッと電気が灯る。
 なるほど、これに沿って進めという道案内か。
 
 灯が導いた先は広い和室。
 そこにテーブルと座布団が用意してある。
 そこで待つこと数分、奥のふすまが開き、ひとりの童女が現れた。

 「待たせてしまってすまなかったな。私がここの守り手だ」

 薄紅の着物に肩の所でそろえられた日本人形のような髪型。
 歳はとおのように見えるが、”あやかし”ゆえに実際の年齢は知れぬ。
 ま、女性に歳を聞くのも野暮というもの、言わぬが花か。

 「初めまして、我は妖怪王を目指す者、黄貴こうき。此度は其方そなたの支持を得るために参った」

 ”あやかし”相手に過度な駆け引きなど無用。
 話は単刀直入に行くのが我が王道である。

 「そう体裁をつくろわぬともよい。もっと率直に申したらどうだ。支持だけでなく、私の助力が欲しいと。幸運を呼び込み、家を繁栄させるというこの”座敷童子ざしきわらし”の」

 座敷童子、それは家に幸運を呼ぶ”あやかし”。
 夜中に家中を駆けまわる音を立てたり、枕の向きを変えるようなイタズラもするが、基本的にその家の者にとって益をもたらす”あやかし”である。

 「ふむ、見抜かれておったか。ならば話は早い。我と共に王道を歩まぬか? どうせ繁栄させるなら、この日ノ本を隅々まで繁栄させた方がよかろう。王にとっての家とは国家であるからな」

 この我の大望を聞いたなら、普通ならばそれに従いたくなるというもの。
 この座敷童子も例外ではあるまい。
 
 「弟とは違うことを言うのだな」
 「弟? 蒼明そうめいのことか?」

 この東北一帯は蒼明そうめいの支配下にある。
 だが、讃美の話ではその中でも中立を保つこの座敷童子を引き抜くことについて話をつけたと聞いた。

 「そう。その弟は『私の庇護ひごを求めなさい。そうすれば強き私が貴方あなたを守ってあげます』と誘った。見返りなど要らぬと」

 いかにも蒼明そうめいの言いそうなことだ。
 
 「無論、断った。私は自分の身は自分で守れるからな」

 なるほど、讃美があっさりと蒼明そうめいに話をつけられたのは、既に蒼明そうめいが失敗していたからか。

 「そうか。弟は妖力ちからは強いが、それゆえに他の者を見下す傾向がある。本人は自覚しておらぬがな」

 蒼明そうめいは強い。
 だが、危うさを持ち合わせている。
 自分ひとりで何とか出来る、いや、出来てしまったがゆえに、他者を守るべきか弱き存在だと無意識に断じてしまうのだ。
 この座敷童子もそうなのであろう。
 幸運を呼ぶ存在がゆえに、害あるものを引き寄せぬ妖力ちからはあるが、それには限界がある。
 そう思ったからこそ、蒼明そうめいは自らの庇護の下に加えようとしたが、この座敷童子はそんなヤワな存在ではなかったということだ。

 「さすがは家を守ることにおいては右に出る者はいないと称される座敷童子じゃ。自らのプライドが弟君の庇護下に入ることを許さなかったのじゃろう。妾の主は違うぞえ、お主の実力を認めているからこそ、共に歩む側近として迎え入れようとしているのじゃ」

 我の隣の讃美がそして自分もそのひとりとばかりにアピールする。
 そう、王への道は単騎では越えられぬ。
 臣下と共に歩むのが我が王道。
 これぞ王道、ならばよし!

 「さて、返答はいかに? 地位や待遇に望むものがあれば申すがいい」

 我の誘いに座敷童子は少し考える素振りを見せる。
 おそらく、我の器を見定めようとしておるのだろう。
 だとすると、これに続くのは……

 「お主の配下になるのはやぶさかではない。だがひとつだけ要望がある」
 
 うむ、やはり、こうなるのも王道であろう。

 「何か?」
 「絹の反物たんものが欲しい。それも最高の品が、色は白……いや桃色が良いな。一週間以内に」
 
 絹の反物か、かようなものは金でどうにかなる。

 「よかろう。すぐに用意させよう」
 「頼む」
 
 彼女はそう言うと、童子という名に似つかわしくない礼儀正しい所作で頭を下げた。

 「今は頭を下げずともよい。それは、我が其方そなたの望みを叶えるまで取っておくがよい」

 そう言って、我は隣の讃美に軽く目配せを送る。
 讃美はそれに『わかっているのじゃ』とばかりにウインクを反した。
 我が臣下は精鋭ぞろい。
 こんな時にいつもならば頼りにする女中は、料理を最も得意とし家事百般をこなす手練れであるが、庶民である。
 こういったものは讃美が適任。
 人間の店をいくつかまわって、一番の物を讃美の眼力で見定めて買えば良いのだ。
 なぁに、讃美ならば容易いであろう。
 
 我はその時、そう思っていた。
 ……甘かった。

◇◇◇◇

 「今日こそはそちの目にかなうはずじゃ。わざわざ京まで足を伸ばして手に入れた最高級品なのだぞ」

 一本の絹の反物が座敷童子の手に渡る。
 服飾関連には疎い我でもわかる、これは良い品だ。
 あれから三日、我と讃美は各地の名だたる呉服屋を訪れ、その中で最高とされる絹を買い、ここに毎日届けている。
 だが……

 「ふむ、しばし待たれよ」

 反物を受け取った座敷童子が奥の間に消えていくのも三度目。
 そして……

 「ダメだな。これは私の求める最高の絹ではない。キメの細かさが足りぬ」

 奥の間より戻って来た座敷童子が頭を振って否定するのも三度。
 
 「いい加減にしたらどうなのじゃ! これのどこが悪い! 妾の見立てでこれ以上の物はなかったのじゃぞ!」

 そして、仏の顔も三度。
 ダメ出しされるごとに険しくなっていった讃美の顔と語気がついに荒くなった。

 「止めよ、讃美」
 「しかし主殿。この小娘はどんな品を持参しても、首を縦に振る気などきっとないのじゃ。美しすぎる妾への嫉妬と嫌がらせをしているのにちがいないのじゃ!」

 バシバシと三つの尻尾を畳に叩きつけながら讃美は怒りを表現する。
 確かに、その可能性はある。
 この座敷童子が我らの時間を奪うために嫌がらせしているという可能性も。
 だが、我の見立てではそうではない。
 
 「座敷童子よ、其方そなたの求める最高の絹というのは確かに存在するのだな?」
 「ある。間違いない」
 
 りんとした口調で彼女は断言する。
 そこに迷いも打算も感じられない。
 やはり、単純に我らの選んだ品が悪かったと考えるのが妥当であろう。

 「そうか、邪魔したな。また来る」

 我は手を伸ばし、彼女の手から目に適わなかった反物を受け取った時、我の視線がその手の一部に集中する。
 それは傷。
 ほんの少しの切り傷と刺し傷だ。
 我の視線に気づいたのか、座敷童子はその手を袖口でスッと隠した。

 「これは何でもない。ただのかすり傷だ。それよりも……」

 ほんの少し間が空いて、彼女の口が開く。

 「頼む。あれは私の心からの願いなのだ」
 
 我を見上げる目は真剣そのもの。
 
 「そうか、任せておけ。未来の王に」
 
 我はわらべにそうするように、彼女の頭をワシワシと撫で、屋敷をあとにした。

◇◇◇◇

 はっきり言おう、こうも行き詰まると座敷童子の望みの品を我が見つけるのは不可能。
 我だけでは。
 きっと讃美の協力があっても。
 だが、こんな時こそ配下の者たちの力を結集すべき。
 なに、我の臣下は精鋭である。
 たとえ服飾への知見が少ない者たちでも、それに至る道標みちしるべを見つけられるであろう。
 なにせ、最も困難な王道を共に進む者たちである。
 ゆえに、この程度の抜け道など簡単に見つけられるはずだ。

 「よく集まったな。我が臣下たちよ。話は事前に伝えた通りだ」

 ここは宮城のとある宿の一室。
 そこの灯りに照らし出されるのは五名の精鋭。

 『獅子身中の虫』、こと鳥居耀蔵。
 『外道教主』、鉄鼠てっそこそ頼豪。
 『傾国のロリババア』、三尾の狐こと讃美。
 『金で買われた王の器』、万器の付喪神こと瀬戸大将。
 そして『金の亡者』、妖怪胃袋掴みストマッククローこと……あれ?

 「女中は欠席か?」
 
 我が女中と呼ぶ人間の娘”珠子”はちょうど東北旅行中で有休中であったが、代休と特別手当と引き換えに、ここに参集するはずだ。

 「左様ではございません。先ほど連絡がありました。土産を買ってくるので少し遅れるとのことです」
 「流石は珠子殿、を持ってくるはものですな。だけに」
 
 …
 ……

 瀬戸大将の洒落にしばし乾いた空気が流れる。
 うん、精鋭なのだ、精鋭。

 「しかし、わからぬな。これは俺の目にも最高級の絹だと思えるが……」

 頼豪が今までに駄目出しされた3本の反物を眺めながら言う。

 「儂は奢侈しゃしを嫌うがゆえ、絹織物についてはさほど詳しくはない。ですが、少し違和感があると言われればそうとも言えまする。そこが座敷童子の目に適わぬ所かと」

 布を指先で撫でながら鳥居は目を細めて反物をじっと見る。

 「ここ仙台藩は養蚕ようさんの盛んな地であったはず。ならば、この地元の絹では如何いかがだろうか?」
 「それがじゃな、それは初日に持って行ったのじゃ。妾もそう思ったのじゃが、駄目だったのじゃ」

 三本のうち一本を指差して讃美が溜息をく。

 「なれば、上毛じょうもうか信州あたりの絹ではどうであろうか? あそこも絹の名産であったぞ」
 「そうなのじゃが、最高の絹織物は東京か京都に集まるのじゃ。そこで一番のものを探したのじゃが、それでも駄目じゃった。こうなったら中国か東南アジア産あたりのを探してみるかのう」

 三本の反物の前に皆が腕を組み、首をかしげて思案する。
 そんな折、襖がスパーンと空いて、元気のいい声が聞こえてきた。

 「おっくれってすみませーん! 『金の亡者』珠子! 推参しましたー! あたしは絹のことは全然わかりませんが、絹にちなんだ料理を買ってきましたよー!」

 女中はテーブルの上の一角に何かを置くと「ささっ、みなさんどうぞ」と進める。
 それはウズラの卵のような大きさで醤油色をしていた。

 「まずはあたしからお先に頂いちゃいますねー」

 女中はそう言うと、醤油色の塊を口に入れモッシャモッシャと食べ始めた。
 我より先に手をつけるとは少々無礼だが、料理における女中の腕は確か。
 この土産も美味なのであろう。
 我はそれをひとつつまみ、口に入れる。
 他の者もそれに続く。
 
 モシュ……

 シャクっとした口当たりに、少し固めの殻のような食感。
 口の中に旨みは広がらず、薄い苦みが香りと共ににじみ出る。
 全員が微妙な顔になった。

 「ま、マズイとは言わぬが微妙な味だな……」

 王とは部下を労うもの。
 女中が休暇をおして買って来た土産にケチをつけるのは何なので、我は言葉を選んだ。

 「食えぬ味とは言えぬが……」
 「うまくねぇな」
 「マズイのじゃ!」
 「ヘボい味のに、ヘボじゃないとは、こはいかに。なんてなっ」
 
 言葉を選ばなかった者がふたり。
 選びすぎがひとり。

 「おい、これは女中が我らのために……」

 我がそうフォローを入れようとした時、この土産を買った張本人はこう言ったのだ。

 「まっずいでしょー! あたしもそう思います!」

 女中はさらにひとつモシャっと口に入れた。
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