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第六章 対決する物語とハッピーエンド

船幽霊と羊羹(後編)

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◇◇◇◇

 お月さまは三日月、とってもきれい。
 波はちゃぷちゃぷ、ゆっくりゆっくり。
 そんな海の上をボクたちは進む。

 「しっかし、なんでお前さんと仲良くタンデムなのかね?」
 「こんな年寄りに肉体労働をやらせる気かね。男なら年寄りを敬うもんだよ」
 「年寄り扱いすると怒るくせに……」

 お船をこいでいるのは緑乱りょくらんおにいちゃん。
 だけど、その後ろにはロープでもうひとつお船がつながってるんだ。
 そこにのっているのが築善おばあちゃん。

 「さて、ポイントについたし俺っちは船幽霊が出てくるまで釣りでもしとこうかね。昨日は1匹を残して逃しちまったが、今日こそは大漁といこうかい」

 そう言って緑乱りょくらんおにいちゃんは昨日の同じようにつりをはじめる。
 そして、うひょー! っとお魚さんたちがおふねにつりあげられる所まで同じ。

 「……こうも同じだと、また失敗フラグが立ちそう。二度あることは三度ある」
 「野暮なこと言うなよ。三度目の正直ってやつさ。今日はお嬢ちゃんの助力もあるからな」

 橙依とーいお兄ちゃんが持っているのはようかんの箱。
 駅前で買った”おぎようかん”と東京まで買い出しにいったもうひとつのようかん。

 「ここいらであの迷える幽霊たちを成仏させんと、あたしも心が痛いからね。もう70年以上も彷徨さまよっているあの英霊たちにね」
 「あー、やっぱ”えいれい”ってやつなんだ! 珠子おねぇちゃんが言ってたのと同じ!」

 橙依とーいおにいちゃんが買い出しに行っている間、ボクたちは珠子お姉ちゃんからあのゆーれーの正体を聞いたんだ。

 「なんだい、お前さんたちも気づいとったのかい?」
 「ま、俺っちたちの力を合わせてな」
 「……緑乱りょくらん兄さんは何もしてない。主に紫君しーくんの霊を詳細に視る能力と珠子姉さんの叡智のおかげ」
 「あの、ゆかいな看板娘の力ねぇ」
 「そーだよ! お姉ちゃんが、あのズボンやシャツやランニングを着ているゆーれーは海で死んだ兵隊さんだって教えてくれたんだ」」
 
 あのゆーれーさんたちは刀とかじゅうとか持っていなかった。
 だからボクはわからなかったけど、珠子お姉ちゃんが教えてくれたんだ。
 
 「そこの坊やの言う通り、あの船幽霊の正体は第二次世界大戦の最中、海で命を落とした英霊たちさ。心残りを抱いたまま海で命を落とした者は船幽霊となる。まあ、考えてみれば当然さね。死んだ人数の桁が違うからね」
 「……具体的には5つくらい桁が違う」

 「いーち、じゅーう、ひゃーく、せーん、まーん」
 
 ボクは指をおりながら数える。
 
 「5つってことは、1万人くらい死んだの?」
 「……ううん、諸説あるけど軍属で総数約186万人、うち海軍が約43万人。海で死んだのは海軍だけじゃないのできっと50万人くらい。明治以前での海難事故死が数十人と仮定して約1万倍」
 「ふえ~、すごいかず~」

 一万倍ってすといね。
 一円玉が一万円札になっちゃうんもんね。
 
 「そう、この佐世保は軍艦が多く所属した鎮守府があってな、この終戦の日が近づくと船幽霊と化した数多くの英霊が帰って来るのさ。あたしたちも何十年も何十年も供養を続け、大半は浄土へ導いた。だが、それでも未だに残っている英霊もいるんだよ」

 そっか、だからあのゆーれーたちは『……カエリタイ……カエリタイ』って言ってたんね。

 「じゃが、それも今日で終わり。この”カリカリ昔ようかん”で心残りを払うからね」

 おばあちゃんが取り出したのは、外がわが白くなったようかん。
 珠子お姉ちゃんが言った通り、乾燥させて外におさとうのカリカリが出来たようかん。

 「おおっと、俺っちたちだって準備は万端だぜ! 酒もタバコも準備したし、この羊羹も外はカリカリ、中はしっとりとした絶品なんだぜ」
 「ほう、それは小城羊羹おぎようかんだね。それはまずまずと言いたい所だけど小城羊羹は当時、軍の御用達ごようたしだったのさ。戦争を感じさせるそれではダメだと思うね。実際、去年はダメだったからね」
 「すごーい、珠子お姉ちゃんとおんなじこと言ってる」

 珠子お姉ちゃんも教えてくれたんだ。
 このおぎようかんは、兵隊さんたちにもわたされて、とっても人気があったって。

 「……そこらへんは解釈が違う。それに僕たちにはさらなる羊羹がある」
 
 そう言って橙依とーいお兄ちゃんが、もうひとつのようかんのはこを取り出そうとした時、あのゆーれーさんたちはやって来た。

 「その解釈の違いとやらは後さ。来たよ!」
 
 海の上にゆらゆらと白い影がみえる。
 
 カエリタイ……カエリタイ……フルサトハブジカ……
 サケハアルカ……タバコハアルカ……
 アノ、ヨウカンハアルカ……
 カエリタイ……カエリタイ……ミンナノトコロ……

 昨日とおんなじ、あのセリフ。

 「きたね。それじゃあ、浄土へ送るとするかい」

 おばあちゃんはお坊さん玉をジャラジャラ鳴らして、ゆーれーさんたちに向き合う。

 「みたまの前に捧げつつ、おもかげしのぶも……」

 お船にどっしりとすわって、前にはお皿にのったようかん。
 そしてその口から流れ出すお経。
 それにつられて、ふわり、ふわりとゆーれーさんたちがそこに向かって、ようかんをパクッ。

 ザクッ

 ボクたちがいつも食べているようかんとはちがった音が聞こえる。
 ようかんのまわりがおさとうでカリカリになっている音。

 アア、ヨウカン、ナツカシイ、コレハ、フルサトデタベタアジ……

 「おっ!? 未練が減ったのか姿が鮮明になってきたぜ。紫君しーくんの言った通りズボンにシャツやランニング姿だな」
 「……きっと、あれは第二次世界大戦の兵隊さんたちの姿」

 ボクははじめから見えてたけど、お兄ちゃんたちもゆーれーさんたちすがたが、ハッキリみえたみたい。
 
 「南無大師遍照尊なむだいしへんじょうそん南無大師遍照尊なむだいしへんじょうそん……」

 おばあちゃんのお経は続き、ゆーれーさんたちのいくつかはに向かう。 
 ……だけど

 「まだ、のこっているね」

 ボクたちの前にはまだまだゆーれーさんたちがいっぱい。

 チガウ……チガウ……ヨウカンチガウ……

 「おっ、嬢ちゃんの言った通りだな。この羊羹は違うみたいだぜ」
 「ん? これでも違うというのかい? いったいどんな羊羹が食べたいのかねぇ」
 「……その答えは僕たちが持っている。次は僕たちのターン」

 そう言って橙依とーいお兄ちゃんはようかんのハコを取り出す。

 「それは、玉羊羹たまようかんかい?」

 ハコの文字をみて、おばあちゃんが言う。

 「……そう、紫君しーくんお願い」
 「ハーイ!」

 ボクは元気いっぱいにそのフタを開けると、中からまん丸の玉を取り出す。
 これは丸いゴムに入ったようかん。
 珠子おねぇちゃんが教えてくれた”玉ようかん”。

 「酒やタバコは俺っちが用意しているぜ」
 
 となりでは緑乱りょくらんお兄ちゃんがお酒とタバコを取り出している。

 「さあ、おいで、おいしいようかんだよ……」

 ボクはまん丸の玉ようかんに力をこめて、ゆーれーさんたちに話かける。

 プスッ

 とがった何かが玉ようかんにささる感じがすると、

 プルンッ

 包むゴムが一気にめくれて、その中のようかんがあらわれた!

 パクッ、モムッ

 ゆーれーさんたちはそのようかんをパクッとモグモグ。
 
 「まだまだあるよ。いっぱいおたべ」

 ボクのおててが次の玉ようかんを手に取りかかげると、プスッ、プルルンッとゴムがむける。
 そして、ハムッ、モミュっとゆーれーさんたちの口へ。

 アア……コレダ……コノ、日ノ丸ヨウカン……
 ナクナッテナカッタ……マタ、アエタ……
 フルサトハ、ブジダッタ……

 ゆーれーさんたちがわらった顔になって、海からうかび上がる。
 ゆーれーさんたちの心のこりがなくなっていく。

 「こりゃ、どういうことだい? あたしのカリカリ昔羊羹で満足しなかったやつらが、満足していっているじゃないか」
 「えっへん! これがじんるいのえーち! せんごふっこーのしょーりですっ!」
 
 ボクは珠子おねぇちゃんの真似をして、えっへん!

 「戦後復興?」
 「……そう。ねぇ、知ってる? この玉羊羹が昔、”日の丸羊羹”って呼ばれてたこと」

 橙依とーいお兄ちゃんの声におばあちゃんが首を横にふる。

 「……この玉羊羹はね1937年の日中戦争の時に福島県の玉嶋屋たましまやで発明されたんだ。アルミパウチなんてなかった時代に、ゴムで包むことで出来立ての羊羹の味が味わえるように。当時の商品名は”日の丸羊羹”」

 まんまるのようかんをひとつ取り出しながら、橙依とーいお兄ちゃんは言う。

 「……”日の丸羊羹”は軍隊を中心に支給されていたけど、寒くても凍りにくいので、寒い上空で戦う戦闘機乗りたちにも支給された。あのゴーグルをしている船幽霊はきっと戦闘機乗りで海に墜落して命を落とした人たち」
 
 そう、珠子おねぇちゃんがボクに聞いた『頭に水中メガネのようなゴーグルをかけた幽霊』は、お船じゃなく、ヒコーキに乗ってた人なんだ。

 「……この”日の丸羊羹”は時間が経っても固くならず、日持ちもいいので、中には一時帰省出来た時におみやげにした人もいたはず」
 「プルンッとして楽しいよね」

 この玉ようかんは、つまようじでプスッとさすと、ゴムがつるんとむけて、あーんって食べられるんだ。
 おもしろくって、おいしくって、あまーいおかしなんて、ボクや子供たちはだーいすき。

 「……だけど戦争が激化した1941年に砂糖や小豆、金型などの物資不足のために玉嶋屋たましまやは廃業。復活は戦後1952年の砂糖と小豆の統制解除を待つことになり、玉羊羹たまようかんの名で販売が再開された」
 「玉羊羹が日の丸羊羹って名前で戦争の慰問用に生まれ、戦後に復活したってことはわかった。だけど、どうして、この船幽霊たちが、それを気に入ったのさ? こいつらは戦争の犠牲者なんだよ。戦争に関わるものを恨んでてもおかしくないってのに」

 おばあちゃんは『わかった』って言ってるけど、やっぱり、わかってないみたい。
 とっても大切なことを。

 「おねえちゃんが言っていたんだ。『死んだ後も恨みや後悔、自分の欲望だけを長年ずっと持ち続けるなんて無理』だって」
 「……そう、珠子姉さんは言ってた『もし、いつまでも残る未練だとしたら、誰かを優しくもいとおしく想う気持ち、残された大切な人の未来を案じる気持ちだと思うんです』と。僕もそうだと思う」
 「なるほど、この最後まで残った船幽霊たちは無念を心に抱えているんじゃなかったんだね」

 お坊さん玉を持った手をのばして、おばあちゃんはいたわるようにゆーれーさんたちをなでる。

 「そういうこったい、この幽霊たちの未練は自分たちの未練じゃなかったってことさ。こいつらは故郷ふるさとが戦火に焼かれなかったか、焼かれたとしてもそこから復興できたか、そんな故郷を想う気持ちが未練として残ってたのさ。だけどさ、こいつらは船幽霊として魂が海に囚われちまっていてそれを確認できない。つまるところ、こいつらが欲しかったのは復興の証さ。酒もタバコも羊羹すらも戦争中は規制されちまってた。だが、今はそれが簡単に手に入る時代になった、豊かな時代になったって事を示してやりゃよかったのさ。玉羊羹はその代表ってとこさ」
 
 そう言って緑乱りょくらんお兄ちゃんが指をパチン。

 「……はいはーい」

 その合図で橙依とーいお兄ちゃんのとなりの穴から大きなふくろが。
 その中にはボクたちが町で買ったおかしやごちそうや、おもちゃがいっぱい。

 「こいつらの未練を晴らすには、そんなちまちました羊羹数切れじゃなくってさ、どーんっと、いくべきなのさ。さあ! 大盤振る舞いといこうじゃないか!!」

 大きなふくろがパーっと開いて、そのなかみが夜空に投げ出される。

 「さあ、おいき、おいき、においき……、みえるよ、みえるよ、ひかりがみえる……、そのまま、そのまま、おそらのはて……」

 ボクの力が放たれ、いーっぱいのおかしや、ごちそう、おもちゃたちに宿る。
 それは光をおびて、おそらに上がる。

 アア、イッパイ……コンナニ、ユタカ……
 モッテカエロウ……オミヤゲニ……
 イトシイアノヒトヘ……カワイイ、コドモタチへ……ナガイナガイ、トオイヤクソク……

 ボクはしってる。
 戦争はもうずーっとまえ、70年以上前に終わったって。
 あのゆーれーさんたちの大切なひとたちも、きっと今はおじーちゃんやおばーちゃんになってたり、中にはへ行ったひとたちもたくさん。
 あのゆーれーさんたちは、これからそのひとたちに会いにいくんだろうね。
 あまーい、あまーい、あのときのやくそく。
 いっぱいのおみやげをその手にもって。

 まん丸ようかんをせんとうに、いっぱいのおかしとごちそうたちがキラキラとお空に天の川をえがいた。
 
◇◇◇◇
 
 「いやっほー! かんぱいだぜー!」

 お宿にもどるなり、緑乱りょくらんお兄ちゃんはワンカップをシュポン。

 「……朝からお酒なんて」
 「いいじゃないか、あのあとは大漁で、朝市で売って大儲けだったし、あのいけ好かない築善尼ちくぜんににこの宿代を押し付けられたんだしな。へっへっへっ、これで俺っちの旅路もハッピーエンドから始まる幸先のいい話になるってなもんだ」

 きのうのおさしみをヅケにしたものをおかずに緑乱りょくらんお兄ちゃんはイッヒッヒッとわらう。

 「はいらないって言ったろ。ほいこれ、宿代の領収書」

 ふすまがガラッとあいて、おばあちゃんがいちまいの紙をひらひらとさせる。

 「おっ、わりいねぇ」
 「ま、賭けに負けたからねぇ。あたしは信義は通す女さ。おっ!? 石鯛のヅケかい、こりゃ鯛茶漬けにでもするんかいね。あたしにも一杯わけとくれよ」
 「やなこったい。欲しけりゃ自分で作るか金出して買いな」

 そう言って、緑乱りょくらんお兄ちゃんはヅケのおさしみをごはんにのせて、ジャバーっときゅうすからお湯をかける。
 このにおいはだし汁かな。

 「くふぅー、うんめぇー! 石鯛は刺身もうめぇけど、ヅケにしたもので茶漬けにするのもいかすなぁ」

 じまんするように見せびらかしながら、緑乱りょくらんお兄ちゃんは、お茶づけを食べる。
 おいしそう、ボクもたーべよっと。

 「なんだい、ケチだねぇ。んじゃ、はいこれ」

 そう言っておばあちゃんは、もういちまいの紙をわたす。

 「なんだい、これ?」
 
 その紙にはむずかしい漢字と、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ろっけたの数字。

 「昨晩の一日漁業権の請求書さ。遊漁券とも言うね。感謝するこったね、事後での漁協との折衝は苦労したんだからね」
 
 やれやれといったかんじで、おばあちゃんが言う。

 「はぁー!? 漁業権なんて聞いてないぜ! 海はみんなのものだろぉ!?」
 「”あやかし”にとっちゃそうかもしれん。だけど、人間にとっては違うのさ。あたしも御仏も人間の味方だからね、こいつは耳をそろえて払ってもらうよ」

 おててをげんこつにして、おばあちゃんが緑乱りょくらんお兄ちゃんにせまる。

 チラッ

 あっ、こっち見た。

 「な、なあ、橙依とーい紫君しーくんよ。お前たちは一人前の男だよな」
 「……まあ、そうだけど」
 「うん、ボクはおとこのこだよー!」

 ボクは元気よく返事する。

 「ここからは別行動といこうや。お前たちは自由に旅行を楽しみな。俺っちは……」

 そして、じりじりと後ずさると、

 「逃げる!」
 「にがしゃしないよ! このあたしから逃げられるとでも思ったのかい!」

 まどからとびだして、おばあちゃんもそれをおいかける。

 「バイバーイ、またねー」
 「……やっぱりフラグ通り。ん、この鯛茶漬けおいしい」
 
 ズッズッと橙依とーいお兄ちゃんはおいしそうにお茶づけを食べている。

 「あー、ずるーい、ボクもー」

 ボクはヅケのおさしみをごはんにのせて、コポコポとだし汁をかけて食べる。

 「おいしー! これなら朝からでもだいじょうぶ!」

 朝からおさしみなんて、ちょっとボリュームがあると思ったけど、これならサラサラとおなかに入っていっちゃうね。

 「……さて、腹ごしらえが済んだら旅行を続けようか。どこいきたい?」
 
 緑乱りょくらんお兄ちゃんとおばあちゃんは東に行ったから、そっちじゃないほうがいいよね。

 「じゃあ、南がいいなー、ボクおしろみたーい」
 「……それじゃあ、フェリーで熊本にいこうか」
 「うん!」

 うわーい、フェリーだ。
 ボク、フェリーに乗るのはじめて。
 きっと、あんぜんで、たのしい旅になるよね。
 もう、この海にゆーれーさんたちはいないんだから。
 きっと、あのゆーれーさんたちも、いまごろはもっていったごちそうやおかしでおなかいっぱいだよね。
 こんどうまれかわったら、もーっと、いーっぱい、いーっぱいたべるといいよ。
 もし、どこかで出会えたら、今度はボクといっしょにね。
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