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第七章 回帰する物語とハッピーエンド
飛縁魔LV1と豚の角煮(後編)
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「どうです、煮ツメの角煮のお味は」
「うっまー! これってカタクリの衣を破るとホットなタレの味と香りが口にあふれて鼻に抜けんじゃん!」
「なるほどの、閉じ込められたスパイスの香りは口の中で爆発し、鼻に流れていく仕組みかの。確かにこれは逆転の発想じゃな」
「料理は外からの香りを鼻で感じるのは当然ですが、山葵や辛子の刺激のように口から鼻に抜けるパターンもありますからね。何かで包んで口の中で香りが広がるようにすればいいのです」
そう言って、あたしは煮ツメを挟んで作った豚バラミルフィーユの角煮風を口に運ぶ。
ギュ
タレで柔らかくなった衣の中から、八角の甘い香りがあふれ鼻に抜ける。
そして醤油とまろやかな砂糖の甘みが舌を刺激し、重なった肉の層から溢れ出る肉汁と脂と混じり合いながら口を満たしていく。
肉の繊維がホロっと崩れる食感とは違い、噛むたびに肉の繊維を断つ食感。
う~ん、これぞミルフィーユ状にした料理の醍醐味よね。
「”包む”という方法は他の料理にも応用が利きます。エビフライは揚げた後、タルタルソースと一緒に料理用オブラートで包んで再度揚げれば二重のパリパリ食感と口の中で広がる香りが演出できますよ。ああ、オブラートは水分に弱いので気を付けて下さい。ハンバーグはチーズインハンバーグのように中にソースを埋めるとかがいいと思います」
食べたら中から別の味が出ているという仕組みは面白くて美味しい。
これはちょっとの工夫で出来ちゃう美味しさの魔法。
「カレーやスパゲッティとかは? あれは包めんじゃろ」
「そういったものは器ですね。蓋つきのカレーソースポッドにルーやソースを入れて、食べる直前に蓋を取るんですよ。香水の匂いなんて圧倒するスパイスの香りでふっとばしちゃいましょ」
料理の世界では蓋ひとつでも重要な要素。
保温のみならず、香りの拡散という役割を担っているの。
「ありがとー! 珠ちん! これだけヒントをもらえばオッケー! これで彼のストマックキャッチでハッピーエンドにゴールインなんだから!」
あたしの手をガシッとつかみ、飛縁魔さんはそれを上下にブンブンと振る。
「お、お役に立てたようで良かったです」
「うん! それれじゃ讃美ねぇ、アタシはこれから彼を倒しに行ってくるから! 傾国のしゅくしょーかいっよろよろ!」
「おう、うまくヤるのじゃよ」
うん、倒すってのは押し倒すって意味ですね、きっと。
「まかせて! 珠ちんのおかげでPプランをドゥできそうなんだから!」
飛縁魔さんんはそう言うと扉をパーンと開けて飛び出していった。
「やれやれ、嵐のような女の子だったね」
「飛縁魔は火の閻魔とも書くでの、情熱的なのは名前の通りじゃ。珠子殿も良いアドバイスじゃったぞ。ま、妾の中ではこの料理を作るまでもなく解決していたがな」
「そうなんですか?」
「ああ、原因が香水にあると教えてくれた時点で解決しておった。妾たちの流儀でな」
「妾たちって、傾国とか飛縁魔流ってことかい」
「そうじゃ、あとはあやつに任せておけばよかろう。ああ見えても新進気鋭の飛縁魔であるからな」
「……たとえLV1でも特殊能力に長けたキャラは侮ってはいけない」
「それで、具体的にはどんな方法なんですか?」
「いずれわかるじゃろ、ま、一週間も経てばわかるじゃろて」
そう言って讃美さんは特製角煮を口にして、何かをわかっているようウンウンと頷いたのです。
◇◇◇◇
あれから一週間、飛縁魔さんはどうなったのかしらと考えながら仕込みをしていた時、緑乱おじさんが一冊の雑誌を手に厨房に駆けこんで来た。
「嬢ちゃん! あの飛縁魔ちゃんとその彼が、こいつに載ってやがるぜ!」
「へっ!? ちょっと、詳しく見せて下さい!」
「おう! このページだぜ!」
あたしが雑誌を奪い取り、そのページを見ると、そこにはこんな文字が躍っていた。
『スクープ!! 製薬ベンチャー社長! 真夜中のイケナイJK診察!? 淫行条例違反か!?』
載っている写真に写っているのはスーツ姿の男性とGAL系女子高生がラブホテルから出てくるツーショット。
女性の方は目線が入っていてもわかる。
飛縁魔さんだ。
「ちーっす、珠ちんおひさー! 一週間ぶりー!」
「ぶりなのじゃ」
そして、絶妙なタイミングで飛縁魔さんと讃美さんもやってくる。
「ちょっ! ひっまーさん! 讃美さん! 大変ですよ! これこれ!」
あたしはズズイとふたりの眼前に雑誌を突き出す。
「あー、これね。今日載ったのかー、うんうん、いいタイミング」
「ちなみに、この撮影者は妾じゃ。出版社に売ったらいい金になったぞ」
「PプランとはPプランなりー」
へ!?
「んもー、讃美ねぇったら、もっとキレイにとってほしかったー」
「よいではないか。妾は機械は苦手なのじゃ」
「なんだい、全部お前らのシナリオ通りってことかい。慌てて損した」
やれやれとばかりに緑乱おじさんは椅子に座る。
「シナリオはまだまだ続くぞ。そろそろ記者会見のころじゃ」
そう言って讃美さんは勝手知ったる我が家のようにカウンター内のリモコンを取り出してTVのスイッチを入れる。
ワイドショーの中で、雑誌の男の人が椅子に座って記者会見をしていた。
あの人が飛縁魔さんの意中の彼なのだろう。
そして、会見の中で彼は記者からの『女性が18歳未満と知りながら関係を持ったのか』という質問にこう答えた。
『彼女が18歳未満だとは知っていました。ですが、不誠実な交際をしていた訳ではありません。その証拠として僕はこの写真の撮影日と同日に彼女と籍を入れています』と。
会場は否が応でも盛り上がった。
そして彼は『ただ、世間を騒がせた社会的影響を考慮しまして、本日付けで会社の株の大半を手放し、経営から退きます』とも宣言した。
「うわー、えげつねぇことするな。この同日って、実は写真を撮られた後だろ」
「緑乱殿は勘がいいのぅ。そうじゃ」
「パパラッチされて慌てる彼をアタシが説得したの『こうなったら今から籍をインするしかない』ってね」
「婚姻届けの提出は日曜祭日時間外でもOKなのじゃ」
そういえば、そんな事を聞いた記憶がある。
1月1日とか12月24日とか記念日に婚姻届けを出す人がいて、役所も時間外窓口でそれを受け付けるってことを。
「だけどね、それを決意させるレベルまで彼のハートとストマックとマママをグラプッったのは珠子ちんのヘルプがあったからじゃん! ありがとね、珠ちん!」
「ま、珠子殿のレシピではお袋の味の再現とまではいかなかったみたいじゃがの」
「そうだったんですか?」
「うーん、ちょっち言いにくいけど、そうだったの」
「珠子殿の料理は美味ではあるが、お袋の味と同じとまでは行かなかったのじゃ。ま、似て異なるものじゃの。煮ているだけに」
「香りの面はオーライなんだけど、やっぱ食感の違いが彼のストマックにズッギュンしなかったみたいなの」
うっ
あたしは言葉に詰まる。
ふたりの言う通り、あたしのレシピは香水の影響を受けない料理であって、お袋の味を再現したわけではない。
豚バラミルフィーユの角煮の味付けはお袋の味と同じでも、食感が違うと指摘されればそれは否めない。
「そ、そこはですね。お母さまのレシピをベースに使いながらも新しい家庭の味を次世代につなげていくというシナリオでしてね……」
「あ、いーのいーの、珠ちんのアドバイスはとーってもナイスだったじゃん! そのおかげアタシは別のプランを思いついて、彼のハートストマックグラップルできたじゃん。結果オーライ、オーライ、ウェルカムウェラブル!」
「そ、それは良かったです」
あたしの肩をポンポンと叩きながら飛縁魔さんは言う。
まあ、あたしの力不足の分を飛縁魔さんが補って、結果的に心と胃袋を掴めたみたいですので、良かったとしますか。
「それで、どんな方法で彼の舌を満足させたのです?」
「それは下を満足させてから舌を満足させたの」
「え? それはどういう意味で……」
「珠子殿は教えてくれたではないか。料理を味わうのに日葵が付けている香水が邪魔すると」
「それだけじゃなく、精々許されるのはソープの香りくらいだって教えてくれたじゃん」
「確かにそういう事を言いましたが……」
彼とのデートの時、飛縁魔さんは彼からプレゼントされた香水をつけないといけないはず。
なら、石鹸の香りの香水をプレゼントにおねだりでもしたのかな。
「あとは逆転の発想じゃね」
「うんうん、あれが決まり手だったじゃん」
「はぁ、確かに口から鼻に香りが抜けるという逆転の発想の料理をお教えしましたが……」
うーん、全くわからない。
「やはり珠子殿は料理は一流だが、こっちの方は二流、いや三流じゃの。ここまでヒントが出れば飛縁魔であれば見習いであっても正解にたどりつくぞ」
「んもう、そんなに勿体付けないでくださいよ」
ここまで引っ張られると、ちょっと焦れる。
「つまり逆転の発想じゃん。順番を逆にして、彼のおウチデートでは先にベッドで一発ヤってからシャワーを浴びて香水の匂いを落としてからディナーにすればいいんじゃん」
おおぅ……
なんだかとっても頭に衝撃を受けたような感じがする。
あたしでは絶対に考えつかないような発想に。
いやまあ、確かにそれなら香水の匂いは石鹸の匂いに変わりますけど。
「飛縁魔が彼とうまくいったのも珠子殿のおかげじゃ。礼を言うぞ」
「サンキューね、珠ちん」
「お、お役に立てて嬉しいです」
「さーて、これから彼をどんどん骨抜きにして、一生アタシに甘えさせて、美味しい料理とスマイルでいっぱいの家庭を築いて、手に入れたマネーを少しずつ切り崩しながら天寿まで何不自由なく、食っちゃ寝させるぞー! おー!」
「おー! サポートはお任せなのじゃ!」
決意に満ちた目で傾国のふたりが拳を突き上げる。
ま、これもハッピーエンドですかね。
「このまま飛縁魔の一族が社会を侵食すれば、日本国の滅亡と八岐大王国(仮)の建国も早まるというのじゃ」
「ちょ! なんで日本を滅亡させるという話になっているんですか!?」
あたしは黄貴様の部下として料理関係を担当しているけど、日本を滅亡させるなんて事には加担していない。
というか滅亡すると困る。
「なんじゃ珠子殿は気付いておらんのか? 妾たち傾国の”あやかし”は何十年も前から日本の中に入り込んでおるぞ」
「パイセンたちがハッスルしてるじゃん!」
「えっ!? それはどういうことで……」
嫌な予感がする。
ううん、嫌な予感しかしない。
「それはだな、妾たち傾国の女が将来有望な男を骨抜きにしておるということじゃ。本来なら歴史に名を残す雄氏になってもおかしくない者たちをな」
「東帝大を飛び級で卒業するようなスーパーインテリだって、幸せな家庭を持つトラックドライバーにしちゃったパイセンだっているんじゃん」
そう言えば、そんな話をTVで見た憶えがある。
「妾たち傾国の女たちはこの国の政治経済に深く入り込んでおる。この国にGAFAのような巨大ベンチャーが生まれなかったのも、GDP成長率が諸外国に比べて明らかに劣っているのも、妾たちの働きの成果なのじゃ!」
「えっ!? それじゃぁ、失われた30年とか、学歴だけが立派な政治家とかって、もしかして……」
あたしは蒼明さんが読んでいる経済雑誌の見出しを思い出しながら呟く。
「おもにウチらのせい」
にこぱーっ、と最高に素敵な笑顔で飛縁魔さんが言う。
「な! なんてことしやがってくれるんですかー!? 景気が良ければ税金や社会保険料だって安かったり、消費税が上がらなくても済んだかもしれないんですよー!」
あたしの税金は権力者の幸せのために払ってんじゃないの!
あたしの幸せのために払ってんだから!!
「よいではないか、相手の男はちゃんと幸せな一生を送らせるぞ。天寿を全うするまでな。じゃが、それらの人材資源を無駄に浪費させることで! この国の未来を傾ける! それが傾国の”あやかし”なのじゃ!」
「やっふー、けーこく、けーこく!」
そう言いながら讃美さんと飛縁魔さんは手と手を取って踊り出した。
天国のおばあさま大変です、飛縁魔さんの意中の彼はハッピーエンドかもしれませんが……、
日本の未来は暗いかもしれません!!
「うっまー! これってカタクリの衣を破るとホットなタレの味と香りが口にあふれて鼻に抜けんじゃん!」
「なるほどの、閉じ込められたスパイスの香りは口の中で爆発し、鼻に流れていく仕組みかの。確かにこれは逆転の発想じゃな」
「料理は外からの香りを鼻で感じるのは当然ですが、山葵や辛子の刺激のように口から鼻に抜けるパターンもありますからね。何かで包んで口の中で香りが広がるようにすればいいのです」
そう言って、あたしは煮ツメを挟んで作った豚バラミルフィーユの角煮風を口に運ぶ。
ギュ
タレで柔らかくなった衣の中から、八角の甘い香りがあふれ鼻に抜ける。
そして醤油とまろやかな砂糖の甘みが舌を刺激し、重なった肉の層から溢れ出る肉汁と脂と混じり合いながら口を満たしていく。
肉の繊維がホロっと崩れる食感とは違い、噛むたびに肉の繊維を断つ食感。
う~ん、これぞミルフィーユ状にした料理の醍醐味よね。
「”包む”という方法は他の料理にも応用が利きます。エビフライは揚げた後、タルタルソースと一緒に料理用オブラートで包んで再度揚げれば二重のパリパリ食感と口の中で広がる香りが演出できますよ。ああ、オブラートは水分に弱いので気を付けて下さい。ハンバーグはチーズインハンバーグのように中にソースを埋めるとかがいいと思います」
食べたら中から別の味が出ているという仕組みは面白くて美味しい。
これはちょっとの工夫で出来ちゃう美味しさの魔法。
「カレーやスパゲッティとかは? あれは包めんじゃろ」
「そういったものは器ですね。蓋つきのカレーソースポッドにルーやソースを入れて、食べる直前に蓋を取るんですよ。香水の匂いなんて圧倒するスパイスの香りでふっとばしちゃいましょ」
料理の世界では蓋ひとつでも重要な要素。
保温のみならず、香りの拡散という役割を担っているの。
「ありがとー! 珠ちん! これだけヒントをもらえばオッケー! これで彼のストマックキャッチでハッピーエンドにゴールインなんだから!」
あたしの手をガシッとつかみ、飛縁魔さんはそれを上下にブンブンと振る。
「お、お役に立てたようで良かったです」
「うん! それれじゃ讃美ねぇ、アタシはこれから彼を倒しに行ってくるから! 傾国のしゅくしょーかいっよろよろ!」
「おう、うまくヤるのじゃよ」
うん、倒すってのは押し倒すって意味ですね、きっと。
「まかせて! 珠ちんのおかげでPプランをドゥできそうなんだから!」
飛縁魔さんんはそう言うと扉をパーンと開けて飛び出していった。
「やれやれ、嵐のような女の子だったね」
「飛縁魔は火の閻魔とも書くでの、情熱的なのは名前の通りじゃ。珠子殿も良いアドバイスじゃったぞ。ま、妾の中ではこの料理を作るまでもなく解決していたがな」
「そうなんですか?」
「ああ、原因が香水にあると教えてくれた時点で解決しておった。妾たちの流儀でな」
「妾たちって、傾国とか飛縁魔流ってことかい」
「そうじゃ、あとはあやつに任せておけばよかろう。ああ見えても新進気鋭の飛縁魔であるからな」
「……たとえLV1でも特殊能力に長けたキャラは侮ってはいけない」
「それで、具体的にはどんな方法なんですか?」
「いずれわかるじゃろ、ま、一週間も経てばわかるじゃろて」
そう言って讃美さんは特製角煮を口にして、何かをわかっているようウンウンと頷いたのです。
◇◇◇◇
あれから一週間、飛縁魔さんはどうなったのかしらと考えながら仕込みをしていた時、緑乱おじさんが一冊の雑誌を手に厨房に駆けこんで来た。
「嬢ちゃん! あの飛縁魔ちゃんとその彼が、こいつに載ってやがるぜ!」
「へっ!? ちょっと、詳しく見せて下さい!」
「おう! このページだぜ!」
あたしが雑誌を奪い取り、そのページを見ると、そこにはこんな文字が躍っていた。
『スクープ!! 製薬ベンチャー社長! 真夜中のイケナイJK診察!? 淫行条例違反か!?』
載っている写真に写っているのはスーツ姿の男性とGAL系女子高生がラブホテルから出てくるツーショット。
女性の方は目線が入っていてもわかる。
飛縁魔さんだ。
「ちーっす、珠ちんおひさー! 一週間ぶりー!」
「ぶりなのじゃ」
そして、絶妙なタイミングで飛縁魔さんと讃美さんもやってくる。
「ちょっ! ひっまーさん! 讃美さん! 大変ですよ! これこれ!」
あたしはズズイとふたりの眼前に雑誌を突き出す。
「あー、これね。今日載ったのかー、うんうん、いいタイミング」
「ちなみに、この撮影者は妾じゃ。出版社に売ったらいい金になったぞ」
「PプランとはPプランなりー」
へ!?
「んもー、讃美ねぇったら、もっとキレイにとってほしかったー」
「よいではないか。妾は機械は苦手なのじゃ」
「なんだい、全部お前らのシナリオ通りってことかい。慌てて損した」
やれやれとばかりに緑乱おじさんは椅子に座る。
「シナリオはまだまだ続くぞ。そろそろ記者会見のころじゃ」
そう言って讃美さんは勝手知ったる我が家のようにカウンター内のリモコンを取り出してTVのスイッチを入れる。
ワイドショーの中で、雑誌の男の人が椅子に座って記者会見をしていた。
あの人が飛縁魔さんの意中の彼なのだろう。
そして、会見の中で彼は記者からの『女性が18歳未満と知りながら関係を持ったのか』という質問にこう答えた。
『彼女が18歳未満だとは知っていました。ですが、不誠実な交際をしていた訳ではありません。その証拠として僕はこの写真の撮影日と同日に彼女と籍を入れています』と。
会場は否が応でも盛り上がった。
そして彼は『ただ、世間を騒がせた社会的影響を考慮しまして、本日付けで会社の株の大半を手放し、経営から退きます』とも宣言した。
「うわー、えげつねぇことするな。この同日って、実は写真を撮られた後だろ」
「緑乱殿は勘がいいのぅ。そうじゃ」
「パパラッチされて慌てる彼をアタシが説得したの『こうなったら今から籍をインするしかない』ってね」
「婚姻届けの提出は日曜祭日時間外でもOKなのじゃ」
そういえば、そんな事を聞いた記憶がある。
1月1日とか12月24日とか記念日に婚姻届けを出す人がいて、役所も時間外窓口でそれを受け付けるってことを。
「だけどね、それを決意させるレベルまで彼のハートとストマックとマママをグラプッったのは珠子ちんのヘルプがあったからじゃん! ありがとね、珠ちん!」
「ま、珠子殿のレシピではお袋の味の再現とまではいかなかったみたいじゃがの」
「そうだったんですか?」
「うーん、ちょっち言いにくいけど、そうだったの」
「珠子殿の料理は美味ではあるが、お袋の味と同じとまでは行かなかったのじゃ。ま、似て異なるものじゃの。煮ているだけに」
「香りの面はオーライなんだけど、やっぱ食感の違いが彼のストマックにズッギュンしなかったみたいなの」
うっ
あたしは言葉に詰まる。
ふたりの言う通り、あたしのレシピは香水の影響を受けない料理であって、お袋の味を再現したわけではない。
豚バラミルフィーユの角煮の味付けはお袋の味と同じでも、食感が違うと指摘されればそれは否めない。
「そ、そこはですね。お母さまのレシピをベースに使いながらも新しい家庭の味を次世代につなげていくというシナリオでしてね……」
「あ、いーのいーの、珠ちんのアドバイスはとーってもナイスだったじゃん! そのおかげアタシは別のプランを思いついて、彼のハートストマックグラップルできたじゃん。結果オーライ、オーライ、ウェルカムウェラブル!」
「そ、それは良かったです」
あたしの肩をポンポンと叩きながら飛縁魔さんは言う。
まあ、あたしの力不足の分を飛縁魔さんが補って、結果的に心と胃袋を掴めたみたいですので、良かったとしますか。
「それで、どんな方法で彼の舌を満足させたのです?」
「それは下を満足させてから舌を満足させたの」
「え? それはどういう意味で……」
「珠子殿は教えてくれたではないか。料理を味わうのに日葵が付けている香水が邪魔すると」
「それだけじゃなく、精々許されるのはソープの香りくらいだって教えてくれたじゃん」
「確かにそういう事を言いましたが……」
彼とのデートの時、飛縁魔さんは彼からプレゼントされた香水をつけないといけないはず。
なら、石鹸の香りの香水をプレゼントにおねだりでもしたのかな。
「あとは逆転の発想じゃね」
「うんうん、あれが決まり手だったじゃん」
「はぁ、確かに口から鼻に香りが抜けるという逆転の発想の料理をお教えしましたが……」
うーん、全くわからない。
「やはり珠子殿は料理は一流だが、こっちの方は二流、いや三流じゃの。ここまでヒントが出れば飛縁魔であれば見習いであっても正解にたどりつくぞ」
「んもう、そんなに勿体付けないでくださいよ」
ここまで引っ張られると、ちょっと焦れる。
「つまり逆転の発想じゃん。順番を逆にして、彼のおウチデートでは先にベッドで一発ヤってからシャワーを浴びて香水の匂いを落としてからディナーにすればいいんじゃん」
おおぅ……
なんだかとっても頭に衝撃を受けたような感じがする。
あたしでは絶対に考えつかないような発想に。
いやまあ、確かにそれなら香水の匂いは石鹸の匂いに変わりますけど。
「飛縁魔が彼とうまくいったのも珠子殿のおかげじゃ。礼を言うぞ」
「サンキューね、珠ちん」
「お、お役に立てて嬉しいです」
「さーて、これから彼をどんどん骨抜きにして、一生アタシに甘えさせて、美味しい料理とスマイルでいっぱいの家庭を築いて、手に入れたマネーを少しずつ切り崩しながら天寿まで何不自由なく、食っちゃ寝させるぞー! おー!」
「おー! サポートはお任せなのじゃ!」
決意に満ちた目で傾国のふたりが拳を突き上げる。
ま、これもハッピーエンドですかね。
「このまま飛縁魔の一族が社会を侵食すれば、日本国の滅亡と八岐大王国(仮)の建国も早まるというのじゃ」
「ちょ! なんで日本を滅亡させるという話になっているんですか!?」
あたしは黄貴様の部下として料理関係を担当しているけど、日本を滅亡させるなんて事には加担していない。
というか滅亡すると困る。
「なんじゃ珠子殿は気付いておらんのか? 妾たち傾国の”あやかし”は何十年も前から日本の中に入り込んでおるぞ」
「パイセンたちがハッスルしてるじゃん!」
「えっ!? それはどういうことで……」
嫌な予感がする。
ううん、嫌な予感しかしない。
「それはだな、妾たち傾国の女が将来有望な男を骨抜きにしておるということじゃ。本来なら歴史に名を残す雄氏になってもおかしくない者たちをな」
「東帝大を飛び級で卒業するようなスーパーインテリだって、幸せな家庭を持つトラックドライバーにしちゃったパイセンだっているんじゃん」
そう言えば、そんな話をTVで見た憶えがある。
「妾たち傾国の女たちはこの国の政治経済に深く入り込んでおる。この国にGAFAのような巨大ベンチャーが生まれなかったのも、GDP成長率が諸外国に比べて明らかに劣っているのも、妾たちの働きの成果なのじゃ!」
「えっ!? それじゃぁ、失われた30年とか、学歴だけが立派な政治家とかって、もしかして……」
あたしは蒼明さんが読んでいる経済雑誌の見出しを思い出しながら呟く。
「おもにウチらのせい」
にこぱーっ、と最高に素敵な笑顔で飛縁魔さんが言う。
「な! なんてことしやがってくれるんですかー!? 景気が良ければ税金や社会保険料だって安かったり、消費税が上がらなくても済んだかもしれないんですよー!」
あたしの税金は権力者の幸せのために払ってんじゃないの!
あたしの幸せのために払ってんだから!!
「よいではないか、相手の男はちゃんと幸せな一生を送らせるぞ。天寿を全うするまでな。じゃが、それらの人材資源を無駄に浪費させることで! この国の未来を傾ける! それが傾国の”あやかし”なのじゃ!」
「やっふー、けーこく、けーこく!」
そう言いながら讃美さんと飛縁魔さんは手と手を取って踊り出した。
天国のおばあさま大変です、飛縁魔さんの意中の彼はハッピーエンドかもしれませんが……、
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