56 / 411
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
豆腐小僧とむすびとうふ(前編)
しおりを挟むまずい……
まずいといっても料理がマズイのではない。
まずいのは、あたしの目の前の体重計。
ピピッ
数字は5Xkgを示している。
おかしい……これはきっと体重計の故障に違いない。
そうよ! きっとそうよ!
そしてあたしは体重計に10kgの米袋を乗せる。
ピピピッ
数字はぴったり10kgを示す。
もうだめ! この世の終わり!
こうなったらダイエットしかないわ!
スイーツも、揚げ物も、ドカ盛ご飯も……さらば! また会う日まで!
そしてこんにちは! 豆腐さん!
高タンパク、低脂肪、低炭水化物、煮てよし! 焼いてよし! 揚げてダメ!
いやいや、衣のない素揚げなら……ラードとかじゃなく植物油なら……
うん、大丈夫よね!
ジュ―
なので、今日のまかないは『霰豆腐』。
江戸時代のグルメ本、豆腐百珍のひとつ。
日本のご先祖様は200年以上前からグルメだったのです。
あまりに好評だったので、続編も刊行されました。
さらに別素材のバリエーション『甘藷百珍』とか『蒟蒻百珍』『鯛百珍料理秘密箱』とかが刊行される始末。
おかげで、当時のレシビを元に現代風のアレンジも出来るってわけ。
この『霰豆腐』は豆腐百珍の中で『好みの味付けで食べる』と書いてあるけど、あたし流は塩レモン。
塩味と酸味が揚げた豆腐にピッタリ!
しかも、低炭水化物!
そしてビタミンCも摂れる!
くぅ、これで日本酒があれば!
でも、我慢我慢。
たとえ、目の前に豆腐のおかわりが見えても我慢!
低炭水化物の豆腐であっても摂りすぎは厳禁!
あれ? あんな所に豆腐なんて置いたっけ?
えっ、ダイエット1日目にして食べ物の幻覚が見えるの!?
ひょこ
その豆腐の横から笠が見える、それがひょこひょこ動く。
あっ、笠がふえた。
ふたつの笠があたしの前でひょこひょこ動く。
そしてテーブルのしたからふたつの少年が顔を出した。
「ばぁ!」
「ばばぁ!」
ひとつの顔は紫の瞳を持つここの住人、紫君。
そしてもうひとつは、丸い福助のような愛嬌のある顔。
「こんにちは、紫君とそのお友達」
あたしはにこやかに微笑みながら言う。
「ん、もう、そこは『うひゃぁぁあ』ておどろく所でしょ、珠子おねえちゃん」
あざとく頬をふくらませて紫君が抗議する。
「ごめんごめん、うひゃぁぁあぁああぁあ」
あたしはわざとらしく驚いた。
「もういいよ、それよりお願いがあるんだ。いいよね」
「もう、紫君はいつも一方的なんだから。まあ、でも可愛いからいいよー。そのお願いって何かな?」
きっと断ったら『いいよ』というまで腕に抱き着かれてお願いされちゃうんだろうな。
それはそれでいいけど、次回にしよっと。
「よかった、ほら」
そう言って紫君はその肘で隣の子を軽く突く。
「ボクの名は豆腐小僧です。珠子さんに頼みがあってきました」
豆腐小僧、それは豆腐を持った少年の”あやかし”。
”あやかし”界のマスコット。
能力は特にない。
人畜無害どころか、化かしたり驚かしたりもしない。
ただ、可愛い。
紫君のあざとい可愛さとは違う、純朴な感じの可愛さ。
「それで、あたしに頼みってなーに? 料理関係なら何とか助けになると思うけど……」
きっと料理関係だと思う。
というか、あたしが頼まれるのも、解決できるのも、それしかない。
「あのね『豆腐百珍』の内のひとつの作り方を教えて欲しいの』
ほら、やっぱり。
「いいわよ、何かしら? 一番美味しいのなら絶品の『湯やっこ』、つまり湯豆腐がおススメね」
湯やっこは簡単で美味しい。
懐にも贅肉にもやさしい。
「ううん、教えて欲しいのは尋常品の『むすびとうふ』」
「あしたまでにお願いします!」
えっ!?
「だいじょうぶだよ! 珠子おねえちゃんなら簡単だよね!」
「う、うーん、作れない事はないけど……」
キラキラした目で紫君があたしをみるけど、あたしの声は浮かない。
「たぶん……君たちじゃ、正攻法じゃ無理じゃないかな?」
「「えー!?」」
あたしの自信なさげな声に、ふたりは驚きの声を上げた。
◇◇◇◇
「なんです? 騒々しい」
少年たちの声を聞いたのか、蒼明さんが自室から出てきた。
「きいて、蒼明おにいちゃん。珠子おねえちゃんがボクたちには”むすびとうふ”は作れないっていうんだよ」
頬をふくらませながら紫君が言う。
「ふん、情けない。唯一の取り柄の料理ですら、このざまですか」クイッ
相変わらず蒼明さんはあたしへのあたりがキツイ。
「そうは言っても”むすびとうふ”は別格なんですよ」
あたしは冷蔵庫の扉を開けて豆腐を取り出す。
そして冷凍庫の扉を閉める。
「”むすびとうふ”ですか、確か豆腐百珍のひとつですね」
そう言って蒼明さんはスマホを取り出し検索する。
きっと作り方を検索しているんだろうなぁ。
「ふむ、豆腐百珍に書かれている”むすびとうふ”の作り方はこうあります。『細く切った豆腐を酢水に浸け、いかようにも結ぶべし。水に浸けて酢を抜き好みの味付けで食べる』。レシピ通りに作ればいいのです。この私がやってみせましょう」クイッ
蒼明は酢水を用意して細長く切った豆腐を浸ける。
浸けること10分。
そしてそれを取り出して結ぶ。
ボロッ
崩れた。
「おや?」
蒼明さんは再びスマホを取り出し、検索する。
「ふむふむ、わかりました」クイッ
蒼明さんはスマホをしまうと、ボウルに湯を注いだ。
「現代の再現レシピですと、お湯の中で箸を使って結ぶのがコツとあります。豆腐百珍の原本は説明不足という話もありますしね。これで上手くいくはず……」
ボロッ
「ぬぬぅ!?」
蒼明さんは目の前の失敗と、スマホの中の理想とを交互に見つめている。
「レシピ通りにやればいいはずです! レシピ通りに!」
そして再びチャレンジするが、やっぱり失敗。
「蒼明おにいちゃん、ダメなの?」
「うまくいかないみたいですね」
紫君と豆腐小僧くんも崩れていく豆腐を見て溜息をついた。
「あたしがやってみましょう。やり方は蒼明さんの方法で間違えていませんよ」
あたしは別のボウルを取り出し、同じように湯を入れ、酢水から豆腐を移す。
そして、その中で箸を使って豆腐をそーっと結ぶ、そーっと。
結び方は、一番単純なひと結び。
よかった、何とかうまくできた。
「できたー!」
「すごいです!」
「ぬぬぅ!?」
出来上がった”むすびとうふ”を見て、三人が声を上げる。
「おねえちゃん、もういちどやって」
「い、いいわよ」
あたしは細切り豆腐をもう一本ボウルに入れてむす……
ボロッ
「あっ、くずれたー」
「くずれちゃいましたね」
豆腐は無惨にも崩れ去った。
「しっぱい、しっぱい。もう一度」
再びあたしは豆腐をボウルに入れ……ボロッ
「またくずれちゃった」
「くずれてしまいました」
ぐぬぬ、もう一度
またまた、あたしは豆腐をボウルに入れむす……べたー!
「できたー!」
「やっとできました」
「とまあ”むすびとうふ”は真っ当に作ろうとしたら、えらく苦労するのです。蒼明さん」
これだけ挑戦して上手く出来たのは2本だけ。
崩れた豆腐は豆腐ハンバーグとか飛竜頭、別名がんもどきに再利用できるけど、少し効率が悪い。
そして……
「できなーい」
「できません……」
「あの、珠子さんにできた事が私に……ぐぬぬ」
この”むすびとうふ”を正攻法で実現するには一定以上の器用さが必要なの。
出来ない人は相当練習しないとダメ。
一生出来ない人だっていてもおかしくない。
そんな繊細な料理なのです。
「なるほど、この料理が難易度が高いことは理解しました」クイッ
蒼明さんは7本目の失敗で諦めたのか、箸を置いた。
「ですが、あなたならこのふたりが”むすびとうふ”を作れるようにしてくれますよね」クイッ
うわー、むちゃぶり。
器用度が一朝一夕に伸びるはずないじゃないですか。
ちょっと練習すれば彫刻や絵の腕前が一気に伸びるなんて無理!
「珠子おねーちゃん、なんとかしてくれるよね」
「おねがいします、たすけてください」
ふたりがあたしに向かって上目使いにお願いする。
もう、そんなあざとい顔されちゃぁ、たまらないわね!
「はっきり言って、蒼明さんのリクエストは無茶振りです。ですが! それにお応えしてみましょう! 料理の世界は芸術の世界と似ているようで違うのです!」
自信たっぷりのあたしの声にふたりの顔がパァーっと明るくなる。
「”むすびとうふ”真っ当に作ろうとしたら無理ですが……」
「真っ当じゃない、裏技があるのですね」クイッ
「正解です! それでは、これからそれをお見せしましょう!」
そう言ってあたしは冷凍庫からカチコチになった豆腐を取り出した。
「まずは!」
「「まずは!?」」
ふたりが期待に満ちた目であたしを見る。
「この豆腐が溶けるまで、失敗した豆腐の残りで”湯やっこ”でも食べながら待ちましょうか」
ふたりは盛大にずっこけた。
うーん、あざとい。
◇◇◇◇
ととととととと、豆腐が鍋の中で音を立てる。
「はい”湯やっこ”のできあがり、かんたーん。タレは豆腐百珍の通り醤油と鰹だしに刻みネギと大根おろしを加えたものです」
あたしは今にも浮かび上がりそうな豆腐をすくい、みんなに配る。
「はふはふ、おいしーい」
「おいしいです」
紫君も豆腐小僧くんも熱々の豆腐をふーふーしながら食べている。
「良い味です。さすが豆腐百珍に絶品として記されている。だけのことはあります」
蒼明さんにも好評です。
「湯豆腐にはポン酢もいいですけど、この大根おろしのタレもいいですよね」
このタレの中の大根おろしが消化を助けてくれて、ボリュームのある湯豆腐がいくらでもあたしの胃に入っていく。
「ところで、どうして”むすびとうふ”を作ろうとしたの? あれは味は普通よ」
”むすびとうふ”は結んだ豆腐を吸い物に入れるのが一般的だ。
だけど、食感が劇的に良くなるわけでもなく、味は普通なの。
「それは……とあるおばあさんとに”むすびとうふ”をたべさせたいのです」
少し下を向いて豆腐小僧くんは言う。
「何か訳ありですか」
あたしと同じくその雰囲気に何か感じ取る所があったのだろう、蒼明さんが尋ねる。
「とくにわけはありません。ただ……いじめられていたボクを助けてくれたお礼がしたいのです」
「そのおばあさんはね、病院に入院しているの。ボクはたまに霊を送りに病院に行くんだけど、そこで豆腐小僧と会ってこの話を聞いたんだよ」
そういえば紫君のお母さんは鎮魂の巫女だったっけ。
以前あたしは紫君がこの辺りの霊をあちらに送ったのを見たことがある。
ちなみに送る燈火は人の精気だ、主にあたしの。
紫君に精気を吸われると、ちょっと……いやかなり疲れるのよねぇ。
今でも何日かに1回吸われているけど。
「そのおばあちゃんがね。『病院のごはんはおいしくないねぇ』って言ったのを聞いて、豆腐小僧はね『じゃあ退院するまでおいしい豆腐料理を届けます』って約束をしたんだよ」
紫君が説明を聞いてあたしは思い出す、友人のアスカから聞いたことを。
病院のご飯はマズイ。
その理由は、胃腸の負担を減らし、服薬との兼ね合いを考えられた食事は味が薄く、さらに自分の体調の影響もあるからだと。
「ですが、ボクが知っている豆腐料理は『豆腐百珍』だけです。それを作って届けていたのですが……」
「おばあちゃんがね、気づいちゃったんだ。『ボクたちがもってきている料理って豆腐百珍ね。小さいのに物知りね』って」
「ボクはおばあさんに『豆腐百珍を最後の一品まで届ける』って約束したのです。そして、おばあさんの入院は長引いて、ついに……」
「最後のひとつになっちゃったんだ。それが”むすびとうふ”なのね」
あたしの問いにふたりがうなづく。
「いい話じゃないですか。珠子さん、この子たちの願いを叶えて下さい。あなたの取り柄はそれだけなのですから」クイッ
蒼明さんの言い方にはひっかかる所はあるけど、この話を聞いたからにはあたしも全力を出すわ!
「ええ! まかせてちょうだい! 裏技から、超裏技まであたしが伝授してあげる!」
そんな自信たっぷりなあたしの前で紫君と豆腐小僧くんはパチパチをあざとく手を叩いたのです。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。
ぱっつんぱつお
キャラ文芸
不思議な少女はとある国で大きな邸に辿り着いた。
なんとその邸には犬が住んでいたのだ。しかも喋る。
少女は「もっふもっふさいこー!」と喜んでいたのだが、実は犬たちは呪いにかけられた元人間!?
まぁなんやかんやあって換毛期に悩まされていた邸の犬達は犬好き少女に呪いを解いてもらうのだが……。
「いやっ、ちょ、も、もふもふ……もふもふは……?」
なろう、カクヨム様にも投稿してます。
織りなす楓の錦のままに
秋濃美月
キャラ文芸
※鳴田るなさんの”身分違いの二人企画”に参加しています。
期間中に連載終了させたいです。させます。
幕藩体制が倒れなかった異世界”豊葦原”の”灯京都”に住む女子高生福田萌子は
奴隷市場に、”女中”の奴隷を買いに行く。
だが、そこで脱走した外国人の男奴隷サラームの巻き起こしたトラブルに巻き込まれ
行きがかり上、彼を買ってしまう。
サラームは色々ワケアリのようで……?
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
下宿屋 東風荘 5
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*゜☆.。.:*゚☆
下宿屋を営む天狐の養子となった雪翔。
車椅子生活を送りながらも、みんなに助けられながらリハビリを続け、少しだけ掴まりながら歩けるようにまでなった。
そんな雪翔と新しい下宿屋で再開した幼馴染の航平。
彼にも何かの能力が?
そんな幼馴染に狐の養子になったことを気づかれ、一緒に狐の国に行くが、そこで思わぬハプニングが__
雪翔にのんびり学生生活は戻ってくるのか!?
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆
イラストの無断使用は固くお断りさせて頂いております。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる