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第六章 対決する物語とハッピーエンド

串刺し入道とふぐ料理(中編)

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◇◇◇◇

 「さて、勝負の大枠は料理勝負と決まりましたが、勝負内容の詳細を決めなくていけませんね。それに料理勝負なら審査員が必要です、それに食材も。どうでしょう、私が勝負の詳細を決め、食材を調達するので、貴方が審査員を連れてくるというのは。ああ、審査員は公平をして無関係の人間がいいですね。料理に造形が深ければ、なおいいです」

 ここがこの勝負の勘どころ。
 この私の申し出を串刺し入道が受けるかどうかで決まると言っても過言ではありません。
 
 「ふむ、勝負の大枠と審査員を俺が決め、詳細と食材をお前が決めるという所か、確かに公平だな。よかろう、ただし2時間だ。2時間以内に食材を持ってここに戻れ、さもなくば逃亡とみなしてお前の負けとするぞ」
 「かまいませんよ、2時間もあれば十分です。では」
 
 クイッと眼鏡を正し、私は門へと駆けていきます。
 さて、それでは軽く食材の調達と参りますか。
 
◇◇◇◇

 タプンタプンと水が揺れる。
 私が食材を買って再び迷い家まよいがへ戻った時に既にその人間は座敷に座っていました。

 「早かったな、どうやら逃げ出すような意気地なしではないようだ」
 「あなたこそ、首尾よく審査員を連れてきたようですね」

 その初老の人間は座敷の座布団にドッカと座りあたりをキョロキョロ見渡していた。。
 この人間には見覚えがあります、山を捜索中の時に見た渓流釣りをしていた方ですね。

 「ほう、この眼鏡の兄ちゃんが入道殿と料理バトルをする相手かの」
 「その通りです。お礼はたんまりしますので、公平な審判を頼みますよ」

 見た感じ、何かの術に操られているようには見えません。
 私は公平公正な勝負と条件付けしましたから、”天狗の約定”に則り、公平な人間を連れてきたのでしょう。
 それは裏を返せば真っ当に勝負すれば勝ちは揺るがないという串刺し入道の自信の現れともいえます。

 「それで、どんな料理勝負かの? 儂はこう見えても銀座で寿司店を構えておる料理人でな。ちと料理にはうるさいぞ」

 男の眼光が鋭く光る。
 その眼差しと気配が、男がただ者ではない事を感じさせます。
 なるほど、料理においてはひとかどの人物といった所でしょうか。

 チャポンチャポンと私の肩の上で水が揺れる。
 そこにあるのは超大型の水槽。

 「ふふふ、どんな料理勝負でもこの珠子という人間の技と知識が使える俺が勝つに決まっている」
 「おやおや、もう勝った気ですか」
 「ぬかせ、料理勝負でお前がこの珠子という人間に勝てるはずがあるまい」
 「まあ、普通に珠子さんと勝負すればそうかもしれませんが、私とて負ける気はありません。これが勝負の題材です!」

 ドンと水槽が畳の上におかれ、その衝撃で中の魚たちがピチピチと暴れ、膨れる。

 「ほう! 河豚ふぐ、しかもトラフグか!」

 男が魚の姿を一瞥いちべつしただけで、種類まで言い当てます。
 銀座に店を構えるだけあって、やはり一流の方のようですね。

 「そうです! 料理勝負は『フグ料理対決』としましょう! この食材を調達してきたのは私ですから、公正を期して食材は貴方から先に半分選んで下さい。ただし!」
 「ただし、何だというのだ?」
 「この水槽には天然フグと養殖フグの両方が混じっています。さて、あなたはこの中から天然フグだけを選べますかね?」

 クイッと眼鏡を光らせながら私は言う。

 「フハハハハハ! 多少は考えたようだが、天然フグと養殖フグを見分ける知識をこの娘が持っていないとでも思ったか!?」

 串刺し入道の妖力ちからが少し大きくなり、珠子さんの口からウッという嗚咽が漏れる。

 「ほらあったぞ! 天然フグと養殖フグの見分け方が! そればズバリ、ヒレよ! 養殖フグは泳ぐ範囲が狭いことから胸ビレが小さく、海に比べると狭い場所で育てられるため、他のフグに尾びれをじられギザギザになってしまうのだ! つまり、天然フグはそれと逆で胸ビレが大きく、尾びれが綺麗な個体を選べばよい! ホレホレホレホレ!」

 水槽の中に手を突っ込み、串刺し入道がフグを取り出していく。

 「ほほう、。入道殿は天然フグだけをり分けておる」

 を感心したように男が言う。
 確かにあなどれませんね、これは。

 「それでは私は残りの半分を頂きましょう。それでは勝負開始といきましょうか」
 「フフフ、よいぞ。もはや勝ったも同然だがな!」
 
 そう言って串刺し入道は高笑いを決める。

 「よしっ! ならばフグ料理対決! 勝負開始じゃ!」

 男の声と共に勝負が始まりました。

◇◇◇◇

 「ふっ、私が調達してきたのがフグだけと思いましたか!? 調理には道具が必要なのですよ!」

 私は数歩下がり、座敷の入り口に置いていた箱の中から調理道具を取り出す。
 私の調理道具といえば、言わずもがな電子レンジです。
 そして、それを動かす災害用バッテリー。
 あとは包丁一式と土鍋。

 「フハハハハハ! 貴様こそこの小娘をみくびっておらぬか。こいつの背嚢はいのうの中には調理道具一式が入っておったわ! そして、娘よ! 天然トラフグで最も美味しい料理は何だ?」

 串刺し入道の妖力ちからの高まりと合わせて、再び珠子さんの口からクッという声が漏れる。
 
 「フハハハ! 天然トラフグの最も美味い食べ方は”ふぐ刺し”だとさ! さあ! 娘よ! 俺にフグを刺身にするスキルを与えるのだー!」

 串刺し入道が妖力ちからを使うたびに珠子さんの生命力が失われていくのがわかります。
 あまりよくないですね。
 この勝負程度で失われる量であれば命に危険はなさそうですが、このままずっと吸収されたままですと危なかったかもしれません。
 私の選択肢の片隅に逃亡もありましたが、逃げずに正解だったようです。

 フグのさばき方は知っています。
 口を落とし、皮を剥ぎ、内臓と鰓と目玉を取りはずし、よく水洗いをすれば毒の部位は無くなり、身欠きのフグになります。
 まあ、手馴れていないので、多少は手間取りますが。
 串刺し入道も基本は同じ、ですが私より遥かに慣れた手つきです。

 「うーん、こっちの眼鏡の兄ちゃんの腕はイマイチじゃのう。じゃが、あちらの入道殿の腕は見事だ、堂に入っておる」

 審査員の男が私と串刺し入道の包丁技を見て解説する。 
 やはり私では珠子さんの腕には遠く及びませんか。
 まあ、わかっていたことですが。

 「なら、こんなのはどうです?」

 私は湯で戻した湯葉でフグの半身を包み、それを小鍋に入れ、さらに豆乳を注ぎます。
 そして、それを電子レンジへ。

 ウィィィーン

 電子レンジ特有の音を立て、中のフグに火が通っていく。

 「眼鏡の兄ちゃんは湯葉包みか、うん良さそうな料理だな。一方……はほう! 入道殿の”てっさ”は二枚引きか!」

 ”てっさ”とは西日本のでの”ふぐ刺し”の別名です。
 そして、二枚引きは……

 「フハハハ! ふぐ刺しはその味もさるものながら、弾力ある身の食感も美味さのうちよ! そして、その食感を最大に引き出すのが”二枚引き”よ! 薄く切った刺身に、さらに包丁を入れ、蝶のように開くことで一枚の刺身でありながら厚みが微妙に違う食感と、広がった面積が舌を旨みで包み込むのだ!」

 ふぐ刺しを作りながら、自慢げに串刺し入道が二枚引きの説明をします。
 まったく、その知識も技も珠子さんの物だというのに。

 チーン

 電子レンジが音を立て、その中から魚の出汁の良い香りが漂います。
 これは、湯葉に包んだ身とは別に骨周りを出汁用に加えていたため。
 フグの出汁は初めてですが、食欲をそそる良い匂いですね。

 「さて、私の料理は出来ましたが、貴方はどうです?」
 「ふっ、間もなく出来るわ! 今、盛り付けている所よ! ちょっと待っとれ」
 「そうですか。では少々待ちましょう。ああ、審査の順番ですが私からでいいですかね?」
 「かまわぬぞ! 俺のふぐ刺しが勝つに決まっているがな! ガハハハハハハッ!」

 下品な笑い声を揚げながら串刺し入道は大皿にふぐ刺しを盛る。
 その刺身は皿の文様を透けさせるほど薄く、そして美しかった。
 見ただけでわかります。
 料理の美しい見た目はそれだけで味を高めてくれるものです。
 やはり料理勝負という面では、私ではまだまだ珠子さんに勝てませんね。
 
◇◇◇◇

 「それでは、これより試食を開始する! 先攻は眼鏡の兄ちゃんだったな」
 「はい、お願いします」

 私はお盆に土鍋を載せ、男の前に運ぶと、その前でふたを取った。

 ふわり

 かすかに漂うだけだった香りは、蓋の解放とともに大きく広がり、あたりを包む。
 
 「ほう、乳白色の鍋の中に浮かぶ濃いクリーム色の塊。さしずめ『ふぐの湯葉包み豆乳仕立て』といった所かの」
 「はい、戻した湯葉で包んだフグの身を豆乳の中でマイクロ波で温めました。豆乳から出来上がったさらなる湯葉との二重包みになっています」
 「柔らかい出来立ての湯葉と、戻した弾力を感じる湯葉との二重包みか……これは期待できそうだな」

 男は箸を取り、トロリと膜を引く湯葉包みを持ち上げ、口に運ぶ。

 「ほう! 湯葉包みの中から弾力のあるフグの身とそこから出る出汁が口の中を襲ってくる! 淡泊で優しい味わいの豆乳と湯葉、それとコントラストを生むようなフグの旨み。これはなかなか……」

 そう言って男はパクパクとふぐの湯葉包みを食べ、レンゲで豆乳を口にする。

 「うむ、この豆乳の中にもほんのりとフグの出汁が染みておる。しかし……、なあ眼鏡の兄ちゃん、なぜこれを電子レンジで調理した?」
 「電子レンジで調理するのは私のポリシーです」

 男の問いに私は即答します。

 「そうか……ポリシーならばそれに口出しはせぬが、料理の味を高めるならばこの料理は客の前で炭火で温めるべきだったな。電子レンジは手間はかからぬが、マイクロ波は形状によって集まりやすく温め方にムラが出る。結果、食感を損なう場合もあるのじゃよ。そのせいか、この料理は食材の味をほどほどにしかかせておらん。惜しいの」

 腕を組み、湯葉包みが一切れ残った鍋を眺めながら男は言う。
 
 「フハハハハハ! だとよ! やはり”あやかし”では人間に料理で勝てぬもの」
 「あなただって”あやかし”でしょうに」
 「ふん! 俺様はその人間の能力が使えるのだ! つまり、俺様はあやかし界の料理対決では無敵! くくく、この娘を人質に京の酒呑童子と料理対決に持ち込めば、俺様は妖怪王間違いなしよ!」

 もう自分を俺様呼びですか。
 たしかに、私を取り込んだ上で酒呑童子まで取り込めば、この串刺し入道が妖怪王になるのは間違いないでしょうね。
 できれば、ですが。

 「さあ、俺様の天然トラフグの刺身を食ってくれ! そして俺様の勝ちだと宣言するのだ!」

 大皿をドンと男の前に置き、串刺し入道が叫ぶ。

 「おお! この透け具合は見事な技! そして味は……」

 刺身の端にポン酢をチョンと付け、男はそれを口に運びます。

 「これは見事な包丁技! 弾力のあるフグの身を切るには腕もさるものながら道具も重要。この刺身からは日々の研鑽と道具への愛情も感じられる。このフグの旨さを十分に発揮しておる。うむ、いい腕だ」

 パクパクパクと素早い速度で男はふぐ刺しを八割ほど平らげた。

 「ふふふ、”ほどほど”と”十分に”だとさ。グワーハッハッハッ! 俺様の勝利だ!」

 胸を天まで反らしながら野太い声で串刺し入道は勝利宣言をする。

 「いいえ、勝負はまだわかりませんよ」
 「くくっ、負け惜しみを。勝負はとうに付いておるわ」
 「……そうですね。勝負はとうに、いや最初についていたのかもしれません。さあ、審査員さん、どちらのフグ料理が美味しかったですか?」

 料理を全て平らげて、お腹を軽くさすっている男に向けて私は尋ねます。

 「ああ、もちろん眼鏡の兄ちゃんの勝ちじゃな。圧勝じゃよ」
 
 私の問いに、さも当然、そんな口調で男は答えました。
 まあ順当ですね。
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