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第四章 加速する物語とハッピーエンド

飯食い幽霊とバースデーケーキ(前編)

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 ボクがむにゃむにゃとおねむをしていると、下の階から珠子おねえちゃんの声が聞こえた。

 「ちょっと、お客様!? お客様困ります!? 食べるなら注文を!」

 なんだろう、ボクはを送ってつかれているのに。
 ああ、送るってのはゆーれーさんたちをに送るって事ね。
 町にさまよう、ふゆーれーたち、それを送るのがボクの仕事。
 送る目じるしはおねえちゃんの精力。
 それに妖力ちからをのせて、に投げると、それにつられてゆーれーさんたちもに行くってわけ。
 緑乱りょくらんおにいちゃんは『なんだかつりみたいだな』って言ってた。

 「だから困りますって! ひょっとしてお客様じゃなくて狼藉者ですか!?」

 んもう、うるさいなぁ。

 「だったら容赦はしませんよ! たりゃあああぁぁぁー!」

 ガタンガタンと下の音が大きくなる。
 どうやら珠子おねえちゃんが何かと戦っているみたい。
 でも、だいじょうぶかな?
 おねえちゃんはお料理は上手だけど、ケンカに強くはないんだよね。
 
 「はぁ!? 『先生に言いつける』ですって!? 議員が怖くて”あやかし”のお店の店員が務まるかぁ!」

 どうやらお店に悪い客が来たみたい。
 たまに来るんだよね、あーいうの、モンスター客ってやつ。
 学校でならった!

 「ふふふ、この邪悪を封じるありがたーい護符で……きかなーい! あの生臭坊主、不良品を売りつけやがって!」

 下のどったんばったんはまだまだ続いている。
 だけどまあ、ねむねむだから、またおふとんに入ろーっと。

 ボクの名は紫君しーくん
 この『酒処 七王子』に住んでいる、ヤマタノオロチと、ちんこんの女神の子。
 だけど、これって黄貴こうきおにいちゃんから教えてもらっただけで、ボクは何もおぼえていないんだよね。
 ホントなのかな?

◇◇◇◇

 「たっだいまー」

 ボクが学校から帰って来ると、そこにはごちそうがいっぱいあった。
 そしてイヤなやつもいた。

 「珠子殿、昨晩の”あやかし”は姿を見せず飯を食って帰ったという話であったな」
 「はい、どんな”あやかし”かはわかりませんが」

 アイツは慈道、この『酒処 七王子』の常連。
 今日はいつもより早く来てる。

 「おねえちゃん、これどーしたの?」
 「あっ、紫君しーくん、おかえりなさい。これはね、昨日の無銭飲食”あやかし”を釣る罠なのよ」
 「”むせんいんしょく”って?」

 ボク、むずかしい言葉、わかんなーい。

 「食い逃げの事よ。昨日ね、ご飯を食べたのにお金を払わないで逃げた”あやかし”がいたの。姿は見えないのに、声は聞こえて、料理も消えていったわ」

 ぷんすかぷん! と怒りながら珠子おねえちゃんが言う。

 「へー、悪いヤツもいるんだね」
 「そう、いい子の紫君しーくんとは大違い」
 「で、なんでこいつもいるの?」
 「拙僧は珠子殿に頼まれたのじゃよ。その食い逃げ”あやかし”を退治して欲しいと」

 シャリーンとお坊さん棒を鳴らしながら、そいつはにこやかに笑った。
 ボク、こいつきらい。
 だって、死んだ人をに導くじゃまをするんだもん、おじゃま虫!
 ボクはゆっくりとみんなを案内したいのに、こいつは力ずくでぶっ飛ばすんだもん。
 
 シャリーン

 「さて、珠子殿、来たようだぞ」

 お料理たちの所にが集まり、そして……

 スー、パクッ

 お料理が飛んだかと思うと、パクッっと消えていった。

 「出ました! あいつです! あーん、やっぱり見えない! 透明人間でしょうか」
 「ふむ、この拙僧にも見えぬとは、珠子殿の言う通り透明人間のような見えぬ特性を持つ”あやかし”かもしれぬな」

 ボク知ってる! とうめい人間ってミイラみたいでサングラスかけてるやつでしょ。
 でも、そうじゃないんだよなぁ。

 「へへへっ、今日も食いに来てやったぜ」

 見えないそいつはパクパクとからあげを食べながら言う。

 「ふむ、何者かは知らぬが、おとなしく去ればよし去らぬというなら……」

 そう言って慈道はお坊さん棒をに向ける。
 
 「きゃー、こわーい」
 「こわいこわーい、キャハハハハハ」

 だけど、はへーきへーき。
 わらいながら、たべてるもんね。

 「あっ! 食べる速度がアップしました! ああっ、特製煮込みハンバーグが!?」

 ハンバーク、おいしいよね。
 ボクはおねえちゃんのハンバーク大好き!

 「ならば、この狼藉者たちを!」

 ブオンと空中を切る音がして、慈道がお坊さん棒をブンブンする。

 「ははは、はーずれー」
 「こっちこっち」

 だめだよ、そこじゃないよ。

 「やはりえぬと当て難いの。それならば、このありがたーいお経で!」
 「あー、そんなことして、いいのかなー?」
 「ここのえらーいあいつに、いいつけちゃうぞ」

 お坊さん玉を構えて、なにか言いそうな慈道を前に、らが言う。

 「ここの偉い方って、黄貴こうき様ですか!?」
 「そうそう、こうき、こうき!」

 へー、って、黄貴こうきおにいちゃんのお友だちなのかな。

 「ふむ、こやつらの正体がわかって来たぞ」
 「そうなのですか!?」

 あー、まだ珠子おねーちゃんはわかっていなかったんだ。
 
 「こいつらは”飯食い幽霊”、元禄に書かれた『狗張子いぬはりこ』に載っておる甲斐の国の”あやかし”じゃな。ふむ、拙僧も遭遇するのは初めてであるが、その名の通り幽霊、霊体の集合霊とみた」
 「なるほど! 死者の霊が集まって”飯食い幽霊”の特性を得たという事ですね!」
 「左様、珠子殿は理解が早い」

 そーだよ、はゆーれいだよ。

 「だったらどーなのさ」
 「ぼくたちの、じゃまをすると、のろっちゃうぞ」
 
 キャハハと笑いながら、

 「錫杖は当たらぬとも、御仏のありがたーいお言葉はどうかな。ショウジノナカニホトケアレバ……」

 慈道はなんだかむずかしいこと言ってる。
 学校に行くときにお寺の近くで聞く言葉。

 「あっ、料理が消えていくのが止まりました! いい感じです!」
 
 ボクにもわかる、も、ちょっと弱ってる。
 だけど……ちょっとだけだね。

 「へへーん、そんなのきかないもんねー!」 
 「ばーか、ばーか」

 ほら、やっぱり。

 「慈道さん! あんまり効いていませんよ!」
 「うーむ、これは罪に応じて威力の増す”順現法受じゅんげんほうじゅ”のありがたーい、お経なのじゃが……。それでは少しばかり強引に行こうかの」

 シャリーンと音がして、ボクのおうちが、いやーな感じに囲まれた。

 「逃げられぬよう結界を張った。えずとも気配はわかる。あとは」

 ブオンと音がしてお坊さん棒が振り回される。

 「法力を込めた錫杖で当たるまで続けるまでよ」

 こわーい顔で慈道がをにらむ。
 やっぱボクこいつ嫌い。
 そんな事しちゃうとダメなのに。
 だから、じゃましちゃおーっと。

 「ん、少年、なにをしておる」

 ボクはお坊さん棒との間に立つ。

 「だめだよ! それじゃあダメ! そんなやり方じゃダメ!」
 「フンッ!」

 お坊さん棒が勢いよく振り上げられ、

 「セイッ!」

 ボクの頭の上で止まった。

 「どうしたの紫君しーくん。あぶないから、どいていてね」
 「珠子おねえちゃん、それじゃあダメなの。を無理やりにおくっちゃダメ。きちんと導かないと」
 「まあ、少年が何を言おうと、拙僧は人間に害なす”あやかし”を退治するだけじゃがな」

 ボクの頭の上でお坊さん棒が振り回され、が必死に逃げ回るのがわかる。

 「ボクがちゃんとするから、おねえちゃん、ねっ、お・ね・が・い」

 おねえちゃんの足にギュっと抱きつき、ボクはウルウルとうるませた目でおねえちゃんを見上げる。
 「あ、あざと……」という声が聞こえた。
 へへーんだ、これでもうバッチリだね!

 「破ァ!」
 「ちょ、ちょーっとまったぁ! キャンセル、キャンセルです慈道さん! キャンセルさせて下さい!」

 ほら!

 「むっ!? 珠子殿、キャンセルと言ったが本当に良いのか? 拙僧としては軽微とはいえ、害のある”あやかし”を放置するのは心が痛むのだが」
 「は、はい! キャンセルでかまいません! ここは紫君しーくんを信じようと思います!」
 「まあ、そこまで言うのなら無理にとは言わぬが……」
 「が?」
 「キャンセル料はちゃんといただくぞ」

 そう言って慈道はにこやかに笑って、おねえちゃんはアハハとかわいた笑いをしたのさ。
 うん、ボク、やっぱこいつきらーい。
 
 ◇◇◇◇

 「とほほ、今月の利益が……冬のボーナスへの査定が……」

 おねえちゃんは慈道にお金を払った後、なんだかむずかしい事を言ってる。
 はどこかへ行っちゃった。

 「あー、たべたたべた」
 「へへーんだ、また明日もきてやるぜ」

 なんて言い残して。

 「さて紫君しーくん、あたしにここまでやらせたんだから、あの”飯食い幽霊”を何とかできるのよね」

 いつになく、まじめな顔で珠子おねえちゃんがボクをじっと見る。
 ちょっとこわい。

 「だいじょうぶだよ。あのね、はね、子どもなんだよ」

 ボクのその言葉に、おねえちゃんはちょっとビックリしたみたい。

 「言われてみれば、『のろってやる』とか『いいつける』とか子供みたいな言動だったわね……、そして……」

 おねえちゃんはテーブルの上をじっとみている。
 あそこにはたちの食べ残しがいっぱい。

 「煮魚にピーマン、茄子ナスにブロッコリー……」

 ボクの好きなハンバーグやからあげは無くなっちゃってる。
 残ったのはいらない。
 おいしくないんだもん。

 「じゃあ、あの”飯食い幽霊”は文字通り子供の霊の集合霊ってわけね」
 「そーだよ、だからね、をみーんな、おなかいっぱいのまんぷくまんぞくにしてやれば、にいくよ」

 ボクにはわかるんだ。
 
 「全員を満腹満足させるって、あの”飯食い幽霊”が料理を残さず食べればいいってこと?」
 「うん、きっとそーだよ」
 「うーん、子供の集合霊でご飯を食べて満足すれば成仏する……」
 「そーだよ、おねえちゃんだったら、かんたんでしょ」

 ボク知ってる! おねえちゃんは、お料理がすごいんだ。
 
 「おねえちゃんなら大丈夫でしょ! だから、ポテトフライとか、オムライスとか! いーっぱい作ろうよ! あんなのは作らないでさ」

 あんなのってのはテーブルに残ったやつ。
 ピーマンは苦いし、お魚は骨がいっぱい。
 ボクはきらーい。
 
 「うーん、子供が好きな料理を作るのは簡単なんだけど……」

 おねえちゃんは少し考え込むと、

 「ねー、橙依とーいくん、ちょっとおりてきてー」

 部屋にいる橙依とーいおにいちゃんをよんだんだ。

 「……なに、珠子姉さん」
 「えっとね、橙依とーいくんって茄子が嫌いだったよね」
 「……そうだけど」
 「紫君しーくんはピーマンが嫌いよね」
 「そーだよ、だいっきらい!」
 
 あんなに苦くてマズイもの、人間はよく食べるね。
 ボクだったらぜーったい食べないのにさ。

 「よしっ、これから晩御飯に茄子とピーマン料理を作るから、あなたたち、それを食べなさい!」
 「……横暴、暴君、台所の独裁者」
 「えっー!? そんなのやだよ! ボクはおにいちゃんとドムドムドムバーガーで晩御飯にするよ」

 ボクと橙依とーいおにいちゃんは、そう言い残して逃げ出した!

 ガシッ

 「はーなーしてー」
 「……しかし回り込まれてしまった」
 「知らなかったの? 台所魔王だいまおうからは逃げられないのよ」

 そういって、おねえちゃんは楽しそうにわらったんだ。
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