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第四章 加速する物語とハッピーエンド

つらら女とイチゴミルク(後編)

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 マズイ! 止めないと!
 つらら女さんの恨みを買おうとも、ヒロインが命を失ったハッピーエンドなんて俺は認めない。
 それは等しくデッドエンドだ。
 俺はガタリと立ち上がった。

 「待って下さい! 赤好しゃっこうさんが何を考えているかはわかりますから!」
 「止めるな珠子さん! 君に恨まれようと、俺はふたりの中を引き裂く!」

 この口ぶりだと珠子さんも、あの運命サガに気付いているのだろう。

 「いいえ、止めます! 幸いな事に、つらら女さんが風呂に入るのは今ではありません、彼女に伝えましょう! 今日のデートのコースをひとつ増やすと」

 彼女の声はいつになく真剣だった。

 「信じていいんだな」
 「かわいい女の子の真剣な訴えを信じない赤好しゃっこうさんじゃないでしょ」
 
 それを言われたらしょうがない、信じるとしよう。
 彼女は素早く手元のスマホを操作すると、その店とやらの情報をつらら女さんに送った。

 ピロリン

 俺のスマホにも同じ情報が届く。
 それは原宿にある、とあるアイス屋だった。

◇◇◇◇

 「あっ、ここですよ! ルイベを教えてくれた料理人さんが教えてくれたのは。よかった、まだやってました」
 
 夏の遅い日没が過ぎ、20時に差し掛かる少し前、ふたりは原宿のとある一角にやってきた。

 「へぇ、アイス屋さんですか。おいしそうですね……あれ?」

 彼氏の視線がお店の看板に集中する。
 無理もない、俺も目を疑ったくらいだ。

 「なんでしょう、あれ? 『溶けないアイスクリーム 金座和かなざわアイス』ですって!?」
 「まあ、とにかく入ってみましょう」

 そしてふたりは溶けないアイス屋に入る。

 「ふっふっふっ、みなさん驚いていているようですね。熱力学第二法則を無視した人類の叡智に」

 俺の隣でドヤ顔の珠子さんが語り掛ける。

 「本当か? サギじゃないのか?」
 「熱力学第二法則は嘘ですけど、溶けないのは本当ですよ。ほら、おふたりが出てきましたよ」

 キャラクターの形をしたアイスを手にふたりが『溶けないアイス屋』から出て来た。
 彼氏は右手にアイスを、つらら女さんは左手にアイスを、そしてふたりの繋いだ手と手の間にも3本目のアイスを持っていた。

 「うわぁー、赤好しゃっこうさん、あたし砂を吐いてもいいですか」
 
 俺が許可を出すまでもなく、ふたりのラブラブっぷりに珠子さんは砂を吐いた。

 「本当に溶けないのかしら」
 「お店の人はそう言ってましたけど、まあ、アイスでも食べながら様子をみましょう。そのために3本目を買ったのですから」
 
 そう言ってふたりはベンチに座り、各々の手のアイスを食べ始める。
 ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて。

 「あっ、これおいしいですね。冷たくって、イチゴ味の風味が活きていて」
 「この抹茶味もおいしいですよ。でも、味は普通の美味しいアイスですね。確かめてみますか?」
 「はい。あなたも一緒に。あーん」
 「あーん」

 そう言ってふたりはお互いのアイスを相手の口に運び合う。
 俺も砂を吐いた。

 「さて、この三本目ですけど、本当に溶けないのかしら」
 「それじゃあ、溶けるまでずっと握っていましょう。そしたらわかると思います」

 そう言って、ふたりはアイスを中心に見つめ合った。
 見つめ合い続けた。
 そして……30分が経過した。

 「はい、赤好しゃっこうさんの分」

 その間に目ざとい珠子さんも『金座和かなざわアイス』を買ってくる。

 「ありがとな。しかし本当に溶けないみたいだな」

 俺の手元にあるアイスは冷え冷えだが、つらら女さんと彼氏が握り合っているアイスは普通ならもう溶けているはずだ。

 「ええ、溶けませんよこれ。温度は常温に近づいていきますけど」
 「へぇ、んじゃ、俺もちょっと待ってみるかな」

 ……そして10分が経過した。
 手の早い珠子さんはもうアイスを平らげたが、あのふたりは今も見つめ合っていた。

 「あの……そろそろ食べません?」
 「そうですね。このまま溶けるまで永遠に見つめ合うのもいいかと思いましたが……さすがに夜も遅いですしね」
 「じゃあ、一緒に食べましょう、同時に」
 「はっ、はい!」

 そう言ってふたりは一本のアイスを食べ合った。
 唇を触れ合わせながら。

 夜といえども原宿には人通りが多い。
 みんなが砂を吐いた。

◇◇◇◇

 「さて! それでは種明かしと参りましょう! どうしてあのアイスが溶けなかったかについてです!」

 あれから小一時間後、たーっぷりと砂を吐き続けた俺たちは、彼氏と温泉デートの約束をして別れたつらら女さんと合流していた。

 「答えはこれ! イチゴポリフェノール!」

 そう言って彼女が取り出したのはイチゴの絵が描かれた一本の瓶。
 さっき、帰りがけに買ったワインだ。

 「ポリフェノールって、ワインとかに含まれてるあれですか?」
 「そうです。このイチゴポリフェノールと乳脂がアイスに含まれる水分をがっしりホールドして、溶けても流れ落ちないようにしているのです!」
 「なるほど! だいしゅきホールドのようなものですね!」

 ブフゥー!
 
 俺たちは同時に吹き出した。

 「も、もう……砂は吐けないって思ってたのに……」
 「女は変わるものだけど、つらら女さんがここまでハイテンションになってるとは……」

 少し不安そうな面持ちでデートに向かった彼女だが、いざデートを終えて来ると、プロポーズされたという喜びも相まって、立派な惚気のろけ女になっていた。
 『女心と秋の空』ならぬ、『女心とうわの空』ってな感じに。
 
 「そのイチゴポリフェノーを飲めば、わたくしも温泉で溶けずにいられるんですね」
 「その通り! しかも! このイチゴワイン『愛苺まないちご』はそこんじょそこらのイチゴワインとは違う!」

 そう言って珠子さんはくれない色の瓶のラベルを指差す。

 「これは原材料……イチゴとありますね。イチゴだけから出来ているんですか!?」
 「その通り! イチゴのお酒と言えば、苺の果実を漬けたリキュールや、葡萄ぶどうワインに苺のエキスを入れた物もありますが、このイチゴワインは違う! これはイチゴそのものを発酵させて作っているのです!」
 「へぇ、ブドウからワインを作るように、イチゴでワインを作ったのか。リンゴで作るお酒『シードル』みたいだね」
 「さすが、オシャレな赤好しゃっこうさん! その通りです!」

 まったく人間の酒作りの情熱には頭が下がるね。
 フルーツならなんでも発酵させちゃうんだから。

 「さあ、つらら女さん! これから『酒処 七王子』に戻って、再び体質改造です! このイチゴポリフェノールたっぷりの愛苺まないちごを乳脂たっぷりのミルクで割って飲みましょう! 貴方の体が、あの溶けないアイスと同じような構造になれば、温泉旅行なんて怖くありません!」
 「はいっ! わたくしがんばります! 運命に見事、勝利してみませす!」
 「そうです! 人類の叡智! 高分子化学が! 貴方あなたの勝利の鍵です!」
 「おー!」
 「おー!」

 そしてふたりは手を取り合い、それを高く掲げた。
 俺は高分子化学とやらはさっぱりだが、あの自信満々の珠子さんの事だ、きっと上手くいくだろう。

 「さっ、それじゃあ、あたしの城に戻って朝まで飲み明かしましょう! 赤好しゃっこうさんもつきあってくれますよね?」
 「乗りかかった舟だしね、最後まで付き合うとするよ。飲んだくれの珠子さん」
 「まあ、今晩、飲んだくれになるのはわたくしですよ」

 つらら女さんはそう言って微笑んだ。
 期待と希望に満ちた目で。

◇◇◇◇
 
 結論から言おう、珠子さんの策は上手く行った。
 女は変わる、恋で変わる、愛のために変わろうとする。
 イチゴポリフェノールと乳脂をたっぷりと含んだつらら女さんの体は、短時間だけど温泉の熱に耐えれるようになり、彼氏との温泉デートから帰ってきたふたりはデレデレのイチャイチャカップルになっていた。
 こうして、好きな男のために変わろうとした彼女の努力は実を結び、晴れてふたりはハッピーエンドってわけさ。

 『うんうん、あたしもがんばった甲斐がありました』

 珠子さんはそんな事も言っていたけど、今回、珠子さんが変えたのはそんな物じゃない。
 つらら女さんの持つ”あやかし”の運命サガ、『物語の最後にお風呂に入って溶けて無くなる』。
 そんな運命さえも変えてみせたのさ。

 これは何気なく思えて、実はとてもスゴイ事なんだよ、革命家の珠子さん。
 もし、君とずっと一緒にいられたら、俺の運命もきっと幸せなものに変わるだろうか。
 俺には誰にも話していない特殊な能力がある。
 それは『弱い未来予知』。
 対象の向かう運命が幸せか不幸せになるか、漠然とわかるってやつさ。
 ”このままじゃ不幸になる”その程度しかわからない、ちんけな能力。
 俺はそれを使って、不幸になりそうな”あやかし”を助けてるのさ。
 主に得意な恋愛関係で。

 俺は知っている、この能力で。
 俺たち兄弟の行く末がハッピーエンドを迎えないって事を。
 そして、俺だけが知っている。
 ひょっとしたら彼女にはそれを変えてくれる可能性があるって事を。
 きっと、彼女と結ばれた俺たちの中のひとりだけが、不幸な未来を回避できるんだろう。

 他の兄弟たちが君に好意を寄せているのは薄々感じている。
 中には自覚していないバカもいるけど。
 いつもだったら、俺はそんな中に参戦はしない。
 だって、勝ち目が無い戦いなんてしたくないじゃないか。
 俺は兄弟の中で嫡男たる矜持も、女友達としての立場も、人間を超えた人生経験も、最強の妖力ちからも、多種多様な術も、純真無垢な魅力も持ち合わせていない。
 とうていかなわないさ、俺では、俺ひとりでは。

 だけど俺だって八岐大蛇ヤマタノオロチの息子のひとりさ。
 という時の備えだって、バッチリしている。
 悪いな兄弟、俺はひとりじゃなく、みんなの力を借りて戦うとするよ。

 俺が今まで恋愛相談で貸しを作ったみんなから、借りを返してもらう時が来たようだ。
 報酬はささやかなものさ、貸した物を返してくれるだけでいい。

 『いつか、俺の恋の応援をしてくれ』

 ほら、ささやかだろう。

 さあ、覚悟はいいかい、運命的な珠子さん。
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