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第八章 動転する物語とハッピーエンド

猿の手とおでん(前編)

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 対象の幸、不幸を見極める能力ちからを持っている俺であっても運命を操れるかと問われれば、答えはノーさ。
 『禍福かふくあざなえる縄の如し』って言葉があるだろ。
 幸福も不幸もそれは表裏一体で、かわるがわる訪れるものって意味さ。
 でもおかしくないかい?
 一生、何不自由なく幸福に過ごす者もいれば、明らかに薄幸はっこうの人生を過ごす者もいる。
 結局、その言葉は不幸に腐るな、幸福に耽溺たんできするなって戒めの言葉なのかもな。

 俺もこの能力ちからを使えば、きっと運の総量はプラスに過ごせるだろう。
 だが、、この世界の総量で幸運と不運のバランスが取れているとしたら、俺とは逆の存在もいるのかもしれない。
 いや、のさ。

 俺の名は赤好しゃっこう
 幸と不幸の分かれ道でも迷うことない能力ちからを持った男。
 俺は秋のある日、俺のために用意された出遭であった。
 幸福と不幸を操り、その天秤を不幸に傾けることしか出来ない存在。
 世間的には呪いのアイテムとでも言うべきかな。
 ここまで言えば、それが何か気づくだろ。

 そう”猿の手”さ。

◇◇◇◇
 
 その日、『酒処 七王子』は珍しく混雑していた。
 理由は単純さ、今日から始まった”秋のおでん祭り”のせいさ。
 なんでも、今年は豊作に豊漁で野菜や魚の値段が大幅に下がったらしい。
 そして、大安売りの勢いにまかせて大量買いをしてしまった珠子さんは練り物を作った。
 手作り竹輪ちくわとか、つみれとか、はんぺんとかかまぼことか。
 
 「かまぼこは白身魚でないと臭みがでますが、さばいわしのような青魚でも、つみれとか黒はんぺんといった練り物にすると美味しいんですよ。生魚より日持ちもしますしね」

 そんなことを言いながら、フードプロセッサを3台も投入しながら日がな一日、彼女はおでんのタネを作っていた。
 ただ、その量は膨大で、とても俺たちだけで食べきれる量ではなく、このフェア開催に至ったわけさ。
 
 「あっ、雨女さーん、ここ、ここ」

 カランと扉のベルの音を主を認めると、つらら女さんは俺の前で手を振る。

 「時間ぴったりですね」
 「わたしが先に来るとみなさんに傘が必要になりますから」
 「さすが雨女さん。心配りが優しい。慈雨じうのようです」
 
 そういえば、さっきから軽い雨音が聞こえてきてたな。
 この席に座っている野郎は俺の他にあかなめと黒龍。
 女性陣はつらら女さんと今しがた来た雨女さん。
 どいつらも俺と天使な珠子さんがキューピット役となって幸せまっしぐらとなった”あやかし”さ。

 「しかし珍しいな。みんなから俺に誘いが来るなんて」

 今日の集まりは黒龍が発起人になって開催された。
 ”愛に時間を”ではないが、こいつらはみんな彼氏彼女持ちだ。
 俺たち”あやかし”とは違い人間の寿命には限りがある。
 だから、こいつらはそのパートナーとの時間を何よりも大切にしている。
 用もなく集まるなんてあるはずがない。
 あるとしたら……ひょっとしての件か?

 「私の目的はこの”秋のおでん祭り”の持ち帰り弁当”あんかけおでん”です」

 期間限定のメニューを指さしながら黒龍が言う。
 
 「そっか、彼女のメイちゃんとよろしくやれよ。それは美味いぜ」
 「はい! 彼女の喜ぶ顔を想像しただけで、もう……」

 黒龍のニヤケ顔に俺は視線を逸らす。
 俺は惚気話のろけばなしは嫌いじゃないが、好きというわけでもない。

 「ちがいますちがいます。ちょっとしたユーモアですよ。それはそれで彼女に買って帰るつもりですけど、今日は違うんです」
 「そうですよ黒龍さん。冗談はそこまでにして下さい」
 「今日はを果たしに来たんでしょ」
 「あはは、そうでした。いやぁ、私の彼女はユーモアがある男が好きって言っているものですから」

 俺たちは黄貴こうきの兄貴とその部下のように、兄貴の妖怪王襲名というひとつの目的を持っているわけじゃない。
 だけど、今の俺たちの気持ちがひとつになった確信があるぜ。

 ごちそうさまです。
 
 俺たちは手を合わせて礼のポーズを取った。

◇◇◇◇

 黒龍の惚気話はともかく、みんなの目的は俺にあるらしい。

 「ってことは、何か良い作戦とかを思いついてくれたのか!?」

 俺はこいつらの恋の応援をする代わりに、こいつらは俺の恋の応援をする。
 たったそれだけの等価の約束を俺は交わした。
 だがそれは、事が成った暁には、労力に比べ、手に入れた物の価値は無限大。
 誰もが損をしない約束されたハッピーエンドの件。
 それが俺たちを結ぶ絆かもな。

 「今日は黒龍さんが素敵なアンティークを手に入れたんですって」
 「へぇ、それじゃすっぴん珠子さんの好感度が上がりそうなプレゼントかい?」

 女の子のハートを射止めるのにプレゼントは有効さ。
 普段は着飾らない珠子さんだって、ここぞという時の装飾品アンティークを気に入ってくれる可能性は高い。

 「ふっふっふっ、そんなレベルじゃありませんよ。これは赤好しゃっこうさんの恋路を実らせるスーパーアイテムです!」
 
 テーブルの上に高そうな木箱を置かれ、その蓋が開き、紫の布の上に置かれた一本のアイテムが現れる。
 それは……毛の生えた人間のそれよりも一回り小さな腕。

 「これって……まさか……」
 「あの願いを叶えるという伝説の……」
 「アンティークというよりも、アーティファクトですかね、これは……」

 その姿を見たみんなが息を飲むのが聞こえる。

 「そうです! これは伝説の3つの願いを叶えてくれるアイテム! ”猿の手”です!!」

 黒龍は自慢げにその”猿の手”を掲げる。

 「「「「呪いのアイテムじゃねーか!!」」」」

 再び俺たちの心がひとつになった。

◇◇◇◇

 どうすんだよこれ……
 明るい店内の中で俺たちだけが頭を抱えている。
 時折、通りすがりの”あやかし”が、ポンと俺の肩を叩き「ま、がんばれよ」って優しい声を掛けてくれるのが恨めしい。

 「どうしましょうか? これ」

 雨女さんが、どんよりとした顔で”猿の手”を指さしている。

 「再び封印します? それともわたくしが氷漬けにして北極か南極の氷の中に漬けてきましょうか?」
 「それとも、そこの破戒僧にでも渡します?」
 「やめとけ、やめとけ、きっと封印費をふんだくられるぞ」
 「みなさん、どうしたのです? 願いが叶うアイテムですよ! しかも3つも!」
 
 ああ、その言い方だと黒龍のやつは理解してねえな。

 「どうしました? なんだか面白そうな会話が聞こえてきましたけど」
 
 俺たちの声が厨房まで聞こえてきたのか、地獄耳の珠子さんが席までやってくる。

 「珠子さん聞いて下さい。この方たちは私がやっと手に入れた”猿の手”を呪いのアイテムだなんて言うんですよ」
 「え……それは……、呪いのアイテムですね」
 「やっぱりそう思うだろ。目端の利く珠子さん、ちょいとこいつに”猿の手”について教えてやってくれ」

 俺の言葉に彼女は少し記憶を思い出すような素振りを見せる。

 「えっと……、”猿の手”はイギリスの怪奇作家、ウィリアム・ワイマーク・ジェイコブスさんの小説に出てくる願いを3つ叶えてくれる伝説のアイテムです。実在していたのですね」
 「そうです、この説明書にもそう書いてあります」

 箱に同梱されていた紙を指さしながら黒龍は言う。

 「でもですね、その願いの成就には高い代償が必要で、叶った願いに見合わない不幸が訪れるんですよ。小説ではお金が欲しいと願ったら、息子が死んでその代償としてお金を手に入れたり、その息子を生き返らせてくれって願うと、息子はゾンビになってよみがえったり、最後は息子を墓に戻してくれって願いで終わりです」
 「そう、伝奇好きの珠子さんの言う通りさ。これは望みは叶うが、それ以上の不幸を招く呪いのアイテムさ」
 「た、確かにこの説明書にも『願いには代償を伴う』って書いてあります」

 おいおい、説明書をちゃんと読んでなかったのかよ。
 そんなツッコミを入れたくなったが、俺は意気消沈いきしょうちんしている男に追撃を入れる趣味はない。
 
 「ではどうしましょうか。やはり封印するしかないですかね」
 「まずはその説明書をちゃんと読んでからだな。みんなで見てみようぜ」
 「それもそうですね」

 一枚の和紙がテーブルの上に広げられ、俺たちはその説明書きに見入る。

 「ええと『この”猿の手”は3つの願いを叶える』」
 「『願いを叶えたい者は”猿の手”を握りしめ願いを叫べ』ってちょっと恥ずかしいですわ」
 「『ただし心せよ、因果を歪める願いには代償を伴う』、うん、ここが罠ですわね」
 「『3つの願いを叶えたら、”猿の手”は消滅する』か、ま、こんなのは無くなった方が世のためだな」

 説明書きはシンプルだった。
 
 「ふぅ、読んだ感じですと、この呪いのアイテムは願いを叶えない限り消えそうにありませんわね」
 「封印してもいいのですけど、きっと誰かの手に渡って不幸を呼びますわ」

 つらら女さんと雨女さんの顔が曇る。
 彼女たちの言う通り、これをどこに封印してもいずれかは誰かの手に渡り、不幸を呼ぶだろう。
 世の中にマイナスしかもたらさない呪いのアイテム。
 そう考えると、”猿の手”は俺のような幸運の運命を選べる者へのカウンターアイテムなのかもしれない。
 そして、ここに居るヤツらは、誰かの不幸を望むようなヤツじゃないんだ。
 もちろん、珠子さんきっとそうさ。

 「ねぇ、珠子さんでしたら、何を望みます?」
 「えー、あたしは誰かが不幸になったりするような幸運は要りませんよ」

 やっぱりな。

 「でも、これに赤好しゃっこうさんの『珠子さんを彼女にしたい』って願いを言うのは駄目ですね」

 おい黒龍、しれっと迂闊うかつな事を言うな。

 「そうですね、そう願ったら珠子さんは『アイシテル、アイシテル、シャッコウサン』って言う肉人形になりかねませんから」

 あかなめも不穏な事を言うなよ。
 女性陣がどんびきじゃないか。

 「へー、そうなんですかー、赤好しゃっこうさんがあたしをねぇ」

 側面からの告白みたいなことを聞いた珠子さんはニヤニヤ笑ってるし。
 なんだか、”猿の手”に願ってもないのに不幸になったみたいだぜ。

 「でも、この”猿の手”をこのままにしておくわけにはいけませんね。よしっ、赤好しゃっこうさんがこの”猿の手”を見事に消滅させてみせたら、あたしの中での赤好しゃっこうさんの好感度を上げてあげますよ」
 「本当ですか!?」

 珠子さんの申し出につらら女さんが興味津々とばかりに顔をほころばせる。

 「ええ、珠子に二言はありませんっ! それにあたしは機転の利く方は好きですから」
 「よかったですね。赤好しゃっこうさん。がんばりましょ、わたしたちも協力しますよ」

 よくない。
 恋愛ってのはイニシアチブが重要なんだ。
 好感度は上げるものであって、上げてもらうもんじゃないのさ。
 しかし、これがチャンスであることには変わりない。
 仕方ない、たまには俺自身で体を張るとするか。

 「よしっ、それじゃ、早速第一の願いを願うとするか」
 「えっ、もうですか?」
 「ああ、要するにこの”猿の手”は幸運と不幸が訪れるアイテムさ。だったら、幸運と不幸をセットにして願えばいい。そうすれば不幸をコントロールできるってもんさ」

 俺のナイスなアイディアにテーブルのみんなが拍手で応える。
 俺は”猿の手”を握り立ち上がると、それを高く掲げ、叫ぶ。

 「ラッキースケベおーこっれっ!」

 猿の手がビクンと動いたかと思うと、とたんに俺はバランスを崩し、盛大に転びそうになる。
 俺は反射的に何かにつかまろうと手を伸ばし、

 ズルッ
 
 俺の掴んだそれは衣擦きぬずれの音を立てて、俺と一緒に床に落ちた。
 賢明なやつならわかるだろ? 俺が掴んだのはセクシーな珠子さんのスカートさ。

 「き、キヤァーァァァァァア゛ア゛ー!!」

 絹を引き裂くような乙女の悲鳴に続けて、俺の視界に入ってきたのは、縞模様のパンツと……かかとだった。
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