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15歳 その3
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そこからはまるで坂を転げ落ちるかのようだった。
何が二人をそこまで引き合わせるというのか、マリアからはリチャード様の話を、リチャード様からはマリアの話をたびたび聞くことになる。
私に話して聞かせるくらいだ。二人にはやましい気持ちなどないのだろうとわかっている。
多分二人にとっては共通の話題のうちの一つだとか、その程度の意味合いしかないのだと思う。
それでも、話を聞かされるたびに二人の仲が進展していくように思えて胸が痛んでいた。
そんな二人の話をなるべく笑顔で聞くようにしていたけれど、限界があった。
それはマリアがリチャード様と中庭で偶然会ったという話を聞いていた時のことだった。
また一つイベントが進んだのかと思うと気が重く、胃がキリリと痛んだ。
「ねぇ、リチャード殿下と何かあった?」
よっぽどひどい顔をしていたのかもしれない。マリアが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「……何もないわ」
「本当に? なんなら私がリチャード殿下に言ってきましょうか」
「やめて!」
思わず強い口調になってしまった。
私の事を出しにして二人の仲がまた深まってしまう。そんな想像をしてゾッとなる。
二人の仲を疑って、どこまでも卑屈になれる自分が恐ろしかった。
「本当に何もないのよ。マリアが心配する事なんてこれっぽっちも」
そうだ。今はまだリチャード様とマリアの間に何かがあった訳ではない。
それに、私に対するリチャード様の対応だって何かが変わってしまった訳でもない。
ただリチャード様が好きで。傍に居たくて。でもそれが許されない日が遠からず来てしまう気がして、私の心が悲鳴を上げているだけ。
耐え忍ぶことがこんなに苦しいだなんて思ってもいなかった。覚悟なんてこれっぽっちも決まってなかった。
「……エイミー」
「ごめんなさいマリア。少し具合が悪いみたい。ちょっと失礼するわ」
なんとか取り繕ってそれだけを言うと席を立った。
つい教室から出てきてしまったものの行く当てなどなかった。本当に具合が悪い訳でもないのに保健室に行くのも違うだろう。
けれどすぐに教室に戻る訳にもいかない。いっそ今日はもう帰ってしまおうかと考えながら校舎をふらふらと歩く。
ふと中庭に目が留まった。リチャード様とマリアが偶然会ったというその場所に視線が引き寄せられる。
偶然、でこの広い校舎の中、そう何度も出会うものなのだろうか。
不意に『ゲーム補正』という言葉が頭の中をよぎった。見えない何かが二人を結び付けようとしている。そんな気がしてただただ恐ろしかった。
「どうして……」
どうしてリチャード様の婚約者になど生まれ変わってしまったのだろう。
前世から大好きなリチャード様。これまでに沢山の優しさを貰った。婚約者としてずいぶんよくしてもらった。
それなのに、いずれはその居場所を手放さなければいけないなんてあまりにもひどい。
みっともなくても、情けなくても、このポジションにしがみついていられたらどんなにいいか。
けれど、それだけは駄目だと、私の中のエイミーの記憶が叫ぶ。
大好きだけど、大好きだからこそ間違えてはいけないのだと。その時が来たらリチャード様の幸せを祈らなければいけないと。
「エミィ!」
ふと私を呼ぶ声が聞こえた。顔を向けるとそこにはリチャード様の姿があって。
「……リチャード様」
「マリア嬢から聞いた。エミィが体調を崩してると」
何故ここにと聞く必要もなかった。マリアがリチャード様に私のことを話に告げたらしい。
こうやって逃げても、結局二人は繋がってしまうのだから質が悪い。
「ずいぶん顔色が悪い。送っていくから家に帰ろう」
本当は体調を崩している訳ではないと反論する気力さえなかった。
こくりと頷くと、リチャード様は私の体を抱き上げた。
「っ!? リチャード様っ?」
ふわりと宙に浮く体。所謂お姫様抱っこというやつに驚いて息をのむ。
「馬車までは私が連れて行くから」
「そこまでしていただかなくても、自分で歩けますわ」
「いいから、大人しく捕まっていて」
有無を言わせぬ口調だっだ。抱き上げられていてはろくな抵抗もできず、なすがままになるほかない。
そっとリチャード様の首元に腕を回してしがみつく。近すぎる距離感に心臓がドキドキと跳ねていた。
「エミィ……大丈夫かい?」
馬車に着いて、リチャード様は正面ではなく隣に座り、私の顔を覗き込む。同時にきゅと手を握りこまれた。
「……ええ、大丈夫です」
先程のお姫様だっこといい、今日はずいぶんリチャード様との距離が近い。
純粋に心配されているからこその行為だとわかるけれど、どうにも恥ずかしくてなんとか頷くのが精一杯だった。
「無理をしてはいけないよ」
言いながら、ふわりと抱きしめられた。リチャード様の体温をすぐそばに感じる。
「……申し訳ありません」
今はまだこうやって大好きなリチャード様の傍に居ることが出来る。婚約者として大切にして貰える。それだけで十分に幸せだと思わなければいけない。
情けない顔を見られたくはなくて、おずおずと抱きしめ返すとリチャード様の腕にこもる力が強くなった。
「今日のエミィは随分と素直だね」
くすりと頭の上で笑われる気配。そんな些細なことが泣き出しそうなほど嬉しくて、ぎゅっと目をつむる。
「早く治るようにおまじない」
額にそっと柔らかな感覚が落ちてきて、その幸せを噛みしめるように深くうつむいた。
何が二人をそこまで引き合わせるというのか、マリアからはリチャード様の話を、リチャード様からはマリアの話をたびたび聞くことになる。
私に話して聞かせるくらいだ。二人にはやましい気持ちなどないのだろうとわかっている。
多分二人にとっては共通の話題のうちの一つだとか、その程度の意味合いしかないのだと思う。
それでも、話を聞かされるたびに二人の仲が進展していくように思えて胸が痛んでいた。
そんな二人の話をなるべく笑顔で聞くようにしていたけれど、限界があった。
それはマリアがリチャード様と中庭で偶然会ったという話を聞いていた時のことだった。
また一つイベントが進んだのかと思うと気が重く、胃がキリリと痛んだ。
「ねぇ、リチャード殿下と何かあった?」
よっぽどひどい顔をしていたのかもしれない。マリアが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「……何もないわ」
「本当に? なんなら私がリチャード殿下に言ってきましょうか」
「やめて!」
思わず強い口調になってしまった。
私の事を出しにして二人の仲がまた深まってしまう。そんな想像をしてゾッとなる。
二人の仲を疑って、どこまでも卑屈になれる自分が恐ろしかった。
「本当に何もないのよ。マリアが心配する事なんてこれっぽっちも」
そうだ。今はまだリチャード様とマリアの間に何かがあった訳ではない。
それに、私に対するリチャード様の対応だって何かが変わってしまった訳でもない。
ただリチャード様が好きで。傍に居たくて。でもそれが許されない日が遠からず来てしまう気がして、私の心が悲鳴を上げているだけ。
耐え忍ぶことがこんなに苦しいだなんて思ってもいなかった。覚悟なんてこれっぽっちも決まってなかった。
「……エイミー」
「ごめんなさいマリア。少し具合が悪いみたい。ちょっと失礼するわ」
なんとか取り繕ってそれだけを言うと席を立った。
つい教室から出てきてしまったものの行く当てなどなかった。本当に具合が悪い訳でもないのに保健室に行くのも違うだろう。
けれどすぐに教室に戻る訳にもいかない。いっそ今日はもう帰ってしまおうかと考えながら校舎をふらふらと歩く。
ふと中庭に目が留まった。リチャード様とマリアが偶然会ったというその場所に視線が引き寄せられる。
偶然、でこの広い校舎の中、そう何度も出会うものなのだろうか。
不意に『ゲーム補正』という言葉が頭の中をよぎった。見えない何かが二人を結び付けようとしている。そんな気がしてただただ恐ろしかった。
「どうして……」
どうしてリチャード様の婚約者になど生まれ変わってしまったのだろう。
前世から大好きなリチャード様。これまでに沢山の優しさを貰った。婚約者としてずいぶんよくしてもらった。
それなのに、いずれはその居場所を手放さなければいけないなんてあまりにもひどい。
みっともなくても、情けなくても、このポジションにしがみついていられたらどんなにいいか。
けれど、それだけは駄目だと、私の中のエイミーの記憶が叫ぶ。
大好きだけど、大好きだからこそ間違えてはいけないのだと。その時が来たらリチャード様の幸せを祈らなければいけないと。
「エミィ!」
ふと私を呼ぶ声が聞こえた。顔を向けるとそこにはリチャード様の姿があって。
「……リチャード様」
「マリア嬢から聞いた。エミィが体調を崩してると」
何故ここにと聞く必要もなかった。マリアがリチャード様に私のことを話に告げたらしい。
こうやって逃げても、結局二人は繋がってしまうのだから質が悪い。
「ずいぶん顔色が悪い。送っていくから家に帰ろう」
本当は体調を崩している訳ではないと反論する気力さえなかった。
こくりと頷くと、リチャード様は私の体を抱き上げた。
「っ!? リチャード様っ?」
ふわりと宙に浮く体。所謂お姫様抱っこというやつに驚いて息をのむ。
「馬車までは私が連れて行くから」
「そこまでしていただかなくても、自分で歩けますわ」
「いいから、大人しく捕まっていて」
有無を言わせぬ口調だっだ。抱き上げられていてはろくな抵抗もできず、なすがままになるほかない。
そっとリチャード様の首元に腕を回してしがみつく。近すぎる距離感に心臓がドキドキと跳ねていた。
「エミィ……大丈夫かい?」
馬車に着いて、リチャード様は正面ではなく隣に座り、私の顔を覗き込む。同時にきゅと手を握りこまれた。
「……ええ、大丈夫です」
先程のお姫様だっこといい、今日はずいぶんリチャード様との距離が近い。
純粋に心配されているからこその行為だとわかるけれど、どうにも恥ずかしくてなんとか頷くのが精一杯だった。
「無理をしてはいけないよ」
言いながら、ふわりと抱きしめられた。リチャード様の体温をすぐそばに感じる。
「……申し訳ありません」
今はまだこうやって大好きなリチャード様の傍に居ることが出来る。婚約者として大切にして貰える。それだけで十分に幸せだと思わなければいけない。
情けない顔を見られたくはなくて、おずおずと抱きしめ返すとリチャード様の腕にこもる力が強くなった。
「今日のエミィは随分と素直だね」
くすりと頭の上で笑われる気配。そんな些細なことが泣き出しそうなほど嬉しくて、ぎゅっと目をつむる。
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額にそっと柔らかな感覚が落ちてきて、その幸せを噛みしめるように深くうつむいた。
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