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第七章 回帰する物語とハッピーエンド

火の車と焼酎鶏(中編)

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◇◇◇◇

 「いやー、ごめんなさい。つい姿を現すのを忘れてしまって」
 「んもう、アズラさんったらうっかりさんなんだからー」

 あの後、地面に突っ伏した鳥居様の上に現れたのはゴスロリ衣装と大鎌を持った女の子。
 あたしがお盆の時に幽霊列車でお世話になった死神のアズラさん。

 「……知り合い?」
 「ええ、こちら死神のアズラさんと、どちら様でしたっけ?」

 アズラさんの後ろにはチロチロと炎を上げる古風なリアカー。
 おしゃれな大八車だいはちぐるまかしら。
 うーん、幽霊列車の車窓から見たような記憶はあるんですけど。

 「……火車かしゃ?」
 「ち、違いますぞ橙依とーい殿。この姿は罪人の魂を地獄に連れて行く”火の車ひのくるま”。大悪党の儂ならともかく、珠子殿を連れ去るなんて何かの間違いに違いありませぬ。正しき裁きを儂は上訴しますぞ!」

 グググと四肢に力を込め、押さえられている鳥居様が立ち上がろうとする。

 「あっ、ごめんなさい。あなたってば勘違いされたのですね。珠子さんに用があるって言っちゃったから」
 
 アズラさんはその鎌の石突をどかし、鳥居様の身体を引き起こす。

 「左様、死神と火の車が訪れたなら、その目的はひとつしかあるまい。即ち、罪人の魂を地獄に送りに来たのではないか?」
 「ちがいますちがいます、今日は夜までオフです。ほら、その証拠に火の車さんは獄卒を連れていないじゃないですか」
 
 身体の前で手を振りながらアズラさんは鳥居様の言葉を否定する。

 「……わかった。火車かしゃは死体を奪いに来る妖怪で、火の車は罪人の魂を迎えにくる地獄の車。混同しやすいって」

 スマホをポチポチしていた橙依とーい君があたしにその画面を見せる。
 ああ、幽霊列車の車窓から見たのは火の車さんが罪人を連れて逝ってた時の姿だったのね。

 「だから鳥居様はあたしに迎えが来たと思って、そんなことをされたのですね」
 「左様、儂は珠子殿が罪人とは思っておらぬ。何かの間違いならそれを正す時間を稼がねばなと思うたのだ」
 「これは失礼しました。ええと大悪党の……」
 「鳥居耀蔵、かつての南町奉行じゃ」

 パンパンと着物の土を払いながら鳥居様が名乗る。
 
 「鳥居耀蔵、鳥居耀蔵っと……あった、ありました! 150年くらい前に死んだ小悪党ですね!」

 なにやら豆本をパラパラとめくってアズラさんは言う。
 
 「こ、小悪党」
 「はい、あなたってば権力争いで政敵を貶めたくらいじゃないですか。しかも、自分を慕う丸亀藩の者に教えを説いたり、薬学を活かして民草を助けたり。あなたって、自分を慕う者や弱い者には優しいでしょ。悪党を名乗るなら妊婦の腹を裂いて子の性別で賭けをしたり、大仏を焼くくらいしないと。それくらいすると、この火の車さんはやってきます」
 
 うん、あたしも思い出した。
 奈良の大仏を焼いた平清盛は熱病におかされ、燃え盛る火の車の幻を見て死んだと平家物語に書いてあった。

 「鳥居さんは命乞いをした相手を嗤いながら殺したりしていないじゃないですか。無辜むこの者を辱めたり自分の遊興のために殺すくらいしないと。命乞いする敵の前でその妻と娘を犯した挙句に殺したりしてないでしょ」
 「そこまではせぬ!」

 人類史の中にそのの心当たりがあったりするのが困るわ。

 「だとしたら何用じゃ。珠子殿に用と言っておったが」
 「そりゃま、久々のオフだから『酒処 七王子』に珠子さんの料理を食べに来たんですよ」
 「そうだったのですね。でも、申し訳ありませんが、今日は定休日なんですよ」
 「えー、そんなー!」

 アズラさんが一瞬天を仰ぎ、がっくりと膝を着く。
 
 「でもまあ、この焼きいもとじっくりじゃがバターはまだありますから。これを一緒に食べましょ」

 あたしがスコップで籾殻の山を掘り起こすと、保温していたアルミの包みが現れる。

 「えっと、火の車さんも食べられますか?」

 自律走行をしている所を見るに、火の車さんにも意識はあるのだと思うけど、食事は出来るのかな?

 「ええ、元々そのつもりでしたから」
 
 アズラさんが手を振ると火の車さんは形を変え、黒い着物を纏ったちょっと陰りのある若い女性の姿を取った。

 「あら、素敵な方ですね。初めまして珠子です」
 「初めまして、火の車と申します」

 あたしが差し出す手を火の車さんが握り返す。
 ほんのりと温かい、初めましての握手。

 「珠子さん、大丈夫ですか!? 熱くありません!?」

 少し驚いたようにアズラさんが尋ねるけど、全然そんなことはない。

 「大丈夫ですよ。温かいお手てですね」
 「そうですか、やっぱり火の車さんの調子は良くないみたいですね。普通なら火の車さんの近くは人間が近寄れないくらいの熱気ですのに」

 え!?
 あたしが火の車さんの顔を見ると、その背後にチロチロと火が見える。
 車形態の時にも見えていた火だ。
 でも、熱くはない。
 後ろの籾殻の山の方が熱いくらい。

 「お加減が悪いのですか?」
 「はい、お恥ずかしながら……」
 「具体的にはどこが不調なのですか?」

 食は医学に通じる所もある。
 あたしは医者や薬剤師ではないけど、冷え性に効くレシピやお通じが良くなるレシピならお手の物。
 日々の快食・快眠・快便が健康を保つ秘訣なのです。

 「……もう少し心の言葉を選んでよ」

 隣で橙依とーい君が何か言っているけど、きにしなーい。
 
 「はい、火の車である私が言うのも何ですが……」

 あたしの問いに火の車さんはチラッと背後の火を見ると、

 「最近、火力が足りないんです」
 
 そんな調子の悪いコンロのような事を言ったのです。

◇◇◇◇

 「なるほど、罪の重さが軽くなっていると」

 あたしたちはキャンピングテーブルで焼きいもとじっくりじゃがバターを食べながら火の車さんの話を聞いている。

 「そうなんです。これって芋ののどに詰まる感じが無くて塩味が効いていておいしいですね」
 
 ハムハムとじっくりじゃがバターを味わいながら火の車さんが言う。
 じゃがいもは美味しいけれど、口の水分を奪いやすく喉につまる感じがする。
 だから、この包んで蒸し焼きにする料理にはバターと塩を多めに加えているの。
 バターの油分が滑らかにしてくれるし、塩分は唾液の分泌を促して水分を加えてくれる。
 料理には食感やのどごしも重要なのだ。

 「今晩の仕事なんて、猫ですよ! 猫! 猫を殺した罪で罪人を地獄に連れていく仕事です! こんなんじゃやる気出ません」

 ブスッっとフォークでジャガイモを刺し、火の車さんは少し不貞腐れた表情を浮かべる。

 「まあまあ、火の車さん。別に人間でなくても、食事や生きるため以外の目的で生き物を殺すと罪になりますからね。それが行き過ぎれば火の車さんの出番になりますよ」
 「それはわかってますけど……」

 へぇ、一応食事や生きる目的ならOKなんだ。
 少し助かったかも。
 あたしも誰かの食事のためとはいえ、生き物を殺しちゃってますから。

 「火の車さんが仕事をされないと私も困っちゃいます。幽霊列車に素行の悪い魂が入ると他の魂の迷惑になりますから。悪人は個別に送ってくれないと」

 そういえば夏の幽霊列車の中のお客さんは良い人ばかりだった。
 悪人は別枠で送られていたのですね。

 「今日は珠子さんに火の車さんに元気の出るような料理を作って欲しくて来たんですよ。ですが……定休日だったとは」
 「大丈夫ですよ。おふたりのために臨時開店しますから。何かお好みやリクエストはありますか?」

 死神のアズラさんは人間と同じ味覚を持っているけど、火の車さんはわからない。
 じゃがバターを食べてる所を見ると人間と似ているとは思うのですが。

 「そうですね、私は炎が好きです」

 全然違った!

 「そ、そうですか……」

 困ったな、炎の味なんてわからないぞ。
 
 「ほ、ほかには……」
 「えっと、あっ、この焼き芋も好きですね。じーっくりと芯まで焼き上げる所とか灼熱地獄のようで。うふふ、私ってば楽しみは後に取っておくタイプでして」

 火の車さんはじゃがバターを食べきり、次の焼き芋へと手を伸ばす。
 炎に焼き芋かぁ、焚き火にホイルで包んだ食材を放り込んで焼き上げるタイプのキャンプ料理は出来るけど、それじゃぁ炎は食べれないわよね。
 うーん、いい料理が思いつかない。

 「ときにアズラ殿、火の車殿」
 「はい?」
 「なんでしょう?」

 あたしが考えている途中に鳥居様がふたりに話しかける。

 「先ほど儂を調べた冊子であるが、あれは閻魔帳であるかな?」
 「分冊ですわ。過去の事例や、仕事上に関わる罪の概略しか載っていません」
 「それを見せてもらうことは出来ますかの?」
 「ダメです。許可なく個人情報を見せることは禁じられています」

 ちょっぴり仕事モードになったアズラさんが鳥居様の申し出を断つ。
 死神の世界にも個人情報保護法みたいなのがあるのかしら。

 「そうか、それでは先ほどの猫を殺した者の罪の部分だけでも教えてくれぬかの。言える範囲で構わぬのでな」
 
 鳥居様のお願いにふたりは顔を見合わせる。

 「まあ、それくらいなら」
 「さっき、珠子さんを守ろうとしてくれたのに打ち倒した負い目もありますし……」

 火の車さん手が着物のたもとを探り、小冊子を取り出す。

 「日本の某A氏、罪なき猫28匹を遊興の目的にて殺したかどにて断罪」

 よどみない口調でスラスラと火の車さんが閻魔帳分冊を読み上げる。

 「それだけかな? もっと詳細が記載されておらぬのかな?」
 「これだけですね。閻魔様の原本ならいざ知らず、この程度の罪人のことなんてつまびらかに書かれてはありません」
 「左様であるか」

 何かをわかったように鳥居様が頷く。
 うーん、何かしら。
 あたしの代わりに献立を考えてくれている……わけじゃないわよね。
 
 ブルッ

 風はないけど、ついにつるべが落ち始め、秋の空気があたしの体を震わせる。
 やっぱアラサーになると冷えも来るのが早いのかしら。
 こんな時は温かい鍋でも……。
 炎……、焼き芋……、鍋……、ちょっと冷えたあたしの身体。
 そうだ! あの料理! 
 幸運にもあの料理に必要な特殊食材が店の冷蔵庫にある!
 あ、でも香辛料スパイスが足りない。
 あたしの頭の中であの料理に必要な素材がグルグル回る。

 「ねえ、火の車さん。夜からお仕事って聞きましたけど、何時くらいからですか?」

 あの香辛料スパイスは本格的な中華食材屋に行かないと売ってない。
 これから買いにいくと、料理が出来上がるのが遅めになっちゃう。

 「うーん、8時くらいですか」

 8時かー、こりゃ難しいわね。
 橙依とーい君の瞬間移動テレポートってアメ横に行けるかしら。

 「……ごめん。そこに目印はない。東京駅なら」

 東京かー、ちょっとギリギリ過ぎて食事を楽しむ時間が取れないわね。
 当帰とうきとかセンキュウとか、せめて駅前で売ってないかしら。

 「……センキュウは知らないけど、当帰とうきなら鳥居さんが持ってるかも」

 へ?
 
 「……さっき当帰芍薬散とうきしゃくやくさんって言ってた」

 そういえば! あたしにそんな名の漢方を勧めてた!
 というか、あれは漢方薬の素材だったわ。
 んもう、あたしったら気付くのが遅すぎ。

 「鳥居様、さっきの当帰芍薬散とうきしゃくやくさんを下さい!」
 「なんじゃ、ちょっと冷えでもしたのか」

 鳥居様の袂から薬包が3つ取り出される。

 「これが1日分じゃ。明日以降の分が欲しいなら持って来よ……」

 鳥居様の言葉を待たず、あたしはその紙の包みを開くと、中の粉末を指先でペロッと舐める。
 セロリに似たセリ科の香りと辛味と苦み、これは当帰とうきと……ひょっとしてセンキュウかも!?
 その他に感じる甘味は芍薬のものかしら。
 
 「この成分は当帰とうき、センキュウ、芍薬しゃくやく茯苓ぶくりょう蒼朮そうじゅつ沢瀉たくしゃであって、血行を促進し……」

 やった! センキュウが入ってる! センキュー鳥居様!

 「よしっ、火の車さん向けのメニューが出来ました!」
 「そうですか。それは嬉しいです」
 「よかったですね火の車さん。ではお店へ」

 カタンと腰を上げようとするふたりをあたしは止める。

 「今日は風も穏やかですし、ここで食べましょう。ちょっと待ってて下さいね。すぐに材料と道具を持ってきますから」
 「……僕も手伝う」
 「橙依とーい殿、待たれよ」

 あたしと一緒に立ち上がった橙依とーい君を鳥居様が止める。

 「……なに?」
 「すまぬが使いを頼みたい。駅前で買ってきて欲しいものがある」

 橙依とーい君はあたしと鳥居様の顔を交互に見る。

 「いいわよ橙依とーい君。こっちはあたしだけで大丈夫」
 「……わかった」
 
 ふぅ、と溜息を橙依とーい君は鳥居様に向き合う。

 「……なんでもう邪魔ばかり入るかな」

 そんな彼の呟きが聞こえた気がした。
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