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第二章 流転する物語とハッピーエンド

覚(さとり)と麻婆豆腐(後編)

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 唐辛子の香りが僕たちの鼻腔を刺激する。
 辛い匂いを通り越して痛い、鼻も目さえも。

 「おまたせ! これが『紅一色ホンイーソー麻婆豆腐』よ!」

 皿は3つ、さとりと僕と珠子姉さんの分。

 赤い、豆腐が見えない。
 麻婆豆腐は唐辛子の赤と豆腐の白のコントラストがえる料理。
 でも、これは赤一色。
 豆腐の上はトッピングで埋め尽くされた唐辛子。

 「あら、あなたたち『これ、絶対辛いやつだ』って思ってるでしょ。大丈夫よそこまで辛くないから」

 当たり前、そう思わない方がおかしい。
 僕とさとりは顔を見合わせ食べ始める、覚悟を決めて。

 ズッ

 まずは、ひと口。
 ひき肉とスープが僕たちの口に吸い込まれる。

 「「からーい!」」

 やっぱり辛い、嘘つき。
 
 サクッ

 次にふた口。
 トッピングの揚げ唐辛子はサクサクの食感
 
 「あれ、あなたたち『この唐辛子は思ったほど辛くない』って思ったでしょ」

 正解、これはサクサクな上に衣に胡麻と砕かれたピーナッツが付いていて、思ったほど辛くない。
 いや、むしろ辛さを緩和している?
 そして辛さの中にひき肉とスープの旨味が感じられる。
 でも、辛さは限界。

 チュルッ

 僕たちは最後の希望を託し、豆腐に逃げ込む。
 あれ? この豆腐ちょっと冷たい!?

 「あらあらっ、あなたたち『この豆腐はちょっと冷たくて辛さを緩和してくれる』って思ってるでしょ」

 ちょっと悔しいけど珠子姉さんの言う通り。
 熱くて辛い刺激的なスープを超えて、たどり着いた豆腐の冷たくて優しい味は桃源郷。
 
 「この『紅一色ホンイーソー麻婆豆腐』はね、水切りした豆腐をスープに入れてあえたら、すぐに唐辛子でトッピングして完成なの。だから豆腐の中はちょっと冷たいままなのよ」
 「おい女、今『見た目、香り、味、食感、そして温度、それら全てが詰まった料理はおいしいでしょ』って思っただろう、ホフホフ」

 僕たちのレンゲが動く。
 皿と口を何度も往復。
 そして、皿は空となる。

 「「ふうぅ~」」

 確かに美味しかった。
 思ったほどは辛くなかったけど、やっぱり辛い。
 冷たい飲み物が欲しい。

 「そして君たちは『くっ、ここらで冷たい飲み物が怖い』って思ったでしょ」

 その声に僕たちは顔を見合わせると、  

 「「まんじゅうこわい」」

 笑いながら声を揃えて言った。 

 僕は今、さとりの心を読んでいない。
 さとりは僕の心を読んでいるだろう。
 だけど、これは心を読んだ結果ではなく、同じ知識と心を共有したから、一緒に口から出た言葉。

 「はいこれ、バニラシェイクよ。激辛を和らげるには乳脂が多くて冷たい物がいいのよ。乳脂が辛さのもとのカプサイシンを包んで辛さを和らげてくれるわ」

 あらかじめ用意されていたのだろう。
 カウンターの冷蔵庫からストロー付きのカップが取り出されて来た。

 ズズズッ

 ああ、気持ちいい……
 甘くて冷たいバニラシェイクが僕たちの唐辛子でけた舌を癒していく。

 「……おいしい」
 「ああ! 最高だ!」

 珠子姉さんが女神に見える。
 
 「これでわかったかしら。さとり君の悩みの解決策が」

 僕は理解した。

 「そうか! その女は『逆転の発想! 他人の心の声を口にしてしまうなら、他人の心の声を操ってしまえばいいのよ!』と思ってるんだな!」
 
 その通り、でも珠子姉さん、そこに至るまでの思考が速過ぎ。
 というか端折はしょり過ぎ。
 どんな過程を経たら”麻婆豆腐を作ろう!”に行きつくんだよ。

 「そして、それに必要な約束された勝利の鍵は橙依とーいくんの部屋にあるわ」

 珠子姉さんの頭に僕の部屋にあるコレクションBDブルーレイディスクのタイトルが浮かぶ。
 
 「おい女、今『”今度ギネス! 販促のリキュール”、”カレーの教会”、”クロケットのバスケット”とかがオススメねっ』って考えてるけど、それ何?」
 
 悪くないチョイス。
 
 「なので、これからふたりで仲良く鑑賞会でも開くといいわ。差し入れは持って行ってあげるから」

 そう言って、珠子姉さんは一度椅子に座ると、少し考えて、再び立ち上り台所に戻っていった。

 「おい、お前気づいたか?」
 「……うん、僕も心を読んだ」
 
 さっきの珠子姉さんの心はこう。
----------------------------------------- 
 おおっと、あたしとした事が、麻婆豆腐に良く合うビールを忘れて来たじゃあーりませんか。
 激辛に慣れていないおこちゃま向けのドリンクはバニラシェイクだけど、大人はやっぱビールよね。
 ああ、でも、日本酒も合うのよね。
 冷蔵庫を開けて決めよっと。
----------------------------------------- 

 「俺たちの事を”おこちゃま”だってよ」
 「……バカにしてる。ちょっとおしおきが必要」

 僕は異空間格納庫ハンマースペースからよく冷えた缶ビールをふたつ取り出す。
 ブシュと音がしてプルタブが開く。

 「……それじゃあ」
 「俺たちの友情の始まりに」
 「「かんぱーい!」」

 ゴキュゴキュと喉が鳴り、琥珀色の液体が僕たちの喉を潤す。
 そして、僕たちのレンゲの向かう先は珠子姉さんの皿。
 まだ手を付けられていない紅一色ホンイーソー麻婆豆腐の3皿目。
 
 「お前の思う通り『このつまみ食いは、おこちゃまとバカにした珠子姉さんが悪い』と俺も思うぜ」

 そして再び灼熱の唐辛子が僕たちの舌を襲う。
 そこですかさずビール!
 珠子姉さんのイメージの通りの最高の組み合わせ……

 …
 ……
 ………
 
 「か!」
 「からーい!!」

 さっき食べたのとは段違いの辛さ!
 や、やける、み……みず……はないからビールで!
 僕たちはさらにビールを飲む。

 「「あ゛あ゛あ゛ー!!」」

 辛さが増した、なんで!?
 
 「なに!? 今の声!?」

 台所から珠子姉さんが駆け込んでくる。
 そして、ビールと麻婆豆腐を見て状況を察したみたい。

 「おい、女! い、いや珠子さん! 『唐辛子の辛さのもとのカプサイシンはアルコールによく溶けるから、お酒と一緒に飲むと辛さが増すので、激辛に慣れてないとそうなるわよねー』というのはわかったから! 助けて!」

 そ、そうなのか、原因は理解!
 な、なら異空間格納庫ハンマースペースからバニラシェイクを出せば!
 だ、だめだ! 辛さで術に集中できない!

 「お、俺が悪かった。つまみぐいは謝るから『これにて黒丸フェードアウトハッピーエンドね』と思うのは止めてくれ!!」

 僕たち”あやかし”にはさががある。
 例えば、さとりが『おまえ今〇〇と考えただろう』と口にしてしまうのもそれ。
 
 そして……物語の最後に
 『うひゃー、こんな目にうなんて、人間の世界はやっぱ恐ろしい!』
 そんな風に思ってしまうのも、さとりさが
 ……かもしれない。

◇◇◇◇◇

 僕は眠い目をこすりながら学園の門をくぐる。
 ちなみに、この学園に制服はあるようでない。
 制服はあるが、自由な服での通学が認められている。
 まあ”あやかし”の通う学園だから当然。
 制服と私服の比率は半々くらい。

 キーンコーンカーンコーン

 僕は教室に入り、始業のベルが鳴る。

 あれから一週間、僕とさとりは秘密の特訓という名のBDブルーレイディスク鑑賞会を終えた。
 今日はさとりが転校してくる日。

 「はーい、それじゃあ転校生を紹介するぞー」

 朝のホームルームで先生が合図すると、ガラッっと教室の扉が開きさとりが飛び込んでくる。
 白黒の衣装をまとい、床を前転しながら。
 
 「シュタ!」 

 効果音を口にして、険しい顔で教室を見回す。
 
 「ふぅ、どうやら黒狂奏曲ダークコンチェルトのメンバーはいないようだな」

 そう言って、険しい顔から真面目な顔をになると、

 「失礼した、俺の名前は佐藤 李さとう りー。久遠と無限と無尽とエターナルの彼方から転校してきた」

 教室の空気が一瞬冷える。
 そして彼は黒板に大きく『佐藤 李』の文字を書きなぐる。

 「おっ、そこのビュティホーなお嬢さん『リーって中国系かしら』って思っただろう。そうさ! 先祖に中国系がいたのさ」

 間違いじゃない。
 さとりは中国の妖怪攫猿カクエンの仲間という言い伝えがある。
 (※カクは正しくはさらうのをけものへんにしたもの)

 「わけあって、転校してきたが、そこの素顔すがお素面しらふ素敵すてきなレディ、『わけってなーに?』って思わないでくれ、君をに巻き込みたくない」

 さとりは後ろを向き、左手上に上げ、曲げた右手を心臓のあたりに置いて上半身だけ振り向く。
 伝統のさとりのポーズ。

 「さあ、数多の運命の歯車の中から出逢ったソウル・クラス・メイトたち! 俺たちは混沌カオスに生まれたおり、だけど矜持きょうじ行事ぎょうじ常時じょうじにする仲間! ヨロシクな!」

 そう言って、彼はサムズアップとウインクで決めポーズを取った。

 「ええ、佐藤君はお父さんの仕事の都合で……」
 「おおっと、我の先生マイティーチャー『とりあえず、ホームルームを続けよう』と考えるなんてマインドがバインドされてるぜ!」
 
 ええ、珠子姉さんのオススメの通り、能力系とかセカイ系のアニメや特撮を見せた結果、すっかり染まりました。
 明日からの服は普段着に見えそうで見えないコスプレをしてくるそうです。
 
 ……こうして、僕に友達がひとり増えました。

 「おおっと、そこのお前、『うわー思春期特有の中二病だー』って思っただろう」

 彼がそう言う度にクラスからクスクス笑う事が聞こえる。
 『そりゃそう思わない方がおかしいでしょ』という心の声とともに。

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